レジーナ編 第二十話
東門周辺は、サークが睨んだ通りそれほど強固な防衛陣は敷かれていなかった。私達は壁の上の敵兵は弓を持つ者に任せ、閉ざされた門を魔法で集中攻撃した。
こちらには平均的な能力の魔法使いしかいないとはいえ、それを集中させれば木で出来た門を吹き飛ばすのは容易い。町を奪還し防衛側に回った時の事を考えれば普段は使わない手だが、迅速な攻略が求められている事とこちらの策が上手くいけばもうここを防衛する必要はない事、二つを合わせた結果この行動を取るに至った。
派手な音を立て、門が町の内側に吹き飛んでいく。それと同時に、ニンバス将軍が号令を発する。
「魔法兵下がれ! 歩兵は町内に突撃せよ! 下がった魔法兵は弓兵と共に頭上の敵兵を撃て!」
その号令に従い、魔法使い達と入れ替わった歩兵と前衛担当の冒険者達が門の向こうに雪崩れ込んでいく。私も剣を手に、その後を追った。
門の向こうは、既に混戦状態だった。まさか速攻で門を吹き飛ばされるとは思ってもみなかったのだろう、敵兵が混乱している様子が伝わってくる。
「うわあああっ、助けてくれえええええっ!」
「おい、逃げるな傭兵共!」
こちらの勢いに戦意を喪失したのだろう、冒険者らしき何人かの者達が逃げていく声がする。その声に少し胸が痛むが、今は彼らを助けてやれる余裕などない。
――すまない。せめて出来るだけ、苦しませずに逝かせると誓うから――。
「くそっ、くそっ! 何でこうなるんだ! こんな小さな国相手に!」
「小国だと侮ったのが運の尽きさ。あの世で兵士なんかになっちまった事をとくと後悔しな」
近くで戦うサークが、そう言って目の前の敵兵を切り捨てる。サークの腕前は、この三年の月日で更に洗練されていた。
「……しかし、おかしいな」
曲刀に付いた血を振って払いながら、不意にサークが呟く。私は斬りかかってきた敵兵の剣を力一杯弾き飛ばしながら、それに応える。
「何がだ、サーク?」
「敵の数だよ。予想よりずっと少ねえ」
言われて、サッと辺りに視線を走らせる。……確かに、少し思い通りにいきすぎている気がする。
「となると、罠か?」
「多分な。それも、ここを守る兵達には何も知らせずにだ」
惨い話だ。奴らは勝利の為、同胞すら捨て駒にしたというのか。
「ならばどうする? 馬鹿正直に、罠にかかってやるのか?」
「それでも芽はまだあるだろうが、でかい被害が出るのは免れねえだろうな。だがもしも、奴らの策が俺の読み通りなら……」
そこまで言うと、サークは何かを考えるように押し黙りながら敵兵を退け続ける。そして暫くそうしていたかと思うと、急にニヤリと笑みを浮かべて身を翻した。
「おい、どこへ行く!?」
「考えがある。お前はこのまま、西へ進軍を進めさせてくれ!」
サークは後方に駆けていき、あっという間に人の波に飲まれて姿が見えなくなった。あいつめ……今度は何を考えている?
だが、こういう時のあいつの行動が今まで外れた試しはない。ならば、ここは賭けてみるか。
「将軍、東門のカスター兵の掃討完了しました!」
「うむ。ではこれより町中を通り、別の方角を叩く! 狙いは……」
兵からの報告を受けたニンバス将軍が、キョロキョロと私とサークの姿を探す。私は一つ溜息を吐きながら、将軍の元へと近付いていった。
「……このまま町を横断し、西へ向かうのがいいかと考えられる。北と南の敵も分断出来るしな」
「そうか、うむ。狙いは西だ! 総員、進軍を開始せよ!」
サークが希望した通りの方角を伝えると、将軍はまるでオウム返しのようにそう言って軍を進めさせる。……私達がいなくなった後、この将軍は果たしてマトモにやっていけるのかと時々心配になってくる。
広い町の中は静かで、人の気配は全くない。この町でもきっと、酷い虐殺があったのだろう……。
やがて軍は、町の中心部へと差し掛かる。そして大きな広場へと、先頭が入り込んだ時だ。
「うわっ!」
突如、先頭から悲鳴が上がった。それを聞いたニンバス将軍が、慌てた声で叫ぶ。
「な、何だ! 何が起こった!」
「そ、それが進行方向から矢が!」
「何!?」
それを皮切りに、次々と空気を切り裂くような音が響く。先頭は、一気に大混乱に陥った。
「狼狽えるな! 盾を掲げろ! それで矢は防げる!」
直ぐ様私は号令を発し、何人かがそれに立ち直って盾を掲げるのが見えた。しかし大半は、矢を避けようとひたすら後退するばかりだ。
「な、何故ここで敵襲があるのだ。話が違うではないか!」
こちらの策が上手くいくと信じて疑わなかったのだろう。ニンバス将軍が情けない声を上げるが、それは敢えて無視をした。
やはりサークが懸念した通り、こちらの動きは読まれていたのだ。ならば何故、サークはわざわざ罠に飛び込ませるような進路を取らせた……?
矢の襲撃が止んだ頃、私達を三方から取り囲むように雄叫びを上げながら敵兵が一斉に押し寄せてきた。私は前にいる者達を押し退け、それを迎え撃つべく先頭に躍り出る。
「戦える者は私に続け! ここまで生き延びてきた底力を見せてやれ!」
「了解だぜ、副隊長! うおおおおっ、どけどけえ! 『豪腕』ウォルター様のお通りだあっ!」
私の号令に真っ先に応えたのは、いつも通りウォルターだ。いつも切り込み隊長を買って出てくれる彼を見るだけで、最近は敵も色めき立つようになっていた。
「出たぞ! 『豪腕』ウォルターだ!」
「討ち取れ! 名を上げるチャンスだ!」
「へっ、いくらでも来やがれ! 全員返り討ちにしてやらあ!」
ウォルターと敵兵達とが、激しくぶつかり合う。それを横目に私は、自分に向かってきた敵兵を一刀の元に切り捨てた。
私とウォルターを中心に、兵も冒険者も懸命に敵兵と戦う。しかし元々の兵力差は簡単には覆せず、次第に押される形になっていった。
「ちっくしょう、こんな所で負けてたまるかよ! ……そういや副隊長さんよお、隊長はどこに行っちまったんだい!」
「解らん! 考えがあると出ていったきりだ!」
「なら隊長を信じて待つしかねえか! あいつが俺達を見捨てて逃げるなんて、ある筈ねえからな!」
ウォルターの言葉に、自然と私の口に笑みが浮かぶ。私達はいつの間にか、こんなにも強い信頼で結ばれている――。
血と脂にまみれ切れ味が悪くなっていく剣を時折敵兵が落とした剣と交換しながら、私達はじっと時を待つ。そして――遂にその時は来た!
「うわあああっ!?」
突如、敵陣の後方から轟音と悲鳴が響く。それは左右から、同時に聞こえてきた気がした。
「どうした! 何が起こった!」
「て、敵襲です! 背後から敵の魔法部隊が!」
「何だとお!?」
直後の敵のその会話に、やっと気付く。外から壁の上を攻めていた弓使いと魔法使い。彼らが今、この場にいない事に。
サークの狙いはこれか。自分達の策が上手くいったと敵に油断させておいて、無防備な背後に一気に畳み掛ける!
「くそ、まさか南門と北門を抜けてきたのか! 最低限の兵しか置かなかったのが裏目に出るとは……!」
「余所見をしている場合か?」
「なっ……!?」
背後に完全に気を取られている敵兵達を次々切り捨て、隊長格とおぼしき敵兵に迫る。私の接近に気付き慌てて振り返るも、もう遅い。
首がこちらを向いた瞬間に喉を素早く一突きしてやると、血の泡を吐き出しながら隊長格は倒れた。自分達が絶対有利だと思っていた状況が崩れた効果は予想外に大きく、変わらずこちらと戦おうとする者もいたが大半の敵兵はこちらと背後、どちらに向かうべきか右往左往するばかりだった。
「ウォルター、お前は敵をなるべく引き付けろ。私は敵将の首を取りに行く!」
「その役目は俺がやる! ……と言いてえが、ここまで俺達を引っ張ってきてくれたのは隊長とあんただ。いいぜ! 行ってきな!」
ウォルターにその場を任せ、私はどこかにいる筈の敵将を探す。これまでは出てくる事はなかったが敵にとってはここが最後の砦、必ず戦列に加わっている筈だ!
「お、お前達、死んでも私を守れ! ルリアの者を近付けさせるな!」
するとどこからか、そんな怯えたような声が聞こえてくる。私は耳を澄ませ、声の出所を探る。
声はどうやら、私の丁度正面の方からするようだ。私は剣を振るい、その方向に道を切り開いていく!
――見えた。周囲を他の敵兵で固めた、一際派手な鎧兜の太った男。あれが敵将か!
「ひ、ひいっ! 来たっ!」
私の姿を認めた敵将が、みっともなく怯えた声を上げる。……こんな奴に率いられていたのなら、カスター軍に腐った奴が多かったのも道理だ。
「――道を開けろ。死にたくないのならな」
「ひっ!」
間を塞ぐ敵兵達を一睨みすると、それだけで敵兵達は散り散りになって逃げ去っていった。忠誠心など皆無か、つくづく腐った軍隊だ。
「お、おいどこへ行く! 私を守らないか!」
「……おい」
「く、来るなあっ!」
一歩を踏み出した私に、敵将が大きく後ずさる。それに構わず私は、大股に敵将との距離を詰める。
「そ、そうだお前、その身なりからして傭兵だろう? 金なら倍出す! どうだ? こちらの所属にならないか?」
味方が頼りにならないとなったら今度は敵を買収か。どこまでこちらを舐めているというのか。
苛立ちを覚えながら歩く速度を速めると、敵将の顔が恐怖にひきつっていく。そして同時に眼前に突き出された物を見た時――私は、反射的に足を止めていた。
「わ、『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
「!!」
敵将の手にした玉から迸る雷が、一直線に私の方に伸びる。しまった、この距離ではもう――!
「レジーナ!」
雷が私の体を撃とうとしたその直前、誰かに押されて私はその場に倒れ込む。すんでのところで雷は私の頭上を通り抜け、上に覆い被さった誰かの背中を焼いた。
「ぐうっ!」
小さな呻き声が間近に響く。今だけは、一番聞きたくなかった声。
「サーク!」
「っづう……何とか間に合ったみたいだな」
軽く身を起こし、小さく顔を歪めながら笑うサーク。それを見た瞬間――私の中で、抑え切れない感情が爆発した。
「……っ貴様あああああっ!!」
「ひ、ひいいいいいっ!!」
怒りに突き動かされ、私はサークを押し退け即座に立ち上がると玉を突き出した姿勢のままの敵将に向かって駆けた。許せなかった。サークを傷付けたこの男も、そんな隙を作ってしまった自分も。
「わ、わ、『我が内に』……」
「遅い!」
詠唱の間を与えず、そのまま玉ごと力任せに敵将を貫く。派手な鎧は見た目ほどの耐久性はなかったらしく、剣は鎧の胸と腹の繋ぎ目に深く突き刺さり、衝撃で二つに割れた玉が地面に落ちた。
「が、がふっ……」
「サーク、しっかりしろ、サーク!」
敵将が血を吐いて倒れる姿を最後まで見届ける事なく、私はサークに駆け寄る。踞ったままのサークの背は、服も皮も焼け火傷まみれになっていた。
「はは、大袈裟だな、レジーナ……俺ならまだまだ……」
「駄目だ! 早く僧侶か僧兵に治療を受けろ! この範囲の火傷、このまま放って置けばただでは済まなくなる!」
強がるサークの肩を抱き起こし、辺りを見回す。辺りは混戦状態で、どこに誰がいるのか全く解らない。
私の剣は敵将に突き刺さったままで、今は丸腰。そうでなくてもサークを抱えたこの状態で、中を突破し聖魔法が使える者を上手く探り当てられるかは怪しい。
ならば……。私は一縷の望みを懸け、声を限りに叫んだ。
「――聞け! カスター兵共よ! 貴様らの将は討ち取った! これ以上の抵抗は無意味だ!」
ざわりと、辺りの空気が揺れた気がした。もう一押しだと、私は更に畳み掛ける。
「投降した者は、捕虜として丁重に扱うよう私から将軍に進言すると約束しよう! 武器を捨てろ! 貴様らを導く者は、もう誰もいない!」
辺りの喧騒が、少しずつ静まっていくのが伝わる。次いで聞こえ始める、からんからんという固い物が地面に落ちる音。
それは確かに、生き残りのカスター兵達が武器を捨て、投降の意を表すものだった。私はそれを確認すると、すっかり静まり返った周囲に向けて号令を発した。
「総員、投降した敵兵を捕縛! 僧兵部隊と僧侶達は、怪我人の治療に当たる事! それとここに深手を負った者がいる! その治療をなるべく最優先で頼む!」
「お、おい、指揮官は私だぞ。越権行為は……」
「将軍。……何か問題でも?」
後ろからニンバス将軍が何か言ってきたが、凄みを効かせた声でそう言うとそこで押し黙った。将軍が黙ったと同時、こちらに何人かの僧侶達が駆けてくる。
「お待たせしました、副隊ちょ……隊長! 何があったんですか!?」
「敵将の魔法に背中をやられた。一刻も早い治療を頼む」
「はい!」
僧侶達に肩のサークを預け、治療の様子をじっと見守る。幸いヒーリングは効いてくれているようで、少しずつだが火傷が治まっていくのが解る。
(良かった……お前に何かあったら、私は……)
こうして、私の心に少しの罪悪感を残したまま――元々のルリアの領土は、総て奪還されたのだった。




