後編
巨漢が屋敷を出ると、そこには一人の白衣の男が立っておりました。
白衣姿が似合っている学者風の――きちんと整った茶髪、彫りの深い顔立ち、銀縁の眼鏡、見た目からして博士のような格好の男でございます。
そして、その白衣の男が口を開きました。
「キミが、その子を殺さずに連れてくるとは思わなかったよ」
巨漢は白衣の男をジッと見つめます。
「なぜ、殺さなかった?」
白衣の男が不敵な笑みを浮かべて、屋敷から出てきた男に質問しました。
「生け捕りにしろと云ったのは、貴様だろう? リヴェスタ博士」
男の応えに変わらぬ不敵な笑みを浮かべる白衣の男――リヴェスタ博士は僅かに目を細めました。
「かのマリア=ウェーバーを完殺せしめたウランフ・オフレッサー中尉は、人造人間がお嫌いと聞いていたのでね。我が機関の残滓たる被験体の確保に協力してくれるとは思っていなかったんだよ」
「ならばその元凶である貴様を、俺がこの場で殺す危険性は考慮してなかったか? リヴェスタ博士も戦闘に巻き込まれ殺されました、と」
「保険は掛けてあるさ、それよりも――」
リヴェスタ博士は脅迫とも思えるオフレッサー中尉の言葉をまるで気にせず、さらに話を続けました。
「軍特殊部隊の一個小隊を全滅させた、赤目をものの5分で生け捕りするキミに興味が生まれたよ、アンチェイン。一介の軍人風情が単独でマリアを殺害したと聞いたのも誤情報だと思っていたが、想像以上だったようだ。キミさえ承諾してくれるのならば、一緒に火星に来て欲しいぐらいだよ」
饒舌に言葉を紡ぐリヴェスタ博士に、オフレッサー中尉は獣のように喉で笑いになりました。
「実験動物になるつもりはない。――貴様、火星に行くのか?」
「中尉、君はガリレオ研究所を知ってるかい?」
「貴様らの業界は門外漢だ」
「少しは世情に詳しくなければ、よい指揮官にはなれんぞ、中尉」
「余計な世話だ」
「簡単に云えば、火星版の私の研究機関(トロン=リヴェスタ)ってところさ」
「クソダメ(・・・・)か」
中尉の独特のアクセントついた感想に、博士は愉しそうに声をあげ笑われました。
「そう、そのクソダメ(・・・・)もトロン=リヴェスタと時同じくして、研究披検体によって壊滅させられた。もっとも研究被検体(マリア=ウェーバー)のように手ずから全職員を殺害したというのではないがね。まぁ、いい。こういうのをシンクロニティとでも云うのか、それとも時代がそれを必要したのか、研究者として興味惹かれる、なかなか面白い出来事だと思うが、これの批評については後世の歴史家に任せるとしよう。ともかく、そのクソダメ(・・・・)の研究資料を引き上げる為に、政府の依頼で私は火星に行く事になったんだよ」
博士の言葉に、中尉は僅かに表情を動かされましたが、少年を博士の目の前に置くと用は済んだとばかりに歩いていきました。
「最後に――」
博士の声に、中尉が足を止めます。
「この子が将来、キミの敵になったらどうする?」
リヴェスタ博士は、背を向けるオフレッサー中尉の背を愉しそうに眺められました。そしてオフレッサー中尉は、その質問に一言でお答えになりました。
「その時は殺す」
「ハッハッハッハッハ! やはりキミは最高だよ、オフレッサー中尉。キミを殺せるような素体を創造する事が、私の目標となりそうだ。私の子供たちがキミを殺すまで死んでくれるなよ」
歓喜の笑みを浮かべ、博士は高々に笑いだしました。その笑い声の中、中尉は夜陰の中に溶け込んでいきました。
「さて、タキリ。この子を連れてきてくれ――さぁ、始めようか、『最後の計画』を!」
「はい、博士」
夜陰に溶け込んでいた私は、白子のような手で少年を抱え込むと静々と、博士の後ろに続きました。
紅の満月が浮かび、寒々とした世界を照らしておりました。
これが、私がオフレッサー中尉と初めてお会いした時の話でございます。