20.思い出は思い出そのままに……
俺と羽多は付き合っていることを教室にいる連中がいる前で公表してみせた。俺に好意を見せて、キスまでされた乙川は、それを聞いて冷めたのか諦めたのか、言葉を失ったようだった。
付き合っていると言っても、正式じゃない。好きかもしれないし、そうでないかもしれない。ただ、俺は初めて、コイツには見放されたくないという気持ちが芽生えてしまった。それは恐らく、変な態度やわざとらしさを全面的に出していた俺のことを受け入れてくれたからだと思う。
「なんか、大ごとになって悪いな」
「あ、ううん、気にしないでいいよ。なんか照れるね」
「しかしまぁ、何て言うかこれで俺は、人の心が分からないとかって言い訳出来なくなるな」
「んーん、貴樹くんは最初から分かってたよ。伝えるやり方? って言うのかな、それが分からなかっただけだよね? だから何となく避けてた。男子も女子も近付かないようにね。でしょ?」
何で唯原は俺のことをこんなに分かってるんだろうな。それに今まで接して来た女子の中でも、こいつは性格が良すぎるだろ。コイツのことをもっと知りたい。そして、本当に好きと言えたらな……。
「じゃ、貴樹くん。席戻ろ?」
「だな」
騒ぎがおさまる頃を見計らうように、チャイムが鳴り出した。そのまま俺たちが自分の席へ戻ろうとした時、俺の前にあいつが立っていた。まだ何か言いたいことあるのか?
「未喜貴樹くん。社宅の女の子と、一緒になりたいんじゃなかった?」
「え?」
「あなたにとって所詮は思い出の女の子? それでも、思い出に縛られていたから私にキスをした?」
何言ってんだコイツ。瀬織ひより。俺がこの学校に来て、姿を見かけて社宅の頃にいた思い出の女の子。その子に似ていた……いや、コイツに違いないと思って不意打ちキスをした。
その子は泣き出してその場から逃げ出した。間違いでは無かったはずだと思った。カラオケに行った時、初めましてと言われた時は、完全に別人にキスをしてしまったと思っていた。それなのに、どうして今、それを言って来たんだ。
「未喜くんは社宅にいた頃からその子に……わたしに恋をしていたんでしょ? だけど、認めたくなくてずっと避け続けて、高校に来て私を見つけてしまった。だからその気持ちを偽るために、口を塞いだ。違う?」
「いや……」
「未喜にとって、私と乙川さんへの口塞ぎ……キスはあなた自身の気持ちに嘘をつきたくてしたこと。だけど、あなたのキスは偽ることの無い気持ちを彼に伝えたくてした。そうだよね? 唯原さん」
羽多が何で出てくるんだ? あいつとはまだキスなんてしたこともないのに。
「貴樹くん。わたし、君に嘘ついてた。わたしはカラオケにみんなで行ったときに、君にキスをしたの。だって、気になってた。でも、乙川さんにもひよりにも見られてた」
「……え」
「貴樹くんにキスをしてみたけれど、それが好きなのかどうかが分からなかった。それって、君がひよりと奈南にしたキスと同じことなんだよね。だから、付き合うようになるまで、ずっと気持ちを偽ってて知らないフリをしててごめん」
「羽多は俺の思い出の女の子ではないんだろ?」
「うん、でも……中学の時にそんなことを聞いてきたよね? 思い出に縛られてる男の子……なんか、気になってた。でも今は、付き合うことになったから良かったけどね。あ、でも、それでもまだ好きかどうかは分からないんだ。だって、貴樹くんは思い出に縛られたままだから」
「いや、それはもう……いいんだ。瀬織がそうだっただけだし、思い出の女の子を俺の思い出の中に繋ぎ止めておきたいがためにキスをしただけだから。でも、羽多との思い出は俺にはまだない。だから、これからでもお前との思い出を作りたい。いいか?」
「うん、それはいいよ。じゃあ、奈南もひよりのことは、これから忘れてくれるよね?」
「え? あぁ、同じクラスにいるから忘れるとかそれはどうかと思うけど、思い出からは消す」
「うん、オッケ。貴樹くんは、わたしと思い出を作っていく。偽った気持ちでキスするとかやめて欲しい。そんなの恋でも何でもない」
「分かった。そうする……」
思い出に縛られながら好きでも無い女子にキスをした俺。好きとかでは無かったけど、気持ちを偽りながらキスをした唯原羽多。俺と、彼女は正式に付き合うことになった。
どれが本当で、どれが嘘なのか……今となっては知る由も無い。俺にさんざん絡んできた瀬織、乙川はこれ以降、何も絡んで来なくなった。結局気にしすぎていたのは俺だけだったということだ。
ただ、津田だけは怖いことを最後に助言してくれて俺の偽りは終わりを告げた。
「羽多に嘘はつくなよ? あいつ執念深いし独占欲強いし、根回しがやばいから。だから、浮気すんなよ? そうじゃないとお前……いや、クラス中が敵になるから」
あぁ……そうか。乙川にキスしたことも、噂みたいなもんが広まったのも全ては彼女の仕業だったんだ。
「貴樹くん……君の心に偽りはないよね……?」
「お、おぅ」
「うんうん、そうなったら怖いからね」
小さい頃の思い出は他人に話すことでは無い。それも女子には……羽多には逆らわず、下手な事も言わずに俺は彼女と付き合うことになった。偽りを失くして、自分の心に恋を宿す為に――
色々四苦八苦しながら書いていたお話でした。
最後まで苦労してしまったのですが、これまでお読みいただきありがとうございました。




