17.偽りの彼女
ずっと避けられていた。俺はそう思っていた。みんなで行ったカラオケで寝ている間に、誰かにキスをされた。それを目撃したらしい乙川が、教えてあげる代わりに付き合ってよ。などとくだらないことを言って、そいつにも偽りのキスをした。何の感情も無いにも関わらずに。
普段から遅刻をしまくる瀬織は、俺や津田からは気のせいか分からないが、距離を置いて様子を見ていたような、避けられていたような気がしていた。
そして、今日の昼。乙川に嫌われるためだけに、嘘の俺を全面に出して周りから女がいなくなった。そこに声をかけて来たのが、瀬織だった。
「どちらのキスが嘘なの?」
俺はなんて答えればいいんだ。乙川へのキスは完全に偽りだ。だけど、瀬織へのキスはあの子だから、だからキスをしたんだ。そう答えれば展開が変わるのだろうか?
「……乙川へのキスが嘘だ」
俺は正直に答えた。この場にはもう、俺と瀬織しかいないから言うしかなかった。
「わたしへは本当だったってこと?」
「お前も嘘ついてただろ。カラオケに行くとき、初対面って言ったけど違うだろ?」
「そうだけど?」
「は? どっちだよ」
「初対面じゃない方。だって、この学校来てすぐにキスされたし……」
やっぱり、コイツだった。何で今になって、こんなことを言って来たんだよ。
「あのキスは何で?」
「お前、社宅に住んでただろ?」
「それは覚えてないけど。それとキスの関係って?」
「お前が俺の思い出の女の子だからだ。悪いかよ」
「だからキスしたんだ? こっちの気持ち無視して、あんなことするんだ?」
気持ちを無視か。それを何故今になって、言ってくるんだよ。嫌いならそのまま俺のことなんて、相手にしなければいいじゃねえかよ。何でだよ。
「お前のことがす……いや、いきなりして悪いと思ったし、後悔もした。でも、嫌いな相手にバンバンキスとかしねえし。乙川の事だって嫌いってより、黙らす為で……そんなんじゃねえし」
「そうなんだ。ふぅん? 奈南のことはわたし、関係ないしいいけど。わたしのことは気にしてくれてるんでしょ? だったら、付き合う?」
「は? 何でそうなるんだ。付き合うってそんな簡単に……」
「気持ちとか深く知りたいなら、それが早いじゃん? とりあえず付き合えば、未喜くんが思ってる子とはかけ離れてるって分かるかもだし?」
「思い出の子をこの歳まで引きづってるとかねえし。だから、今の瀬織で見るけど。本気なのかよ?」
「偽りを重ねていいなら付き合ってもいいよ」
「何だよそれ……」
いや、でも今の俺は仮とは言え、唯原と付き合ってるんだ。急にこんなこと言い出す女と付き合うのか? 迷いも何もないわけにはいかないだろ。ここは、唯原を追いかけて話すしかないはずだ。
「悪いけど、俺は今、仮でも付き合ってる奴がいる。だから、瀬織と付き合うとか無理だ」
「仮なんでしょ? だったらいいんじゃないの?」
こうしてここで話しても昼が終わる。瀬織の言い方がイマイチ、気に入らなかったというのもあって、俺は唯原を探すことにした。少なくとも、言い方に問題があってそれで気分を悪くしたのは事実だ。
だから俺は、今優先すべきなのは目の前の女じゃなくて、話をしてくれた唯原なんだと思った。
「……悪ぃな。話の続きはまた今度聞く」
「あーうん、それもそっか。じゃあ、後ででいいよ」
「じゃあな、瀬織」
「……じゃあね」




