10.好きか嫌いか
「……それで? 俺に何を聞きたいんだ?」
「分かってんだろ? 貴樹は俺……いや、クラスの男女複数を敵に回したってことを」
「敵になりたきゃなればいんじゃね? 知るかよ。勝手に話して、勝手に動いてるだけの話だろ? 面と向かって来れば早いのによ」
朝のホームルームを終えると、すぐに俺は志倉に呼ばれてトイレに来ている。よく分からないけど、こそこそするのは好きじゃない。
「てか、はっきりさせれば味方になる奴が増えるぜ? どうなんだよ、そこのところは」
「はっきり? アレか、乙川と俺の関係ってやつだろ?」
「自覚はしてるんだな。で?」
正直言って、俺にそういう気持ちは全くないと言っていい。言っていいかもだけど、これを志倉一人に言った所でクラスの奴等……特に、ウワサでしか判断していない野郎どもは納得しないだろうな。
そこで俺はもっとも頼りたくない奴に声をかけることにした。奴は男には絶大な人気を誇っているらしいし。
「津田に全て話しとくから、お前は奴に聞いとけ」
「そ、そうか。分かった」
いつまでもトイレにいた所で変わらない。俺はさっさと教室へ戻った。志倉は俺の少し後に戻って来て席に着いたようだ。
「ミキタカ、話したい。いい?」
「乙川。俺も話あるからここでいいよな?」
俺は教室の中に遅刻魔女子こと、ひよりがいないことを確認して乙川に向き合った。何となく、ひより……あいつに聞かれたくなかった。あいつが俺の思い出女子かどうかは分からない。それなのに、どうにも気になって仕方なかった。
当の本人は相変わらず、ホームルームを終えてもいまだ姿を見せていなかった。遅刻魔じゃなくて、サボり魔と言っていいレベルだ。
「俺は、乙川が分からない」
「ど、どういう意味?」
「好きって何だ? お前、俺のこと好きなのか? 何でだ」
教室の真ん中で、しかももうすぐ授業が始まろうとしているのに、クラスの連中は俺と乙川の成り行きを見ているようだ。何でこんなに俺のことを気にしているのか理解出来ない。だが、俺は地味に過ごしたいだけなんだ。だから、聞いた。
「好きじゃなかったら、あんなこと……しないよね?」
「アレのことを気にしていたのか? なら、謝る。ごめん」
アレとはもちろん、屋上でしたキスのことだ。俺がするキスには要素を含んでいない。それなのに、そんな想いを勝手に抱かれても困る。
「じゃあ……やっぱり、あの子の方がいいの?」
「誰のことを言ってる? いや、はっきり言うけど俺は分からねえよ? 誰が好きだとか、嫌いだとか、今まで気にしたことない。気になってる奴も特にいない。それだけ」
「そうなんだ……そう。でも、私は嫌いじゃないし諦めるつもりなんてないから、それだけは分かってくれるよね?」
「分かった。それでいいか? 授業始まるし、席に戻る」
結局何だったんだ? 俺は何とも思っていない。そう伝えたはずなのに、それでも諦めないとか意味わからねえよ。他の連中は俺の答えに首をかしげていたようだった。いや、お前らも似たようなもんじゃねえのかよ。
それとも、心に何かを学ばせる為に、それだけのために付き合ってみせるとか? でも俺が気になってる女子は今はあいつだけだ。カラオケ以来、一度も話したことのない女子。
俺がキスをしたはずの女子。それこそはっきりさせないと、俺も他の女子にどうこう言われても分からないままだ。かと言って、俺からひよりに何をどう話しかければいいんだ……
「いよっ! クラスターミキタカ!」
「あ?」
「クラスのスターになっちまうなんて、俺は寂しいぜ!」
「それはともかく、津田。聞きたいことがある。放課後、時間あるか?」
「おぉ? マジで!? とうとう未喜貴が俺にデレたのか!? いいぜ、津田さまが相談に乗ってやろうじゃないか! どうせアレのことだろ?」
津田がチラりと首を動かした先で、乙川とその他の女子たちがこっちを気にして見ていた。
「アレだ」
「オーケ。じゃ、近くのミクバでいいか? 新作のバーガー食いたい」
「どこでもいい。あぁ、俺は津田の分を払うとは言ってないからな?」
「と、当然じゃないか。未喜貴に出してもらったら何されるか分からないしな……」
「何もしねえよ」
ミクバ……チェーンバーガー店らしい。ミックバーガーという駅前にどこにでもある店だ。話をするには丁度いい店だが、俺は1人じゃ絶対に行かない。今後も行くとしたら津田とかくらいだろう。
津田とふたりだけで行くはずだったが、何故か一度名前を聞いたことのある女子が付いて来ることになるとは思ってなかった。何で俺はこんなに気にされているんだろうな……俺は、知りたいだけだ。恋って奴を。




