1.美化された、思い出
彼女と出会ったのは俺が幼稚園で年長に上がる前の、社宅に住んでいた時。俺には歳の離れた兄が1人いて、姉たちも2人いる。俺は一番下の末っ子で、いつも留守番と鍵番をしていた。
兄や姉たちはすでに小学生。俺はまだ幼稚園生。どこにも行くことが出来なくて、鍵を失くさないようにして社宅下の小さな鉄棒で遊ぶ程度の子供だった。一緒に遊んでくれるような兄ちゃんたちはいなく、どちらかと言うと同じ歳の小さな女の子が時々、俺の遊ぶ様子を眺めながら声をかけるかかけないかで迷っているのを見ていたくらいだ。
「ねえねえ、なにしてるの?」
「……鉄棒」
「あそびたい?」
女のコは、自分を指差して聞いているらしい。主語がなくて理解出来なかった。
「えっと、わかんない」
その当時は家族以外の人と話したことも無いほど、自分の家の中から出ることがなく帰って来た兄や姉たちとしか遊んだことが無かった。
幼すぎた俺。それが例えかわいい女の子だったと認識していたとしても、素直に遊ぼうなんて頷けるはずも無く、何をどう答えればいいのかなんて分からなかった。
女の子は俺のことを遠くから眺めているだけで声をかけてくることがなくなってしまった。一緒に遊ぶ……? それはどうやって遊ぶのか。それすらも分からなかった。
結局、引っ越しをして社宅を出るまで一度もその女の子と遊ぶことがなく、あの時一緒に遊んでいれば俺はもう少し恋とか好きとかと言う気持ちを、成長させることが出来たのかもしれない。そう思った。感情はきっとそこで身に付けられたかも、と。
仮定の話であって、所詮はたらればの世界。
そして時は巡り、小学生から中学生になった時、社宅にいた時の女の子に似た子に出会う。当然だが相手は俺を覚えてもいないし、印象すらも残していないだろう。
何の運命か知らないが第一志望の高校に受かった俺は、再びその女子と出会うことになる。
「俺のこと、覚えてないかな? 幼い頃に出会って、少ししか話してないけど、その頃から俺はキミのことがずっと……」
「ごめんなさい、知らなくて。でもお気持ちは嬉しいです」
この子が俺の目の前に立ち、理由も分からないけど返事を返してくれている。それが、それだけのことが、俺の心を突き動かした。
恋なのか、嘘なのか、俺自身にも分からない。なのに、ふと視線を外したこのコに不意打ちのようにキスをした。
――直後、彼女は涙の滴を落とし、俺の前から走り去った。当然のことだ。頬を叩かれなかったのが奇跡なくらいだ。
告白でもない、恋でもない……この気持ちは何なんだ。これから先、彼女の顔を見て話して俺はどうすればいい? どうしていけば正解なのか分からないまま、俺は心を偽ったまま求めていくことになる――