人の感情が動く所にドラマが生まれる
二十年以上も生きて、何年も社会人を経験していると、その中では色々と学ぶ事があるもので、その中で特に感じさせられる事に、『物事は繋がっている』というものがあります。
これについては、話すと長くなってしまうので割愛しますが、簡単にまとめると、『学んだ物事は、全く別の分野でも生かせる場合が多い』という事です。
特に、私の場合は、高校の部活動も含め七年程の演劇経験で培った経験や感覚が、執筆を行う上で非常に役に立っています。
中でも、登場人物の視点で書く一人称視点での物語は、役者として演技プランを練ったり、表現をする事と非常に近い物を感じました。
今回の内容は、そんな演劇経験の中から一つをピックアップしてお届けしたいと思います。
物語を面白くするためのポイントは何か?
私が伝えたい事はこれです。
『人の感情が動く所にドラマが生まれる』
この言葉は、私の演劇の先生の一人が教えて下さった言葉なのですが、これをもう少し分かりやすく噛み砕いて言うと、『登場キャラクターが何を思って何を感じたか』そこに面白さがあり、ドラマが生まれるという物です。
この事は、私が小説を執筆する上で、とても参考になっていますし、この点を意識するだけで、何の変鉄もない会話がドラマに早変わりしたりもします。
では、分かりやすく例文でも使ってみましょうか。
【例文1】
「あれ、影山君は今から帰るの?」
「え?あぁ、うん」
「そっか、じゃあまた明日ね」
…………えっと、かなりいい加減に会話文を作ってみました(汗)
小説では、まず見ない形式だと思いますが、演劇等で使われる『台本』などでは良くある形式だと思います。
さて、話は少し変わりますが、たった三行の会話文ですが、もしこの台本の登場人物を、役者として演じるとしたら、貴方ならどんな風に演じますか?
ほとんどの方は、何を意識すればいいのかすら思い付かないのではないのでしょうか?
もしくは、小説を書いた経験のある方であれば、まず5W1Hに気が付つかれるかもしれません。
今はいつで、ここはどこで、二人は誰で、どんな状況で、二人は挨拶を交わしたのか。
まぁ、ぶっちゃけこれも本題からは、ほど遠い話なので、これもサクッと仮定していきますね。
【例文2】
夕暮れ時、家に帰ろうとしていた影山は、高校の下駄箱の前で桃井に声をかけられた。
桃井「あれ、影山君は今から帰る所?」
影山「え?あぁ、うん」
桃井「そっか、じゃあまたね」
二人は挨拶を交わし、それぞれその場を後にする。
はい、だいぶ『台本』っぽくなりました。
さて、ここから『どう演じるか』という話になるのですが、役を演じる人が良く言われる言葉に「行間を読め」と言う物があります。
行間とは、文字通り行と行の間の事で『何も書いていない部分』の事を指します。
つまり、『何も書かれていない、真っ白い部分を読め』というのです。
…………訳が分からないですよね?(笑)
私も始めは、何を言っているのかさっぱりでした。
そこで、一つ想像して頂きたいのは、普段見るテレビドラマや演劇の舞台などです。
実際に演劇やテレビドラマなどを見ると、そこには台本に書かれている事以外にもたくさんの物事が存在しますよね?
建物や背景、その他小道具何かも存在しますし、役者も表情を浮かべたり、動いたりしています。
特に役者の動きに関しては、色んな感情が込められていて、一つの動作で色んな事を表現されていたりします。
では、そこを意識して、例文に文章を加えてみましょうか。
【例文3】
夕暮れ時、家に帰ろうとしていた影山は、高校の下駄箱の前で桃井に声をかけられた
「あれ?影山君は、今から帰るの?」
何気ない挨拶に、影山は一瞬動きが固まる。
「え?あぁ、うん」
緊張しているのか、出てきた言葉にはどこかぎこちなさが感じられる。
「そっか、じゃあまたね」
桃井はそう言って手を振ると、その場を後にした。
その姿が見えなくなってから、影山は胸に溜まった息を一つ吐き出す。
夕日に照らされた影山の顔は、真っ赤に染まっていた。
三人称視点はあまり書かないのですが、どうでしょう?
キャラクターにも動きが加わり、小説の一場面に仕上がったのではないでしょうか。
少し話が逸れた感じはありますが、ここからが本番です。
実際に登場人物を演じようとすると、当然『貴方』の視点で話は繰り広げられる訳です。
いわゆる一人称視点ですね。
この時、『貴方』が何を思って何を感じるか、そしてその気持ちがどう行動に表れるか。
これが、登場人物を演じる上で非常に重要になるのです。
これがないと、演技にリアリティーが欠けてしまい、見ていて『演技』にしか見えなくなってしまいます。
逆に、これがあるからこそ、見ている人は登場人物を『人間』として捉える事ができるのです。
そして物語が進む中で、登場人物に様々な心の変化があり、そこに『人間としての成長』があったり、『愛』が生まれたりしてドラマが作られる。
登場人物か何を思い、何を感じ、どう行動して、どう心が動いていくか。
この一連の流れが、『面白さ』の一つの要因なのです。
なので、同じ様な題材、同じ様なストーリー、同じ様な展開の話があったとしても、登場人物が何を感じて、どう思ったのかが違えば、それらは全く別の印象を受ける事でしょう。
【例文4】
いつからだろう、僕が桃井先輩の姿を目で追っていたのは。
初めて美術部の部室に行った時だろうか?
あの時、桃井先輩が描いた絵を見て、凄く感動した事を覚えている。
僕が美術部に入部してからだろうか?
同じ部員として接するようになって、先輩をより身近に感じるようになったからかもしれない。
先輩から色んな事を教えてもらったからだろうか?
元々、絵を描くのは好きだったけど、上手では無かった僕に先輩は丁寧に教えてくれた。
だから、僕が桃井先輩に惹かれていった事は、ごく自然な事なのかもしれない。
いつからだろう、僕が自分の気持ちを自覚するようになったのは…………
「あれ、影山君は今から帰るの?」
不意に声を掛けられ、一瞬息が止まる。
下駄箱の靴に手を伸ばしたまま視線をずらすと、そこには桃井先輩の姿があった。
「え?あぁ、うん」
何を言っていいか分からず、出てきたのはそんな言葉。
口の中が妙に渇き、僕の動揺を表すかのように、舌が上手く回らない。
「そっか、じゃあまた明日ね」
桃井先輩は、そう言って何事も無かったかのように去って行った。
その姿が見送り、胸に溜めていた息を吐き出す。
心臓がようやく動く事を思い出したのか、ドクンドクンとの早鐘を打つのが聞こえる。
顔が熱い。
今が夕暮れ時で良かったかもしれない。
赤く染める夕日が、僕の想いを上手く誤魔化してくれただろう。
…………いかがですか?
たった三行の台詞だけで、面白くも何ともなかった【例文1】が、それなりの面白さを帯びたのではないでしょうか?
何の変鉄もない会話だった物が、主人公の考えや恋愛観を表現する『ドラマ』になりました。(但し、異論は認める)
この『登場人物の心理を描写する』という手法は、主人公に感情移入をさせる没入型の小説とは相性が良く、『登場キャラクターが何を思って何を感じたか』を書くと言うことは、読者がその感情を追体験する事に他ならないので、この点を意識すると、作品がぐっと面白くなるのではないでしょうか?
当然、地の文が多くなるので、『テンポが悪くなる』といった弊害や、『私が表現したい事は別にある』などなどのご意見はあるかと思いますが、これはあくまでも表現の手法の一つという事で、使い所は考える必要があります。
しかし、『漠然としていて、どうしたら面白くできるか分からない』という方や『自分の作品に何か一味加えたい』といった、現状に何らかの刺激を求めている方は、この点を意識してみると、また違った見方ができるかもしれませんね。
『心理描写』と一言に言っても、色んな表現方法がある物で、今回の【例文4】には、以下のような物を使いました。
・モノローグ
日本語で言うと『独白』ですね。
要するに、自分の心の声をそのまま台詞っぽく書く事で、【例文4】の前半がそれにあたります。
・感情を表す動作を書く
人間の感情は動作にも現れるので、動作を書く事で感情を間接的に表現しています。
息を止める → 緊張を表す
止めていた息を吐き出す → 緊張からの解放を表す
など……
・身体の状態を書く
人間の感情の起伏は、身体に様々な影響を及ぼしますので、それを書く事で、どんな気持ちであるかを表現します。
口の中が渇く → 緊張を表す
舌が回らない → 若干パニックである事を表す
心臓が早鐘を打つ → 緊張からの解放、及び恋のトキメキを表す
など……
他にも、人間の内面を表現する方法はあるかと思いますが、参考までにどうぞ。