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襲撃

 午前5時。革命家の朝は早い。ブルーバード計画に賛同する面々は、作戦会議用の移動式黒板の前に、洞窟の中で朝かも夜かもわからないが、早朝に突き出される。整列され、並ぶ七人の革命家の面々。猛々しい朝礼が行われるかと思えたが、問題のあるものが約二名。背筋をしゃんと伸ばすことすらままならず、ううと唸りながら頭を垂れてがくがくとまるで生まれたての小鹿のように震えている。昨日の夜、飲み比べをしていたボルガとライアだ。


「うう……、ああ……頭痛いよう……」

「ああ~っ、気持ち悪いよぅ……」


 ついには、ふたりは折り重なるようにしてその場に倒れこんでしまった。他のメンツは皆が皆呆れ顔になって、やれやれと言うため息をつく。アズナとバレッタは新入りだというのに、すっかりため息の調子が皆と合ってしまっている。彼女らが馴染むのが早いのか、それともこのふたりが単にダメダメなだけなのか。どう考えても後者だろうが。


「おい、起きろ。このへべれけ夫婦」


 ドクことドミニクがしゃがみ込み、ふたりに声をかける。


「誰が夫婦だぁっ!こんなアバズレと一緒にするなっ!うう……」

「あたいだって、こんなむさい男願い下げだよっ!あ~う~」


 互いに罵声を吐くものの、自分の声か相手の声かが脳内に反響して二日酔いでガンガンと痛む頭蓋を激しく殴打する。必死に否定してはいるものの、罵声を言うタイミング。もだえ苦しんで、起き上がりかけたところからまた、地面にひれ伏すまで鏡に映したかのように息が合っている。これは長年連れ添った夫婦でも簡単にできる芸当じゃないだろう。


「諦めな……、あんたら立派な夫婦漫才師だよ」


 だが、そんな呑気なことを話している場合じゃない。ふたりがこの状態の中、誰がラピスラズリを献上しに向かうのかということだ。ドクがそう持ち掛けるとハワードは、ドクの隣にしゃがみ込んで地面にひれ伏したまま、競りにかけられる二匹のまぐろにこう告げた。


「ほら、起きるのです。起きないと、あなた方は生涯禁酒ですからね」


 そうすると、二匹のまぐろはトビウオのごとく飛び上がり、さっきまで伸ばせずにいた背筋をぴんと張って、敬礼をした。


「ハワード、今すぐラピスラズリを献上しに行って参りますっ!」


 威勢のいい声を揃えて、猛々しく叫ぶふたり。先ほどまでの体たらくはどこ吹く風だ。アズナは、この変わりように半ば感心しかけていたが、続くバレッタの言葉でまた呆れ顔に変わることになる。


「要するにあんたたち、酒が飲みたいだけじゃないかい」


 全くもって、その通りだ。バレッタの的確な指摘にため息を添えたところで、アズナはあることに気づく。この早朝の打ち合わせに出席しているのは、七人。昨日紹介を受けたところから、ひとり減っているのだ。あの左眼にモノクルをかけた若い司祭だ。


「あ、あの……、ヴィンセントさんは?」


「ヴィンセントなら、町でミサがあるとか言って早くに出て行ったよ」


 町長のクラウガがそう答えたなら誠なのだろう。あくまでもクラウガにとっても、ヴィンセントにとっても、このブルーバード計画は副業でしかないのだから。



 *****



「お目覚めですか。教皇様」


 この国の支配者たる教皇の座する玉座の前には、祭壇に丁重に飾られた水晶玉が。水晶玉からは男の声が聞こえる。どうやら教皇は、魔術を以てこの水晶玉を介し、何者かと情報のやり取りをしているようだった。


「ああ。以前に君から、今日は献上物があると伺っているからな」

「左様でございます。本日献上されるラピスラズリは

 革命家集団からの差し金……。ですが癪ながら

 これは大人しく受け取ったほうが良さそうです」


 水晶玉の向こう側の人物は、間もなく献上される品物を知っていた。そしてそれがブルーバード計画の一部であり、どう使われるかということまでも。ラピスラズリは結界術の媒体として使われ、凱旋式で教皇をはじめとする支配階級の者を守るためのバリアを張るのだという。


「……ただのテロ集団が、こちらを気遣うなど酔狂な奴らだな」

「何でも血が流れない革命を掲げる連中だそうで。

 焚き付けられて民衆が暴動を起こした際に、支配階級の者どもを

 お守りしようとまで考えているようで……、こちらは民の血が

 いくら流れようと知ったこっちゃないというのに、随分と国も

 見くびられたものですね。教皇様の娘までこれに加担する始末とは」


 その言葉に教皇はピクリと反応する。これが血のつながった家族でありながら、不当な理由で迫害を加えてきたことへの罪悪感。または、父親としての自覚から来るのならば、良かったのだが。


「……アズナがいるのか?」

「ええ、早々とこちらのメンツに溶け込んでおります。

 しかも……、結界を張り支配階級の者をお守りする役に宛がわれている」

「ほう……、つまりは誰も傷つけず誰も殺させず、きれいに

 この私だけを玉座から引きずり落とすべく……、実の娘という

 立場を利用しようと?この父である教皇の顔に何重に泥を塗りたくれば

 気が済むというのか!厚顔無恥も甚だしいわ!」


 目を血走らせて、額に青筋を走らせて声を荒げる姿には、そのどちらも感じ取れそうにない。厚顔無恥とはどの口が言っているのだろうか。そこにいたのは、支配者としても父親としても、奢り高ぶることしか能のない愚君、毒親。


「……お気持ちをお察し申し上げいたしますよ。教皇様……。

 して、どうしますか?幸いにも僕は、いつでも手を下せる環境にあります。

 いい加減……アズナ様に執着するのを止めたほうがよろしいかと」

「神童と呼ばれるほどの魔女だぞ。人形にしても億を超える価値がつく」


 教皇が父として娘に向ける思い。それは執着。


「分るだろう……?あれほどの逸材が……生意気な正義を掲げ

 愚かにも父親たるこの私に、生まれの地であるこの国に抗い続ける。

 ……殺すのではない。その意思をへし折り、この私のもとにひれ伏させる。

 それが娘の受けるべき罰なのだよ」


 アズナは王族の中でもきっての素質を持っており、成績を操作されていなければ、名門たるルイーズ魔術高等学校の頂点に相応しいものだった。もっともその工作を命じたのも教皇なのだが。教皇は、アズナが周りから認められず、否定され、迫害される環境を作り出すことで、彼女の中にある正義をへし折ろうとしてきた。支配階級の者が持つことを許されない平常な道徳的価値観を。最初は、真っ直ぐな人柄が捻じ曲がれば事足りると思っていたものが、彼女の頑なさのあまり、彼女自身の意志をもぎ取って人形にしてしまおうというところまで来ている。


「お好きになさってください。教皇様の意志とあらば、

 僕は否定はしませんから……」


 教皇のここまでの浅ましい執着心には、水晶玉の向こうの相手でさえ、ウンザリしているかのような口ぶりだ。それに、アズナをできることなら始末しておきたいという意思もうかがえる。彼のため息には呆れと落胆が混じっていた。教皇に何を言っても無駄だと感じたのか、彼はもうひとつの話題を切り出す。


「そうです。教皇様……ひとつ、いい情報があります」

「なんだ……?」


「我々の一味の中には、新政府総統として市場街の町長が巻き込まれています」


 教皇は聖職者とも、父親とも、人間とも思えない悪魔のような引きつった笑みを浮かべた。


「殺せ……。私以外を……、この玉座に座らせるな」


 その名を受けた返事を表わしてか、水晶玉の向こう側から金属製の鎖が奏でるような、しゃらりという音が聞こえた。それとともに、謁見の間の扉が重たい音を立てて開かれる。

 どうやら献上物が到着したらしい。教皇は、今の今まで浮かべていた悪魔の笑みの上に、謁見にまみえた客人に向ける笑顔の仮面をかぶせるのだった。



 *****



 ボルガとライアがラピスラズリを献上している間、待機組は待機組で作業をしていた。ブルーバードの製作作業の続きだ。製図はほとんど書き上がっており、飛ぶのに必要な設計を計算するなどのややこしい作業は、済んでしまっていた。だがここからは、手先の器用さが必要になってくる別の意味で厄介な作業だ。ドクは最も神経の使う役割だった。その作業工程は、機械技師というよりは、職人技に近い。


 のこぎりを使って切り出した木材に、のみを使って穴を開け、凹にあたる部分をつくる。相手側には、やすりを駆使して凸にあたる部分をつくり、この凹に凸を打ち込むのだ。これは少しでも比重の軽い木材のみで部品をつくるため、そして凹と凸の間にある数ミリにも満たない遊びによって、機体にかかる自重や風の力を分散させるため。そしてさらには表面にかんなをかけて、毛羽立ちをなくすとともに滑らかな流線型のフォルムへと整えてゆく。その上、これが機体全体を通して均等に施さなければいけないというのだから、材木運びや鋸で大まかに切り出す作業を除いては、ドクの独壇場にするに他なかった。彼には重労働だが、計画の成功のためにはそんなことは言ってられない。


 青い鳥が飛ばなければ、民に希望は舞い降りないのだから。


 残りのメンツは、自動的に他の作業にあたることになる。クラウガは町役場に戻っていた。そして、バレッタは我先にと市場街へと繰り出した。どうやら、昨日の料理の件で、ここの食糧庫の在庫の少なさに業を煮やしたらしく、食材の調達に向かったのだ。ハワードはこの計画の発案者ではあるが、流石にドクほどの職人技は持ち合わせていない。彼は鳥の羽を青く染める工程を請け負った。アズナもそれを手伝う。


「あの……、ハワードさん」

「どうしましたか?」


「服についていますよ。青いの」


 指摘されて、ハワードはスラックスの膝のあたりが、塗料を塗りたての翼の一部に触れてしまっていることに気づく。だからと言って、そのままの大勢を変えることができず、結局は力なく苦笑いを浮かべるのみだ。アズナも鏡に映したように笑ったところで自分の右袖が真っ青に染まってしまっていることに気づく。


「お互い様ですね」

「この服はもう塗装作業着にでもしますか」


 無駄話はここまでにして、衣服が汚れようが知ったこっちゃないという勢いで塗り進めていくふたり。

 すると、ドクがしきりに首をかしげながら、「あれ?」、「あれ?」、と呟いている。どうやら何か道具を探しているようだ。


「ドク、どうしたのですか?」


 ハワードが尋ねると木材を切り出すために使っていた鋸が一本無くなってしまっているというのだ。鋸自体は、様々な大きさのものをその時々で使いやすいもので使い分けているため、ひとつ無くなったところで作業ができなくなるというわけではないのだが、どうにも気持ち悪い。


「あたしが探してみましょうか?」


 アズナが気を使ってそう提案するが、ドクは気にしないでそっちの作業に集中してくれと言った。作業は進んだ。一本の鋸がないままに。



 *****



 同じころ、地下深くの薄暗い洞窟から長い長い階段を上がってようやく地上に出たバレッタ。年齢と体型と日ごろの運動不足が災いして、膝はけたけたと笑っている。息巻いて市場街に出向いたはいいが、食材の調達とは我ながら重労働を選んだものだ。自分の母親気質というものに、改めて後悔をさせられたとため息をひとつ。とは言っても食糧庫の中身は、酒のつまみの干し肉。しおれかけた、くたくたの野菜。湿気て食感が変わってしまっているパン、そしてあとは酒しかなかった。そのうちのほとんどは昨日のポトフで使い果たしてしまっている。ハワードは、我々なら酒と干し肉さえあれば事足りると言っていたが、他はともかくアズナにまでそんな食生活をさせるわけには行かない。紛いなりにも、今のアズナの保護者は他でもない、自分なのだから。笑う膝を引きずりながら、歩いていると何やら見覚えのある人物を市場町の人混みの向こうに見つける。


 左眼のモノクル。今朝ミサがあると言って出かけていたヴィンセントだ。


 彼が外を出歩いているということは、もうミサは終わったのだろうか。目を凝らしてよく見ると、町役場の建物に向かって歩いていく。バレッタは寄り道ではあるが、彼の行く先が気になり、ひっそりと尾行することにした。彼はとくに何の躊躇もなく、町役場に入った。


「町長に話でもあったのかしら」


 ほんの気まぐれの尾行操作に終止符を打とうかとしたそのとき、町役場の建物の奥から叫び声がした。それが耳に入るや否や、バレッタは笑う膝に鞭を打って走り出す。町役場で何者かが襲われている。役場と言うよりも簡素な一軒家に見える建物の扉を半ば体当たりを食らわせるかのようにして押し開ける。その一歩手前で、もうひとつ叫び声が上がる。


 扉を開けると直ぐにクラウガの書斎だけがあった。彼の書斎机と革張りの椅子が置いてあり、壁には政治論や経済学、風土記などの書物がずらりと並べられた本棚が。本当にそれだけが町役場の内装だった。

 その革張りの椅子には、いつもはにこやかに笑うクラウガが座っていたのだが、今は腹を刺されて意識を失っている。そして書斎机の前には同じく左腕に深々と傷を負ったヴィンセントが、荒い息で喘いでいた。彼らに手を下した凶刃も、凶手も現場には見当たらない。かすれた細い声でヴィンセントは、ありのままをバレッタに説明した。



「……襲撃を……受けた……。どうやら嗅ぎつけられたらしい」


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