6月
「長島くんは部活どうする?」
やるべきことは終わって何となく休憩モードになった生徒会室で、隣に座っていた小宮山さんが訊ねてきた。体育祭という大きなイベントも無事に終わり、生徒会の仕事は落ち着いている。
中間試験が終わり、季節は夏に向けて梅雨に入った。外はじめじめとした空気の中、今日も降っている雨が時折窓を叩く。
「俺は生徒会と両立できるかどうか次第だね。そう言う小宮山さんは?」
「私も同じ。生徒会が一番だし」
彼女がそれほど生徒会に思い入れる理由は、顔合わせのときにこっそり打ち明けられた。本当は会長に近づきたいだけなんだ、不純な動機でごめんなさい、とわざわざ俺に対して申し訳なさそうに謝る姿が印象的だった。同じように会長目当てであったろう多くの他の女子たちではなく、小宮山さんが選ばれて良かったと思った。動機が何であろうと、立派に書記を務めている彼女には今のところ何の不満もない。
「そうか、もう入部届けを出し始める時期なんだな」
奥の席でパソコンを弄っていた会長が、くるりと椅子を回しこちらを向いて言った。
「先輩方って部活はどうされてるんですか」
小宮山さんが少し椅子を引きながら声をかけた。
「人それぞれ、だな。秋は見ての通りバスケ部の方に出て今日はこっちに来ていないし」
そう言いながら俺の隣にある空席を指さした。机の上にはクリアファイルとノートが綺麗に積まれ、その上に「会計・横井秋」の名札が乗っている。
「河野は特に入りたい部活がなかったと言っていた」
「中村先輩は何部なんですか?」
小宮山さんは興味津々といった様子で会長に問いかける。
「俺は部活はやっていないな」
「え、そうなんですか!?」
ひどく驚いたように声を上げる小宮山さんに、苦笑しながら会長が答える。
「俺が1年だったときの生徒会長に仕事を押し付けられてな。忙しすぎて結局部活に入り損ねたんだよ」
「ひどい話ですね」
「島田先輩は?」
なんだか会話をしている2人の間に割り込みたくなって、話題を別の人に逸らすために目の前にいる大柄な先輩に問い掛けた。
「……何となく入らなかった」
少し考える間があった後、短い答えが返ってきた。生徒会本部の先輩は4人とも落ち着いているけれど、中でも島田先輩は本当に落ち着きがある。
「けど島田は半分剣道部みたいなもんだろ」
島田先輩の返答を聞き付けた会長が口を挟む。
「確かに団体戦の助っ人はやってますけど」
「島田先輩って剣道強いんですか!?」
平然と答えた島田先輩に、目をきらきらと輝かせながら小宮山さんが身を乗り出す。
「こいつ負け無しらしいぞ。まぁ、他の部員が弱くてあまり勝ち進めないのもあるかもしれないが」
「うわぁー。剣道やってるってだけでもかっこいいのにその上強いとか!袴姿とかもすごい好きなんですよー」
投げやりに情報を付け足す会長と、嬉しそうに話す小宮山さんの対比が可笑しい。その光景を眺めていて、さっきまでとは違う方向に気持ちが動く。
「……俺、剣道部入ろうかな……」
昔剣道をやっていたという父親の影響で小学生の頃から道場に通い、中学では剣道部に入っていた俺は、当然この高校の剣道部にも真っ先に見学に行った。しかし正直言ってあまり強そうな部員が見当たらず、入部には消極的だった。でも人が足りないというなら、入ってみても良いかもしれない。
「ん?何か言った?」
問いかけながら首を傾げてこちらを向く小宮山さんの黒髪が揺れて、少し甘いシャンプーの香りが漂った。