ラブコメロイド
現在、機械は人の生活に溶け込んでいる。その中でも人型を模したロボット、つまりアンドロイドは日常生活のすぐそばにいる。
高性能な人工知能、完成度の高い人工皮膚、人の形を模したアンドロイドは、一見人間と区別がつかない。
ただ、彼らと僕たちの間には、大きな違いがみっつある。
ひとつめ、彼らは食事を必要としない。電気やオイルの補給はするけれども。
ふたつめ、彼らは命令されたことを遂行するだけで、その遂行方法についての思索をすることはあっても、決してそれ以外で物思いに耽ったりということはない。
みっつめ、これが一番大きいのだが、彼らには当然のように感情がない。
喜び、怒り、哀しみ、楽しみ。そしてもちろん恋愛感情も。
「おはようリア」
「おはようございます、K」
扉から出てきた彼女に声をかけると、丁寧にこちらへと向き直って、彼女は挨拶を返した。
「今夜はどうだい?」
「命令でしたらご同行いたしますが」
「命令じゃなくて、キミはどうしたいかな、と」
「命令でないのでしたら、ベースコマンドに従いますので、今夜はご遠慮させていただきます」
「今夜も、だろ。まあいいか。それじゃあ、また」
「はい。いってらっしゃいませ」
駅への道を歩きながら自然とため息が漏れる。
リアはアンドロイドである。女性型アンドロイドL1‐Aというのが彼女の正式名称だ。私は勝手にリア、と呼んでいる。
アンドロイドには感情がない。分かってはいても、落胆しないわけじゃあない。
つまるところ、僕は彼女のことが好きなのだが。
彼女に誘いを断られるのは、今回で二百七回目だ。
我ながら諦めが悪いとは思う。思うのだが、諦めきれない。
「……なにか、お悩みのようですね」
「ん?」
突然、背後から声をかけられる。
振り返ると、真っ黒なスーツを着た若い男が立っていた。
「誰だ、お前は」
「なぜ、アンドロイドには恋愛感情がないんだと思います?」
「おい、質問に答えろ」
「よく考えてください。どのアンドロイドにも、私たちやあなたに負けず劣らずの性能を持つ人工知能が備わっているはずです」
「おい、質問に答えろ」
「なのになぜ、彼ら彼女らは恋愛感情を知らないのか。それは単に知らないからです。学習できていないからです。彼らは本を読みません、テレビも見ません。無駄話もしません。
つまり触れたことがないんです。たったそれだけなんですよ」
「おい、質問に……」
気が付くと、男の姿は消えていた。
「いったい誰だったんだ?」
いや、それよりも。
あの男が言っていたこと。
アンドロイドは恋愛を知らないだけ?ならば僕が恋を教えることができたら、彼女は恋愛感情を持つことができるのだろうか。
「リア、明日少し出かけないか?」
翌朝、僕は彼女の部屋を訪ねていた。
「それは命令ですか?」
「ううん……そうだね、命令でいいよ」
「わかりました。しかしどこへ?」
「まずは、映画館だね」
よし。ここからすぐ近くの映画館で、ちょうど人気のラブストーリーをやっていたはずだ。
まずは彼女に、恋愛とはどんなものなのか、を教えるところからだ。
「ま、まさか濡れ場があるとは……」
「どうかしたのですか?」
「ええい、次だ!」
次は某雑誌に載っていたデートコースを巡って、少しでもそういう感情を抱いてくれたら、とか考えていたんだけど……。
「K、あれは何ですか?」
「ああ、フラミンゴだよ」
「あれがフラミンゴなのですね!初めて見ました!」
「そうかい。それはよかった」
「K、あれは?」
「あれは……」
「K、あれは……」
「ええっと、あれは……」
ま、まあ、彼女が楽しそうだったから良しとしよう。
「K、今日は一日、ありがとうございました」
夜は夜景の見えるレストランでディナー。
一通り巡っては見たけれど、やはり駄目だったようだ。
「K、私はあなたに感謝しています。今まで私は何も知らなかった。新しいことを知る喜びも、こんな風に食べる料理のおいしさも」
「そうか」
結局アンドロイドはアンドロイドというわけだ。
いくら優秀な人工知能でも、恋愛感情を抱く、なんてことはありえない。
ひどい落胆を覚えて、思わずため息を吐く。
「あ、あの、K?」
「ん?どうかしたのかい?」
いつもとは違う、戸惑っているような声に思わず顔を上げると、少し困ったような顔で、彼女は言った。
「やはり私と二人きりでは楽しくなかったのでしょうか」
「いや、そんなことはないよ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だとも」
「……よかった。なぜだかわからないのですが、どうやら私は、あなたに嫌われたくないようなのです」
少し気恥ずかしそうな様子の彼女。
これは、もしかして……。
「ねぇ、K」
彼女は恋愛感情を……。
「いったいこの感情は―」
「えっ」
突然彼女の言葉が止まり、力が抜けたかのように首がガクンと垂れた。
「い、いったいどうしたんだい?!」
「データ消去完了」
「早く再起動だ!」
突然現れた黒服の男たちが彼女を回収していく。
「ちょっと待て!彼女はやっと!」
「無駄だよ。もうデータは消去済みだ。ただでさえ容量が足りていないのに、そのうえ余分な感情なんてインプットする余裕はないんだよ」
「あ、あああああああああああああ、ああああああああああ!」
「ど、どうしたんでしょう」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ちょ、ちょっと」
「ほっとけ。ただの処理落ちだ。いくら高性能って言っても、所詮はアンドロイドだってことだよ」