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第五話

「街への帰り道はわかりました。少し歩けば森も出られます」


「それは上々」


「あの・・・・・・ベレッタさんはこの後、街に向かうんですよね」


「ああ、勿論そのつもりだが」


銀狼の検分を一通り終えたあと、リーリアは街への帰り道探すため、辺りの探索へとでていた。

そこから戻ってくるなりリーリアがそう切り出してきた。


「でしたらぜひお願いしたいことがあるんです」


「なんだ改まって。言ってみてくれ」


「この銀狼の処分をわたしに任せてもらえないでしょうか」


「・・・・・・」


「わたしの家は、皮職人なんでこういったものを捌くのにもツテはあります。それにがんばって、がんばってベレッタさんの損になるようなことにさせません。だからどうかお願いします」


一言一言をかみ締めるように強い口調で懸命に言い募る。

そんなリーリアの言葉に彼女と銀狼の間で視線を往復させていると、彼女の言わんとしていることがわかった。

彼女は取引の仲介役を申し出てきたのだ。

ベレッタからしてみれば、目の前で倒れている銀狼の死体は、あくまで死体でしかない。

リーリアの請われることが無ければ、この場に来ることも無くそのまま放置するつもりでいた。

死体はそのまま他の動物の餌になり、やがて土に返ったことだろう。

だが、リーリアからしてみれば、狩りの成果であり、生活の糧となるだろう。

どれほどの価値があるのかは検討も付かないが、このまま捨て置くという発想は無かっただろう。

まだこの世界にやってきて一日も経っておらず、実際の活動を細かに想定していできていなかったベレッタからしてみれば盲点だった。

ともかくリーリアの申し出は、渡りに船だ。

ベレッタの手元には当然ながら一銭のお金も無い。

人の世界で暮らしていくのなら、お金はいくらかでもあってもあるに越したことは無いだろう。

正直彼女が適任かどうかはわからないが、他に頼める相手もいない。

なにより信頼という一点だけでも彼女に任せるには十分だった。


「いいだろう。それじゃあ、これの扱いはリーリアに任せる。期待しているぞ」


「――はいっ!ありがとうございます。わたしがんばります・・・・・・いえ、わたしに任せてください」


リーリアはそれを聞くと嬉しくて堪らないといった様子で、興奮から顔を上気させてはりきっていた。


「んー、そうだな・・・・・・取り分は山分け。ただし途中で掛かる費用は君が出しておいてくれ。勿論最終的には清算するが。こんなところでどうだ?」


「・・・・・・えっ?」


リーリアの張り切った笑顔が固まった。


「なんだ、不満か。それならば私が四、リーリアが六でどうだ?ああ、先に言っておくと途中の費用については譲れないぞ。今手持ちがまったくないからな。無い袖は振りようがない」


「ち、違います!多すぎます。そんなにもらえません」


「そうなのか?ならどれくらいが適正なんだ」


「決まった手数料があるので、それだけもらえれば十分です。銀狼だといくらになるかわかりませんけど、たぶん大きさからして普通の狼の四から五頭ぶんくらいになると思います」


それがどれくらいの金額になるのベレッタにはかわからなかったが、あまりたいした金額になるようには思えなかった。


「なに構わんさ。多い分には問題ないだろう。それにそれくらいの方がやる気も出るだろう」


「それは確かにそうですけど・・・・・・」


「なら、この話はお終いだ。それよりも早く街にいってみたい。帰り道はわかったんだろう。どっちにいったらいいんだ?」


「それは、えーと。こっちです」


リーリアはいまいち納得のいかないまま、向かうべき方角を示した。



リーリアの言うところの少し歩いたというのは、ベレッタの時間感覚で言うと三時間相当の距離だった。

もっともこれは、リーリアも予想外だったに違いない。

森の中を進むのにベレッタが足を引っ張ったせいだったからだ。

正確に言えば、ベレッタが背負った銀狼の原因なのだが、それをやろうと言い出したのはベレッタだったのでやはり責任はベレッタにあった。

銀狼の死体は、リーリアではもちあげることさえできないくらいに、大きく重かった。

運ぶための人足をつれてくるので待っていて欲しいと告げると、待つ時間も惜しいとベレッタが背負いあげたのだった。

リーリアはそれを目を丸くして眺めていた。

流石の彼女にも、自分より大きな肉の塊を背負って歩くのは難儀なことで、その歩みは思った以上にゆっくりとしたものになってしまっていた。

そしてどうにか森を抜けると、緩やかな起伏のある丘が目の前に現れた。


「あの丘を登ればすぐに街が見ますよ」


リーリアが前方に広がる小さな丘を指し示す。


「街か。それは楽しみだ・・・・・・」


ベレッタは大きく息をつき、若干険の入っていた表情を緩めた。

街が見えるらしいということもそうだが、森から抜けられたことが大きい。

自然の森の中での森林浴も悪くはなかったが、大きな荷物を背負ってするにはいささか不適当だった。

丘を登りきると、そこは周囲から一段高くなっていて、大きく展望が開けた。

背負っていた大荷物を地面にどさりとおろすと、その風景に見入った。

視界の半分ほどを占めるのは、澄み切った青空。

温かい日差しと白い雲を散りばめた青い空を背景に、小鳥達の小さな集団や、猛禽類と思われる中型の鳥達が自由に飛び回っている。

空は彼らの世界のようだ。

もう半分を占める地上には、大きく三つの景色があった。

正面には、人の手で切り開かれたと思われるなだらかな土地に、広大な畑が広がっている。

十分に大地の恵みを受けた、豊かな畑だ。

まだ収穫の時期ではないようで、みごとな緑の絨毯を作っている。

その時期が来れば、さらに眩しいような黄金の絨毯になるのだろう。

時折吹く風が畑を波立たせその跡を残しながら通り過ぎていく。

すると、畑の中で埋もれるように作業をしていた人々があちらこちらで姿を見せていた。

左手に見えるのは、空の色を写したような青色。

川幅が数千メートルはあるかと思われる長大な大河の流れがあった。

森の中で見た小川もどこかでこの大河につながっているはずだ。

その流れの上には行き来する何艘もの小さな船が見られた。

ベレッタの目からすると、どの船も流れる大河に対していかにも頼りなさそうに見えたが、どれも川の上をすべるように進んでいる。

そして、振り返れば今しがた出てきたばかりの深い森がある。


「私の知らない風景だ・・・・・・」


これはベレッタの知らない風景だった。

彼女が知る風景には、どんなところにも必ず冷たい鉄とコンクリートがあった。

一見するとあるがままの自然のように見えても、どこかに人の手で整えられた自然があった。

目の前の風景にはそれらがまったくない。

不意に彼女の胸のうちに言いようのない、複雑な感情がわきあがってきた。

それは冷たくもあり温かくもあった。

彼女は感じ入ったというように大きく息を呑んだ。

自分が新しい世界にいるのだという確信が彼女の中でうまれていた。

少しはなれたところで休んでいたリーリアが、ベレッタの傍らへとやってきた。

ベレッタ複雑な感情が入り混じった結果、無表情になっていた。


「あれがわたしたちの街です」


リーリアはそんなベレッタを熱心に街を探しているのかと思い一方を指差した。


「ん・・・・・・?」


リーリアの声に気が付いて、胸のうちに渦巻いていた感情を全てリセットする。


「ああ、すまないな。どれどれ」


「あっちの方向です」


リーリアが指差す方向に目を凝らす。

遠くに豆粒大の大きさの灰色のなにを見つけることができた。



しばらく休息した後で、再び苦労して銀狼を背負い上げると街へ向かって歩き出した。

道のりこそ遠くはあったが、その歩みはこれまでよりも順調なものとなった。

目的地となる場所が目に見えて心理的に楽になったことと、歩き出してすぐに道があった為だ。

道といっても、獣道に毛が生えたようなものでしかなかったが、今まではそれすらもないところを歩いてきたのだから雲泥の差だった。

その粗末な道も、周りが何もない平原から畑に変わるころになると、なんとか二人が揃って歩けるくらいの道と呼んでも差しさわりのないものへとなっていった。


「ところでリーリア。街に入るのに何か特別な制限はあったりするのかな?」


街の城壁が大きく見えてきた頃合になって、ベレッタは隣を歩くリーリアにそう尋ねた。


「・・・・・・制限ですか?」


「そうだな例えば、中に入るのにお金が必要だったり、誰かの紹介や何か証明するものが必要だったりとかだ。必要ならば立て替えてもらえると助かる」


今までの様子から察するに、そこまで厳格に管理されているようには思えなかったが念のためだ。

入ることが難しいなら、リーリアに適当な理由をつけて別れ、何らかの対策をとる必要があった。


「ああ、なるほど。特にそういったものはないです」


「そうすると、街へは自由に出入りできるということか・・・・・・それはそれでどうかと思うが・・・・・・」


「あっ、いえいえ、そうじゃないです」


リーリアは首を横に振った。


「出入り口のになっている門のところで、門番の人が荷物のチェックをしています。そこで危ないものは没収されます。刃渡りの長い刀剣や武器の類も許可がないと取り上げられちゃいますね。そっちは出るときには返してくれますけど」


リーリアの説明に、まあ妥当な対応だなとうなずく。


「後は露骨に怪しい人は、門のところで止められちゃうみたいです」


「ほぅ、露骨に怪しいとは?」


「わたしが聞いた話だと、頭から血を流して全身血まみれの人とか、金属鎧で完全武装をして一人で歩いてやってきた人とかですかね」


それは確かに怪しい。

本人もわかってやっているんじゃないかと疑うレベルだ。

そもそも門に付くまでに誰か声を掛けなかったのだろうか。

だが、逆にそのレベルでなければ問題ないということだ。


「ちなみに、その血まみれの人は実は盗賊の一味の一人で、討伐隊から逃げてきていたそうなんですけど、手当てを受けている最中に正体がばれて、そのまま牢屋に連れて行かれたそうです。鎧の人の方は、遠方の貴族の子息だったらしく、偉い人が来てなんとかしたそうです」


「それなら特に私達は問題は無いか」


「はい、そうですね」


リーリアも笑顔でそれに同意した。

そんな話をしている間に、再び周囲の景色が変わる。

あたり一面畑だったものが、何もない平地になった。

街から一定の範囲には防衛のため隠れたり、障害物となるようなものが全て取り払われていた。

街まではもうすぐそこだった。


「そこの怪しいもの。すぐに足を止めろ!」


前方から声を張り上げて誰何する声が聞こえてきた。

その声を聞いて、前を見ていたリーリアが先ず足を止めた。


「聞こえていないのか!?その場に足を止めろといっているんだ」


ベレッタはさらに三歩ほど足を進めてから、リーリアが足を止めているのを見て、遠くにいると思われる声の主を見るために少し体を反らして視線を上げた。

銀狼がおぶり被さるようにして運んでいるので、彼女の視界は一時的に前方の数メートルと制限されたものになっていた。

普通に歩く分にはまったく問題ないが、遠くを見るには少し工夫が必要だった。

ベレッタが視線を上げた先には、声を掛けるには少し離れすぎたところで、兵士と思われる三人組が槍を構えてこちらを向いている。

それようやく先ほどの誰何が、自分たちに向けられたものだとベレッタは理解した。

足を止めたベレッタに、リーリアが遅れた三歩を取り戻して横に並ぶ。


「・・・・・・リーリア、私達はどうやら城門にすらたどり着けなかったようだな」


「あはははは・・・・・・」


リーリアがなんとも気まずげな笑みを浮かべていた。




お読み頂いた方ありがとうございました。

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