04.彼と大地の守護者1
すみません。遅くなりました。
余程の事が無い限り、完走させます。お待たせしますがご容赦を。
仮想世界。
湖の畔で俺とコハネは並んで座っている。
釣り上げた大きな目玉の魚が、俺の目の前で不気味に痙攣し、ギザギザの歯の隙間から、奇怪な鳴き声を発している。
「ヴォッ! ヴォッ!」
「……見た目が怖い」
「お兄ちゃんっ! 煮魚にしたら美味しそうだねっ!」
「……発想が怖い」
Name:ハシウオ Category:魚介素材
臆病でとても繊細な海水魚。危険を感じると住処の岩場に素早く逃げ込む。独特の形をした赤い鱗と大きな瞳が特徴。
「臆病で繊細……」
「ヴェッ!ヴェッ!」
鋭い歯を鳴らすハシウオを見ていると、こっちが繊細な気持ちになりそうである。
コハネが、渋い顔をする俺を見上げる。
「何か手伝おうかっ?」
「んー。……モンスターが来たら守って」
「うんっ!」
俺は釣り糸を湖に再び垂らしながら、プレイヤー間で噂されている情報をウィンドウとして立ち上げる。
噂に目を通しながら、時折膝の上の二匹を撫でる。浅緋は殆ど夢心地で、朽葉は手を伸ばす度にじゃれついてくる。
コハネが俺の様子を見て、気の抜ける声を出す。
「お兄ちゃんって器用だよねっ!」
「褒めてくれて嬉しいけど、キモい魚しか出せないよ?」
「要らないかなっ!」
釣竿に反応があったので引き揚げる。
「ヴァッ!ヴーー」
「そーいっ!」
ハシウオの全貌を見る前に、素早くインベントリに叩き込む。
そして何事も無かったように釣り糸を垂らす。
浅緋が寝ぼけて身体を擦り付けてきたので、耳の付け根を掻いてやる。浅緋は目をとろんとさせ、満足げに髭を揺らす。
微笑ましく思いながら、視線を画面に戻す。
『天空』を含む書き込みを見つけたので、そのウィンドウを指で上に弾いて分別する。
隣に座るコハネが俺を見つめ、背中から地面に横になる。
「お兄ちゃんのチームはどんな所を回ってたの?」
「ん。ええと――」
俺はこれまでの事をコハネに話す。コハネも同様にこれまでどこを巡ったかを俺に教えてくれた。
「ふーん。北東は荒野になってるのか」
「うんっ!MOBも亜人系が多かったよっ!」
「……あー。イナサの大剣の材料って――」
「うんっ!そこエリア奥に居た、ボスのレア素材だねっ!」
『海』と書かれた記事を下に弾く。
『大地』の単語を含む噂を、横にスライドさせる。
確証は無いが、この分類で間違いないはずだ。
「お兄ちゃんは新しい武器欲しくならないのっ?」
「んー。まだいいや。攻撃手段は朽葉や浅緋が居るから、防御面や消耗品を優先させたいかな」
「その戦法なら、タワーシールドでも持って要塞化するのもアリかもっ!」
「【大盾】スキルは前提条件として、【盾】スキル30要るから気が長いなあ」
「ここでロマンの二枚盾だよっ!」
コハネが両腕を盾に見立てて力説する。
小動物が必死に威嚇しているみたいで、思わず頭を撫でたくなる。というか撫でた。
「大盾にしろ二枚盾にしろ、金属鎧を着るから【重装】を上げる必要がある。それに今まで育てた【軽装】も無駄になるからなぁ。出来るとしたら、片手剣に小盾の剣士スタイルぐらいかも」
「無難だねーっ!」
「だねー」
扱い辛い【調教】スキルを取った人間の台詞ではない。
(……そういえば、もうすぐ【調教】スキルは50だなー)
正確には【調教】47。未だに中級スキル等の発現スキルは無い。
火山で《火龍の堕とし仔》と戯れていた頃と比べたら、10近くも上がっている。
代わりに【短剣】や【軽装】等の戦闘スキルが一向に育っていない。
(まー、別に困ってないし――)
内心でそう言い繕うとして止める。
思い出したのは、今朝の腐龍との闘い。泥だらけの傷だらけになりながらも、晴れ晴れとした皆の表情。
心の底から、このゲームを楽しんでいる友人達を想う。
「…………」
「引いてるよ、お兄ちゃんっ!!」
「……ん? おっ、おー!」
慌てて竿を上げるが、既に逃げられた後。
裸の釣り針を見る俺とコハネ。
「あちゃーっ! 逃げられちゃったねっ! 次は釣れるよっ!」
「……ん。そうだな。頑張るかー」
俺は昔ギルドを潰した。その過程で多くの人々を裏切ったり、様々な人に多大な迷惑を掛けた。
中にはゲームが嫌いになり、二度と仮想世界を踏まなくなった人もいるかもしれない。
自分にゲームを楽しむ権利があるのだろうか?
ゲームを止めて一年半。答えが出ないまま、ずるずると仮想世界に帰ってきた。
そして今もなお、答えは見つかっていない。
(結局のところ……)
仮想世界を好きだった俺が、未だに過去の俺の行為を許せないでいる。
ただ、それだけの話。
「お兄ちゃんっ! お兄ちゃんっ!」
コハネが物思いに耽る俺の腕を引っ張る。
「お魚見てたら食べたくなっちゃうねっ!」
「……そうだな。今日のお昼は魚にするか」
「やったーっ!!」
コハネがいつもの笑顔を咲かせる。
この笑顔が見られるなら、戻って来た価値はあると思った。
◇
一旦お昼のログアウトを挟んで、再び湖に来てから随分時間が経った。
日は大分傾き、偽りの太陽が湖と森を赤く染める。
俺は気になる記事を見つけた。
[護りの森の入り口奥には、『守護の碑文』と呼ばれる石碑が設置してある。そこには守護者についての伝承が記しており、下部には鳥、魚、獣、人と思われる絵が刻まれている]
ご丁寧に地図も添付してあるその記事は、俺が求めていた物に限りなく近い。
そして俺の仮説の真偽も明確になる。
「これは行きたいなー」
そう決めると釣りを中断して、竿を仕舞う。
「……むにゅ~」
朽葉を胸に抱いたコハネが、俺の膝を枕にして気持ちよさそうに寝息を立てている。
「コハネ」
「ふぇっ? ……おはようお兄ちゃん」
「うん。おはよう」
へにゃっと笑う妹に、俺も挨拶を返す。
「俺は行きたい所が出来たけど、コハネはどうする?」
「むぬぅ~。どうしようかな~。……んっ?」
コハネが何かに反応して手を動かし、俺には見えない画面を読む。
「ヴィヴィっちからメールが来た。他の皆もINしたってさっ。私はお屋敷に戻るねっ!」
コハネは緑色のチェニックを整え、革鎧を着直す。
俺は要らぬ世話だと思いつつ、コハネに声を掛ける。
「気を付けてな」
「お兄ちゃんもねっ!」
◆
護りの森の入り口。
俺は緑萌ゆる木々の中を、地図に従って一人で歩く。
頭上の朽葉は夏の匂いを忙しなく嗅ぎ、肩の浅緋は周囲を警戒して髭を震わせている。
そして俺はぼけっと草を踏んで行く。
「平和だなー」
「にゃうっ!」
浅緋が肉球で俺の頬をむにむにと突く。油断するなと言いたいらしい。
「ダイジョーブだよ、あーたん。この辺りに敵は居ないから」
俺の【索敵】は24。
このレベルまで達していると、大抵の敵に遅れを取る事は無い。
神経を研ぎ澄ませる。
眼球から後頭部に向けて、微弱な電流が奔り、肌は敏感になり空気の変化さえ感じ取れる。
【索敵】特有の、擬似的な感覚の拡張を味わう。
普段は知覚出来ない周囲の様子が、手に取るように分かる。
茂みの向こう、進行方向の木の陰に、虫型のモンスターが一匹いるようだ。
モンスターの動きを見るに、こちらの気配に気付いていないようだ。
俺は無言で短刀を構えると、静かな足取りで近付く。
茂みから覗くと、不気味に緑光りする大きなカナブンが、木に張り付いて樹液を舐めている。
「…………」
俺が浅緋を横目で確認すると、彼女は声無く鳴いてくれた。頭上の朽葉も、尻尾を一度だけ揺らす。
俺は茂みから飛び出すと、『涼鳴』にエフェクトを立ち昇らせる。
カナブン型のモブが反応して飛び立つ前に、木に貼り付ける様に短刀を突き刺す。
固い甲殻を破り、柔らかい内部の感触が、涼鳴越しに俺に伝わる。
逃げ遅れたカナブンの足元に、紅と蒼の魔法陣が展開する。
炎柱と氷の花は、カナブンを閉じ込めると、一瞬でHPバーを空にする。
空気に溶けていくポリゴン片を無視して、俺は周囲を見渡す。
他のモンスターが戦闘音に気付いていない事を確認すると、そっと息を吐く。
「……さて。行こう」
二匹に声を掛けて、また歩みを始める。
(一体。いや、二体かな……)
前方にモンスターの気配を感じ、さり気なく進行方向を迂回する形にする。
二体以上なら迂回し、一体ならカナブン同様に素早く処理する。
探索ついでに戦闘しながら進む方法も考えたが、今回は敵を避けて進む事にした。
一人なのでリスクがあるのも理由だが、純粋に俺の気分である。
探索は探索、稼ぎは稼ぎで分けてやるのが好きなのだ。
俺は必要最低限の戦闘だけをこなして進む。
目の前が少し開け、太陽の光が草木を照らしている。
近くに沢でもあるのか、微かに水の流れる音がする。
自然に出来た憩いの広場。
そこに、目的の碑石は鎮座していた。
◆
俺の身長よりやや大きめの大理石に似た石板を、俺はいつも通りの死んだ瞳で眺める。
「……思ったよりでかいな」
森の中に鎮座していたにしては劣化がなく、伸びた蔦が絡まっていなければ、最近建てたと勘違いしたかもしれない。
「知らないのに読める。……不思議だなー」
石碑には、このゲームの架空世界言語が刻まれている。
後日ハルが教えてくれたのだが、この言語は神代の言語の一つらしい。
「んー。なになにー」
石碑にはこう刻まれている。
『火の民の孤島。災厄降りて嵐に閉ざされる。
火の巫女の祈りを聞き、三頭の獣が顕れる。
空翔ぶ者は風を宥め、海疾る者は波を静め、地駆ける者は大地を豊かにした。
人々は感謝と畏怖を込めて、三獣を三界の守護者と呼び讃えた』
指先で石碑に触れながら、読んでいく。残暑の日差しの中、冷んやり滑らかで心地良い。
(守護者に火の巫女に、災厄ねえ……)
どうみても穏やかでないキーワードを読み返す。
「あたりっぽいなあ……」
イベントの始まりは、王女様の為に花火を作る、謂わば生産中心だった。
第二陣の初心者組が居るから仕方ないとはいえ、戦闘職の中には、モンスターの強さが微温いと言う感想もあったそうだ。
俺も似たような事を考えていた。
生産職中心の催しがあるなら、戦闘職中心の『何か』があるのではないかと。
そしてここにきて、島の伝承が出てきた。
「穏やかじゃないねえ」
そう口にしながらも俺の表情は、決して悪いものではない。
穏やかじゃないけど、愉快な事にはなりそうだ。
差し当たり有力な手掛かりは目の前の碑文である。
俺は改めて碑文の絵を確認してみる。
海豚や鷲、龍のような生き物が、荒れる自然を鎮め、巫女の少女がそれらの中央で祈りを捧げている。
上部に書かれた伝承を、絵として示しているようだ。
特に変な所も無いと思う。
自分が気付いていない可能性もあるので、スクショを撮って仲間にメールしておく。
「他に変わった所は……ん?」
石碑に手を付きながら、何気なしに裏に回る。
中央下部。そこに小さく刻まれている。
『地を求めしもの。不死の同胞に安らぎを。さすれば、緑地の向こうへと至る入り口は開かれる』
「んー。コハネ達と一緒に見たのと、同じっぽいなあ……」
顎に手を当てて、言葉の真意を理解しようと思案する。
肩に乗った朽葉も、前足を顎に当てて俺の仕草を真似している。
「不死の同胞、ねえ……」
大地関連で、この謳い文句は心当たりがある。
(でも、腐龍のドロップにそれらしき物は無かったよなあ……)
むむぅ、と唸りながら何気なく石碑に触れる。
地面の擦れる音が森に響き、石碑を乗せていた台座が前へとスライドする。
そして俺の前には地下への階段が姿をみせている。
「……入り口が開かれましたなー」
傍目には死んだ目のローテンションで、上機嫌に石階段を降りる。
「おっと、その前にーー」
コハネにメールくらいはしておこう。
「『新しい入り口が開かれたので入ります。心配しないでください』……ん。おっけーだな」
俺は改めて階段を降り始めた。




