27.彼らが臨むは地に伏し屍龍5
『舞姫』リューネが胸に手を当て、瞳を閉じる。
深く息を吸い込み、ゆっくりと喉を震わせる。
「火祀る山里の 巫女は赤き少女
村響く鉄の音 奏でるは少年
光降る碑の丘 耳澄ます赤の巫女
その胸に儚い 恋心抱いて」
【歌唱】アビリティの一つ。《赤の少女の詩》。
鍛錬を司る女神『ファスティア』。
この詩は、彼女がまだ人間だった頃の伝承を、歌った物であるらしい。
フレーバー面は置いといて、俺はステータス画面を見る。
そこには四つのアイコンが主張をしている。
攻撃力上昇、攻撃速度上昇、会心率強化、自然回復強化。
(恋歌っぽい歌詞の割には、随分と攻撃的な歌だなあ……)
リューネが緩流の様に、ゆったりとその身を舞わせる。
【舞踊】アビリティ《鼓舞:伽俱耶》
攻撃力上昇、防御力上昇、速度上昇。
アビリティの発動を感知したシステムが、それらの加護を俺達に伝播する。
歌と舞による全体重複強化。
これが『舞姫』の本来の戦闘スタイルである。
この異常なまでのバフ盛りは、雑兵をエリート兵に変える程に強力である。
しかもそれを、パーティの全員に一人で掛けている。
二つ名持ちの規格外さを久し振りに味わった気がする。
先程まで打ち払うしか無かった触手の攻撃も、強化されたステータスで楽々避けられる。
ステータスの低い俺でこうなのだ。他の攻撃職は俺の比ではない。
「こんのッ――!!」
前を走っていたユーナが強く踏み込む。
ほぼタイムラグ無しで、腐龍の頭が衝撃で仰け反る。
速いとかじゃないその光景に、俺は茫然として足を止める。
時間稼ぎをしていたソラも、突然の事に口を開けている。
別の場所に着地したユーナが、ソラとランドルフに言う。
「あんた達ッ! 待たせたわねッ!!」
「……ゆーちゃんは、相変わらず格好いいね」
「ゆーちゃんゆーなッ!! あとそれ褒めてないでしょッ!?」
照れ隠しの一撃が、更に腐龍の体を揺らす。
少しだけ可哀想に思ってしまった。
「ギャオオオォォォォォォォッ!!」
咆哮と共に、地面を薙ぐ剛腕。
軽装剣士と拳闘士である、ソラとユーナは回避出来るが、重い鎧を纏ったランドルフには、これを避ける術がない。
小柄な少女が、ランドルフの前に進み出る。
「《鉄壁》ッ!」
金髪の髪を風に靡かせながら、少女が腕を受け止める。
彼女のHPは一割も減っていない。
「私、参上――ッ!!」
「いいから敵愾心取ってッ!!」
「私の扱いが酷い件についてッ!?」
アリシアは俺に怒鳴り、ランドルフに向き直る。
「……ありがとうございます。バトンタッチなのです」
「…………」
ランドルフは頷くと、一度だけアリシアの肩に手を置き、邪魔にならないようにその場を離れる。
その姿に疲れた様子はない。
(ラー様って実はNPCなんじゃ……!?)
不真面目な事を考えつつ、ちらりとリューネのステータスを見る。
MPのバーがジリジリと減っている。
歌も舞も発動している間は、継続的にMPを消費するアビリティであり、MPが無くなったら最後、その効力も失われる。
ここが魔法系統の強化とは異なる点であり、【歌唱】や【舞踊】がマイナーな所以である。
その分、強化の強度はスキルの発動時間に比例して強くなり、その強度は魔法の比では無い。
(余り時間は無いかなー)
今が最後にして、最大のチャンス。
俺は大声で叫ぶ。
「総攻撃ッ!!」
俺の合図で、腐龍に攻撃が集中する。
火矢による炎に包まれ、氷槍に次々と貫かれ、四方から打撃を浴びる。
『舞姫』の弾んだ旋律が後押しし、皆が烈火のような攻撃を叩き込む。
俺自身も、二匹に指示しながら、無我夢中で氷刃を振るっていく。
腐龍の攻撃は、アリシアが全て防ぎ、その彼女もオカリナの回復で不屈と化す。
最後の抵抗とばかりに、腐龍が毒息吹を吐き出す。
それに相対するは、聖剣を担いし青年。
その剣は既に緑に煌めく風を纏っている。
「風の精霊剣。災厄を打ち消す颶風を今ここに――《西方の旋風》ッ!!」
奇しくも、始まりと同じ展開となる。
輝かんばかりに魔力の籠もった旋風は、龍の息吹を一瞬で霧散させ、勢いを殺す事無く腐龍を蹂躙する。
風が止み、耳に痛い程の静寂が、辺りに広がる。
仮初めの生命が消えた事で、本来あるべき姿に戻るように、巨体を地に伏せる。
サラサラと風化する身体は、さながら大地に還るように、地面に染み込む。
横たわる腐龍の横顔は、戦闘時と異なり、穏やかに感じる。
腐龍の最期を静かに見届けた俺たちは、勝利を示すリザルト画面を見て、ようやく息をつく。
各々がその場に座り込む。動く元気がある人物は、誰もいない。
◆
杖に縋りついて座り、オカリナは息を整える。
戦闘時に詰めていた分を取り戻すように、何度も息を吸うが、胸の鼓動は収まる様子をみせない。
まるで借り物のように早鐘を打つ心臓を抑えようと試みて、ようやく気付く。
(ああ。これって――)
心が喜びたがっているんだ。
だから仮初の体をこんなにも動かして、喜びを表そうとしている。
それを実感した途端、すんなりとそれは私に馴染む。
勝った。勝ったのだ。
誰も失わせないで勝てたのだ。
じんわりと全身に熱が広がる。
ぽかぽかして、緊張していた筋肉が、解れていくのが分かる。
金髪の少女が、鎧を重そうに引き摺りながら、こちらに近寄ってくる。
「……オカちゃん。何してました?」
「……勝利を噛みしめてた、かも」
「それはまた、甘美な味がしそうなのです」
ふぃー。と息を吐いて、アリシアが私の隣に仰向けに倒れ込む。
私は猛烈に彼女にお礼を言いたい気分に駆られた。
自分が彼女に感謝している事を、伝えなければいけない気がしたのだ。
「あああ、あの――ッ!! あのね……ッ!!」
しかし不出来な私の口は、そんな想いも伝えられない。
意味の成さない声を出す私を、アリシアが優しい声音で遮る。
「オカちゃん。雪月花に来ませんか」
「……え? う、うちってシアちゃんのギルド?」
「はい。人数は少ないですが、皆いい人ですよ。それに――」
「そ、それに?」
アリシアが輝く笑顔で言う。
「きっと楽しい日々になりますッ!」
思わず笑みになるくらい、それはとても素晴らしく聞こえた。
「うん。それじゃあ入れてもらおうかな」
「ですです。それがいいのです」
アリシアからの勧誘画面に了承を返しながら、私は一歩踏み出す。
「シアちゃん」
「はい?」
「ありがとう」
人は変われる。今なら素直にそう思える気がした。
「みゃあ~」
「え? 浅緋ちゃん? 朽葉ちゃんも?」
浅緋は私の膝に飛び乗り、朽葉はアリシアを真似して大の字になっている。
周囲を見渡していたアリシアが、首を傾げる。
「あれ? お兄さんがいないのです」
◆
戦場を見渡せる森の中。
立ち去ろうとする背中に、俺は元気に挨拶する。
「いやっほーい」
「ッ!?」
可哀想になるくらい、背中が飛び跳ねる。
振り返ったギールが、俺の顔を見て舌打ちする。
「やっぱテメエか調教師。何の用だよ?」
「……うちの妹みたいに挨拶しようと思ったら、思いの外気持ち悪かったんですが、どうしてくれるんですか?」
「知らねえよッ!?」
忌々し気にまた舌打ちをすると、彼は俺に背を向けようとする。
「用がねえなら――」
「どうでしたか?」
「…………」
ギールは黙る。
俺が何も言わず彼の言葉を待っていると、観念したのか口を開く。
「何で、変われるんだよ……」
「…………」
「こんな短時間でッ! 別人みたいにッ! 何でだよッ!? おかしいだろッ!?」
「おかしくないですよ」
俺は見てきた物を思い出しながら、静かに告げる。
「彼女は頑張ったから一歩踏み出せた。それだけです」
「だったら――ッ!!」
「…………」
彼は何かを叫びかけて、しかし想いは内に秘めたまま。
俺もその続きを聞こうとしない。
彼はインベントリを開くと、白の魔法書を取り出す。
「……賭けはお前の勝ちだ。返す」
「何ですかその本。見覚え無いので、受け取れません」
「見覚えってお前――」
「見覚えないです」
きっぱりと言い切る俺に、ギールが困惑する。
「見覚えはないです。無いですが。貴方が要らないのなら、うちのヒーラーにでもあげてください」
俺の意図に気付いたギールが、苦々しげな表情になる。
「テ、テメエが渡せばいいだろっ!!」
「プレゼントとかして、友達に噂とかされると恥ずかしいし」
「お前はどこぞのヒロインかよッ!?」
ギールが書物を引き裂かんばかりに力んでいる。
やがて脱力すると、諦めて踵を返す。
俺は最後にこれだけは言っておく。
「変わろうとする意志は、無駄じゃないと俺は思うよ」
「…………」
彼は足を止め、しかし振り返らずにまた足を進める。
「……このお節介が」
そう呟いたように聞こえたが、空耳だったかもしれない。
俺は彼が居なくなった後も、その背中が消えた辺りを眺める。
皆に出会っていなかったら、俺自身に訪れていたであろう、一つの可能性。
それは彼と似た道筋。その軌跡を夢想する。
「あ、居た居たっ。森なんかで何やってんの?」
ソラが茂みを掻き分けて、俺を見つける。
「んー。……瞑想?」
「また変な事言って……。皆待ってるよ?」
「ん。じゃあ戻りますかー」
ここには、もう用はない。
俺はソラを追い越して、皆の元へ向かう。
しかしソラは、追い越した俺を追わずに尋ねる。
「リク」
「ん?」
「『二人救う』のは、欲張りじゃないかな」
ギールとの会話を聞かれていたらしい。
どこかで聞いた事のある台詞を、ソラが言う。
「……でも、皆で笑って終われる可能性があったからね」
これまたどこかで聞いたような俺の返事に、ソラは一瞬きょとんとする。
そして俺に追いつくと、可笑しそうに肩を叩いてくる。
「そうかーッ! 俺はリクのそういう所、結構好きだよッ」
森を抜けると、俺達を見つけた仲間達が、こちらに走ってくる。
その光景に感慨を抱きながら、俺はこう返した。
「――俺も、嫌いじゃないよ」
ここまでご愛読、ありがとうございます。
第三章終了です。しかしイベントは終了していません。
もう暫くゲーム内イベントにお付き合いください。
つきましては、リク君のステやキャラ紹介の方は四章終了後にしたいと思いますので、ご理解のほどお願いします。
最後に、この作品を読んだ皆さんに、最大級の感謝を。




