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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第三章 夏イベ 腐龍編
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26.彼らが臨むは地に伏し屍龍4

 初手土下座orz

 遅くならないと発言しておきながら、ここまで待たせてしまい申し訳ありません。


 諸事情により、引っ越ししていました。

 まだ落ち着いていませんが、更新はしていきたいと思っていますので、気長にお待ち頂けたら幸いです。

「――ボスの体力が残り半分です! これからはパターンが変わる可能性があるので、攻撃は遠距離中心で安全に削りましょうっ!」


 俺の言葉に応えて、マリーが《氷磔アイシクルウェッジ》を唱える。

 虚空から現れた氷製の杭が、円を描きながら腐龍の動きを阻害する。


 拘束系の魔法は腐龍に対して効果が薄い。

 実際の効果の半分にも満たない拘束時間。

 しかし、彼女にはその数秒で充分だった。


「やああああぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ユーナが腐龍の横っ面に高速の飛び蹴りを入れる。

 更に反対側に跳躍すると、そちらにも打撃を入れる。

 そして腐龍の反撃が来る頃には、射程外に離脱している。


 速い。

 このチームは勿論、俺の知っている誰よりも速いと思う。

 そして俺の勘違いでなければ、ユーナは戦闘が始まってからどんどん速くなっている気がする。


 プレイヤーは、蓄積されたステータスによって、常人離れした動きが可能である。

 付け加えて、VRMMOは脳でプレイするゲームだ。

 集中すればする程、ステータス値限界に迫り、より強くより速くなる。


 そういった意味で言えば、ユーナは時間経過で集中力が増すタイプのようだ。

 動きのスピードもキレも、開始時と比べて格段に良くなっている。


「遠距離組はブレス範囲スレスレまで退避。盾組はボスの動きを封じれる距離まで離れて。回復・補助組は前衛の動きに注意して。ソラは――」

「分かってる! ユーナは任せてッ!!」


 俺の言いたい事を把握しているソラが、ユーナの補助に回る。

 接近戦闘職であるユーナの攻撃を控えさせるか悩んだが、このまま続行させる事にした。


 こういったタイプの人間は、勢いに乗っていた方が上手くいく。

 無理に止める方が、かえって被害が大きくなる。


(上手くいくと、いいなあ……)


 敵味方の情報を集め、最善と思える作戦を立てても、それでも不安は無くならない。

 面の皮はそこそこ厚いので、俺の不安は皆にバレてはいないはずだ。


 それでも、こう思わずにはいられない。

 俺の指示は、かえって皆を阻害しているのではないかと。


(そういえば、姫に似たような事を相談した時あったなあ……)


 《神域の剣戟》の『軍師』、俺や師匠からは『姫』の愛称で呼ばれていた彼女の言葉を思い出す。


  ◇


(「正解の采配? そんなもの解るわけなかろうっ。あるのは勝敗から分かる『正解だった手』のみじゃ。どんな会心の一手も、結果が出るまでは等しくただの一手に過ぎん』)


 着物の裾で欠伸を隠しながら、姫は続ける。


(「一手のみを特別視するな。しかし軽んじるのもまた駄目じゃ。だからこそ従者殿、常に頭をある程度は回しておくのじゃ」)


 そして姫はいつもの不敵な笑みではなく、珍しく柔らかく微笑む。


(「どうしても詰まったら、心に従うといいぞ。そうすれば大抵は上手くいく」)


  ◇


 今思えば、不器用な彼女なりの励ましだったのだろう。

 彼女はどうしてるだろうか。


「リクッ!! あと少しだッ!!」


 ジャンの大声で、物思いを中断する。


「前衛は待機。半分までの削りはジャンがお願いします。魔法職はいざって時の回復準備」


 ここからは事前情報の無い、未知の領域である。

 より慎重に対応しなければならない。


「《火渡》ッ!!」


 火炎属性に変化した矢がドラゴンゾンビの体皮を焦がす。

 それを眺めながら、ぽつりと言葉が零れる。


「…………ま、いざとなったら俺が犠牲になれば――」


 いつも通りの覇気のない呟きを漏らす。

 それと同時に腐龍の咆哮が戦場を塗り潰す。



  ◆



「グギャオオオォォォォォォォォォォォォッ!!」


 腐龍の咆哮。

 体を包んでいた炎が消し飛び、腐龍が巨体を丸めて蹲る。

 樹木特有の亀裂音が痛々しく辺りに響き、背中の部分が二か所、内側から押されて異様に盛り上がる。

 紫の瘴気が、裂け目の内側から顔を覗かせている。


「グガアアァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 それは苦痛か、それとも歓喜の叫びか。

 異様な状況を前に、息を飲むだけの俺達に、それを知る術はない。


 種の成長を倍速にしたかのように、裂け目から蔦が幾重にも伸びて絡み合い、不格好な翼を形成する。

 腐龍が血に濡れた異形の翼を羽ばたかせる。

 自身のHPを犠牲にして生み出した不浄の雨が、俺達に降り注ぐ。


「っ――!?」


 ガクリと俺の膝が崩れる。

 それに続くように仲間も次々と倒れる。


 仲間のステータス欄に状態異常バステを示すアイコンが一気に追加される。

 毒に麻痺等の多様の異常に蝕まれるパーティ。


 イベント中一度も状態異常に掛かっていなかった俺にも、濃い紫の泡が表示される。

 毒の上位状態異常の猛毒。

 動ける者を数名で、さらに全員が何かしらの状態異常に掛かっている。

 非常に拙い状況である。


 しかしこの程度、予想していなかった訳ではない。


「魔女さん――ッ!!」

「分かっているわッ!!」


 動ける数名の内の一人、魔女が丸底フラスコを空高く放る。

 黄緑の液体で満たされたそれは、空中で割れて俺達に降り注ぐ。

 仲間全員の異常が回復する。


 『快癒薬リフレッシュポーション』。

 全ての下級状態異常を回復する薬。

 素材を多数使うので、量産は出来ないが、それでも有ると無いのとでは全然違う。


 そして《ポーション強化》。

 ポーション系統のアイテムの効果と範囲を上げるアビリティ。


 この二つを併せる事で、オカリナの回復補助と、今回のような非常時の回復を賄う。

 ポーションの再使用時間があるので連発は出来ないが、それでも充分な効果がある。


(猛毒は……残ってるよなあ)


 俺は自分のステータス欄を眺めて嘆息する。

 余程確率が低いのか、『猛毒』に掛かっているのは俺だけのようだ。


(日頃の行いは良いのになあ……いいよね?)


 盾や攻撃役が掛かっていたら問題だったが、俺なら戦力的に問題ない。

 それに、じわじわ減っていくHPは不安になるが、管理を怠らなければ死にはしない。

 少しでもミスったら危ないが。


「《降り注ぎしは、天上の祝福。――癒しの光条》」


 オカリナが範囲回復を唱え、皆のHPが回復する。


(HPがまだ危険域なのはっと――)


 仲間の位置とステータス画面を確認する。


「盾は敵愾心ヘイト取り直し。前衛はダメージ稼いで。青魔と弓は状態異常系で少しでも動きを抑えて。回復役は盾に集中。踊り子は途切れた鼓舞の再開」


 形態変化で敵愾心がリセットされたらしい。

 俺は後衛まで飛んできた紫布を短刀で弾きながら指示を出す。

 ソラが何故か驚いた顔をしていたが、尋ねる余裕はお互いに無い。


「ギャリイィィィィィィィィィィッ!!」


 翼の生えた腐龍は、動きの速さが増しており、前衛に猛攻をかけている。

 一番脅威に晒されているアリシアは、身動きが取れず釘づけにされ、ソラとユーナも腐龍の勢いに攻めあぐねている。


 ここが正念場だと、俺は感じた。

 無事にここを乗り切れば、勝てる可能性が高まる。


「皆一旦下がって。ラー様。お願いしていいかな?」

「…………」


 ランドルフが俺に視線を向けて、しっかりと頷く。

 頼もしいなあ。と思いながら俺は前進する。


「ソラ。俺達が時間稼ぎするから、皆をよろしくね」


 俺の突然の発言に驚く皆を追い越し、先頭へと歩を進める。

 俺としては候補に入っていた一つなので、別段何の感慨もない。

 腐龍の射程内に入ったら最後、俺の紙耐久では一分も持たないだろう。


(逆に言えば、俺でも数十秒は稼げるって事だけどね)


 こをのままいけば、三手目で俺は倒れ、五手目でラー様は倒れるだろう。

 その間約八十秒。

 でもそれだけの時間があれば、前衛の回復、バフの掛け直し、ポーションによる魔法職のMP回復、これだけの事が出来る。


 そして態勢の整った皆なら、自傷によりHPを二割弱まで落とした腐龍を確実に倒せるはずだ。

 ここまで来たら、サブ盾も司令塔も要らない。


 巻き込んでしまうラー様には後で謝ろうと思っていると、俺の肩に誰かが手を置く。

 ソラがいつもの優し気な様子に真剣さを混ぜた表情で、俺を見つめる。


「駄目だよリク」

「ソラ?」


 俺を引き留めた人物を見る。


「それだと、リクが死んじゃうでしょ。俺が行くよ」

「それだと、確実に勝てるか怪しくなるんだけどなあ」

「でも、俺が行った方が、皆で笑って終われる可能性は出るんだよね」


 鋭い。

 パーティの中で、一番ステータスの高いソラなら、ボスを引きつけてなお、生き残る可能性がある。


 俺の無言を肯定と受け取ったのか、ソラが相変わらずのいい笑顔で言う。


「じゃあ、やっぱり俺が行くのがいいよ」

「……『皆無事に勝つ』は、欲張りじゃないかな……」

「ははっ! 俺はリクのそういう所、嫌いじゃないよ」


 ソラは俺と入れ替わるように前に出る。

 肩越しに彼が振り返る。


「でも、ここは任せてよ」


 その背中は、俺が立てた作戦よりも、頼もしく見えた。

 だからこそ、俺はこう言うしか無い。


「……分かった。頼むよ」

「もちろんっ!」


 そう答えて、ソラはボスに向かって疾駆する。

 俺は仲間の元へと戻る。

 戻った俺に、魔女さんが言葉を投げる。


「あら。あっさり戻ってきたわね」

「迷ったら心に従えってのが、姫様の教えでね」

「?」


 不思議な顔をする魔女さんを放っておき、俺は眉を寄せているアリシアに歩み寄る。


「私の実力が足りないばかりに、迷惑を掛けてるです」

「そんな事はない。君は良くやってるよ」

「でも――」


 それでも何か言いたげなアリシア。

 俺はそんな彼女の頭を軽く叩き、その続きの言葉を優しく叩き潰す。

 本当にアリシア達はよくやってくれている。

 ただ――


「足りなかったのは、俺の言葉と覚悟だよ」


 そして俺はリューさんに振り返る。


「リューさん。さっきは大丈夫って言ったけどさ。やっぱアレ撤回していいかな?」

「…………」

「正体明かさなくてもいいって言ったけど、やっぱ皆で勝ちたいなーって思ってさ。そしてそれには貴女の力が必要なんだ」

「…………」

「だから、お願いしてもいいかな?」


 勝ちたいから正体をばらせと俺は彼女に言う。

 本当に俺は酷い奴だ。


 でも言い訳のようだが、元々そうすべきだったのかもしれない。

 俺がするべきだったのは、リューネの秘密を共に隠すのではなく、彼女の手を引いて正体を明かす手伝いだったのだ。


 リューネの表情はフードの奥で確認できない。

 彼女は肩を小刻みに震わせている。


「……リクはズルい」

「うん。知ってる」


 しかしリューネは首を横に振る。


「否定。そうやって自分の所為みたいに言うのがズルい。謝罪の機会を奪わないで」

「リューさん……」


 リューネがフードを脱ぎながら、装備画面を操作する。

 《認識阻害》のフードが空気に溶けて消え、代わりに南国の花を模った踊り子の髪飾りが、彼女の髪に現れる。


 『舞姫』リューネの装束を纏った彼女を、皆が唖然として見る。

 観衆の視線に慣れている筈のリューネが、居心地が悪そうにそわそわしている。


「……そ、そのっ! えっと……」


 元々話す事が得意ではないリューネが、更に罪悪感で歯切れが悪くなっている。

 しかし彼女が告げる前に、ユーナがあっさり言う。


「やっぱりリューさんって女の人だったのね」

「えっ? や、やっぱり? えっ?」

「いやー。何となくそうかなーって、ねっ」


 ユーナは隣で回復魔法を掛けているマリーに振る。

 すると彼女も頷き、


「うん。仕草や話し方から何となくですけど」

「な、何で教えてくれなかったんだよッ!?」


 口を開けて固まっていたジャンがユーナ達に食って掛かる。

 ユーナがジト目で彼を見て低い声で言う。


「人が秘密にしたがってる事を、わざわざ広めるわけないでしょ?」

「そ、それはそうだけどよぅ……」

「ごめんねジャン君。私達も確信があったわけじゃないから」


 しゅんとするジャンに、リューネが何度も頭を下げる。


「謝罪ッ!! ごめんなさいッ!! ごめんなさいッ!!」

「大丈夫ですリューさんッ!! 全然気にしてませんからッ!! むしろ歓迎ですからッ!!」

「……こんのエロガッパ」


 態度を紳士的なものに変えたジャンに、ユーナが呆れて呟く。

 そして立ち上がると、ユーナは魅力的な八重歯を覗かせる。


「ま、私としてもそこは気にしてないのよね」


 ユーナは肉食獣を思わせる瞳で、リューネを真っ直ぐ見つめる。


「私が聞きたいのは唯一つ。その恰好になったって事は、これまで以上に頼りにしていいってことよね?」


 リューネがユーナの言葉に瞳を大きくする。

 そして、その無表情を若干笑みにして答える。


「肯定。『舞姫』の名において、貴女達に『不屈』を約束する」

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