26.彼らが臨むは地に伏し屍龍4
初手土下座orz
遅くならないと発言しておきながら、ここまで待たせてしまい申し訳ありません。
諸事情により、引っ越ししていました。
まだ落ち着いていませんが、更新はしていきたいと思っていますので、気長にお待ち頂けたら幸いです。
「――ボスの体力が残り半分です! これからはパターンが変わる可能性があるので、攻撃は遠距離中心で安全に削りましょうっ!」
俺の言葉に応えて、マリーが《氷磔》を唱える。
虚空から現れた氷製の杭が、円を描きながら腐龍の動きを阻害する。
拘束系の魔法は腐龍に対して効果が薄い。
実際の効果の半分にも満たない拘束時間。
しかし、彼女にはその数秒で充分だった。
「やああああぁぁぁぁぁぁッ!!」
ユーナが腐龍の横っ面に高速の飛び蹴りを入れる。
更に反対側に跳躍すると、そちらにも打撃を入れる。
そして腐龍の反撃が来る頃には、射程外に離脱している。
速い。
このチームは勿論、俺の知っている誰よりも速いと思う。
そして俺の勘違いでなければ、ユーナは戦闘が始まってからどんどん速くなっている気がする。
プレイヤーは、蓄積されたステータスによって、常人離れした動きが可能である。
付け加えて、VRMMOは脳でプレイするゲームだ。
集中すればする程、ステータス値限界に迫り、より強くより速くなる。
そういった意味で言えば、ユーナは時間経過で集中力が増すタイプのようだ。
動きのスピードもキレも、開始時と比べて格段に良くなっている。
「遠距離組はブレス範囲スレスレまで退避。盾組はボスの動きを封じれる距離まで離れて。回復・補助組は前衛の動きに注意して。ソラは――」
「分かってる! ユーナは任せてッ!!」
俺の言いたい事を把握しているソラが、ユーナの補助に回る。
接近戦闘職であるユーナの攻撃を控えさせるか悩んだが、このまま続行させる事にした。
こういったタイプの人間は、勢いに乗っていた方が上手くいく。
無理に止める方が、かえって被害が大きくなる。
(上手くいくと、いいなあ……)
敵味方の情報を集め、最善と思える作戦を立てても、それでも不安は無くならない。
面の皮はそこそこ厚いので、俺の不安は皆にバレてはいないはずだ。
それでも、こう思わずにはいられない。
俺の指示は、かえって皆を阻害しているのではないかと。
(そういえば、姫に似たような事を相談した時あったなあ……)
《神域の剣戟》の『軍師』、俺や師匠からは『姫』の愛称で呼ばれていた彼女の言葉を思い出す。
◇
(「正解の采配? そんなもの解るわけなかろうっ。あるのは勝敗から分かる『正解だった手』のみじゃ。どんな会心の一手も、結果が出るまでは等しくただの一手に過ぎん』)
着物の裾で欠伸を隠しながら、姫は続ける。
(「一手のみを特別視するな。しかし軽んじるのもまた駄目じゃ。だからこそ従者殿、常に頭をある程度は回しておくのじゃ」)
そして姫はいつもの不敵な笑みではなく、珍しく柔らかく微笑む。
(「どうしても詰まったら、心に従うといいぞ。そうすれば大抵は上手くいく」)
◇
今思えば、不器用な彼女なりの励ましだったのだろう。
彼女はどうしてるだろうか。
「リクッ!! あと少しだッ!!」
ジャンの大声で、物思いを中断する。
「前衛は待機。半分までの削りはジャンがお願いします。魔法職はいざって時の回復準備」
ここからは事前情報の無い、未知の領域である。
より慎重に対応しなければならない。
「《火渡》ッ!!」
火炎属性に変化した矢がドラゴンゾンビの体皮を焦がす。
それを眺めながら、ぽつりと言葉が零れる。
「…………ま、いざとなったら俺が犠牲になれば――」
いつも通りの覇気のない呟きを漏らす。
それと同時に腐龍の咆哮が戦場を塗り潰す。
◆
「グギャオオオォォォォォォォォォォォォッ!!」
腐龍の咆哮。
体を包んでいた炎が消し飛び、腐龍が巨体を丸めて蹲る。
樹木特有の亀裂音が痛々しく辺りに響き、背中の部分が二か所、内側から押されて異様に盛り上がる。
紫の瘴気が、裂け目の内側から顔を覗かせている。
「グガアアァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
それは苦痛か、それとも歓喜の叫びか。
異様な状況を前に、息を飲むだけの俺達に、それを知る術はない。
種の成長を倍速にしたかのように、裂け目から蔦が幾重にも伸びて絡み合い、不格好な翼を形成する。
腐龍が血に濡れた異形の翼を羽ばたかせる。
自身のHPを犠牲にして生み出した不浄の雨が、俺達に降り注ぐ。
「っ――!?」
ガクリと俺の膝が崩れる。
それに続くように仲間も次々と倒れる。
仲間のステータス欄に状態異常を示すアイコンが一気に追加される。
毒に麻痺等の多様の異常に蝕まれるパーティ。
イベント中一度も状態異常に掛かっていなかった俺にも、濃い紫の泡が表示される。
毒の上位状態異常の猛毒。
動ける者を数名で、さらに全員が何かしらの状態異常に掛かっている。
非常に拙い状況である。
しかしこの程度、予想していなかった訳ではない。
「魔女さん――ッ!!」
「分かっているわッ!!」
動ける数名の内の一人、魔女が丸底フラスコを空高く放る。
黄緑の液体で満たされたそれは、空中で割れて俺達に降り注ぐ。
仲間全員の異常が回復する。
『快癒薬』。
全ての下級状態異常を回復する薬。
素材を多数使うので、量産は出来ないが、それでも有ると無いのとでは全然違う。
そして《ポーション強化》。
ポーション系統のアイテムの効果と範囲を上げるアビリティ。
この二つを併せる事で、オカリナの回復補助と、今回のような非常時の回復を賄う。
ポーションの再使用時間があるので連発は出来ないが、それでも充分な効果がある。
(猛毒は……残ってるよなあ)
俺は自分のステータス欄を眺めて嘆息する。
余程確率が低いのか、『猛毒』に掛かっているのは俺だけのようだ。
(日頃の行いは良いのになあ……いいよね?)
盾や攻撃役が掛かっていたら問題だったが、俺なら戦力的に問題ない。
それに、じわじわ減っていくHPは不安になるが、管理を怠らなければ死にはしない。
少しでもミスったら危ないが。
「《降り注ぎしは、天上の祝福。――癒しの光条》」
オカリナが範囲回復を唱え、皆のHPが回復する。
(HPがまだ危険域なのはっと――)
仲間の位置とステータス画面を確認する。
「盾は敵愾心取り直し。前衛はダメージ稼いで。青魔と弓は状態異常系で少しでも動きを抑えて。回復役は盾に集中。踊り子は途切れた鼓舞の再開」
形態変化で敵愾心がリセットされたらしい。
俺は後衛まで飛んできた紫布を短刀で弾きながら指示を出す。
ソラが何故か驚いた顔をしていたが、尋ねる余裕はお互いに無い。
「ギャリイィィィィィィィィィィッ!!」
翼の生えた腐龍は、動きの速さが増しており、前衛に猛攻をかけている。
一番脅威に晒されているアリシアは、身動きが取れず釘づけにされ、ソラとユーナも腐龍の勢いに攻めあぐねている。
ここが正念場だと、俺は感じた。
無事にここを乗り切れば、勝てる可能性が高まる。
「皆一旦下がって。ラー様。お願いしていいかな?」
「…………」
ランドルフが俺に視線を向けて、しっかりと頷く。
頼もしいなあ。と思いながら俺は前進する。
「ソラ。俺達が時間稼ぎするから、皆をよろしくね」
俺の突然の発言に驚く皆を追い越し、先頭へと歩を進める。
俺としては候補に入っていた一つなので、別段何の感慨もない。
腐龍の射程内に入ったら最後、俺の紙耐久では一分も持たないだろう。
(逆に言えば、俺でも数十秒は稼げるって事だけどね)
こをのままいけば、三手目で俺は倒れ、五手目でラー様は倒れるだろう。
その間約八十秒。
でもそれだけの時間があれば、前衛の回復、バフの掛け直し、ポーションによる魔法職のMP回復、これだけの事が出来る。
そして態勢の整った皆なら、自傷によりHPを二割弱まで落とした腐龍を確実に倒せるはずだ。
ここまで来たら、サブ盾も司令塔も要らない。
巻き込んでしまうラー様には後で謝ろうと思っていると、俺の肩に誰かが手を置く。
ソラがいつもの優し気な様子に真剣さを混ぜた表情で、俺を見つめる。
「駄目だよリク」
「ソラ?」
俺を引き留めた人物を見る。
「それだと、リクが死んじゃうでしょ。俺が行くよ」
「それだと、確実に勝てるか怪しくなるんだけどなあ」
「でも、俺が行った方が、皆で笑って終われる可能性は出るんだよね」
鋭い。
パーティの中で、一番ステータスの高いソラなら、ボスを引きつけてなお、生き残る可能性がある。
俺の無言を肯定と受け取ったのか、ソラが相変わらずのいい笑顔で言う。
「じゃあ、やっぱり俺が行くのがいいよ」
「……『皆無事に勝つ』は、欲張りじゃないかな……」
「ははっ! 俺はリクのそういう所、嫌いじゃないよ」
ソラは俺と入れ替わるように前に出る。
肩越しに彼が振り返る。
「でも、ここは任せてよ」
その背中は、俺が立てた作戦よりも、頼もしく見えた。
だからこそ、俺はこう言うしか無い。
「……分かった。頼むよ」
「もちろんっ!」
そう答えて、ソラはボスに向かって疾駆する。
俺は仲間の元へと戻る。
戻った俺に、魔女さんが言葉を投げる。
「あら。あっさり戻ってきたわね」
「迷ったら心に従えってのが、姫様の教えでね」
「?」
不思議な顔をする魔女さんを放っておき、俺は眉を寄せているアリシアに歩み寄る。
「私の実力が足りないばかりに、迷惑を掛けてるです」
「そんな事はない。君は良くやってるよ」
「でも――」
それでも何か言いたげなアリシア。
俺はそんな彼女の頭を軽く叩き、その続きの言葉を優しく叩き潰す。
本当にアリシア達はよくやってくれている。
ただ――
「足りなかったのは、俺の言葉と覚悟だよ」
そして俺はリューさんに振り返る。
「リューさん。さっきは大丈夫って言ったけどさ。やっぱアレ撤回していいかな?」
「…………」
「正体明かさなくてもいいって言ったけど、やっぱ皆で勝ちたいなーって思ってさ。そしてそれには貴女の力が必要なんだ」
「…………」
「だから、お願いしてもいいかな?」
勝ちたいから正体をばらせと俺は彼女に言う。
本当に俺は酷い奴だ。
でも言い訳のようだが、元々そうすべきだったのかもしれない。
俺がするべきだったのは、リューネの秘密を共に隠すのではなく、彼女の手を引いて正体を明かす手伝いだったのだ。
リューネの表情はフードの奥で確認できない。
彼女は肩を小刻みに震わせている。
「……リクはズルい」
「うん。知ってる」
しかしリューネは首を横に振る。
「否定。そうやって自分の所為みたいに言うのがズルい。謝罪の機会を奪わないで」
「リューさん……」
リューネがフードを脱ぎながら、装備画面を操作する。
《認識阻害》のフードが空気に溶けて消え、代わりに南国の花を模った踊り子の髪飾りが、彼女の髪に現れる。
『舞姫』リューネの装束を纏った彼女を、皆が唖然として見る。
観衆の視線に慣れている筈のリューネが、居心地が悪そうにそわそわしている。
「……そ、そのっ! えっと……」
元々話す事が得意ではないリューネが、更に罪悪感で歯切れが悪くなっている。
しかし彼女が告げる前に、ユーナがあっさり言う。
「やっぱりリューさんって女の人だったのね」
「えっ? や、やっぱり? えっ?」
「いやー。何となくそうかなーって、ねっ」
ユーナは隣で回復魔法を掛けているマリーに振る。
すると彼女も頷き、
「うん。仕草や話し方から何となくですけど」
「な、何で教えてくれなかったんだよッ!?」
口を開けて固まっていたジャンがユーナ達に食って掛かる。
ユーナがジト目で彼を見て低い声で言う。
「人が秘密にしたがってる事を、わざわざ広めるわけないでしょ?」
「そ、それはそうだけどよぅ……」
「ごめんねジャン君。私達も確信があったわけじゃないから」
しゅんとするジャンに、リューネが何度も頭を下げる。
「謝罪ッ!! ごめんなさいッ!! ごめんなさいッ!!」
「大丈夫ですリューさんッ!! 全然気にしてませんからッ!! むしろ歓迎ですからッ!!」
「……こんのエロガッパ」
態度を紳士的なものに変えたジャンに、ユーナが呆れて呟く。
そして立ち上がると、ユーナは魅力的な八重歯を覗かせる。
「ま、私としてもそこは気にしてないのよね」
ユーナは肉食獣を思わせる瞳で、リューネを真っ直ぐ見つめる。
「私が聞きたいのは唯一つ。その恰好になったって事は、これまで以上に頼りにしていいってことよね?」
リューネがユーナの言葉に瞳を大きくする。
そして、その無表情を若干笑みにして答える。
「肯定。『舞姫』の名において、貴女達に『不屈』を約束する」




