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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第三章 夏イベ 腐龍編
80/88

25.彼らが臨むは地に伏し屍龍3

 非常に遅れてすみません。夏の熱気に当てられてました。

 まだ若干忙しかったりしますが、こんなに長く待たせるのは、今回までにします。


 続けて愛読してくれる皆さんに感謝を。

 最初の戦闘は好感触。

 しかしここで油断してはいけない。

 手振りで朽葉達に攻撃させ、俺は皆に矢継ぎ早に簡易指示を出す。


「ソラは二刀流より片手剣スキル重視。ユーナは武技抑えめでもっと動いていい。ジャンは状態異常系の武技の回転を上げて切らさないで。マリーさんは攻撃優先で、余裕があれば前衛に補助」


 様々な肯定を聞きながら、俺は更に指示を続ける。


「リューさんはノーダメ優先で舞の昇華を急いで。オカリナは過剰回復オーバーヒールに気を付けて前衛維持。魔女さんはオカリナの補助で、いざって時の為に全体ポーションの準備。アリシアは防御重視で。ラー様はアリシアの補助で空いたら単発攻撃をお願い」


 そして俺は俺のするべき事を明言する。


敵愾心ヘイト計算と司令塔オーダーは俺が担当します――以上ッ!」


(さて、勝てるかねぇ……)


 大声とは裏腹に、俺の胸には情けない感情が渦巻く。

 決意の定まり切らない俺を他所に、第二ラウンドが始まる。



  ◆



 腐龍からかなり離れた後方。

 前衛を一目で見渡せる位置にオカリナは居る。


(《癒しの光》を使ったからっ、つ、次は《快癒》。そ、その後は《恵みの光》で……。あ、あれでもシアちゃんのHPが保てないかも……ッ!)


 頭の中が真っ白になっている。

 考える事が多いというのもあるが、一番は先程の腐龍の攻撃が彼女の心を乱していた。


 山程もある龍の突進。

 その破壊的なまでの迫力は、彼女のHPを一ミリも削りはしなかった。

 しかし、彼女の心から余裕を削るには十分だった。


 仮想空間とはいえ、圧倒的な『死』の恐怖が、彼女を支配していた。


(《癒しの光》、《癒しの光》、《快癒》の順で……はダメ。待機時間があるから《癒しの光》は連続で使えないっ……。じゃあッ、《癒しの光条》を混ぜて……。さっきと同じ間違いをするだけッ)


 汗が頬を伝い、顎から垂れる。

 焦ってはいけないと解ってはいるが、そう思う度に落ち着きが汗と一緒に零れていく。


 リクから頂いた『聖女の杖』を握る右手が小刻みに震えている。

 それをとっさに抑えようと左手を重ねるが、震える手に震える手を重ねても、震えが倍になっただけで収まる訳がない。


(えっとッ!! さ、最初――ッ!? 最初は何だっけッ!?)


 空回りする思考は先程まで浮かんでいた魔法名さえも掻き消す。

 俯くオカリナは杖に縋り、きつく目を閉じ――


「――何をしているのかしら?」

「…………えっ?」


 冷静な言葉が、オカリナを外の世界に引き戻す。

 声に振り向くと、魔女がオカリナを見下ろしている。


 当初、オカリナが魔女に抱いた印象は、少し怖い人といったものだった。

 表情はフードで隠して読めないし、発言は相手を突き放すような物が多い。

 苦手な部類だといった方が正しいかもしれない。

 それに、魔女は自分に興味など無いと思っていた。


「もう一度聞くけど、……何をしているのかしら?」


 そんな魔女が、オカリナを見ている。

 呆れも侮蔑も籠っていない、ただただ平坦な声が、役立たずと成り掛けていたオカリナに投げられる。


「わ、私は……」


 何とか返答しようと口を開くが、言葉が出てこない。

 またも俯くオカリナに、しかし魔女は態度を変えずに冷静に告げる。


「……今貴女が見ている先に、守りたい人達が映っているのかしら」

「…………」


 面を上げる。

 閉じてしまいそうになる瞳を見開き、巨体を有する腐龍を真っ向から抑えるアリシアや、挑み続ける攻撃陣を見る。


 恐くないのだろうか。


(恐くないはずがない……ッ!)


 仮想空間といっても痛みが無い訳ではない。死を連想させる攻撃に背筋が凍らない筈がない。

 それでも彼らは立ち向かうのを止めようとしない。


 己や仲間を信じているのだ。

 だからこそ、強敵にも立ち向かえる。

 そして今なお、彼らの背中はこちらの力を求めている。


「――ッ!!」


 何かしなければという想いに駆られるが、しかし思考は未だに白いまま。

 己の未熟を情けなく思い、表情が歪む。


 すると魔女がアリシアを指差し呟く。


「盾に単発回復」

「ッ! 降りしは天からの恵み――《癒しの光》ッ!!」


 癒しの力がアリシアの傷を塞ぐ。


「盾に継続回復の後に状態異常回復」

「で、でも――」


 アリシアのHPは保つのか。そう続けようするオカリナに、心を読んだかのような台詞が先回りする。


「《恵みの光》の効果は毎秒HP約10回復の計100秒。今の毒程度なら十分間に合うわ」

「は、はいッ! 《恵みの光エコー》」


 魔女が鎌を器用に一回転させ、柄尻で地面を叩く。


「最初は私が指示を出すけれど、慣れてきたら貴女に任せるわ」

「は、はいっ! ……あ、あのっ」

「……何かしら」

「あ、ありがとうございますッ!!」

「…………」


 魔女は動きを止めて、前を向いていた視線をオカリナに落とす。

 すぐに視線を前に戻すと、平坦な声で言う。


「私は役割を果たしただけ。お礼は必要ないわ」

「は、はいっ」

「…………」


 依然として前を向いたままだった魔女が、息を吐いて口を開く。


「……さっきのだけど」

「えっ?」

「初心者プレイヤーが、大型Mobに相対した時によく起こる現象よ。だから一々気にしない事ね」


 最初は何の事か分からなかったが、数秒して理解し、思わずオカリナは笑みになる。

 魔女は怖い人だと思っていたが、案外可愛い人なのかもしれない。


「ありがとうございますっ!」

「……お礼よりも、働きで返してくれると嬉しいわ」



  ◆



 リューネは《鼓舞》を踊りながら、複雑な心境でいた。

 その恰好は、踊り子の戦闘装束の上に認識阻害フードを羽織っている。


(このままで、いいの?)


 プレイヤーが装備出来る箇所は決まっている。

 リューネはその貴重な装備枠を、戦闘用ではないフードで埋めている。

 その事で、真剣に攻略しているチームメイトに対し、引け目のようなものを感じている。


 しかし正体を明かす事による今後のリスクも無視出来ない。

 悲しいことだが、自分のファンの中に、『少し』過激な人々は確かに存在する。

 そんな人達が、仲間に危害を加える可能性がある。


(それは、嫌だ)


 リューネの懸念は踊りにも表れ、手足のキレがすこぶる悪い。


(……違う。そうじゃない)


 私が本当に恐れているのは『そこ』じゃない。


(正体を明らかにして、皆の態度が変わるのが恐いんだ……)


 仲間が仲間じゃなくなる。それが恐ろしい。


(私は――)


「リューさん。元気無し?」


 頭に白い狐を乗せた少年が、死んだ瞳で腐龍を捉えつつ、いつの間にか傍にいた。


「リク――っ!」


 反射的に彼に相談しようとして、口を噤む。

 彼に判断を任せるのは間違えているし、卑怯な気がする。

 それにリクは、司令塔として全体を見なければいけない。

 こんな事で彼の負担を増やすのは申し訳ない。


「……ん。大丈夫だよ」

「え?」

「皆ならきっと何とかなるから。ね?」


 しかし彼はそんな自分を見透かしたように笑う。

 自分だって余裕がある訳では無いのに、彼はそれを微塵も漂わせない。


「だからさ。リューさんのしたいようにするといいよ」

「……うん。多謝」


 さっきよりも少しだけ体が軽くなった気がする。



  ◆



「《深淵アルトエルト衝撃カルト――闇玉ダージェ》」


 魔女が鎌を振るい、黒い靄が相手の蔦に飛んでいく。


 闇玉。暗黒魔法の一つで、初期の攻撃魔法である。

 攻撃力は低いが、衝撃による『吹き飛ばし』効果が付いているので距離が取り易く、魔法職には助かる術である。

 魔女は、黒玉を受けて仰け反っている蔦を眺める。


(この腐龍。図体の割に『吹き飛ばし』に耐性が無いのかしら。それとも蔦は本体とは別個体扱いなのかしら。いや――)


 アリシアの《逆襲》で少しとはいえ、後方に吹き飛んでいたのを思い出す。

 《逆襲》は単純なカウンター技ではない。その直前に受けた攻撃の付加効果も一緒に返す技だ。

 腐龍の突進の後に発動した《逆襲》には、『吹き飛ばし』効果が付与されていた筈だ。

 ならばやはり、耐性が無いのだろう。


(珍しい事もあるものね)


 こういっ大型Mobには『吹き飛ばし』耐性が大抵付いているものだ。

 疑問には思ったが、大した情報でもないだろう。


(それにしても……)


 魔女は、近くの白ローブの少女を見る。

 先程まで、魔女の指示に従っていた彼女は、今では自分の判断で魔法を行使している。

 その動きは拙く、危なっかしい所もあるが、それでもしっかりと役割をこなしている。


 リクがオカリナには才能があると言っていたのは、あながち間違いではないようだ。

 半信半疑だったが、実際に見て納得した。


(そもそも半信半疑だったのは、彼の言葉だったからでもあるのだけれどね)


 あの少年は年下の、それも女の子に甘いきらいがある。

 本人に言ったら、「俺ほど平等主義の人間はいないよ?」とかいう戯言を吐くだろうから言わないが、そう思っているのは自分だけではないはずだ。


 そもそもあの少年は不明な点が多い。

 今回の戦闘も、オカリナに自信を付ける為だというのは分かるのだが、それにしても回りくどいし目立ち過ぎる。

 まるで誰かにアピールするような行動は、彼の好む所ではなしだろうし、チームの皆を巻き込むのも、同様だ。


 彼は何を見据えているのだろうか。


 そして彼の不明な点は、この戦闘内容にも言える。

 即興二パーティの司令塔なんて、ただのプレイヤーが出来るものではない。

 レイドボスに慣れていないと、相当難しいはずだ。


(確か彼は、『神剣』の弟子だったわね。だとしたら所属ギルドは《神域の剣戟》)


 オカリナに向かった蔦を鎌でガードし、ポーションを使用しながら思考する。


 《神域の剣戟》。

 古参のMMOプレイヤーなら、知らない者はいない《Eternal World》内のトップギルド。

 無傷の魔法剣士《神剣》。大型レイドで采配を振るった無敗の《軍師》。全魔法のスペシャリスト《識者》。そしてその御側付《封剣》。

 少数精鋭で組織されたそのギルドは、推奨人数の半分で数多の難関コンテンツを網羅していったと聞いている。


 その無茶苦茶っぷりから、開発者のグループや凄腕ハッカー集団などの変な噂も流れていたが、真実が解らないまま、ギルドは解散した。

 そしてそれに続いて、残りの二つのトップギルドも解散し、抑えを失った《Eternal World》内は荒れたそうだ。

 戦国時代もかくやの混乱で、運営は対処出来ず、そのままサービスを終了したと聞いた。


 古くから続いた対人推奨MMOの一角。そのあっけない終わりにMMO業界も騒然としたのを覚えている。


 閑話休題。


 そんな謎のギルドである《神域の剣戟》だが、情報が無いわけではない。

 寧ろ噂に尾ひれどころか腕とか生えて別の生き物になるくらいに、噂には事欠かないギルドである。

 実際、店に来るようになった《神剣》に噂の幾つかを尋ねたが、彼女は笑顔で肯定していた。


 しかしその噂の中に、リクの情報は無い。

 司令塔から《軍師》を疑ったが、《軍師》や《封剣》は女性と聞いていたし、《識者》の線も魔法が苦手という彼の言葉を信じるなら、除外される。


 伝説のギルドに所属していたと目される、情報の無い少年。

 古参のプレイヤーなら大抵興味を持つだろうし、何より情報屋として大いに興味をそそられる。


(少し、調べてみようかしら)


 久々に愉しめそうな案件に、思わず笑みが零れる。


「ひっ!?」


 魔女の冷笑を見たオカリナが小さく悲鳴を上げたが、魔女は気づかなかった。



  ◆



 戦闘開始から、二十分は経過したと思う。

 それまでの展開としては、安定していると呼べるものではなかった。

 綱渡りの場面が幾度も有り、運が悪ければ誰かが戦闘不能になっていただろう。


 何度目かのブレスを凌いだ後も、私達は全員無事に立っていた。

 無事、というにはやや満身創痍気味だが、日本にはこういう諺があるとコハネさんが言っていた。


(しなやすッ! なのですよッ!!)


 死ななきゃ安い。蘇生魔法があれば死んでも安い。

 極端な話を言えば、全滅さえしなければ、どうなろうと安いものだ。

 それにお兄さんの指示で、立て直しは直ぐに済む。


「うなぅッ!?――《跳ね返る刃リフレクトシェル》」


 腐龍の幹のような剛腕を受け止める。

 衝撃が体を貫き、背中まで抜ける。


 痛手を負ったが、ただでは済まさない。

 アリシアを攻撃した腕が、在らぬ方向から加わった不可視の力で陥没する。

 樹皮のような鱗を飛び散らせながら、腐龍は軋む腕を退ける。


 直ぐ様、体力回復ヒール状態回復リフレッシュがアリシアを癒す。

 アリシアは自身のHPバーを確認しない。

 ここまで戦闘が続いているので、見なくても自分のHPくらい把握出来ている。


 それに、オカリナが自分を死なせる筈が無いという、確信もあった。

 彼女に関しては、気配りはしても、心配はしていない。

 だってアリシアにとって、オカリナは肩を並べて戦う友だから。

 だから、アリシアはオカリナの仕事に関して一切心配していない。


「はぁっ、はぁっ……っ!」


 精神的疲れがあるのは、事実である。

 アリシアは息吹に薙ぎ払い、振り下ろしに突進と腐龍の猛攻に晒され続けた。

 それに通常、盾役は孤独を感じやすい役職である。

 自分がしくじれば、腐龍が無差別に状態異常をばら撒くのを許すことになる、という重荷もある。


(それでも……ッ!!)


 しかしアリシアは折れない。

 最前線に立って、振り返る事は許されなくても。

 それでも仲間が頑張ってくれているのは、痛いくらいに肌に感じる。


(嗚呼ァ――ッ!! 楽しくて仕方がないのですよッ!!)


 だからこそ、口元に笑みが浮かぶのを止められない。

 盾だから味わえる醍醐味。レイドだから感じられる一体感。

 敵の攻撃に仮初の身体アバターを震わせながら、アリシアの心は高揚感に震えている。


 そして、まるで呼応するように、戦況も佳境に入った事をお兄さんが告げる。


「――ボスの体力が残り半分です! これからはパターンが変わる可能性があるので、攻撃は遠距離中心で安全に削りましょうっ!」

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