07.彼は眷属に甘い
あらすじ:もふもふ再び
「……暇だなー」
俺はぴくりとも動かない釣竿をぼけーっと眺める。
「……一匹位なら釣れると思ったんだがなー」
目の前を流れる川では一匹も釣れない俺を嘲笑うかのように魚が跳ねている。魚が居ない訳では無い。それでも釣れないのは自分の【釣り】のスキルレベルが足りないからだ。
俺は川辺近くの岩に腰掛け思案する。しばらく待って釣れないようなら此処での釣りは諦めて移動すべきだろう。もしくはさっさと見切りを付けて釣り自体を断念すべきか。
だがそうなると問題が一つ。俺は自分の膝の上に声を落とす。
「……くーちゃん。今日のご飯に魚は無理かもなー」
すると俺の膝で丸まっていた『それ』はとても悲しそうに鳴いた。
「きゅぅ~」
輝く程白い毛並みが全身を覆う子キツネの『魔物』。名前は『朽葉』。
首周りには長めの柔らかな毛を蓄え、ふさふさの尻尾を持つその姿はとても愛らしい。だが今はしょんぼりと俺を見上げて、いつもの神秘的な雰囲気はない。
彼女は昨日俺が出来心で与えた魚をいたく気に入り、それから食事の度に魚を催促するようになった。幸せそうに魚を食べる朽葉を見てると俺も幸せなのだが俺の財布まではそうはいかない。
「きゅぅ~ん」
そんな目で見られても困る。魚を食べさせてやりたいのは山々だが、俺が釣りを始めたのは今日が初めてでスキルレベルはまだ1に上がったばかり。これまでの他のスキルの傾向から一日中釣りを続けたとして釣れる魚は良くて一匹が限度といったところか。とても割に合わない。
「……くーちゃん。魚は諦めて――」
「きゅ~~~」
朽葉がこちらの胸に鼻頭を擦り付けて駄々をこねる。俺はその可愛らしさに負けそうになりながらも何とか堪え――
此方を見上げる琥珀色の瞳と目が合う。
「……帰りに一匹だけ買ってやるから」
――堪える事が出来ず結局折れる。甘やかしてるとは思いつつ、嬉しそうに此方に体を擦り付ける白キツネを見ると、まあいいかと思うあたりもう手遅れなのかもしれない。
◆
釣竿を右手に持ち左肩に朽葉を乗せた俺は山菜や薬草を集めながら森の中を進んでいく。
本当は川沿いに歩いた方がMobとのエンカウントが無くて楽なのだがそうも言ってられない。
何故なら魚は武器や防具に使う素材に比べたら安いが、だからと言って決して安いとは言えない。
だから街に帰る道中、少しでもこうして売れるものを拾ってお金を稼がなくてはいけないのである。
仮に魚を買うことが無くても戦闘をしない俺がお金を得る方法はこれしかないので、物拾いの作業は繰り返していただろうが。
「……戦闘、してみるか?」
朽葉を拾ってから三日。
念願の眷属を手に入れたが俺達は一度も戦闘行動を行っていない。ちらりと肩に乗る朽葉を盗み見る。直ぐにばれる。
「きゅう?」
毛繕いをしていたくちはがこちらの視線に気付き、こてんと首を傾ける。
「……無理だな」
戦力的な意味合いと親心的な意味合いでそうぼやく。
それにもしペットが死んでしまったらどうなるのか分からないという不安もある。
永遠に消滅することはないと思うがペット専用の蘇生アイテムがあるのかもしれない。
そもそも普通のプレイヤー用の蘇生アイテムすら見たこと無いが。
釣竿をアイテム欄に仕舞い、空いた右手でくちはの目の前の空間に触れる仕草をする。
Name:朽葉 family:天狐
【雷華】Lv5
「……うわー」
これだけしか表示されない。辛うじて使えるスキルがあるっぽいが見たことも聞いた事も無い。手を振って白いウィンドウを消す。そして朽葉を両手で抱き締める。
「……スキルなんて飾りだよなー。もふもふがあるからいいもんなー」
「きゅ~い?」
《Unlimited Online》を否定する発言をする俺の胸の中で朽葉はもう一度首を傾げるのだった。