20.彼は厄介事の気配を感じる
生存報告を兼ねての投稿です。
お待たせして申し訳ありません。
結論から言うと魔法書は手に入らなかった。
あれから十数回、黒騎士を狩ったのだが、成果は得られなかった。
工場の一角、敵の巡回ルートから外れた小部屋で俺達は一休みしている。
「分かってはいましたけど出ないですねー。ドロップ率どれくらいでしたっけ?」
「ふっふっふ。絶望を教えてやろう……」
「……やっぱりいいです」
「同意。それがいい」
悪役面して意味深に言う俺に、アリシアは嫌な顔をして首を振る。
リューネが言ったように、ゲームのドロップ率を知っても大抵は碌な事にならない。
「購入も視野に入れるべきですかね。リューさん。こっちでの蘇生魔法の魔法書の相場って分かりますか?」
アリシアがチームの会計担当のリューネに訊ねる。
リューネは戸口に背を付け、腕組みをしたまま静かに答える。
「推定。1Mフィル前後」
「本土の十倍じゃないですか……」
アリシアが顔を引き攣らせている。
「えむ?」
オカリナが膝の上の浅緋を撫でながら首を小さく傾げる。
俺も同じように朽葉を膝に乗せ、もふもふの尻尾に櫛を通す。
櫛を通すだびに、気持ち良さそうに朽葉の尻尾が膨らむのを堪能しながら、俺はあっけらかんと答える。
「メガ、もしくはミリオンの事。つまり百万フィル」
「ひゃ、ひゃくま……ッ!?」
絶句するオカリナ。ゲームを始めたばかりの彼女からしたら想像出来ない数字だろう。
現在の所持金三桁の俺も、手が届かない点では、似たようなものだが。
収入は悪くない筈なのに、何故お金が貯まらないのか。
そう疑問に思いながら、うちの子達に買ったお菓子を与えて首を捻る。
浅緋に触ろうとしてするりと避けられたアリシアが、頬を膨らませながら素朴な疑問を口にする。
「何故高騰しているのでしょうか?」
「需要や供給の関係だけど……。俺から言えるのはこの島の商人は、本土の時と比べて一人ひとりの価値が高いって事かな」
「なるほど」
「???」
オカリナが首を傾げているので、更に言う。
「一件のスーパーだけより、二件のスーパーがある方が安くなる可能性があるって事、かな?」
「何となく分かりました……」
オカリナが俺の言葉を咀嚼するようにゆっくりと頷く。
まだ疑問に思う点があるだろうが、俺からは言わない。
聞かれたら俺に可能な限り答えるが、基本的に自分で考えた方がいい。
それに説明が面倒だし。
(そういや、一時市場が荒れて大変だったらしいなあ……)
どこかの新人商人か職人だかが、上等なアイテムを安価で市場にばら撒いたらしい。
その事を俺に話した『魔女』さんは、そのプレイヤーと『お話し合い』をしに行くと言って、このパーティへの誘いを断わったのだ。
お相手が可哀想だとは思ったが、やり過ぎて商人連中から疎まれるよりはマシだろう。
その教訓の代償が魔女に弱味を握られる程度で済むなら安い物だろう。……多分。
「他のチームが中央攻略するまでには、間に合いますかね?」
アリシアはオカリナと肩を寄せ合う。
それが仲の良い姉妹猫のようで、少しだけ和んだ。
「んー。中央攻略は難航してるみたい」
「『竜威風』に『影月』、『戦乙女』と様々な上位ギルドがこのイベントにいるのにですか?」
「ドラゴンゾンビ」
「おうふ」
アリシアが潰されたように息を吐き出す。
オカリナが前髪で目が隠れた顔を俺に向ける。
「どらごんさんの死体、ですか? えっと、......つ、強いんですか?」
「んー。腐ってもドラゴンだから強いのは間違いないけど、今回はそれが問題じゃないかな」
「ドラゴンゾンビだけに」
「28点ですかね」
「おいやめろ。俺が滑ったみたいな雰囲気にするな」
そんなつもりは無いのに、何気ない言葉がギャグみたいになった時の恥ずかしさ。
「……わ、私は面白いと、……思います、よ?」
「……うん。ありがと」
オカリナの優しさが一番胸に刺さった。
傷心の俺を放って、アリシアが説明を始める。
「ドラゴンゾンビはですね。攻撃力自体は並のドラゴン以下です。しかし攻撃全てに状態異常効果があり、吐き出すブレスは複数の状態異常効果があるのですよ」
「厄介」
「普段なら対応する装備で状態異常対策を取るのですが、ギルド倉庫にアクセス出来ない現状ではそれも厳しいのです」
「装備はインベントリを圧迫するからな……」
イベントで隔離されているこの状況が、複数の状態異常を持つドラゴンゾンビの厄介さに、さらに拍車を掛けている。
オカリナも話を聞いてそれを理解したらしく、顔を青ざめている。
「そ、それ。勝てるんですか……?」
「そうですね。それさえクリアすれば体力の多いおっきな的になるんですけどね。動きも遅いですし、行動パターンも多くは無いですから」
「対抗手段有り」
ですです。とアリシアは頷く。
「幸い、このイベントには多くの職人や戦闘職が参加しています。
ですから打てる手は幾つかあるのですよ。対応装備の作成やアイテムによるごり押し。また高火力遠距離編成によるブレス範囲外からの速攻殲滅。
もしくは……」
饒舌だったアリシアがオカリナを見て止まる。
彼女が何を言いかけたか何となく察したが、それには触れずに俺は言葉を引き継ぐ。
「んー。後は変則的だけど状態異常緩和系のスキルを今から育てたりとかかな」
「……それは流石に厳しいのでは?」
「そうだね。でも装備作りにも時間がかかるし、アイテムには待機時間があるからね。パーティ編成に至っては他チームと協力するかっていうと微妙だからね。一応競争だしこのイベント」
「リクは否定から入る」
消極的な意見を言う俺にリューネが首を横に振る。
アリシアが肩を竦めてオカリナに言う。
「お兄さんが言ったように、多くのチームが足踏みしているのはその所為です。今頃各々のチームがそれぞれ出来る対策をしている筈です」
「わ、私達、は?」
「そ、それはッ……」
オカリナがおずおずと聞いてくる。
アリシアは眉尻を下げて困った顔になり俺を見てくる。
「俺達は戦わないよ。大型エネミーはリスポーンまでかなり時間があるから、他のチームが倒したのに便乗して中央に乗り込むつもり」
「そう、なんですか?」
「……うちのチームは有効な対抗策がありませんから」
そう言ったアリシアの目が若干泳いでいた。
素直なりに必死に隠している。優しく聡い少女だ。
「まあ、そっちの方が楽できるし」
「……偶にお兄さんは頼りないです。私の信頼がこうですよ。こう」
アリシアが腕で作ったグラフを急降下させる。
リューネが俺を見る。
「リクらしい」
「それ褒めてないよね……」
俺は誤魔化すように咳払いをする。
「とにかく俺達に重要なのは、ドラゴンゾンビが討伐されるまでの間に戦力の増強を図る事。そしてその為の黒騎士狩りだからね」
「突然『一狩りいこうぜ!』とメールを送って私達を集めたのはそういう訳ですか……。それならいつまでもゆっくりしている訳にはいきませんね。充分休憩も取れましたし、行きましょうッ!!」
アリシアが勢いよく立ち上がる。
リューネも背中を戸口から離す。
「同意。やる気充填」
「です!」
そう言い残して先に行く。アリシアもそれを追いかける。
出発を察し、オカリナの膝から浅緋が俺の肩へと移る。
「俺達も置いて行かれないうちに行こうか」
「は、はいッ!」
オカリナが杖を握り締めて意気込み確かに頷く。
俺はその姿を見ながら、アリシアが口にしなかった続きを内心だけで呟く。
(――もしくは、腕のいいヒーラーが居れば突破出来る)
HP回復と状態異常回復の素早くこなし、常に被弾する事のない位置取りをする。そして何よりも、仲間を取捨選択する判断力があればこの局面を突破出来る。
どれも厳しいが、とりわけ最後の判断力がオカリナには難しいと思っている。
彼女は優し過ぎるから、仲間に優先順位を付けるのは苦手だろう。
(……んー。やっぱり慌てなくていいかな)
無理をしてまで、格上の相手に挑む必要はない。
今までみたいに、リスクの無い狩り場で着実に経験を積んでいけばいい。
この時までは、俺はそう思っていた。
◆
「ん?」
俺が最初に彼らに気付いたのは、俺が周りを警戒する役割を担っていたからだろう。
外のフィールドから、数人のプレイヤーが工場に近付いて来ている。
その団体というのが見るからに怪しい。
先頭を歩くガラの悪そうな男は普通なのだが、その後ろに居る数人がローブや仮面などの『認識阻害』の付いた装備を全員付けている。
きな臭い雰囲気を感じ取った俺達は思わず足を止める。
「ッ!」
「オカちゃん?」
オカリナが息を詰める声とアリシアの声が後ろから聞こえた。
「あん? 役立たずじゃねえか」
彼はオカリナを見てそう言った。オカリナと彼は知り合いらしい。
オカリナの反応を見るに、あまり友好的ではないようだが。
彼は俺、リューネ、アリシアを順に見て鼻で笑う。
「地雷の調教師。変なフード野郎。んで、ちみっこい盾かよ。はっ! はみ出し者ばっかりじゃねえかッ! ヒールもまともに出来ないお前にお似合いだなッ!」
「ちみっこ……ッ!?」
「かっちーん」
彼の言葉にアリシアとリューネが眉を寄せる。
いきなりの暴言に喧嘩腰になるのは無理は無い。
ここに居ても面倒になりそうなので、さっさと狩場に向かうのが望ましい。
「そーですねー。それじゃあ俺達は用がありますので失礼します」
「おい、待てよ」
脇を通ろうとした俺の腕を彼が掴んでくる。
予測できたから避けようと思えば避けれたが、それで他のメンバーに標的が移ったら面倒なので、そのまま掴ませる。
「……何か?」
自分では見えないが、俺はどんよりとした目をしているはずだ。
彼が思わずといった感じで一歩後ずさる。
「お、お前らここに居るって事は魔法書狙いだろ? だったらそいつに使うのは止めとけ。金の無駄だ」
「……つまり彼女に百万フィルの価値は無い、と?」
「あ、ああ。魔法を覚えても混乱して使えないのがオチだぜ」
俺はちらりとオカリナを確認する。
彼女は何か言いたそうに口を何度か開閉させるが、最後は肩を落として口を閉じる。
内気な彼女に面と向かって言い返せというのは酷だろう。
代わりに俺が答えておく。
「参考にはしときます。……ドロップしたらの話ですが」
「へっ! そうかよ」
男は言いたい事を言って満足したのか、俺達の目的地とは別の方へと歩いていった。
残ったのは俺達四人のみ。
「塩撒くですッ! 塩ッ!」
「勿体無いから止めような」
「お兄さんは私達の事をあんなに言われて腹が立たないですかッ!?」
「んー。……そこまでは?」
「……相変わらず淡白です」
俺の反応を見たアリシアは、毒気を抜かれたのか肩を落とす。
「んー。捕らぬ狸のなんとやらだし、そういったのは出てから決めても遅くないよ」
俺は何事も無かったように言って歩き出す。
リューネは淡々と、アリシアは渋々といった感じで付いてくる。
俯いて考え込むオカリナだけは、俺の声が聞こえていないのかその場に立ったままである。
「オカちゃん行くよー」
「えっ?……は、はいっ」
幾分か元気を失くした様子の彼女だが、それには気付いていない振りをする。
アリシアもそんなオカリナに気付いて、声を掛けようと口を開くが、悔しそうに唇を噛むに止まる。
今回の件は、外野がどうこう言って解決する問題ではない。
多分アリシアもそれが分かっているから、結局言葉を飲み込んだのだろう。
今回はオカリナ自身が考え、納得を得なければならないのだから。
(面倒な事にならなきゃいいけど……)
俺は揺れ動くオカリナの瞳を盗み見ながら、そっと息を吐いた。
◆
これまでの順調さが嘘のように、黒騎士狩りは困難を極めた。
その原因は、彼女。
「オカちゃんッ! そこでは騎士の範囲攻撃に捕まるです! もっと離れてくださいッ!」
「う、うんっ!」
「オカ。その位置だと徘徊する雑魚的にサーチされる」
「す、すみませんっ!」
先の一件以来、彼女の動きは精細を欠いている。
これまで出来ていた事が出来ていない。
それどころか、かえって邪魔になっている。
それでもかなりの時間を掛け、何とか黒騎士を倒す事には成功した。
「す、すみません…………」
オカリナが、俺達に何度も頭を下げる。
すっかり元のおどおどした彼女に戻ってしまっていた。
おどおどしたオカリナ、つまりおどリナか。と俺が馬鹿な事を考えていると、アリシアがオカリナに慌てて言う。
「た、たまたまです! たまたまっ! 休憩を挟めばいつもの調子に戻りますよッ! ねッ!?」
最後は俺とリューネに向けて発す。
しかし俺は少し時間を置いた程度で復活するとはとても思えなかった。
「んー。今日はこれぐらいにしよっか。もうすぐ夕飯だし」
「せ、せめて! あと一回ッ!!」
アリシアがそうせがむ。
ここで蘇生魔法を覚えれば、オカリナが失いかけている自信を取り戻せると考えたのだろう。
彼女の考えも分からないでもないが、俺には逆効果にしか思えない。
それでも彼女の必死さに負け、俺達は泣きの一回に臨んだのだった。
◆
「おっ」
自分のインベントリを確認した俺の口から声が漏れた。
アリシアがてとてとと近付いてくる。
「出たですかッ!?」
「…………いや、そこそこ高価な素材が出ただけ」
「紛らわしい、ですッ!!」
彼女は俺が渡した素材アイテムを地面に叩きつけた。
所有権が俺にあるので、アイテムは地面にぶつかっても壊れずに俺のインベントリに納まる。
「落ち着けー」
「何でお兄さんはそう冷静なんですか……」
「んー。焦ってドロップするならいくらでも焦るけど、そうじゃないからな」
俺はリューネとオカリナを見る。
彼女達もアリシア程ではないが、疲れや焦りが見える。
割れた窓から紅く染まった空を見上げる。
タイムリミットだ。
「そろそろ帰るか。妹との晩御飯の時間だしな」
「重度のシスコンです……ッ!」
「失礼な。俺はシスコンじゃないよ」
「はいはい。そーですねー」
アリシアがげっそりした顔で息を吐き出す。
「お仕事」
「……わ、分かってますっ。我侭はもう言いません。今日は終わりです」
元々後一回と言っていたし、リューネにもこう言われたらアリシアは強く出られない。
俺達は揃って帰ることにしたが、その途中にちらりとオカリナを観察する。
見た感じ、完全に折れてはいないが、ちょっとした切っ掛けで容易く折れる。と言ったところか。
(……んー)
俺は自分の中のスイッチを入れ替える。
瞳に光を灯し、考えを巡らせる。
揺れ動くオカリナの心情、周りの状況、そしてインベントリ内のとあるアイテム。
多分俺が考えたのはそんなに長くは無かったと思う。
俺はいつも通り死んだ目に戻る。
(大体のプランは出来た。その為には――)
オカリナを百万フィルの女にするべく、俺は更に思考を巡らせる。
自分で考えておいて何だが、百万フィルの女は少しアダルトだと思った。




