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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第三章 夏イベ 腐龍編
73/88

18.彼は充実した日々を過ごす

 すみません。二、三ページ分を一ページに纏めていたら遅れました。

 ですので読み難い部分があると思います。

 無理せずゆっくりお読みください。

 待っていてくださり、ありがとうございます。

 イベント開始から三日目。

 俺達はお屋敷に居る貴族や他のプレイヤーから情報を集めたり、時には自らの足で島を調べ回った。

 その甲斐もあって俺達は多くの情報や花火作りの資材を集める事が出来た。

 全チーム的に見ても俺達は上位の成果を出していると思うし、順調に行っているという手応えもある。

 優勝も狙えるんじゃないかと、チーム内でモチベーションが上がっている。



 今日、俺達はお屋敷に篭もり、生産に臨んでいる。

 設備はお屋敷に設けられており、いつでも無料で利用できるという大盤振る舞い。

 こんな機会は滅多にないので、戦闘職の人もやってみようと相成った。

 イベントで上位を目指すのも大事だが、こういった寄り道も楽しいものだ。

「ちょっ! 魔女ちゃんっ!? 薬品が変な色になっちゃったっ!?」

「な、何をしているの貴女ッ!? 一体何を混ぜたのかしらッ!?」

「ユーナさん臭いのです。それ以上近付かないで欲しいのです」

「え? アリシア? 何?」

「わざと近付いて来るなですッ!?」

 騒がしく調薬をする女子達を見ながら、ソラがしみじみと言う。

「生産って肉体労働なんだね」

「これは違う」

 俺はかぶりを振る。

 今日はジャンとリューネ以外の皆が勢揃いし、その為割合的に女子が多い。

 だからでは無いが、男子は隅の方で女子の姦しい様子を眺めている。

 そんな俺の肩に大きな手が乗る。

 その持ち主であるランドルフは、無言で作業途中の俺の手元を指す。

「ん。ごめんラーさん。教えてもらってるのに手を止めちゃって」

 彼は無言で首を横に振り、気にせずに自分の作業に戻る。



「さて、と……」

 俺は改めて自分の手元を見る。

 その作業台には、赤みを帯びた黄色い棒のようなものが、無造作に転がされている。

 『ダルタートルの鼈甲』。

 海岸線沿いに出現する亀型の敵のドロップアイテム『ダルタートルの甲羅』を加工して出来たそれを、更に研磨して細く整えた物が転がっている物の正体だ。

 俺は目立つ凸凹をやすりで均し、仕上げ磨きで鼈甲特有のアメ色の光沢を出す。

 初めてなので荒い部分はあるが、それでも様になっていると、思う。そうだといいな。

 仕上げとして頭部分に金具で珊瑚玉を繋げてやる。

 するとアイテムの名称が変わる。

 『鈍鼈甲のかんざし』。

 お世辞にも素晴らしい出来とは言い難いが、まあ無難な出来と呼べなくもないと思う。

「ラーさん。どうかな?」

 先達に聞いてみる。

「…………」

 俺から簪を受け取ったランドルフは矯めつ眇めつ眺めた後、俺に返して一つ頷いた。

 及第点は取れたようだ。

 ホッとする俺にソラが聞いてくる。

「良かったねリク。でも何で簪なんだい?」

「……え? 何でって――」

 ――似合いそうだったから。と続けようとして自問する。

 (似合いそう? 誰に? 俺に? んなわけない……)

 では誰なのかと思い、しかしそれ以上はいけない気がして俺は考えるのを止める。

「……何となく、かな?」

「何となくって……リクは相変わらず考えてる事が読めないねえ」

 ソラが苦笑する。

「んー。今度はこの子達の分の櫛でも作るかね」

 俺は膝の上で仲良く丸まっている二匹を撫でる。

 職人に依頼してもいいが、ペットに関してはなるべく自分でやってあげたい気持ちがある。

(ま、ゆっくりでいいか)

 そう思う俺の元に、さっき見た時より淀んで泡立つ例の異臭を放つ液体を持ったアリシアがとててっと駆け寄ってくる。

「おにーさーんっ!」

「臭い。こっちくんな」

「女の子に対して辛辣過ぎませんかッ!?」

 無邪気さを装っても嫌がらせの魂胆は見え見えなんだよ。

 アリシアは俺の手元を見る。

「カンザシ? 何ですかそれ?」

 どうやら彼女は簪を知らないようだ。

 俺は簪を手の中で回しながら教える。

「これは暗殺用の特殊な武器で、普段は髪留めに偽装して持ち歩き、相手を音もなく抹殺する物だ」

「クラシーヴイッ!! すごいですッ!!」

「しかし技量が足りないと逆に所有者の頭に刺さって死ぬ」

「串刺しは嫌なのですッ!?」

「遠慮するな。頭をこちらに差し出すといい」

 俺が簪を握りこむとアリシアはダッシュで逃げていった。

「全く……。この子達に臭いが付いたらどうするんだ……」

 俺は朽葉と浅緋に顔を近づける。普段通りに陽だまりの匂いがした。大丈夫だったみたいだ。

 隣の作業台で裁縫をしていたマリーとオカリナが俺を見て苦笑する。

「リクくんってたまに酷いよね」

「……です、ね」

「心外だな。俺ほど慈愛に満ちた存在はいないよ?」

「あははっ。そうかもね」

「…………」

 ソラは頬杖をつきながら俺の台詞を笑って流す。

「ちょっといいかしら?」

 黒いローブに身を包んだ魔女がドクロマークの描かれた紫色の玉を掌に載せてこちらに来る。

「花火の試作品が出来たわ」

 ものすごく嫌な予感がした。



 俺達はお屋敷の裏手に集まり、出来た花火を早速打ち上げる事にした。

 ランドルフが設置した発射台の周りの各々集まる。

「リク、浅緋、頼んだ」

「……あーたんはライターじゃないんだけどなあ……」

 不承不承といった体の俺とは異なり、浅緋は気にした様子もなく導火線に火を付ける。

「……」

 何気なく火を追う視界の端で、魔女がスッと輪から離れて数歩下がる。

 それを疑問に思う間も無く、ポーンと軽い音を発して花火が打ち上がった。

「……おーっ」

 紫と赤を基調とした花火に皆が感嘆する。日中ではなく夜に見れたら更に良かったのに、それが悔やまれる程には美しかった。

 散った火花が俺達に降りかかる。

 何かが倒れる軽い音がした。

 そちらに視線を向けると、オカリナが地面に突っ伏している。

「……は?」

 次いでユーナ、ソラ、マリー、ランドルフと倒れていく。アリシアは倒れはしないものの、苦しそうに眉を歪めている。

 離れていた魔女が輪に加わり軽い調子で言う。

「とまあ、一応完成はしたんだけどこんな感じで麻痺や毒の状態異常を撒き散らすのよね」

「貴女バカだろッ!?」

 魔女は懐から取り出した薬を振り撒く。

「それにほら。私口下手だから。この方が口で言うより分かりやすいでしょ?」

「あえてあんたって言うけど、あんた最低だなッ!?」

 薬を浴びた仲間達が次々に起き上がる。

 状態異常が全て無くなってるのを見るに、かなり性能の良い状態異常回復ポーションだったようだ。

 事前に状態異常回復ポーションを準備してるとか用意周到だな。やっぱり確信犯か。

「いやあ、仲間に殺されそうになるとはね」

 ソラがこんな状況でも朗らかに笑う。そこは怒ろうよ。

「もう魔女ちゃんッ!? こういう事は事前に言ってよねッ!! 吃驚するじゃないの!」

「ええ、了解したわ。今度はそうするわ」

「うんうん。……うん? 今度?」

 頷いていたユーナが首を傾げる。

「流石お姉様です。素晴らしいドSっぷりです!!」

「……」

 ランドルフに助け起こされながらマリーが顔を輝かせる。いやその反応はおかしい。

 あと関係ないが、さらりと女性に手を貸せるラーさんは本物の紳士だと思った。俺とか突っ立てるだけだし。

「流石にやりすぎたわ。反省してるわ」

 魔女さんが珍しく皆に謝る。明日は雪だな。

「大丈夫ですよ。ここ数日で慣れましたから」

 ソラはソラで微妙に失礼な事を言ってるが、よく考えなくても魔女さんの自業自得なのでもっと言ってやって欲しい。

 というか仲間の大半が魔女さんやリューさんの奇行に慣れ始めている。慣れって恐い。

 魔女は俺に向くと訪ねる。

「それで? この花火をお姫様にお披露目するのかしら?」

「……実は反省してないよね」

 その提案は当然却下した。



  ◆



「――という訳でガイルからも魔女さんに言ってやってくれよ~」

「馬鹿野郎。そんな事したら俺が殺されるだろうが。――社会的に」

 テーブルに突っ伏す俺にガイルが怯えた視線を落とす。

 だよなあと呟きながら、俺は息を吐く。頭の上の朽葉がぺちぺちと俺の頭を叩いてじゃれついている。

 同じテーブルに着いているヴィヴィが銃を弄りながら呆れた声音で言う。

「しかし生産職のガイルならともかく、アンタが『魔女』と知り合いなんて驚きね。あの人【調合】のトップでしょう?」

「んー。あー、俺はガイルに紹介して貰ったからな。別に不思議でもないだろ? それよりも俺が不思議なのはここだよ」

 俺は周囲を見渡す。

 なんてことはない作業場の一室。休憩の為に設けられたスペースである。

 ここは元々あった施設ではなく、コハネ達のチームが建てた・・・作業場。

 こいつらはお屋敷の施設じゃ満足できなかったらしく、自分達でより設備の整った場所を作り上げたのだ。

 俺は姿勢を正すとガイルを見る。

「お前ら馬鹿だろ?」

「いやほらあれだよ」

 どれだよ。

 ガイルは強面の顔を撫でながら何故か少し自慢げに言う。

「俺達職人組も建てるつもりはなかったんだけどよ。イナサ達や雪月花の嬢ちゃん達がいい素材持ってきてくれるもんだからつい、な」

「……つい、で建物は建たないと思うんだがな」

「私達もちょっとログアウトして戻ってきたら建物が建ってて驚いたわ」

 その時の事を思い出したのか、ヴィヴィが苦笑いする。

「……勝手に建てて良かったのか? この島王女様の所有物だろ?」

 俺の疑問への答えは横合いから返ってきた。

「リク様。それに関しては問題ございません。チーム『百花繚乱』様からは事前に相談は受けておりました。こちらも了承した上での行為でございます」

 猫耳メイドさんがコーヒーの入ったカップを俺に差し出しながら答えてくれた。

 『百花繚乱』はコハネ達のチームの名前だったはずだ。以前コハネが「沢山の花火を打ち上げたいからこの名前にしたッ!!」と言っていた。

 そしてこの猫耳メイドさんは『百花繚乱』のメイドさんで、黒猫を彷彿とするクールな美人さん。

「ありがとうナターシャさん」

「いえ。メイドとして当然の事ですので」

 瀟洒に一礼するナターシャさん。

 それを感心して見ていると、俺の後ろからも感嘆の声が漏れるのが聞こえる。

「はえー。ナターシャ先輩は相変わらずメイドの鑑ですね」

「……ルゥイ。お客様の前です。私語は慎みなさい」

「だ、大丈夫ですよぅッ!! 以前リク様は必要以上に畏まらなくていいって仰ってくれましたからッ!! ほ、他の皆様も同じような事を仰ってくれましたもんッ!!」

 俺達プレイヤーは顔を見合わせて苦笑する。

 メイドさんに慣れていない俺達には彼女達の畏まった対応はどうしてもむず痒くなる。

 俺達としてはルゥイのような砕けた対応の方が助かったりするのだが、ナターシャさんはそうもいかないらしい。

「『もん』じゃありません。まったく……」

 ルゥイは溜息をつくナターシャさんから隠れるように俺の後ろに回ると口を尖らせながら、

「そ、それに私見たんですよッ!! メイドとして当然とか言っておきながら、リク様に褒められた時に嬉しそうに尻尾を震わせていた先輩の姿をッ!!」

「ッ!?」

 ナターシャさんの頬に羞恥から朱が差す。それを見て可愛いと思った俺はかなり鬼畜なんじゃないかと思いながら俺はすまし顔でコーヒーを啜る。

「そ、そんな事はありませんッ!! ルゥイ、貴女の見間違いではないのですか?」

「いいえ、見間違いじゃないですッ!! だって先輩、楽しみに取っておいたケーキをこっそり食べてる時も同じ反応してますもんッ!!」

「あ、貴女なんでそれを知っているのですかッ!? いつも周りはしっかり確認しているのにッ!?」

「ふっふっふーっ! 私の嗅覚を舐めてもらっては困りますっ! どごにいても先輩がおやつを食べるのは分かりますッ!!」

「貴女がそうやって探し出して私の分のデザートを食べるからこっそり隠れて食べているのですッ!!――あっ」

 そこでナターシャは今の自分がメイドとして相応しくない行為を取っていた事に気付く。

 彼女はこちらに深々と頭を下げる。

「も、申し訳ございませんお客様方ッ!! お見苦しい所をお見せしましたッ!! ルゥイ、貴女もッ!!」

「リク様。ヴィヴィアン様。ガイル様。お騒がせして申し訳ありません」

 さすがのルゥイも今度は素直に従う。

 別に俺達は気にしないのに真面目というか何というか。

 ちらりと二人を確認するとヴィヴィとガイルは肩を竦めて俺を一瞥する。俺に任せるという事らしい。

 俺が言葉を発する前にナターシャが続ける。

「なんなりと処罰を申しつけください。何でも仰る通りにいたします」

「俺達は――ん? 何でも?」

 何でもって本当に何でもいいの?

「そっかー何でもかー! どうしようかなー!」

「リ、リク様……」

 テンションが上がる俺にナターシャが若干引いている。

 しかし俺はそれを意に介さず、思考を走らせる。そして結論が出たのでそれを口にする。

「何でも何でもかー! あ、じゃあ膝枕――」

「リク。後でこのことコハネやナギに報告するからね」

「――にしようと思ったけど今朝寝違えて首痛めたの急に思い出したわー!」

 危うく地雷を踏むところだった。

 軽めのにしないと後が恐い。

 悩みながら視線を彷徨わせると、ナターシャの猫耳が目に付いた。

「んー。じゃあ一回だけ語尾に『にゃっ!』って付けて喋ってくれたらいいよ」

「はい。かしこま――は、はいいいぃぃぃッ!?」

 ルゥイに日常を暴露された時よりも顔を真っ赤にするナターシャ。

 あれ?予想外の反応なんだけど。猫耳があるからこれくらい苦もなくこなせると思って、優しさで言ったつもりなんだが。

 「まあ、それくらいなら」とヴィヴィからのお許しも出たし、大した難易度じゃないと思うんだが。

 しかし当のナターシャは顔をこれでもかと真っ赤にしておずおずと俺を見上げる。

「……こ、この度は御主人様方に迷惑を掛けて申し訳ありませんでした、にゃ」

(ちょっと待って俺そこまで求めたつもり無いんだけどッ!?)

 しかし何か言う前にナターシャさんは高速で一礼して部屋を出て行ってしまった。

 羞恥心の限界だったのだろう。

「…………」

「鬼畜」

 紅茶を噴き出して慌てているガイルと、俺を蔑んだ目で見るヴィヴィ。

「リク様! リク様!」

「……ん?」

「私への処罰はいかがいたしましょうか? わん!」

 セルフ語尾には突っ込まないで俺は伝える。

「……後で一緒に謝りにいこうな」

「了解しましたわん!」

 俺は依然として唖然としていたが、これだけは言える。

 何かに目覚めそうな位、さっきのナターシャさんは可愛かった。



  ◆



  現実で一度日が巡る間に、この世界では三度日が巡る。

 お昼過ぎの真夜中、というパッと聞いて意味の分からない時間帯。

 ゲームにINした俺はお屋敷の裏手にある庭園を足早に抜ける。

 男女のペアがあちこちで自分達の世界を作っているのを視界の端に何度も捉える。

 一人の俺には気まずいものがある。

(いや、一人じゃないけどね! うちの子達もいるし! ホント一人じゃないけどねっ!)

 自分に言い聞かせながら俺は地獄地帯を抜け出した。

 庭園の先は閑散とした木々が立ち並び、その更に先は月明かりの降り注ぐ小高い丘になっている。

 俺が惰眠や考え事をする時に度々訪れるこの名も無き丘に、今夜は先客が居た。

「…………」

 たおやかに座り、切れ長の目で静かに夜空を見上げる黒髪の少女。

 月明かりに浮かぶ彼女の姿はそれだけで幻想的で美しかった。

 その雰囲気を壊さないようにそっとしておきたいと思う気持ちと、彼女に触れてみたいという、相反する二つの欲求が湧き上がる。

 結局決められずに、木々の間から彼女を見ている事しか出来なかったので、結果的には見守る形になったのだが。

 浅緋と朽葉が腕の中から不思議そうに俺を見上げる。

 妙に緊張しているのが俺一人だけなのに苦笑いしながら、何時の間にか止まっていた足を踏み出す。



 丘には遮蔽物がなく、ナギは簡単にこちらに気付く。

「こんにちは先輩。……それともこんばんは、でしょうか?」

 星空を見上げていた彼女が俺を見つけて柔らかく微笑む。

 ここでその表情は卑怯だよなーと思い、卑怯って何だよと自分で自分にツッコミを入れる。

「こんばんは。……どっちでもいいと思うよ。違和感ないから」

「……それもそうですね」

 そしてナギは突っ立っている俺を綺麗な瞳で見上げる。

「……座らないんですか?」

「……えっ、と」

 何で躊躇しているのか自分でも分からなかった。

 これまで何度も彼女と並んで座った経験はあるのに、初めてのように動揺しているのか。

 ここでこうやって彼女と過ごすのも何度目かになるというのに。

(ああ、そっか)

 そこで俺は不意に理解する。

 普段は俺の居る所に彼女が来てくれていたが、今回は彼女の所に俺が行く形である。

(こんなに勇気がいるもんなんだな……)

 相手から拒絶されないか、本当に隣に行ってもいいのだろうかと不安になる。

 普段のナギも同じ思いをしていたのではないだろうか。

 ただでさえ俺は目が死んでいて近寄り難いのに、それでも会いに来てくれていた。

 その事を純粋に嬉しく思い、俺からも歩み寄る努力をしようと決めた。

「きゅっ!」

 朽葉が俺の腕から飛び降り、ナギの傍で尻尾を振る。

「くーちゃん。こんばんは」

 彼女は姿勢を動かさず、ほっそりした手を差し伸べ、朽葉の喉を優しく掻いている。

 朽葉は尻尾をパンパンに膨らませて喜んでいる。

「先輩」

 ナギは自分の隣を叩く。

 彼女からの誘いがなければ座れない自分を情けなく思いながら俺はそこに腰を下ろす。

 浅緋にも挨拶する彼女を見ながら、俺は気まずさから口を開く。

「んっと。……今日は早いんだな」

「はい。……現実世界あっちの事で少し考えたい事がありまして、ここにお邪魔してました」

「……ん。そっか」

「はい」

 何だろう。落ち着かない。

 ここに来るまでのプレイヤーの雰囲気に当てられたのか。

 こんなの俺らしくない。そもそも俺らしさってなんだ。

 彼女もそう思ったのかクスッと笑う。

「今日の先輩は少しおかしいです」

「俺はおかしくない。周りが俺とずれてるだけだから」

「あ、その台詞はいつもの先輩らしいです」

「…………」

 今日は彼女にいいようにされている気がする。

 それからはいつものように取り留めのない話をして、俺は落ち着きを取り戻したと思う。

 彼女は終始穏やかで、いつもより大人っぽく感じた。

「そういえば、先輩に聞きたいことがありました」

「ん?」

「先輩はメイドさんが好きなんですか?」

 終身刑を言い渡された。

 彼女はさらに笑顔で続ける。

 同じ笑顔のはずなのに、先程と違って見えるのはどうしてだろう。

「語尾に『にゃ!』をつける女性が好きなんですか?」

 どうやら死刑宣告の方だったようだ。

 今夜の彼女からは言い逃れできそうになかったので、俺は大人しく弁解をしたのだった。

 とりあえず誤解は解けた。と思う。そうであって欲しい。

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