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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第三章 夏イベ 腐龍編
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17.彼は穏やかに過ごす

 ニーグラットを討伐した俺達は、一旦お屋敷に戻る事にした。

 お屋敷の周囲は、プレイヤーの手でいくつもの露天が開いており、お祭りのような体裁を整えている。

 皆で見て回りたいが、大学生であるソラ達は現実で用事があるらしい。

 お屋敷組みと合流した後、残りのメンバーはログアウトする彼らを見送った。



「これからの予定は、どうなっているのかしら?」

 若干やつれた風体の『魔女』が、俺に聞いてくる。

 何があったのだろう。

「大学組は忙しくて、今日はIN出来ないそうです。だからこれからはもう自由時間でいいんじゃないかって話になりました」

「……そう。それじゃあ私は部屋で休ませてもらうわね」

「う、うん。ごゆっくり」

 心なしか重たく見える魔女ローブを引き摺りながら、『魔女』は早々に屋敷へと引っ込んでいった。



 冷や汗と共に見送っていたら、リューネに袖を引かれた。

「リク。私も落ちる」

「ん? リューさんも用事?」

 彼女は機械じみた動きで首を振って否定する。

「否定。朝までさつ……仕事だったから眠い」

「ん。お休み」

 この様子だと合流時点で既に眠かったのだろう。

 しかし、俺達に合わせて起きててくれたのだ。

 俺の周りの人間は、自由気儘に振舞うにも関わらず、こういった気遣いをするから素直に怒り難い。

「惰眠所望」

 リューさんは年少二人に手を振るとログアウトした。



「んで、二人は?」

 俺は年少組を見る。

 オカリナが前髪から目を覗かせて俺を見返す。

「わ、私も一旦戻ります。あまり長い時間ゲームをしてると、おばあちゃんが心配しますから」

「そかー」

 オカリナは相変わらず良い子だった。

「折角の夏休みですから姉様を誘って外出でもしましょうかね」

 そういう訳で私も落ちます。とアリシアは真面目な顔で付け加える。

「お兄さんはどうするのですか?」

「んー。……情報整理して落ちるかなー」

「……手伝いましょうか?」

「大した量じゃないから大丈夫」

「ですか。それではお願いします」

「……ん。任せて」

 俺が気軽に言うとアリシアもあっさり提案を取り下げる。

 普段はポンコツなのにこういった気遣いが出来るのは美点だよなー。と少し失礼な事を思ったのは内緒。



 年少二人を見送った俺は、一度伸びをして脱力する。

「……さて」

 普段通り景観の良い場所を探して、そこで情報整理でもしよう。

 お屋敷から離れる為に足を動かすと、頭上の朽葉がぺちぺちと額を叩いてくる。

「ん? どうした?」

「なうっ! なうっ!」

 浅緋が尻尾で俺の頬をむにむに押し、そして今度は露店を示す。

 そちらを窺うと、香ばしい匂いが漂ってくる。

「無駄遣いは控えたいんだが。……ま、いっか」

 俺は露店の集まる広場へと向きを変える。

「……もうすぐお昼だが、うちの妹様はどこにいるんだか」

 そんな事を言いながら、彼女達を連れて喧騒に溶け込んだのだった。



  ◆



 少年達がボスと邂逅する少し前に遡る。

 島の北東には大小の岩が無造作に転がる荒野が広がっている。

 生えている草木も枯れている風貌で、風も乾燥して埃っぽい。

 そんな生き物の気配が乏しい場所を二人の少女が歩く。



 活発な印象を受ける金髪エルフの少女と、清楚な雰囲気を漂わせる巫女装束の黒髪少女である。

「それでねっ! それでねっ! なっちゃんっ!! その時お兄ちゃんが――」

「ふふっ。先輩は相変わらずだね」

 金髪少女が嬉々として語り、それに黒髪の少女が笑顔で相槌を打つ。

 まるで荒地に咲く二輪の花のような二人だが、それを窺う不穏な視線がある。

 それは一つではなく、いくつのも岩陰から浴びせられている。

 その気配を消した殺気に、二人は気付いていないかのように談笑しながら進む。



 そして彼女達が開けた場所に足を踏み入れた途端、身を震わせる雄叫びが轟く。

 大地を揺るがす着地音。

 そして彼女達の前に現れたのは、五メートルはあろう巨人。

 巨人はその血走った瞳に少女達を収めると、獰猛に笑い再び咆哮する。



「ふえぇ~っ!! おっきい……!」

 金髪エルフが敵を見上げながら、素直な感想を口にする。

 わらわらと周囲の岩陰から人型のモンスターが姿を現す。

 獣の皮やボロ布に身を包んだ焦げ茶のモンスター達は、各々凶器を手に少女達を緩やかに囲む。

荒野の荒くれ者ラウディゴブリン豪腕を振るう者ハイジャイアント……。道中襲って来なかったのはこれが狙いですか」

 黒髪の少女は目を細め、凛とした空気を纏う。



(笑ってるなっちゃんも好きだけど、この真面目な表情も美人さんだなー)

 金髪エルフが白弓を構えながらそんな事を考えていると、黒髪の少女が尋ねる。

「ゴブリン集敵する?」

「全部射程内・・・だから要らないよーっ。それよりなっちゃんはジャイアントに最短で行ってっ。道は作るから」

 遠い者で二十五mはあるが、少女はあっけらかんと答える。

 エルフ少女は矢を番え、武技を発動させる。

 それと同時に魔法の詠唱も並行する。

 少女の足元に、武技と魔法の陣が重なり合って展開し、敵を残さず飲み込む。

「《来るは悠久の風の調べ。――ウィンドストーム》。《アローレイン》」

 少女を中心として突風が生まれ、周囲のラウディゴブリンを根こそぎ薙ぎ倒す。

 倒れた敵に次々と矢が刺さっていき、殲滅していく。



(武技と魔法の並列でも難しいのに、二つとも正確に操ってる)

 武技と魔法の二重行使の練度に驚嘆しながら、黒髪の少女は遮る者の無くなった道を疾駆する。

「グオオォォォォォォォッ!!」

 巨人が獣のような咆哮を上げ、丸太と見紛う棍棒にエフェクトを昇らせる。

 このままいくと、彼女は巨人の馬鹿力に押しつぶされるだろう。

(もっと、速くッ!)

 そこで彼女が選択したのは前。長髪をなびかせAGIステータスの限界まで速さを求める。

 爆発的な加速を得た彼女は、刀に蒼いエフェクトを纏わせて敵に向かって跳ぶ。

 黄土色のエフェクトを迸らせた死の棍棒が振り下ろさせる。



 本来なら威力の劣る少女の刀が弾かれ、即死とはいかないまでも相当のダメージが彼女を襲うだろう。

(ここッ!!)

 彼女が幻視するのは一人の少年の後ろ姿。

 まだ勢いの付いていない棍棒を横から《閃花》で強打する。

「ギュオオオォォォォォォォォォッ!?」

 狙いの逸れた棍棒は少女を捕らえず、地面を深く抉るのみ。

 武技を空振りした巨人が強制硬直を強いられる。

 棍棒の上に軽やかに着地した少女は、そこからさらに跳躍する。

 巨人の顔と同じ高さまで跳んだ彼女に、巨人が有り得ないものを見た顔をする。

「《飛燕》ッ!」

 高速の剣閃が二度走る。

 弱点部位に武技を喰らった巨人は、電池が切れたみたいに不自然な形で固まると、光の粒子と化した。



 エルフ少女が黒髪の少女に近付く。

「なっちゃん。今のってお兄ちゃんの……」

「うん。先輩の真似……」

 黒髪少女が微かに上気した頬に手を当て、はにかむ。

 可愛いっ!抱きしめたいっ!という欲求を抑え、エルフ少女は重ねて尋ねる。

「お兄ちゃんに教えて貰ったのっ?」

「ううん。見様見真似だけど?」

「おうふっ」

 確か兄がこの妙な技を覚えるのに一ヶ月はかかったと聞いたことがある。

 そんな兄を思うと不憫になる。

「何か不味かった?」

 黒髪少女が不安そうにしている。

 エルフ少女は少し考えて、考えるのを放棄した。

「ううん。何でもないよっ! それよりなっちゃんっ! 話は変わるけど見様見真似と妙な煮豆って似てるよねっ! 煮豆だけにっ!!」

「見真似、煮豆……少しだけ似てる、かな?」

 脊髄反射な発言にも、しっかりと付き合う黒髪少女に、金髪エルフは喜色を浮かべる。

「あーもーっ!! だからなっちゃんは大好きだよっ!!」

「コハネちゃんッ!? いきなりどうしたの!?」

 黒髪少女は、突然抱きついて来たエルフに目を白黒させるのだった。 



  ◆



「あれ? お兄ちゃんだっ!」

 帰還魔法でお屋敷に戻った私とコハネちゃんは庭園を歩いていた。

 そちらを見ると見覚えのある少年がいる。

 彼は木に体を預け、木陰でペットと共に寝息を立てている。

 滅多に見せない穏やかな表情で眠る彼を見た瞬間、トクンッと一度だけ仮初めの心臓が跳ねる。

「な、なに? 今の?」

「なっちゃんっ! 行こうっ!!」

 戸惑う私の手を引いて、コハネちゃんが彼の元へ駆け出す。

「コ、コハネちゃんっ!?」

「お兄ちゃんひゃっはーっ!!」

 私の手を離さないまま、彼女は寝ている彼に飛び付く。

 必然的に私も彼に近付く事になる。

 襲撃にあった彼の驚いた声と、私の羞恥心による悲鳴が響き渡った。

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