16.彼は火種を喰らう者に挑む
文章を分けてみましたが、余計読み辛いかもしれません。
どうしても読み辛かった場合は教えてください。対処いたします。
関係ないですが、この作品で一番ドヤ顔が似合うのは、アリシアかもしれません。
ニーグラットはその巨体からは想像できない動きで俺達に飛び掛ってきた。
しかしそこは流石というか、場慣れした動きでアリシアがそれを阻む。
「《挑発の咆哮》。《護りの型》」
アリシアが盾でしっかりと巨体を受け止める。
俺よりも小さな少女が大型トラックより一回り大きなラットと力勝負している様は、この世界がゲームである事を再認識させられる。
「ハアアァァッ!」
ユーナの跳び蹴りが横合いからボスへと炸裂する。
ニーグラットの巨体がぐらりと揺れる。
ユーナと挟撃する形でソラが地を這うように接敵する。
「《スラッシュ》」
青いエフェクトを放つ剣がニーグラットの足元に当たる。
足元を掬われたニーグラットはその図体を地に着ける。
そしてそこへ追撃の弓矢が眉間に突き刺さる。
(いい連携だなー)
彼らの動きは、お互いに相手が何をするのかを理解していなければ出来ない動きだ。
「皆を常に回復出来る射程に収めつつ回避優先でね」
俺はオカリナにそう告げ、足早にニーグラットに近付く。
ニーグラットの額には立派な赤水晶が埋め込まれている。
(今まで見たラット系の変異種か?)
特殊攻撃も当然あるだろうなと警戒しつつ俺は朽葉に指示する。
「くーちゃん。《氷華》」
立ち上がろうとしたニーグラットの前足が氷の華で固められ、ボスが再び体勢を崩す。
「朽葉、ナイスよッ!!」
俺ではなく朽葉を褒めながら、ユーナが拳武器にエフェクトを纏わせる。
身を沈ませる体重移動からの追い突き、そこで発生した上方への力を利用した三連撃、そして身を翻して背中全体で相手を震わせる。
赤いエフェクトを描く柔剛兼ね備えたその動きに俺は感嘆する。
(《鎮墜》から硬直キャンセルの《砕牙》、そしてその流れで《鉄震》か)
【拳】スキルの高威力アビリティ二つを、硬直の少ない《砕牙》で繋げた鉄板のコンボである。
そして鉄板であるが故に、このコンボが出来て一人前といった風評もある。
それはというと、武技――武器系アビリティのコンボは意外と難しく、初心者の最初の壁となる事が多い。
俺が感嘆したのも、ユーナが息をするようにコンボを決めていたからである。
ここまでの猛攻で目に見えて減ったボスのHPバーを確認する。
(ファーストアタックは上々、かなー)
ニーグラットはその身をようやく起こすと、怒りで前歯を鳴らしながら、ユーナに襲い掛かろうとする。
「何処を見てるのですか。《逆撫》」
アリシアのフレイルが白く輝き、ボスに叩き込まれる。
「ギュゥッ!?」
大したダメージが入っていないにも関わらず、ニーグラットはアリシアの攻撃に動きを止める。
ヘイト上昇武技《逆撫》の強制力が働き、ニーグラットは攻撃対象をアリシアに変更する。
「《デュアルスラッシュ》」
その隙にソラが二本の剣でボスの足を斬る。
二本とも質の良さそうなロングソードで、深緑色の剣は腰に差したままである。
ニーズラットは苛立ったようにその巨体を暴れさせるが、その全てをアリシアが完璧に防ぎきる。
「《狩り捕る矢》」
オレンジのライトエフェクトの尾を引く矢が、ボスの額にある水晶を貫く。
これまでとは比較にならない悲鳴を上げて、ボスが半狂乱になる。
「やっぱりあそこが弱点みたいだな」
矢を放った体勢のジャンが声を上げる。
俺達は積極的に額の水晶を狙いながら、ボスのHPを二割まで減らした。
「ピギュアアアアァァァァァァッ!!」
HPが二割を切ると、ボスは俺達に背を向けて奥へと走り出そうとする。
「……」
ちらりとアリシアが俺を見て小首を傾げる。
盾職には相手の移動阻害系の武技があるのだ。そしてそれの使用の有無を問うているのだろう。
俺はかぶりを振って武技の使用を止める。
敵の新たなパターンが知りたいので、ここは邪魔しないでおく。
ニーグラットは奥に聳える赤い大水晶の下まで行くと、その一部を乱暴にへし折る。
「ヂュアアアアァァァァァァァッ!!」
そして大音量で叫ぶと、強靭な前歯で水晶を食べ始める。
ボスのHPバーがみるみる回復していく。
(……だから《火種を喰らう者》ね)
齧る毎にもりもり回復するHPと攻撃と俊敏のバフが付いていくボスを見ながら俺は納得する。
そろそろ止めないといけない。と思っていると、ミニマップに変化が起きる。
洞窟の外周に沿うようにして赤い点――エネミーを示すマーカーが多数点灯する。
周囲を見渡すと岩陰や穴から、全長二メートルはあるラットが沸いている。
(さっきの雄たけびか)
ボスが水晶を食べる前に放った叫びを思い出す。
あれは自身が無事に回復する為の取り巻き召喚の為のものだったようだ。
ボス同様額に水晶を宿す多数のラットが、赤黒い瞳を妖しく光らせて俺達に襲い掛かってきた。
群がってくるラットの波に、俺達は苦戦していた。
アリシアが上手くヘイト管理をしてくれているので、そこまで被害は出ていない。
しかし、攻撃を凌ぐだけでは勝てないのだ。
道中でも薄々感じていたが、この即席パーティの弱点は、範囲攻撃の少なさである。
(あえて魔法職を置いてきたのは間違いだったかなッ!?)
「《氷華》ッ!」
朽葉の冷気魔法が集まったラットを飲み込み、容赦なく砕いていく。
「《アローシャワー》」
多数の矢が降り敷き、ラット達を地面に縫い付けていく。
「もうっ! 何なのよッ!?」
爆発が起きたと錯覚するような空気の弾ける音がして、数匹のラットが宙を舞う。
ソラが爆心地にいるユーナに苦笑しながらオカリナを守るように剣を素早く振るっていく。
「いやー。驚いたね。これぞ窮鼠猫を噛むってやつだねっ」
「いや、上手くないですから……」
俺は朽葉に指示を出しながら、自身でも『涼鳴』を閃かせる。
弱点部である頭部の水晶を掠めるように攻撃していきながら、俺はソラの台詞に溜息をつく。
時間は少し掛かったが、ほぼ全てのラット達は倒した。
しかしその代償として、ニーグラットには半分まで回復されてしまった。
「お腹いっぱいで満足そうだな……」
「ひ、ひえぇ……」
こちらににじり寄って来るボスにジャンは疲れた笑みを、オカリナが情けない声を漏らす。
身構える俺達だが、予想に反してニーグラットは立ち止まる。
頭を振って前歯をかち鳴らす。
再度同じ動きをするボスに俺達は困惑する。
そして三度目は前よりも大きく頭を振ると、一層大きく前歯を鳴らす。
ぱちっと火花が弾け、導線を伝うように生き残りのラットに薄い光が奔る。
ラット達の額の水晶が思い浮かび、俺は咄嗟に叫ぶ。
「アリシアッ!!」
「ッ!! 《鉄壁》」
《挑発の咆哮》でアリシアの周囲に集まっていたラットが一斉に爆発した。
「ヂュアアアアァァァァァァッ!!」
ニーグラットが爆風で舞った砂埃の中のアリシアへ向けて間髪入れずに突進する。
空洞を揺さぶる衝突が更に砂埃を巻き上げる。
俺達の視界が遮られて、アリシアとボスの様子が確認できない。
状況を窺う俺達の耳が聞き慣れた声を拾う。
「――甘いです」
砂煙が晴れた場所には、悠然と佇むアリシアと、盾で押さえつけられているニーグラット。
普通なら読めない筈のボスの表情が、驚愕に目を見開いていたと、この時ばかりは確信を持って言える。
「乙女の柔肌に傷を付けたいなら、この十倍は持ってくるがいいのですよッ!!」
ムフーッ!とドヤ顔を決めるアリシア。
(((乙女の柔肌ってなんだーッ!?)))
状況と台詞のギャップに思考停止する俺達は皆同じ感想を抱く。
そして最初に我に返った俺が慌てて声を出す。
「ソ、ソラッ! オカリナッ!」
「あ、うんッ!!」
「は、はいッ!!」
オカリナがエンチャントを掛け、ソラが疾駆する。
「《イクシード・バスター》ッ!!」
ニーグラットに肉薄したソラは空間を食い破るように連続攻撃を浴びせる。
薙ぎ払い、斬り上げ、突き。様々な斬撃の織り交ざった猛攻は、その全てが吸い込まれるように額の水晶を捉える。
空色のライトエフェクトと深緑の軌跡が交じり合い、甲高い金属音が剣戟に合わせて唸る。
その圧倒的存在感にサポートも忘れて思わず魅入る。
「……初めて見た」
俺の口から言葉が零れるが、俺も含めて誰の耳にも入らない。
一部のプレイヤーが到達しているといわれる中級スキル。
その中の一つである【二刀流】。そしてその武技である《イクシード・バスター》。
明らかに初級スキルの武技とは一線を画すその威力に唖然とする。
三十秒も経たずにHPを数ドットにされたニーグラットは、俺達に背を向けてまた離脱しようとする。
「今度はさせませんよ。《強者の視線》」
ニーグラットが見えない圧力に押し固められ、身動きが取れなくなる。
「さて、これで最後です」
アリシアのフレイルが純白のエフェクトを散らす。
「《ヘヴィーアタック》ッ!」
止めの一撃を受けたニーグラットは二、三度痙攣した後、身を強張らせると微細なポリゴンデータとなって地面に降り注ぐ。
アリシアはパーティメンバーに、誇らしげな笑顔でピースをしたのだった。
スキル名変更
「臆病者~」→「強者~」




