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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第三章 夏イベ 腐龍編
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15.彼は坑道の深部に辿り着く

 俺達は所々を落盤で塞がれた坑道を突破していく。

 同様のギミックで隠されていた部屋もあり、そこで見つけたアイテムを入れると中々の戦果を上げていっている。

 俺は歩きながらお屋敷組と連絡を取る。

『あらあら。それじゃあ紅い水晶はギミックを示唆していたのね』

「ん。色々試してみたけどトラップでは無かったです」

 俺達の心配は杞憂だったようだ。

「その水晶も花火の材料になるみたいですねー」

『それじゃあ、お土産を期待して待っていましょう』

 通話越しに『魔女』の微かな笑い声が聞こえてくる。

『ああ、そうそう。貴方から頼まれていた件だけど、済ませておいたから』

「……相変わらず仕事が早いですね」

『情報収集はそこそこ出来ると自負しているつもりよ。詳しくは後でメールを送るから見といて頂戴』

「……コツとか聞いてもいいですか?」

『コツという程では無いけれど、今回は情報交換を主軸にしたやり方だったわね』

「……情報を次々に交換していったんですか?」

 まるでわらしべ長者みたいだなと思った。

 ただ御伽噺と違うのは、情報は渡しても無くならない点だろう。

『理解が早くて助かるわ』

「ん。便利だな。毎回これ使えばいいんじゃないかな?」

『そうでも無いわよ? 相手が情報を持ってるのが事前に解っていて、尚且つ乱雑に集めるから虚実が混じるもの』

「ん。そか。情報の重複もありますね」

『ええ。もっと言うなら、情報は十人十色だから完全に無駄な情報なんて一つも無いけれど、優先度が低い情報ばかりが集まる可能性もあるわね』

「俺達だと難しいな。……今更だけどそっち方面は任せていいですか?」

『ええ。お安い御用よ』

 俺は安堵してつい本音を言う。

「貴女が仲間で良かったです」

『…………』

「ん?」

 通話越しの沈黙。

 しかしそれは一瞬で直ぐにいつもの声が聞こえる。

『そう。それは良かったわね。お互いの活動もあるし、そろそろ切るわ』

 他人事な言葉と共に通話が切れる。

(どうしたのかな?)

 通話越しだったのもあり確信は無いが、最後は様子がおかしかった気がする。

 俺の思考を遮るようにソラが声を掛ける。

「リク。連絡は終わった?」

「ん。大丈夫ですよー」

 今は考え込む時ではなく、お互いの活動を優先するべきだ。

 俺はそう考え、違和感を思考から追いやった。



 ◆



「仲間、ねえ……」

 黒魔女装備に身を包んだ女性が呟く。

 その言葉からは何の感情も読み取れず、聞く人が居れば、ただ単語を口の中で転がしているように感じただろう。

「お姉様ーッ!? 何処ですかーッ!? クラン氏がもう直ぐお見えになりますよーッ!!」

 魔法職用のローブに身を包んだ女性が魔女を探している。

 その後ろには無口な大男が付き添っている。

 『舞姫』リューネには、ある事を頼んでいるので此処にはいない。

(確か名前はマリーさんとランドルフさんだったかしら)

 マリーは魔女と呼ばれる彼女の事を慕っているようだ。

(物好きな人ね……)

 黒魔女フードの奥で息を吐くと、彼女は物陰から出てマリー達に近付く。

「あ、お姉様。此処にいたんですね」

「……前々から思っていたのだけれど、貴女のそのお姉様呼びはどういった意図かしら?」

「……もしかしてご迷惑でしたか?」

「意図を聞いているだけよ」

 イエスともノーとも言わず、魔女はマリーに問う。

 彼女はそうですねー。と少し考えた後、

「お姉様が着ているのはセット効果のある黒魔女一式ですよね?」

「ええ」

 魔女が着ているのはレア度四の黒魔女装備である。

 そしてマリーが言う通り、この装備はセットで装備する事で暗黒魔術の威力と詠唱にボーナスが付く。

「同じ魔法職としてレア度四の装備を全て揃えているのは尊敬に値します」

「そう」

 トッププレイヤーに対する羨望という事ね。と魔女が納得しかけた所にマリーは更に続ける。

「はい。それが理由の一つです」

「一つ?」

「はい。実はもう一つの方が理由としては大きかったりします」

 そこでマリーはキラリと眼鏡を光らせる。

「どんな相手にも冷静に対処するその度胸ッ!! 生かさず殺さずの絶妙な力加減で情報を搾り取る手腕ッ!! PC、NPCに関わらず人を人とも思わぬ鬼畜さッ!! 最初の情報収集を目にした時から痺れっぱなしですッ!!」

「…………はい?」

 魔女は頬をやや上気させ力説するマリーから思わず距離を取る。

 マリーは褒めているつもりみたいだが、魔女にとっては恐いの一言に尽きる。

「こんな素晴らしい女性を慕わずにいられるでしょうかッ!? 否、慕ってしまうのが普通ですッ!!――ってランドルフくん。どうかしたの?」

 熱弁するマリーを遮るようにランドルフが女性二人の間に割って入る。

「…………」

 そして彼は無言で階段を指差す。

 そこには丁度階段を登って着ているNPC貴族の姿がある。

「あ、クラン氏が到着したようですね。話は一旦ここまでにしましょう」

「え、ええ。そうね」

(……一旦って。まだ続きがあるのね)

 戦慄する魔女には気づかず、マリーはクランを迎えに行く。

 魔女はそれを見ながら、隣の大男に言う。

「ありがとう。助かったわ」

「…………」

 大男は構わないという風に頷くと、のっそりとした足取りでマリーの方へ歩いて行く。

「……もう少し、相手を慮ろうかしら」

 そう呟いて、魔女も足を進める。

 期待した目で魔女を見る女性と、執事のように無言で後ろに付き従う大男に追いつき一瞥すると、彼女は心中でまた息を吐く。

(このゲームは変な人を集めるスキルでも持っているのかしら)

 魔女自身もその一人だと自覚しながらも、彼女はそう思わずにはいられない。

(さて……)

 思考を切り替える。

 いくらNPCとはいえ、油断してはいけない。

 近今のNPCはRPGの村人Aのような一定のルーチンしか行わないプログラムではない。

 PCの言動によって多様に反応を変える。

 少なくともこのゲームの世界ではNPCは確固として生きている存在なのだ。

 下手をすれば此方が足元を掬われる結果になる。

 だからこそマリーの言葉のように、魔女はPC、NPCに関わらず全力で相手をするのだ。

 マリーが会話内容の書記を準備するのを確認して、魔女は口を開いたのだった。



 ◆



 呼ばれた先にはトロッコがあった。

 アリシアがノックするように表面を叩きながら俺に問う。

「これ? どう思います?」

「トロッコ」

「いや、そうでは無いのです」

「鉱石の運搬に使われていたんだろーね」

「そうでも無くて……」

 俺が首を傾げると、肩にいる朽葉や腕の中の浅緋も揃って首を傾げる。

「もし罠の是非を聞いているのであれば、多分大丈夫」

「わざと惚けてましたねッ!!」

「むーっ!!」

 頬を膨らませてアリシアが半眼になる。

 俺はその視線を真顔で受け流す。

「はいはい。じゃれ合うのは無事に帰ってからね」

 ユーナがやんわりと執り成す。

 俺達を無視してソラ達は話を続ける。

「進行先はここしかなく、かつもう直ぐ最深部だからボス戦って感じだね」

強化魔法バフはどうする?」

「そうだね。掛けていこうか。オカリナさん。お願いできるかな?」

「は、はいっ!!」

 ユーナがソラに振り返り聞く。

「……私の《奮迅》はどうする? 空打ちしとく?」

 《奮迅》は【拳】スキルの攻撃アビリティで、攻撃と共に自身に攻撃力上昇を付与できるアビリティである。

「いや、いいよ。《奮迅》は効果時間が短いからね。MPは温存しておこう」

「了解」

「え、えっと……。振り分けはどうしましょうか?」

 ちらりとオカリナが俺を見る。

 サポートすると言った手前、求められれば答えなければならない。

「……生命の衣オーラは全員。魔属付与エンチャはユーナだけでいいと思うよ」

「あ、あのっ。武器エンチャントの方も全員に掛けるMPありますよ?」

 よく自分の事が分かってる。

 俺は顔には出さないが素直に感嘆した。

「ん。でもそうしたらMP枯渇するでしょ? この先に何が待ち受けてるか分からないから、範囲回復ヒールフォール一回分は確保しておきたい」

「わ、わかりましたっ」

 すると今度はユーナが聞いてくる。

「対象は私でいいの? 私は一応自己強化できるわよ?」

「ん。貴女が一番動き回りますからね。流石に戦闘中の拳闘士に魔法を掛けるのはまだキツイかと思いまして」

 ユーナは道中ある程度加減してくれていたが、ボス戦となったらそうもいってられないだろう。

「おっけ。了解したわ」

 各々軽い準備を終えた俺達はトロッコに乗り込む。

 まるでトロッコは俺達がそれを待っていたかのように、ゆっくりと動き出し、徐々に加速していく。

「むひょーッ!!」

「っ!! っ!?」

 勢い良く坂を下るトロッコに目を輝かせるアリシアと目を白黒させるオカリナ。

 俺は対照的な二人を見ながら飛ばない様に朽葉と浅緋を腕に抱く。

 ジャンが何かに気付いたのか前を指して皆に振り返る。

 必死に口を動かすが、風に流れて聞き取れない。

(オレサマ。オマエ。マルカジリ?)

 俺のような一介の高校生が読唇術など出来るはずも無く、心の中で適当にアフレコしておく。

 彼が指差す前方を確認しようと前に移動する。

 皆が同じ考えに至ったのか、皆仲良く前を覗く。

 通路の何十m程先で、ぽっかりと口を開けるように空間が広がっているのが見える。

 そしてそこから線路がプッツリと途切れているのも見えてしまった。

 やばいっ!と思う間に、加速しているトロッコは瞬く間に何十mという距離を零にする。

 一瞬を引き伸ばしたかのような時間の中で、肝が冷える程の浮遊感を得る。

 トロッコごと空間に投げたされた俺達は、眼下に広がる大空洞に息を呑む。

 目を引くのは、空洞の奥に鎮座する赤い大結晶。

 その根元に生えている、PCの身の丈ほどもある赤水晶が、まるで雑草のように感じられるその大水晶に、ただただ感嘆する。

 そして空間を漂う時間は唐突に終わり、重力が俺達を引き摺り下ろす。

「ユーナッ!! オカリナさんをッ!!」

「任せてッ!!」

 ソラの意図を察し、ユーナがオカリナを抱きしめる。

 落下にもダメージ判定があり、そのダメージはステータスの器用(DEX)で軽減出来る。

 一番DEXの低いオカリナが落下死しないようにユーナがフォローに回ったのだ。

 それを見ていたアリシアが真顔で俺を見る。

「お兄さん。へいへーい」

「俺には鉄塊を抱いて心中する趣味は無い」

 そもそもステータス的にも貴女は大丈夫だろうが。

 彼女を無視して眼下を見ると、巨大な水晶の根元に毛むくじゃらの巨躯がいるのに気付く。

(……ネズミ?)

 俺達はそれぞれ足音を響かせて無事に着地する。

 俺達の後ろでトロッコが地面に衝突して見事に粉々になる。

 その破砕音に気付き、こちらに背を向けていた巨大なネズミはゆっくりと俺達に振り返る。

「ピギャアアアアァァァァァァァァァッ!!」

 耳を劈く怒号が大空洞に反響する。

 ここのボスである巨大なネズミ――《火種を喰らう者》『ニーグラット』との戦闘が始まった。

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