13.彼は棄てられた坑道を進む2
あまりの寒さに、こたつむりになりたい気分です。
《Unlimited Online》には攻撃対象を確定するロックオンが存在しない。
これは武技系アビリティの動きの多様性や、範囲魔法の誘導性などの自由を生んだ反面、銃や弓矢などの遠距離攻撃や回復系などの空間指定型の魔法の難易度を上げている。
特に魔法――非誘導性の単一魔法や味方に掛ける強化魔法辺りがセンスを試される。
そういった事情があり、魔法関連は誘導弾や範囲魔法が好まれる傾向にある。
「これは個人的な意見だけど、だからこそ俺は魔法職の人を尊敬しているし、尊重したいと思ってる」
少なくとも、俺にはそういった才能は無かったから。
「わ、わーっ」
俺の説明を聞いていたオカリナが無事な椅子に行儀良く座りながら控えめに拍手をしてくれる。
彼女の心遣いをこそばゆく思いながら話を続ける。
「だから手っ取り早く役に立ちたいなら、範囲魔法を連打すればいい」
「でも、それって無理ですよね」
オカリナの隣で同じように椅子に座ったアリシアが言う。
「ん。MP効率。詠唱速度。待機時間。その関係からいってあまり現実的じゃないかなー」
「そ、そうなんですか……」
オカリナが目に見えて落ち込む。
「でも使い分ければいい」
「使い分け、ですか?」
「うん。複数を回復する時は当然として、確実に回復させたい時に範囲魔法を使うだけで事故の可能性はぐっと減る」
何せ範囲に居る味方に絶対当たるのだから。
「あとはそうだね。敵の広範囲攻撃に合わせて回復を合わせたり、動きの激しい味方にはHPを徐々に回復する魔法を掛けておくだけでも安定するね。他には――」
「は、はわわっ!?」
「えーと、リク。その辺はまだいいんじゃないかな?」
「ん。そうだね」
少女二人のやや離れた後方でベンチの真ん中に座るソラが俺を制止する。
彼を挟むようにしてベンチに座るユーナとジャンが談笑する。
「ああいうのって何ていったかしら?」
「マニアじゃねえかな?」
「そこ私語は慎みなさい」
まるで授業みたいだなと思っているとアリシアも同じような感想を抱いたか苦渋の色を浮かべる。
「いえ、学校にはあまりいい思い出が無いものでして……。お気になさらずどうぞ続けてください」
「ん。そかー」
俺の視線に気付いた彼女が言う。
気にはなったが彼女の触れて欲しくない雰囲気を感じ取ってそっとしておく。
俺は未だに目を回すオカリナに向き直る。
「んー。まあ、色々言ったけど基本は単体回復で、危ないと感じたら範囲回復でいいかなー」
「《癒しの光》と《癒しの光条》、の使い分け……」
オカリナはイメージを固めているのか数瞬の間、瞠目した後に頷く。
「はい。頑張ります!」
「うん」
いい返事に俺も笑顔になる。
「さて、ここで問題となるのが《癒しの光》の命中率なんだけどねー」
「はいぃ……」
気分の浮き沈みが潜水艦並みに激しいなあと思いつつ俺は続ける。
「俺は魔法職じゃないから又聞きのアドバイスになるけど、魔法はイメージが大事らしい」
「イメージ、ですか?」
ん、と俺は頷く。
「例えば放射系と発現系の魔法ではイメージのしやすさが違うよね」
「ボルト? バーン?」
「んと……。火の玉を手のひらに出して相手に当てるのと、相手の体を直接発火させて火だるまにするのでは難易度が違うよね」
「は、はいっ!後者の方が難しい、と思います……」
「うん。動いてる相手なら特にね」
線の攻撃と点の攻撃。それぞれの当てやすさの違いだ。
「……お兄さん。話の腰を折って悪いのですが、何故燃えるなのですか?」
「ん? その分類が出来たゲームの代表魔法が発火と炎矢だったから」
「ほうほう」
「っと脱線したけどそんな難しい発現系の魔法もイメージによって大分変わる」
俺は順々に指を折っていく。
「例えば自分と相手の間に見えない経路が通っていると想像して、そこに魔力を流すイメージ。もしくは自分を中心にソナーのようなものが出ているイメージで、それに触れたものが回復するイメージ。あとは対象の頭上から魔法が降るイメージや、シャボン玉を飛ばして相手に当たったら破裂して中の魔法が発動するってイメージもあるね」
「な、なるほど……」
「大事なのは既存のイメージに囚われない事だね。《癒しの光》の説明文には女神の加護云々って書いてあるけどイメージし辛いからねー。それなら自分が思う魔法でいいと思う」
現代人の俺達が女神様の信仰を想像するのは難しいだろう。
「君が思う回復魔法のイメージでいいとおもうよ」
「私が思う、回復魔法……」
◆
「回復魔法……。あったかい光……」
オカリナがそう呟いて沈思するのを見ながら、俺はこのゲームを始めて一ヶ月以上経過した現在気付いた事を思い返す。
このゲームの魔法や武技アビリティはプレイヤーによって差異があり、一つとして同じ物がないのだ。
例えば大地魔術に《水晶縛鎖》がある。
この魔法は地面から水晶製の鎖を出す事により相手を捕縛する魔法である。
俺がこの魔法を実際に見たのは原生湿地のボス悲愴妖樹と先程の『奏士』LBの二者。
悲愴妖樹の水晶は色が濁った茶色をしていて、鎖の造形も水晶を荒々しく削り出し無理矢理繋げたような痛々しいものであった。
一方LBの方はやや青みがかった透明な水晶が精巧な造りで繋がっていたし、先端部分には同材料で出来た工芸品を思わせる鏃があった。
同じ魔法であるにも関わらず、両者のイメージの違いでこうも魔法の発現に差異が出るのだ。
下手をしたら鎖の本数もイメージで操作できるのかもしれないが、そこまでは俺には分からない。
だが限度もある。
《水晶縛鎖》はあくまで水晶の鎖を範囲内に召喚して対象を縛る魔法である。
だから鉄製の鎖は呼べないし、水晶のロープも出せない。そして縛る魔法なので鎖で直接攻撃を与える事はシステム的に不可能なのだ。
でも複数の敵を鎖で捕まえたり、攻撃態勢の相手の武器に絡めて次の動きを阻害したりは出来る。
そういった効果の範囲内の融通は利くのだ。
特に魔法はそういった傾向が強く、魔法はイメージが大事だと言ったのはその事もあるのだ。
ちなみに俺が魔法を苦手とするのはこういったイメージが一向に定まらないのが原因だったりする。
(そういえば《Eternal World》時代に魔法練習したっけなー)
昔やっていたVRMMOにも水晶縛鎖と似たような魔法があったのだ。
そして発動させた『それ』を見たギルドの仲間達の反応を思い出す。
(「ぶっはっ!? 何これ? ミミズ? 糸きれ? お前一発芸の才能あるわwww」って馬鹿にされたなあ……。笑い話にしてくれたお礼に装備縛りでエンドコンテンツに放り込んでやったが)
結局ギルドの皆(装備縛り済み)総出で挑んで時間ぎりぎりで辛勝したが、俺達は二度とこんな事やらないと誓い合ったものだ。
俺が懐古の思い出に浸っている間にオカリナはイメージが固まったのだろう。
小さく頷くと顔を上げる。
「えと、大丈夫、ですっ!」
「ん。それじゃあ楽しい楽しい廃坑探索といきますかねー」
俺の言葉に答えるように皆が立ち上がり、準備の最終チェックを始める。
俺も準備しようとしたら、アリシアが俺に近付いてきた。
「ん?」
「いえ、妙に詳しかったものですから気になりまして」
「ああ」
そういう事か。
「君と同じだよ」
「私ですか?」
「うん。俺のこれも人からの受け売りなんだ」
「受け売り、ですか?」
「ん。昔魔法を師事したことがあってね」
「しじ?」
アリシアが首を傾げる。
「教わってた事があるんだ」
別のゲームだけどね。と付け加える。
「ほうほう。先程の説明から察するに素晴らしい方だったんですね」
「……んー」
「違うのですか?」
言葉を濁す俺にアリシアがきょとんとする。
「魔法の才能は最高なんだが、不治の病に犯されててねー」
「病、ですか!?」
「あー、大丈夫大丈夫。そんな深刻なものじゃないから」
俺は乾いた笑い声を上げ、
「だってその病ってのは中二病だもん」
◆
鬱蒼と生い茂る森の中を歩く一組の男女。
一人は黒の長衣を身に纏った男性で、もう一人はレイピアを下げた軽戦士の女性である。
ここは孤島の中心付近に位置する森であるが、迷子の彼らにそれを知る術はない。
男性が芝居掛かった動作で腕を振り、無駄にいい声で言う。
「フハハハハハッ!! どうした我が血を分けた眷族よッ!? 普段の覇気が無いではないかッ!?」
男性から二、三歩後ろを歩く女性が冷淡な目つきで男性を睨む。
「この現状を招いた自分の愚行を忘れるとは、兄上の首に乗っているものはビーチボール並みにスカスカで間違い無いようですね。かち割りますよ?」
「ア、アザミッ! 落ち着くのだッ!? お前には我が必要だろうッ!?」
「妹の事を血を分けた眷族と呼ぶ兄は要らないです」
「ちょっ、ちょっと待つのだ我がけん――妹よッ!! 流石にそれはお兄ちゃん傷付くかなーッ!?」
「煩いですね。やっぱりかち割りますか……」
女性が手をレイピアの柄に掛ける。
それを見た男性が慌てて制止する。
「待て待てッ!! 今は争う時ではないッ!! 同胞達との合流を優先すべきではないかッ!?」
「……ふむ。一理あります」
女性は男の言葉を受けて、半身まで刀身を顕わにしたレイピアを元に戻す。
それを確認した男性は大きく息を吐いて安堵する。
しかし女性は表情に険を込めると、離した柄に再び手を添える。
「アザミッ!? 我はまだ何も言ってないぞッ!?」
「『まだ』ということは、何か失礼な考えを抱いていたと……」
「ふ、ふふ……。流石我が妹ッ!! 読心術まで心得ているとは、我が慧眼でも見抜けぬとはッ!?」
「兄上。ばかな事を言っていないで構えてください。来ます」
女性の警告と同時に、物音がしてトラのようなモンスターが茂みから現れる。
三方向から。
(レッサーファング三体ですか……)
厄介な中型モンスター三体を前に女性は内心冷や汗を流す。
素早い身のこなしと鋭い爪や牙による重い攻撃が特徴の強いモンスターである。
剣を抜こうとする女性だが、その動きは男性によって遮られる。
「兄上?」
「剣を納めろアザミ。この程度の獣、お前が手を出すまでも無い」
そして男性は妹の一歩前に出ると素早く魔法を詠唱する。
「《絡みつく炎はその身を焦がす――炎蛇》」
「《零下の棺は永遠の眠りへの誘い――氷月》」
「《大地の怒りに飲み込まれよ――岩封》」
各々の猛虎達が炎に飲まれ、氷に閉じ込められ、隆起した岩に圧殺される。
(魔法の三重詠唱ッ!)
現在使い手が『奏士』と目の前の兄しかいない【詠唱】スキルの高みの一つ。
魔術師を目指すものなら憧れのアビリティの一つである。
単体中級魔法を見事命中させる兄の技量を見ながら女性は息を吐く。
(いつもこうであればいいのですが……)
「フハハハハーッ!! 我が闇の力の前には全てが平等に無よッ!! 嗚呼、我は自分の強大なる力が恐ろしいッ!!」
(……こうですからね)
「さあ、何を呆けているのだ我が妹よッ!! 歩みを止めている場合ではないぞッ!!」
意気揚々と進もうとする兄を妹が制止する。
「……兄上。そちらは先程来た方向です」
「……や、闇の囁きが此方に同胞がいると言っておるのだッ!」
「そうですかそうですか。では幻聴を拾うその役立たずな耳は要りませんね。切り落とします」
そして妹は躊躇い無くレイピアを抜く。
「待て待て待てッ!! 潔すぎるにも程があるぞッ!!」
「ああ。屁理屈を捏ねる頭の方が要りませんか?」
「要るッ!! 要るから止めてくれッ!! 本当は道が解りませんすみませんでしたッ!!」
「……いいでしょう。自分の間違いを認められるのはいい事です」
そして妹は矛を納める。
ゆ、許されたッ……!と呟く兄は汗を拭う素振りをすると、妹を見据える。
「アザミさん。最近武器の止め具が緩くないですかね?」
「そんな事はありません。ただ、強いて上げるとするならば、チームの皆さんに迷惑を掛ける兄の尻拭いをしているのが原因かもしれません」
「……そ、そういえば屁理屈で思い出したが、かつての同胞達は元気だろうか? 確か殆どの者がこの世界に居る筈であろう」
「……『神域』の仲間達ですか。主様や姫様はお変わりないと風の便りに聞きます」
「ふむ。我が盟主と軍師はそうであろうな。我が魔道を手解きした眷属はどうしているだろう?」
「……知りませんよ。あんな昼行灯」
明らかに不機嫌になる妹に兄は苦笑する。
「何だアザミ。まだ許せないのか?」
「……許せるわけありません。あれは創設者でありながらギルドを棄てたのですよ? その所為でギルドが潰れたんです」
兄はこんなにもかつてのギルドを想う妹を嬉しく思う反面、かつての幻影にわだかまりを抱える彼女を何とかしたいと思う。
「そうか……」
しかし何も言わない。こういった気持ちは自分で折り合いを着けなければならない。
出来る事はただ傍で見守ることだけ。
「大体あの男は主様と姫様、そして兄上の三人に師事したにも関わらず、どれも中途半端ではないですか!」
「我が眷属は才能に恵まれていなかったからな」
これは少年を教えた三人の共通認識である。
彼は高みに到達するには才能が絶対的に足りなかった。
(我の『反魔』、軍師の『掌握』、盟主の『神剣』。結局、その一部を模倣するに終わったが、しかし――)
それは言い換えれば、努力のみを駆使し、最強とかつて呼ばれた人物達の領域に片足を踏み込んだ事を意味する。
「とにかく、私はあの男が嫌いです」
「そうか。では運命の導きにより、この世界で会う事があったならば、一言言ってやるといい」
「ええ、そうします」
「うむ。では参ろうか我が賢妹よッ!!」
会うのを否定しなかったのは、指摘しないでおいた。




