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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第三章 夏イベ 腐龍編
67/88

12.彼は棄てられた坑道を進む1

 一ヶ月ですか。長かったですね(他人事)

 カナダの地でオオカミやクマと戯れていたら遅くなりました(ゲーム話)。

 風切り音を引き連れて、一矢が黒い蝙蝠を貫く。

 敵が断末魔と共に、落ちながらポリゴン片へと変わっていく。

 人程の大きさのラット達が遠くから地面を駆けてこちらに向かって来る。

「《雷華》」

「きゅわぃ!」

 朽葉がラットの群れに雷華をぶち当てる。

 蛟戦の頃は西瓜程の大きさだった雷華だが、今では一回り大きくなり、白色も若干濃くなっている。

 輝く光球に飲まれた何匹かは消滅するが、隙間から漏れた数匹が俺に跳び掛かる。

(……、2……、1……、0)

「くーちゃん」

「きゅわっ!!」

 再び朽葉の雷華が炸裂する。

 俺の至近にいたラットが纏めて消し飛ぶ。

(……待機時間リキャストタイムも短くなってるな)

 今の【雷華】のレベルは25。

 これは同レベルの雷や風を操る大気魔術使いのプレイヤーと比べると、少しばかり弱い。

 朽葉が幼いのもあるが、本来ゲームの主人公はあくまでプレイヤーである。

 その事を鑑みれば当然といえば当然と言える。

 しかし俺にとっては貴重な遠距離攻撃の手段であり、立派な戦力だ。

「ありがと、くーちゃん」

「きゅい」

 俺の頭上で朽葉が鳴き、後頭部付近で尻尾が揺れる気配がする。

(さて、他の皆は――)

 俺達が遭遇したクロウルラットは個体の強さは大したものじゃないものの、群れで行動する非常に鬱陶しいモンスターだ。

 どちらかといえば戦いは数であると考える俺には、それを体現するこのモンスター達が好印象に映るのだが、敵としてやられると厄介だ。

(もし出来るならこのモンスターを百体以上仲間にしてボスを蹂躙するのもやってみたいな)

 もしそうなった時の一匹一匹への指示を仮想しながら、皆の様子を確かめる。

 ユーナはラットの一団に飛び込んで文字通り蹴散らすアクティブな動きなのに対し、ソラは範囲内に入った敵を素早く殲滅する待ちの動きで各々敵を倒している。

 状態異常効果のある音波を出す厄介な蝙蝠はジャンが近付く前に倒してくれてるし、アリシアも敵が多い所のフォローに回ってくれている。

 パーティとして噛み合い始めた俺達だが、問題点もある。

「オカリナ。こっちに回復ちょうだいっ」

「は、はいっ! あっ」

 オカリナの回復魔法が要求したユーナでは無く、その近くのソラに掛かる。

「えっと……ありがとう?」

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」

「謝るのはいいからっ! 回復っ! 回復っ!」

「は、はいぃぃぃ!!」

「ちょっ! オカちゃん射線に入ってるよ!!」

「す、すみません~っ!!」

 オカリナが右往左往しながら目を回す。

 明らかにパーティプレイに慣れていないその様子を見ながら、俺は言葉を漏らす。

「……休憩が必要、かな?」



  ◆




 俺達は開けた空洞に出た。

 簡素なテーブルや椅子が乱雑に置かれた様子から、炭鉱夫達の簡易的な休憩所である事が窺える。

「はー。ボロボロね」

 ユーナが磨耗したテントを指先で触るとぽろぽろと端が崩れていく。

 あらあらと眺める彼女を見ながらソラが皆に言う。

「どうやらここは坑道の安全地帯セーフゾーンみたいだね」

「はい。マップでも確認出来るのです」

 俺はそんな彼らの会話を聞きながら空洞を見渡す。

「ん?」

 足裏に固い感触を得て、足を退けて見下ろす。

 炭化した薪を足で踏み砕いていたようだ。

(……薪?)

 煙などの問題はまあ置いておくとして、それよりも疑問に思うことがある。

(……ここだと炎使ってもいいのか?)

 そもそも炎禁止の結論自体がミスリードだった可能性もある。

 俺はつま先で薪の跡を小突きながら物思いに耽る。

(そういえば炎の結晶が採れる割にはそれを利用した光源器具が見当たらなかったな)

 お屋敷で見かけた魔道具のランタンや照明を思い起こす。

(何で便利なのに魔晶を使った器具を使わない? 坑道が活発だった頃にはまだ魔道具は開発されていなかったのか? いや、廃棄されたのはそんなに昔ではないはず――)

「――ん。お兄さん」

「ん?」

 アリシアに袖の裾を引っ張られて物思いから醒める。

「さっきから黙り込んで、どうかしたのですか?」

「んーと、……何でもないよ」

「明らかに説明が面倒ではぐらかしましたね」

「あっはっはー」

 鋭い。

 しかし皆に話すには情報が不確定であるし、何より意味のある情報に思えない。

「丁度いいし、ここで休憩にしようか」

 ソラの言葉に皆が頷く。

 アリシアがさっきから俯き静かなオカリナに声を掛ける。

「オカちゃんっオカちゃんっ。この辺りを探検しましょうっ」

「……」

「オカちゃん?」

 反応の無い彼女を訝しみ、彼女の顔を覗き込む。

 しかしそれがいけなかった。

「よしっ!」

 小さな掛け声と共に丁度顔を上げたオカリナと額をぶつけ合う。

「おっと!?」

「あうっ!?」

 そしてオカリナの頭が弾かれたように後ろに仰け反り、そのまま彼女は背中から倒れる。

「ちょっ、ちょっと大丈夫ッ!?」

 慌ててユーナがオカリナに駆け寄る。

「凄い音したねぇ」

 ソラ達も近付いてくる。

「何があったんだ?」

「ん? 頭と頭をぶつけてオカリナがギャグみたいに吹っ飛んだ」

「ギャグ……。リクは心配してないんだな」

「ん。HP減ってないし大丈夫かなって」

「お前って偶にそういう所は冷静だよな」

「?」

 俺の台詞を聞いたジャンが呆れて、オカリナの元に行く。

 俺は息を吐くと、アリシアの元に行く。

 彼女はどこか不承とした表情で俺に言う。

「何故誰も私には大丈夫か聞かないのでしょうか?」

「んー。ダンプカーと人の事故なら、先に人の方を心配するのが普通かなー」

「誰がダンプカーですかっ!」

「しかしVITステータスの差でこんな事が起こるんだな」

 俺がそう言うと、アリシアがさっと目を逸らす。

「アリシアさん?」

「いや、あのですね……」

「うん」

「それもあるんですが、戦闘時いつもの癖で《跳ね返る刃リフレクトシェル》を使ってしまって……」

「おい」

 仲間にカウンターアビリティを使ったのかよ。

 アリシアが慌てて腕を振る。

「だ、だって『雪月花うち』には今まで回復役が居なかったので、自分の身は自分で守るのが普通だったんですよッ!!」

「ん。まあ……」

 事情は把握した。

「大体うちのギルドは全員が攻撃寄りの編成ですから」

「前のめりなギルドだなあ」

 それって速攻か全滅の二択じゃないのか。

「それよりも……」

 俺はオカリナを示す。

「あっ! オカちゃん大丈夫ですかッ!?」

 アリシアもオカリナに駆け寄る。

 俺も歩いて彼女達に近付く。

 するとオカリナが弱弱しく呟くのが聞こえる。

「す、すみませんでした……」

「謝るのは私のほうですよ」

「違うの。そうじゃなくて……。戦闘で迷惑掛けたから……」

 そこで俺達はどうして彼女が静かだったのか得心がいく。

 彼女はずっとその事を気にしていて、とにかく仲間に謝りたかったのだろう。

 ユーナがオカリナの頭をポンポンと撫でながら優しく言う。

「別にいいのよ。オカリナがパーティ戦闘初めてだって事前に知ってたんだから、こうなるくらいは予想出来てたわ」

「そうだね。寧ろ今回の戦闘はパーティ間での連携の練習みたいなものだから」

「だなっ。それに回復役ヒーラーは仲間の動きを逐一把握しないといけないから、その分大変ってのは理解してるしな」

 ソラとジャンも笑顔で同意する。

「で、でもっ!!」

 それでも何か言いたそうにするオカリナの前髪が心情を表すように不安定に揺れる。

 そんな彼女にアリシアが冷静に言う。

「オカちゃん。何事にも初めてはあります。大事なのは今貴女が胸に抱いている成長したいという意志なのです」

「意志……」

 そこでアリシアは照れくさそうに笑いながら、

「偉そうに言いましたが、受け売りなのですがね」

「受け売り?」

 ええ、とアリシアは頷く。

「私の敬愛する先輩方の言葉です」

 それが誰を指しているのか察した俺は小さく笑う。

(コハネもだが、この子も大概ギルドメンバー好きだよな)

 皆の言葉を受けたオカリナは垂れた前髪の隙間から決意の瞳を覗かせる。

「うん。私、頑張りますっ!」

 オカリナの意志を聞いた俺は笑顔で告げる。

「そっか、それじゃあ今から頑張ろうかー」

「はいっ。って、えっ? 今から? 何をですか?」

 戸惑うオカリナに俺は笑顔を崩さず、

「何って、特訓だよ」

 後でオカリナや皆から聞いたのだが、その時の俺は妙な威圧感を放っていて恐かったらしい。

 皆の気の所為だったと信じたい。

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