06.彼はチームメイトと合流する2
俺達は浜辺を抜け、少し小高い位置にあるお屋敷前の庭園に集まっている。
お屋敷にはその庭園を一望する場所にバルコニーがあり、そこからメイドさんがプレイヤーを見渡している。
このメイドさんは広場でモニターに映っていたユズリハさんである。
見下ろされている位置関係にも関わらず、見下す嫌な感じがしないのは彼女の物腰の柔らかさが為せる業であろう。
周囲のプレイヤーと同じようにメイドさんを見上げていると、同様のアリシアが口を開く。
「結局コハネさん達には会えませんでしたね」
「んー。そうだねー」
つい先程、連絡を取り合い、その際くちはの事もお願いしている。
あっちはあっちできちんとチームが組めたようだ。
皆を誘った身としては、その事に安堵している。
だからあまりあちらは心配していない。
(……気にかけないといけないのはこっちだよなー)
寧ろこちら――特に一人あぶれたアリシアを気に掛けるべきだろう。
『雪月花』のメンバー、特にヴィヴィから連絡時にアリシアの事をお願いされたのだ。
凡ミスで外れた俺は自業自得だが、彼女はそうではない。
いくらシステムがランダムに選んだとはいえ、見知った顔と離れるのはくるものがある。
幸い他の二人は知った顔なので俺が緩衝材となればいい。
「リューさん。そのローブは良い物ね。特に認識阻害の効果が付いているのが非常に共感できるわ」
「多謝。貴女の装備も素晴らしい。イケてる」
「あら嬉しい。そんな事を言ってくれたのはリューさんが初めてよ」
「理解不能。周りの見る目はなっていない」
(……緩衝材になったら砕けそうだなー)
早速変人同士が妙な共鳴をし始めるのを見ながら、俺はもう既に投げやりな感想を抱く。
プレイヤーが集まったのを確認したメイドさんが話を始める。
「今回は依頼を受けていただきありがとうございます。この孤島は独自の生態系を築いております。つきましては生態保護の為、皆様の素材アイテムをこちらで預からせてもらいました」
その言葉に確認すると、確かにインベントリの素材系アイテムが無くなっている。
手に入れてからずっと持っていた蛟の蒼宝玉も無くなっている。
後で返ってくると分かっていても少し寂しい気分になる。
「花火の素材に関しましては孤島の素材を好きにご利用ください。また、職人の皆様は当館の施設を開放しますのでご自由にお使いください。
またチーム毎に部屋をご用意致しましたので、滞在中はそちらをご利用ください。
『神々の聖域』を目指す皆様の事、素晴らしい催しになると姫様も楽しみにしております。どうか姫様の為によろしくお願いいたします」
ユズリハさんはそう締めると瀟洒に一礼してバルコニーから去っていく。
それと入れ替わるようにしてメイドの皆さんがプレイヤーの目の前に進み出る。
「皆様の案内を担当いたしますルゥイと申します。早速部屋にご案内いたしますのでこちらへどうぞ」
俺達の前に獣耳の少女が一礼すると俺達を導く。
犬耳キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!とはしゃぐアリシアに苦笑しながら、俺はルゥイに訊ねる。「ルゥイさん。チームはこれで全員?」
「いえ、一チーム十人でございます。残りのメンバーは他の者が同様に案内してますので、部屋で合流出来ますよ」
「ほふーん。後『神々の聖域』ってなんですか?」
「お戯れは止してください冒険者様。貴方方以上に聖域について詳しい人は居ないではないですか」
「え?」
目を丸くする俺に『魔女』が背後から耳打ちしてくる。
彼女は意図していないだろうが、耳朶を優しく打つ艶やかな声に、俺は背筋を震わせる。
どうして彼女はこういった動作が無駄に官能的なんだ。心臓が持たないのでやめてください。
「私達プレイヤーは『神々の聖域』を探している設定なのよ」
「ふーん」
「彼女のさっきの様子だと、彼女はストーリーの重要NPCと言う訳ではないようね。彼女達一般のNPCの中では『聖域』は冒険者が目指している伝説の楽園、という認識程度よ」
ルゥイの後を歩きながら、俺は説明を受ける。
「んーで、その『聖域』って何?」
「『神々の聖域』。願いのある場所」
俺の疑問の答えたのは『魔女』の隣を歩くリューネ。
「願いがある? 叶うじゃなくて?」
リューネは俺の疑問に答えず、俺の隣でちらちらと会話を窺っていたアリシアを見る。
リューネの視線にアリシアはビクッと一瞬体を跳ねさせるが、リューネの意図を汲み取りおずおずと会話に参加する。
「……えっと。人々の願いが集まり、昇華する場所、らしいです。……公式からの情報も少ないですし、まだ多くのプレイヤーが序盤ですから、詳細は分かりません。
ですが、先程お兄さんが言ったように願いが叶う場所、の認識でも間違いじゃないです」
「そっかー。みんな教えてくれてありがとー」
あとアリシアはよく頑張った。と心の中で付け加える。
アリシアが恥ずかしがりながらリューネに感謝の意味を込めて視線を送ると、リューネは小さく首肯する。
「キャーリューサーン」
「りゅ、りゅーさーん」
俺の賞賛にアリシアも何となく合わせてきた。
『魔女』は黙ってそれを見ていたが、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば、その元ネタだけれども……」
「やめて!」
彼女の言葉を遮る。今時元ネタ通りに使ってる人なんていないし、そもそも知ってる人も殆どいないから。
今度はリューネが思い出したように口を開く。
「補足。ときに」
「ん?」
「『神々の聖域』。プレイヤーは『聖域』や縮めて『神域』と呼ぶ事が多い」
「……」
「リク?」
「……ん。何でもないよ」
俺は手を振って訝しげに見てくる彼女達に言う。
不審に思っていた彼女達は、俺の言葉を信じて俺から目を逸らす。
俺はそれを確認しながらそっと息を吐く。
(またその名前を聞くとはねー)
『神域』。
それはかつて仲間達と背負ってきた証に入っている言葉であり、その領域に踏み込みたいと願い、一人の女性と共に掲げたものでもある。
そしてその理想を皆で追いかけたのはいい思い出である。
しかし、俺が黙ったのは懐かしさが理由ではない。
(ぬわーーーッ!!)
俺は顔を羞恥に染める。
いくらゲームとはいえ、こんな中二病チックな名前を考えた事実は出来れば思い出したくない。
驚きよりも恥ずかしさを堪えるのに必死で喋れなかっただけである。
(あの頃は実際中二だったからセーフ。……な訳ねーッ!!)
思わぬ所で古傷を抉られた俺が身悶えする様子を仲間達は不思議そうに眺めるのだった。
◆
「こちらが皆様のお部屋になっております」
そう言いながらルゥイが屋敷と同じ意匠の両開きの扉を開ける。
彼女に促されるままに俺はダークブラウンの扉から部屋に入る。
部屋には六人のプレイヤーがいた。
(五人と一人のプレイヤーと言った方が正しいかな?)
部屋の雰囲気を感じ取って俺はそう付け足す。
男女五人のプレイヤーは元々同じパーティなのか、近い立ち位置や親しげな仕草で何となく察する事が出来る。
そしてその内の女性プレイヤー二人が、打ち解けようと一人の少女に話しかけている。
しかし上手くいっていない空気が漂っており、五人は困ったような苦笑いを浮かべている。
彼らは入ってきた俺達に一瞬明るい顔になるが、性別不明の全身黄土色ローブや怪しさ満点の黒ローブが目に入ると顔を引き攣らせる。
彼らは瞬時に視線を遣り取る。
そして最終的に生贄に選ばれたのはリーダーらしき青年で、頭を掻きながら俺に向かってくる。
俺がアリシアでいったら、同性の俺の方が話しやすいと判断したようだ。
それに黙っていれば(ここ重要)アリシアは美少女なので、近寄り難いのだろう。
あとの二人は問題外。
俺は後ろの面子を軽く見渡し、溜息をつきながら一歩前に出る。
俺が相手をするのが一番無難のようだ。
「どもー。俺はリクって言います。んでこっちから、アリシア、リューさん、そして魔女さん」
「ま、魔女かいッ!?」
「……ロールプレイの一環なんだ。あまり気にしないでくれると助かる」
俺の嘘に同調して『魔女』が妖艶に微笑む。
異様な雰囲気に隠れていた『魔女』の色香に青年が顔を赤くする。
年齢が判らない程ゆったりとしたローブを纏うリューネに対し、『魔女』は体のラインがハッキリ出る黒ローブを着ている。
つい体に目がいくのも仕方ない。男の性というものだ。
だから彼は悪くないし、俺も悪くない。
「……お兄さん。いやらしいです」
「有罪。ギルティ」
「くっ」
許されなかった。
「……あー、とっ。俺はソラ。後ろの筋肉がランドルフ。金髪のがジャン。あっちのお転婆なのがユーナでその隣の眼鏡がマリー」
そう言って青年――ソラは俺に手を差し出してくる。
彼が異文化地域の人物か暗殺拳の使い手でない限り、友好を示す態度であると俺は記憶している。
そんな妄言を抱く事で、真面目に握手する気恥ずかしさを紛らしながらソラと握手をする。
人当たりの良さそうな笑顔を浮かべるソラの頭が二方向から叩かれる。
「なーに適当な紹介してんだよっ!」
「誰がお転婆だってっ!」
左右から小粋な音を響かせたのはジャンとユーナ。
「あんまりこいつの話は真面目に聞かなくていいからな。あとよろしく頼むぜ」
気さくに言うジャンとも握手を交わす。
彼はちらりと俺の懐のあさひを見るが何も言わない。
「いやー。そっちは美人がいてあんたとフードの兄ちゃんが羨ましいな」
フードの兄ちゃんが誰を指しているのか一瞬分からなかったが、どうやらリューネの事らしい。
フードで性別が判別出来ないのを思い出し、訂正しようとする。
「……リューさん?」
その前にリューネが俺の服を引っ張り、首を横に振る。
別に誤解を解かなくていいらしい。
「うん? フードの兄ちゃんはどうしたんだ?」
「ん。いや実際話すと中身が残念だと言いたいらしい」
俺が本音を混ぜて台詞を捏造すると、三方向から足を蹴られた。
向こう脛を押さえて悶絶する俺をユーナは呆れて見下ろし、
「余計な事を言うからよ。リクはうちの男性陣と同じでポンコツね。私はユーナ。よろしくねっ」
八重歯が魅力的なユーナが、前半が俺に後半は後ろの三人に向けて笑顔で言う。
ユーナはジャンと違って物珍しそうに浅緋を見る。この中では分かりやすい性格のようだ。
ユーナが俺に対して口を開く前にジャンの文句が割って入る。
「ポンコツってなんだよっ!?」
「うっさいわよポンコツ二号。さっきの美人云々の台詞はマリーに報告しとくからね」
「ちょっ!! 待て待てッ!!」
ご立腹ですと腕を組むユーナにジャンが慌てる。
お互いを知っている良いパーティだなーと涙目で見ていると、ソラがしゃがんで俺と目線を合わせる。
「大丈夫かい?」
「ええ、まあ。それよりもソラさん。あの子は――」
俺はマリーと話す少女を見る。尤も話しかけるマリーとおどおどとした反応を示す少女では会話になっていないが。
俺の視線を追った同じ光景を見たソラが苦笑して、
「うん。俺達が来る前にここにいたから同じチームの子で間違いないんだけど、ずっとあの様子でさ。反応はあるけど話してはくれないんだ」
「……はあ」
ソラが俺達を見ながら、眉を寄せて、
「もし良かったら君らから話し掛けてくれないかな? 俺達じゃあどうしても年齢差があって萎縮してしまうみたいなんだ」
俺よりも若干年上に見える彼らでは荷が勝っただろう。
俺達みたいな年代には二、三歳差は大きなものだ。
(となると一番適任なのは……)
俺はアリシアの肩を叩く。
「よろしく」
「え。……えええぇぇッ!? 無理です無理ですッ!! ミッションインポッシブルですよーッ!!」
「大丈夫。大丈夫」
「うぅ~。でも――」
「もし行かなかったらこの二人に行って貰う事になるんだが?」
二人を指差す。
『魔女』は殊更意地の悪そうな笑みを浮かべ、リューさんは何故かシャドーボクシングをしている。
男の俺は論外。
「う゛っ。……分かりました」
「それじゃあ私も付いていくね」
ユーナとアリシアが少女の下へ行く。
こちらをちらちら振り返るアリシアに頷きを返して安心させる。
「頼んでおいてなんだが、良かったのかい? あの子明らかにこういった事に向いてないように見えたんだけど」
「んー。多分大丈夫ですよ。年齢が近いと話しやすいのはどっちにも言える事ですからー」
「まあまあソラ。ここはアリシアちゃんを信じようぜっ」
「二人がそう言うなら……」
ソラが不安げに少女とその周りの仲間を眺める。
彼は優しい性分のようだ。他人を案じる事など、身内でさえ手いっぱいの俺には無理な事だ。
「ソラさんがそこまで不安なら私達の出番ねリューさん」
「出撃体勢。これより敵機に接近する」
「お前らじゃねえ。座ってろ」
……本当、手いっぱいだ。




