05.彼はチームメイトと合流する1
体が落ち着く感覚に、転移の暗転で閉じていた目を薄っすらと開ける。
砂浜に浅緋と二人っきりで立っている事を確認する。
(くーちゃんとはぐれちゃったかー)
不安げな表情が出ていたのだろう、あさひが俺の腕をぽすぽす叩いて心配してくる。
「ん。大丈夫だよ、あーたん」
(ナギ達と一緒なら大丈夫だろー)
そう納得して俺は周囲を見渡す。
「これは……」
そして俺は目の前に広がる広大な海原に目を奪われる。
夏の太陽を受け、宝石のように輝く水面。押しては返す波のさざめきは清涼感と安らぎを感じさせる。風に運ばれてくる潮の香りを胸いっぱいに吸い込むと、自身の気が高揚してくるのを自覚する。
足下の砂の感触を好ましいと思いながら、海とは反対側を振り返る。
「……でかい」
浜辺に建つお屋敷を見上げ、立ち眩む。
気後れするような荘厳さや貴い身分特有の気品溢れる絢爛さは無いが、この建物がしっかりと費用をかけて立派に作られたのは、知識の無い俺の目でも読み取れる。
「予想外だな……」
恐らくあれが王女様の別荘だろうが、怠惰姫という異名の割には地味である。
(もっとこう、無駄な事にお金を使ってるイメージをしたんだがなー)
自堕落に豪遊した感じを勝手に想像していた。
しかし目の前のお屋敷は機能性や長持ちに重点を置かれているように見える。
装飾が一切無いというわけではないが、少なくとも無駄にゴテゴテはしていない。
(ま、実際にお屋敷なんて見たこと無いから分からないけど)
それは周りのプレイヤーも同様で、次々に浜辺へと転移してくるプレイヤー達も、俺と似たような反応を示している。
「ほう。中々に立派なお屋敷ですね。質素というには憚られ、、豪華というには些か控えめですね。最低限度の品格を保ちつつ、機能性を重視した造りである事が窺えますね、お兄さん」
ただし俺の隣の人物はそういった物に造詣があるようだ。
「……俺にはよく分からないよ」
「そうですか」
「ん。それよりも、どうしてアリシアだけここにいるのかな?」
俺は屋敷から視線を切り、隣の金髪碧眼の少女を見る。
アリシアは真面目な表情でこちらを見返すと、
「それは私ではなく、コハネさんやナギさんなら良かったのにという意思表示でしょうか? もしそうならいくら私でも心が痛むのですが」
「違うから。他意は無いからっ。ただいきなりで吃驚しただけだから誤解を生むような発言は控えてっ」
「……そーですかー」
アリシアが納得しているような台詞を納得していない口振りで言う。
やりにくいなー、と俺は苦笑いする。
俺は相手の仕草や台詞で対応を変えるタイプである。
だからこそ、アリシアやリューネみたいな感情の機微が読みにくい相手や、『魔女』のように顔の大部分を隠している人は相手にしにくい。
今回みたいに真面目な顔で不真面目をされると普通の人以上に混乱する。
「……んで、何で一人なの?」
「ニャル様のようにお兄さんの隣に這い寄ってみました」
「SAN値を削ってくる混沌の使者様は勘弁して欲しいなー」
あらゆる次元に出現でき、人の世に死と混乱をもたらす存在はNG。
俺の言葉を受けたアリシアが目を見開く。
アイスブルーの瞳が一転、サファイアのように煌く。
その変化が気になり、声を掛ける。
「どした?」
「いえいえ。まともに返してくれたのはお兄さんが初めてでしたので少し驚きました」
「……まとも?」
どう考えてもまともな会話では無かったと思う。
やっぱりこの娘の行動は読めないと嘆息していると、アリシアが小さく呟く。
「……嬉しいものですね」
「ん? 何か言った?」
聞き取れなかった俺は彼女に尋ねる。
アリシアは真面目な相好のまま首を横に振る。
「いえいえ。それよりも屋敷に向かいましょう」
「?」
何故か上機嫌なアリシア。
そんな彼女に促されるままに俺は足を進めるのだった。
◆
俺達は次々と浜辺に出現するプレイヤーを物珍しげに眺めながら歩いていく。
あさひは人混みに辟易したのか、俺の懐に潜り込んでしまった。
今は顔だけをひょっこり出している状態である。
「猫ちゃんは相変わらず愛らしいですね」
「だろ」
「……そこで即答するお兄さんも相変わらずですね」
「俺は嘘がつけないからな」
「ああ。今の笑い所ですか? すみません冗談に気付きませんでした。はっはー」
「別にボケてないんだが……」
感情の篭ってない声で笑い声を出すアリシア。
俺は息を一つ吐くと、今まで気になっていた事を聞く。
「……そういや、俺の場所はどうやって分かったの?」
「マップを見てください」
「……んー」
画面を見ると、アリシアを示すマーカーが青くなっている。
これが同じ『チーム』の証なのだろう。
ちなみに自身は黄色に、他のプレイヤーは白く表示されている。
「ん?」
「あ、増えましたー」
俺達が見ている前で更に青いマーカーが追加される。
それと同時に俺達の前に一人のプレイヤーが転移されてくる。
どうやらパーティメンバーは集まって召喚されるようだ。
黄土色のローブをすっぽり被ったプレイヤーが現れる。
「……」
性別も分からない異様な出で立ちの出現にアリシアが俺の後ろに隠れる。
そうなると俺が黄土ローブさんの相手をしなければいけなくなる。
俺は友好的に無難な挨拶をする。
「えっと。同じチームのリクです。よろしくお願いします」
「……アリシア。よろしく、です」
先程まで饒舌だったのが嘘みたいに、借りてきた猫状態のアリシア。
年齢不詳ローブさんは一つ頷くと、徐にウィンドウを操作し始める。
「……えっと?」
突然の行為に二の句が継げなくなる。
すると、いきなりメールを知らせる電子音が頭に響く。
見ると『舞姫』リューネからのフレンドメールだった。
「?」
不思議に思いながら内容を確認する。
<あたしリューネさん。今あなたの目の前にいるの>
「今度は電話のメリーさんかよっ」
クトゥルフの次は都市伝説か。
「っ!?」
心配そうに俺を見上げるアリシアに大丈夫と言って安心させ、改めて黄土ローブ――『舞姫』リューネに向き直る。
リューネが口を開く。
「不満。あまり驚いていない?」
「さっき似たような遣り取りしたからね。何でこんな事を?」
「納得。夏の熱気を吹き飛ばす小粋なジョーク」
「吹き飛んでるのは君らの頭のネジだよ」
「……お兄さん。君らって私もですか? だったら断固抗議しますよ」
「同意。徹底抗戦」
アリシアの言葉にリューネも頷く。
ぬっと俺の背中から顔を出していたアリシアがまた引っ込む。
内弁慶だなー、と普段とは異なるその様子を見る。
同じチームでの交流は前途多難のようだ。
「……んで。その格好は?」
するとリューネは口頭ではなく、またメールを打ってくる。
<私は一部では有名人だから正体を隠している。出来れば協力して欲しい。名前はリューとでも呼んで>
彼女の踊りに集まる人だかりを見たことのある俺は書かれた文字に納得する。
彼女は些か有名すぎる。熱狂的なファンに付きまとわれては、イベントも楽しめないだろう。
「……二人は知り合いなんです?」
俺とリューネの遣り取りを見ていたアリシアがリューネと俺を交互に見る。
「この人はリュー……さん。俺のフレンド」
「肯定。よろしくアリシア」
「……はい。リュー、さん」
アリシアはそれだけ言うとまた俺の陰に隠れる。
小動物に懐かれてる気分を味わいながら、俺は二人に言う。
「んじゃ、三人で館の前に行こうかー」
見れば人だかりが出来ているし、他のチームメンバーが居るならそこに違いない。
◆
館の前には結構な人数のプレイヤーが集まっている。
某お祭りのように足が浮くほど高密度という訳ではないが、夏の暑さも相まって人との距離が少し煩わしくなる程度には密集している。
そんな中、人が掃けてぽっかり空いた異質な空間が目に付く。
「……」
俺は何気なく中を覗き、異質な空気の原因を見て頬を引き攣らせる。
中央に居るのはいつもの黒のローブを纏い、同色の日傘を差して佇む一人の女性プレイヤー。
正体不明な情報屋『魔女』。
そんな彼女が日差しの照る明るい浜辺に立っている光景は、滑稽を通り越して寧ろ笑えない。
この炎天下の雰囲気におそろしく似合っていないのだ。
太陽の下が此処まで似合わない人物も珍しい。
彼女と比べたら吸血鬼の方がまだお似合いなくらいだ。
本来なら知り合いとはいえ声を掛けるのを躊躇うのだが、スルー出来ない理由がある。
「……お兄さん。あの人――」
「分かってる。分かってるから心の準備だけさせて」
俺は深呼吸をすると、青いマーカーである『魔女』に近付く。
『魔女』に接近する俺に周りが注目し、日差しの陰に隠れた彼女も俺に気付く。
「あら? こんな所で会うなんて奇遇ね」
「それはこっちの台詞だよ……」
異質な空間に居てさえも普段通りの様子の彼女に呆れる。
この人はどれだけ肝が据わってるんだ。
「マップを見る限り、貴方とチームメイトのようね。あそこの二人は貴方の連れかしら?」
「あそこ?」
『魔女』の声に後ろを振り向くと、リューネとアリシアが人混みの中から此方を窺っている。
「……薄情者」
でも逆の立場なら俺も迷わず静観に回るので強くは言えない。
俺は改めて『魔女』に向き合うと、彼女を一通り見る。
「……お店の外に出れたんだな」
「私はNPCじゃないわよ」
「知ってるけど、先入観があって……」
例えるなら、店番を任せたNPCが位置ずれバグによって関係ない所で店番を続けているようなシュールさを感じる。
「あまり時間も無い事だし、良かったら皆でお話しましょう? ずっとここに居ると、流石に太陽が憎くなってくるわ」
「ん。そうだね」
俺としては肌に突き刺さる視線の方が痛くなってきていたので、その提案はありがたい。
周りの奇異の目にも動じず、リューネとアリシアの下へすたすたと歩き出す『魔女』。
鋼の心臓だなーと思っている俺の隣を通り過ぎる直前、彼女はさり気無く漏らす。
「さあ行きましょう。……それと助かったわ」
「ん。……ん?」
突然のお礼に困惑する俺に振り返らず、『魔女』は離れていく。
俺はお礼の理由が分からず首を傾げながら、モーゼの十戒さながらに割れる人波の中、彼女に付いて行く。
人見知りメイン盾にお忍び『舞姫』、そして怪しい情報屋。
交流面で一癖も二癖もあるメンバーを思い浮かべてふと思う。
(あれ? これ楽できないよね)
その結論に思い至ったが、既に手遅れなのは言うまでもない事である。




