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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第三章 夏イベ 腐龍編
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03.彼は縁に恵まれる

 少し短い、かも?

 待ち合わせの定番、アルスティナの大噴水。

 俺はその広場でのんびりと人を待つ。

 浅緋あさひの耳の裏を掻いてやると気持ち良さそうに猫耳を震わせる。可愛い。


「おうッ! 待たせたなッ!!」


 厳つい大男――ガイルが野太い声を上げながら俺に近付いてくる。

 周りに居た初心者がガイルに驚いてそそくさと距離を取る。


「ん。ガイル、今度から出かける時は顔を隠そうな」

「いきなり失礼なやつだなッ!?」


 いやいや初心者の為にもね。


「おーごめんごめん。んじゃ行くかー」

「……ちっ、まあいい。っとその前にこれ受け取れ」


 ガイルがトレード画面を開き、ある物を寄越してくる。


「おー。出来たのかー」


 ガイルからペット専用の特製の櫛やブラシを受け取る。

 俺が原生湿地を完膚無きまでに攻略した理由であり、ボスを狩りまくった理由でもある。


「でも製作にボスの通常ドロップとレアドロ合わせて500以上必要なんて思わなかった。それに結局最後まで製作者には会わなかったし」


 お陰で激レアの杖装備も拾ってしまった。

 回復効果を上げる杖だが、正直使い道が無いので売るしかない。


「うーん。申し訳ないが正体を明かさない事が向こうさんの意向だからな。クライアントのお前には申し訳ないけどな」


 眉を八の字にする心優しい大男に俺は手を振って答える。


「んーん。最初に無理言ったのはこっちだからな。それくらいの条件は飲むさ」


 ペット専用の櫛作りなんて特殊な依頼。よっぽどの物好きしか受けないだろう。

 しかもなるべく最高の出来の物を要求する厄介事つきだ。

 こちらが折れるのが筋だろう。


「んじゃ、行きますかー」


 特注の櫛やブラシを自分の眷属たちに試してやりたい気持ちがあるが、まずはもう一つの約束を果たすべきだろう。


「おうっ。お前の知り合いに紹介してくれんだろ? 楽しみだぜっ!!」

「ん」


 オンラインゲームはその特性上、人との縁で良くも悪くも変わるものだ。

 だからこそ、その縁は大事に扱うべきであると俺は思うのだった。



  ◆



「遅れるんじゃねえよッ!!」


 仄暗い湿地に男の怒号が響く。


「ごめんなさいッ! ごめんなさいッ!」


 私は前方の背中に置いて行かれないように、足が取られる悪路を必死になって歩く。


「……チッ。ちんたらしやがって!」


 男が忌々しげに言葉を吐き捨てる。私はそれを受け、更に体を縮ませる。

 そんな私に構わず、男はどんどん先に行く。

 私も慌てて着いて行こうとすると、私達近くの茂みが揺れる。

 派手な葉擦れを起こしてながら、三体の化け花が飛び出してくる。


「ひっ」

「やっと出やがったッ!!」


 息を呑む私と歓喜する男。

 男は掛け声を上げながら魔物の群れに突っ込む。

 乱戦状態で彼に回復が出来ない私はそんな彼を外から黙ってみている事しか出来ない。


「オラッ! オラッ!――ぐあっ」


 化け花の内の一体、細い茎を持つ花が黄色い粉を撒き散らす。

 その粉を浴びた直後、豪快な動きで敵を屠っていた男の動きが鈍くなる。


「痺れ粉かよ、……クソったれ!」


 膝をつく彼に魔物が群がっていく。その様は落としたアイスに集まる蟻の様で生理的悪寒に背筋が凍る。

 目を見開くだけで何も出来ない私に、男が怒号を浴びせる。


「何やってんだ! 見てねえで助けやがれッ!」

「は、はいっ!」


 私は状態異常回復の呪文を唱える。

 しかし緊張と焦りで上手く回らない舌に詠唱がつっかえる。

 何とか魔法を完成させて、男の麻痺を治す。

 しかし男から返ってくるのは罵倒のみ。


「さっさとしろッ!!」

「ごめんなさいごめんなさいッ!!」


 涙目になりながら私は謝罪する。

 男は敵を全て始末すると私に近寄る。


「回復寄越せ」

「はいっ」


 男の体を癒しの光が包む。

 男は私からの回復魔法を受けながら高圧的に言う。


「お前みたいな無能なヒーラーでも、役に立てるんだからありがたく思えよ」

「……はい」



  ◆



「――こっちがイナサ。んで、こっちの熊みたいな大男がガイル」


 親友と大男が握手を交わす。


「貴方がリクの防具を作ったみたいですね」

「おうッ! そっちは噂の『煌帝』だろ?」


 イナサが顔を顰める。


「出来れば名前で読んでくれませんか……」

「あん? もしかして嫌だったか? 済まなかったな。俺の事もガイルでいいぜッ! あと敬語も使わなくていい。尻の穴がムズムズしちまう」

「ああ。あんた極道みたいな見た目のわりには気さくだな」


 今度はガイルが顔を顰める。


「……確かに敬語は使わなくていいって言ったが順応しすぎだろ」

「おお。わりぃわりぃ」


 どうやら一通り自己紹介も済んだようだと判断して、俺は再び口を挟む。


「どうやら打ち解けたみたいで良かった良かったー」

「おいリク。イナサと話してたらお前と初めて会った時を思い出したぞ。お前もこんな感じで無礼だったし、類は友を呼ぶんだな」


 流石にその発言は聞き捨てならない。


「ん。待って。こんなのと俺が似てるって? あはは、笑えない冗談だね」

「俺も同感だ。性格破綻者のこいつと俺が似てる訳無いだろ。寝言は寝ていってくれ」

「……やっぱり似てるじゃねえかよ」

「「似てないッ!!」」


 俺とイナサの声が揃ってその場に響いた。



 ◆



「何で勝てねえんだよッ!?」


 五度目のボス戦を敗北した男性と私はまた湿地の入り口に戻される。

 そして戻されたこの場所で男は叫ぶ。


「攻略サイトに載ってるやり方でやってるのにどうして上手くいかねえんだよッ!!」


 サイトを読んだ私には、彼が攻略通りに動いているようにはとても感じなかった。ただがむしゃらに特攻しているように見えた。

 しかしその事を口にしても彼は聞き入れてくれないだろう。


「クソッ! もしかしてデマなんじゃねえかこの攻略」


 彼は次にサイトを疑い始めた。

 確かにこの手の攻略は公式ではなく、有志のプレイヤーにより編集されたものだ。

 だから勘違いするケースや編集ミスによる誤情報が混ざる場合がある。


(でも、これは多分本物)


 ほぼ確信を持って言える。

 こんな見やすい攻略ページを作る人が誤情報や嘘を書くとはとても思えない。

 またログを読んでみる限りだと、多くの人が製作に協力したのが分かる。


 流石に全員が誤情報を見逃す事は無いだろう。

 その証拠として道中の罠は完璧だった。そうでなければ男性と私はボスエリアに辿り着く事すら無理だっただろう。


「大体慣れれば十分強で回せるダンジョンっていう製作者の発言が胡散くせえ」

「……」


 それには流石に私も同意する。

 この規模のダンジョンをそのタイムでクリアしようとするなら、ダンジョンをノンストップで走り抜ける必要がある。

 それにボスも無駄な行動をする余裕は無い。被弾なんて以ての外だ。

 それこそ原生湿地の全てを覚えていないと無理だろう。

 実際協力者達にも冗談だと思われているらしく、本気と捉えて貰えていない。


(それにしても楽しそうだなぁ)


 ログを読みながら私は思う。

 彼らは実に楽しそうに攻略している。ダイブシステムで死の恐怖が具体的になっていてなお、彼らは楽しそうに死んでいる。

 その状況をネタにしたり、攻略出来ずに悔しがったり、真剣に遊んでいる。


「……いいなぁ」


 ぽつりと漏れた言葉。しかしそれに気付く者は私を含めて誰もいなかった。

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