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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第三章 夏イベ 腐龍編
57/88

02.彼は原生湿地に挑む2

「……もうやだ。課金しよ……」


 罠の数々に心折れた俺は、滑らかな肌触りのテーブルに突っ伏してそう呟く。


「何言ってんだお前? 《UO》に課金はねぇだろ」


 俺の装備を直しているガイルが呆れたように言う。


「その様子だと、攻略は上手くいってないみたいだな」


 俺は首を横に振って否定する。


「んーん。罠のパターン自体はもう分かったし余裕かなー」

「分かったって……『ミストスワンプ』の生きてる罠だぞ」


 ダンジョンに設置されている罠にはダンジョンによっていくつか法則がある。


 一般的なのは、場所も種類も固定の物だろう。

 固定トラップは、一度見てしまえば脅威となることは少ない。

 初見殺しと呼ばれる物も大抵これに含まれる。


 またこのような罠は一度掛かると効果が消失するものも多いので、盾職や軽装職による漢感知も良く使われる。

 固定トラップを覚える事は『ボス直』――雑魚を無視してボスに直接向かう攻略ではある種必須となってくる。


 他に時間で罠のパターンや場所が変化するタイプや両方変化する物もある。

 そして原生湿地の罠は時間でパターンが変わる物で、更には直ぐに再生する稀有な物である。

 これは勿論一般的な罠しかないダンジョンと比べると難易度が相当高い。


 そんな多くのプレイヤーが苦しんだ原生湿地の罠を、三日であらかた理解したと聞いたガイルは信じられずに確認する。


「……攻略始めてまだ三日目だよな?」

「そだよー?」


 そんな事を知らない俺があっさりと返すと、ガイルは訝しげな表情をする。


「……信じられないなら粗方のパターンは攻略サイトに載せといたから確認してみー」

「お、おう」


 ガイルが装備の補修をしながらウィンドウを操作する。

 器用な奴だとテーブルに頬をつけながら彼を見ていると、ミーシャさんが俺に緑茶を差し出してくる。


「ありがとうございますミーシャさん」


 相変わらず和やかな雰囲気を漂わせる美女にお礼を返す。


「いえ。リク様には毎回お菓子のお土産を戴いていますから」

「試作品を持ってきてるだけだからそんなに感謝されると困りますねー」

「でも今日持ってきたおはぎ美味しかったぞ。あれで練習なのか?」

「ん。甘さが足りなかったからねー」

「ふーん。そんなもんか……って何だこれ?」


 ガイルがサイトのタイムテーブルを見ながら言う。


「こんなに細かく調べたのか……。背景の赤とか黄色はどういう意味だ?」

「赤が即死罠。黄色が状態異常系の罠。青が比較的安全な罠。分かり易いだろー」

「ほー」


 ガイルが感嘆する。そして俺の顔を真剣に見ながら、


「お前にこんな特技があったとは。人は見かけによらないな」

「……その台詞そっくりそのまま返すよ」


 厳つい体格に裁縫針の組み合わせの大男に俺はそう返す。

 ガイルはちげえねえと豪快に笑うと、


「それにしてももったいねえな。まだ情報出さなきゃ狩場を独占出来たのに」


 攻略情報はある程度自身で利益を得てから公開するのが一般的である。


「んー。でも皆で決めたんだよねー」

「皆?」

「そそ」


 実は俺一人で表の全てを埋めた訳ではない。

 俺の食事や夜中の間は別の有志の人が調べてくれたのだ。


 最初は俺だけだったが、不完全な表を投稿した後に、変な事してるぞーとサイトで盛り上がり、色んな人が協力してくれたのだ。


 この三日で一気に三桁になった俺の死亡回数程では無いが、幾人もの人達が二桁程の命を散らしてくれたのだ。


 お互いに顔も知らない相手と完成を祝い合った俺達は、話し合い直ぐに載せる事にした。


「『ミストスワンプ』って狩場としてのうま味が無いから公開してよくね?ってなった」

「まあ、確かに……」


 ここまで俺の話を苦笑しながら聞いていたガイルが渋い表情になる。


 今回の俺みたいに目的の物が無い限り、進んでプレイヤーは行く事は無い。

 一応そこそこ有用な木材アイテムが採れるが、別の場所で代替可能である。

 わざわざ状態異常にしてくる敵がいる湿地に来る必要性は無い。


 なら何でこんな攻略に皆が協力してくれたのかというと、所謂愛すべきバカばかりだからだ。

 こういったくだらない事に真剣になれるのも、オンゲプレイヤーの性なのかもしれない。


(イベント前でテンションが上がってたのもあるだろうなー)


 調査時の過去ログを見ながら俺は笑みになる。


「しっかしお前は変な奴らに好かれるな」

「ん?」


 顔を上げると、ガイルが真剣な表情で言う。


「俺が紹介しといてなんだが、あの『魔女』とお茶をするくらい仲良くなるとは思わなかったぜ」

「……ただの実験台だから」

「それ以外に長老もお前の事をいたく気に入ってるし、『奏士』とも知り合いなんだろ? それに妹は雪月花のメンバーだってな!」


 怪しい。どうしていきなりガイルはこんな事を言い出したのだろう。


(知り合い。イベント。……あー、なるほど)


 お昼に紅羽と話した内容を思い出す。


「イベントに備えて知り合い紹介しろってか?」

「おう! 話が早くて助かるぜっ!! それにイベント関係なく上位の攻略プレイヤーとパイプを持つのは職人にとって大事だからなっ!」

「……んー」


 別に教えてもいいのだが何となく渋る。


(あーでも、職人と戦闘要員集めたら楽できるなー)


 高スペックの奴らを集めればそれだけ俺の負担が減るではないか。

 内心で口角を吊り上げながら、俺はガイルに清々しい笑顔で応じる。


「ん。いいよ」

「本当か!? 助かるぜっ!!」

「ああ、その代わり――」



  ◆



 俺はミストスワンプを駆け抜ける。


「よっ」


 二匹を抱えるながらジャンプで底なし沼を飛び越え、微少ダメージの茨の道を無理矢理突き進む。

 俺を追っていた二体の植物――ミストフラワーが沼の反対側に取り残され、怒りで粉を撒き散らす。


(後は、敵を誘き寄せる果実があるから触らないようにして、っと)


 真っ赤に熟れた果実が実るエリアを無視して進み、残るはこの時間帯には罠が無い一本道だけである。


「おっと」


 マップ上に赤い点が二つ点滅する。

 俺の往く手を遮るように二体の花が立ちふさがる。

 くねくねと茎や蔦をくねらせる花は先程追ってきたミストフラワーで、太い寸胴の茎を持つ花は前に俺に種を飛ばしてきたシードフラワーである。


 シードフラワーの花の付け根が異様に肥大し西瓜大の種が発射されていく。

 何回繰り返したか分からないこの攻防にも慣れたもので、俺はスピードを緩めずに種を躱していく。


 ミストフラワーの花が閉じ何かを溜め込むように膨らむ。そしてボフッと近付いてきた俺に黄色い花粉を撒き散らす。


(麻痺の花粉か……)


 俺は構わずシードフラワーを切り裂いていく。

 『ミストスワンプ』は厄介な罠や地形の反面、敵の耐久は恐ろしく低い。また、一撃で死んでしまうような強烈な攻撃をする敵も居ない。

 必死に花粉を撒き散らすミストフラワーを眺めながら、俺は自分の体を観察する。


(やっぱり。何とも無い)


 この湿地に入ってから気付いた事がある。

 毒や麻痺などの内面的な状態異常になりにくくなっている。

 拘束などの外的な状態異常は防げないが、それでもありがたい。


(変わった事といえば、あさひを仲間にした事くらいかなっ?)


 でも確信が持てないなーと思いながら、片手間に止めを刺す。

 粉々になるミストフラワーを放って俺はボスエリアに向かう。


 目の前にある蔦が絡み付いて出来た壁に手を当てると、蔦が蠢いてプレイヤーが通れるくらいの穴を開ける。


 俺は躊躇い無く蔦の籠に足を踏み入れ、この先に待つボスへと足を進める。

 蔦のドームの中央。蠢く影が一つ。


 少女の上半身姿を模した幹は端整な作りだが、ぽっかりと空いた虚ろな両眼によって恐怖を煽る直接的な造形よりも不気味に感じる。

 腕よりも太い根はうねうねと蠢いて生理的嫌悪感を見る者に与える。


 悲愴妖樹。


 小女神『クレア』に嫉妬した魔女が女神の聖域を侵す為に実験で作り出した魔法生物。

 この原生湿地で最初の外来種であり、元々の原生湿地の生態系を崩した張本人である。

 ミストフラワーやシードフラワーを生んだのもこの妖樹だ。


 ここまでがゲームのフレーバー部分。


 プレイヤー視点で見ると、大地魔法と遠距離攻撃を繰り出す定点ボスモンスター。

 アウトレンジからの絶え間無い攻撃はプレイヤーの接近を拒み、道中のように拘束や毒などの状態異常も仕掛けてくる。

 そして何よりも――、


 妖樹はうねる根を何本も地面に突き刺す。

 下から突き上げてくる数多の根による範囲攻撃の予備動作。


 俺は蛇行して走り、ボスに接近する。

 俺が通らなかった空間を、根による拘束攻撃が食い破る。


 試行錯誤の末に見つけた安全なルート。それが俺には見えていた。


(師匠みたいなとんでもな反射神経も、イナサみたいな柔軟な対応力も俺には無いけど――)


 それでも俺にも出来る事がある。

 妖樹の少女を象った幹、その肩がぴくりと動く。


(肩が動く。手を組む。詠唱する。全ての根が一瞬落ち着く。大地魔法を放つ)


 妖樹はほとんど枝の状態の手を祈るように組み、太陽光を閉ざす植物の天蓋を見上げる。

 木々が擦れるようなうたを紡ぐ。

 地母神へ想いの詩を捧げ、超常の現象を顕現する。


 全神経を大地魔法へと集中した結果、根が一旦落ち着く。

 その隙に俺は根を潜って背後に回る。


 『水晶縛鎖クリスタルチェイン』。


 水晶で出来た鎖が幾本も地面から伸び、獲物を求めて空を切る。


(本当にいやらしい攻撃ばっかりだな)


 拘束効果のある大地魔術が先程まで俺がいた位置を掠める。


(そして、無防備になる)


「あーたん『紅玉』。くーちゃん『氷華』」


 そして俺は【短剣】アビリティ『バックアタック』を発動する。

 その全てを受けたボスは一瞬にしてHPがゼロになり、輝くポリゴン片となって砕け散る。


 そう、そして何よりもこのボスは――脆いのだ。

 俺が適正レベル以上なのもあるが、それを差し引いてもこのボス、いやこのエリアの敵は総じて耐久力が低い。


(ま、初級エリアのボスなんてこんなもんだろ)


 実際には罠や状態異常でもっと苦戦したり、時間が掛かるらしいが、慣れてしまえばこんなものだろう。


(そういえば――)


 目的のアイテムがドロップしているか確認しながら、ふと祈るように魔術を発動させていた妖樹を思い出す。


(確か設定では聖女を材料にしてたんだっけか)


 アイテムのテキスト欄を思い出し、真似る様に閉ざされた天蓋を見上げる。

 妖樹が閉じた空を見上げるのは、生前見た太陽を渇望しての行動なのだろうかとそんな事を思った。

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