00.過去の記憶1
お待たせしました。これからもよろしくどうぞー。
「師匠。どうしたらあんたみたいに強くなれるんだ?」
ギルドのテーブルで頬杖をつきながら、栗色の髪の女性プレイヤーに訊ねる。
ウィンドウを弄っていた彼女が同色の目を見開いてこちらを見る。
「私に質問だなんて珍しいねりっくん。しかも強くなりたいとかこれまた君らしくない質問だね?」
「んー。まあ何となく気になって」
《Eternal World》。
今インしているこのゲームの最強のプレイヤーにしてうちのギルドマスターである俺の師匠。
そんな彼女の事を知りたいと思うのは、おかしい事ではないと思う。
しかし俺はなるべくならその素振りを見せたくない。
何故なら、
「りっくんはそんなに私の事が知りたいのかーッ! そうかそうかーっ。いやー、こんなに弟子に想われるなんて師匠照れちゃうなーッ!!」
少々師匠は弟子を溺愛している節があり面倒なのだ。
「あ、やっぱいいです」
「ちょっ! ちょっと待って、りっくんッ!? 真面目に教えるからっ!?」
「……えっと、お願いします」
「うん! 任せといてよっ!!」
師匠は目を輝かせて胸を叩く。
むほーんとやる気満々の師匠を、期待半分不安半分の目で見ていると、師匠は首を傾げ始めた。
「……どうしたの師匠?」
「んーとねりっくん。どうしたら強くなれるんだろうね?」
なははーと笑う師匠をジト目で見る。
「……今までお世話になりました」
「師弟関係解消までいくのっ!?」
わたわたと手を振りながら焦る師匠。彼女を一通り眺めた後、冗談だと言おうとして口を開く。
「あっ! でも負けない方法ならあるよっ」
俺が言うより早く、師匠が興味深い事を言ってくる。
思わず聞き返していた。
「……負けない、ですか?」
「うん! 相手の動きを全部予測すればいいんだよっ!!」
「……」
「相手を倒すにはある程度のステータスが必要だけど、倒されないようにするならわりと簡単だよ」
どや顔で言う師匠を生温かい目で見る。
「……そんなの無理に決まってるでしょう」
「うーん。そうかなー?」
心底不思議そうにする師匠に呆れるが、相手は最強のプレイヤーであり、自身の常識外の存在である事を思い出す。
対人推奨ゲームである《Eternal World》。
年に数回行われる公式の対人トーナメントで常勝無敗。
傷一つ無く優勝するその姿は、知らない人は居ない伝説にすらなっている。
その出鱈目な強さはチートを疑われた程で、実際運営側も何度か調査を行っている。
しかし結果はシロ。これは師匠が自身のプレイスキルだけで、チート紛いの行動が出来る事を多くのプレイヤーに知らしめた。
そしてまだ師匠と知り合って一ヶ月程度だが、彼女の出鱈目さの一端は身に染みて理解している。
ギルド活動として最高難易度ダンジョンに潜った時も、彼女が攻撃を食らった所を見た事が無い。
そんな彼女だからこそ本当に相手の動きを読んでいると言われても納得できる気がする。
「普段師匠は相手の動きを読んでるんですか?」
「うん? 相手の動きを全部読むなんて私には無理だよ? 私は相手が動いたのを見てから対処してるだけだよ」
「……どんな反射神経だよ」
見てから回避余裕でした、ってやつか。笑えない出鱈目さだ。
「りっくんには無理でしょ?」
「俺だけじゃなくて殆どのプレイヤーが無理でしょうね」
俺だけ出来ないみたいな言い方はやめてください。
「うん。だからりっくんに出来そうな方法を言ってみたんだけど。りっくんはトライアンドエラーが得意でしょ?」
「……人並みには」
「でしょ? だから敵に何度も挑戦する事によって、敵の行動パターンを把握すれば負けないよ」
「……ああ、成る程」
これはネトゲの基本ともなる行為だ。
何度もダンジョンやボスに挑戦し、敵のパターンや絶対に喰らってはいけない攻撃を把握したりする。
そして悪かった所や装備を見直し、パーティメンバーで話し合って連携を密にしていく。
そうして多くのプレイヤーは試行錯誤を繰り返して、エンドコンテンツに含まれる最高難易度ダンジョンをクリアするのだ。
つまり師匠は基本を大事にすれば自ずと強くなると言っているのだ。
「はい。やってみます」
偶には師匠も師匠らしい良い事言うなーと感動していると、師匠も嬉しそうに笑い、
「うんうんそうでしょ! 相手の頭の先から足先までの全ての情報を覚えれば負けはないさっ!」
「……全て?」
何となく嫌な予感がする。
「うん。全てだよ。このゲームは良く出来てるから、体の構造上無理な動きは出来ないからね! 足先や肩の動きの細かい情報で相手の動きが読める筈だよ」
「えっとつまり、攻撃の予備動作を見て攻撃を察知するんじゃ無くて、予備動作の前のちょっとした動きで察知しろと?」
「そうだよっ!」
「無理だよっ!」
思わず素で返す。
「そうかなー。相手の目線とか性格とかである程度分かると想うんだけどなー」
「システムで動いているMobに目線や性格もないかと」
「えっ? システム? Mob?」
「ん?」
ここで俺は師匠との会話の食い違いに気付く。
「対人の話じゃないの?」
「……どちらかというと攻略の話です」
ぽんっと師匠が手を打つ。
「ああ、そっちか。私に聞くから対人関係かと思ったよ」
そして彼女は輝く笑顔になると、こう提案する。
「それじゃあ、どっちでも役に立つ小技を教えてあげるよっ!」
「……師匠らしく、ですか?」
「そう、師匠らしくッ!!」
嬉しさで頬を紅く染めながら師匠が説明を始める。
「えっと、名前は『特殊迎撃による攻撃相殺方法』みたいな感じでいいや」
「いや、長すぎますよ」
「そう? それじゃあ『カエサル迎撃法』にしよう!」
どうやら神は師匠にこっち方面のセンスは与えなかったようだ。
「……攻撃来た、見切った、勝った、ですか?」
「おお、流石私の弟子だねっ! 感激だよッ!!」
「俺は理解出来た自分に絶望ですよ。……普通に縮めて『特攻相殺』とかでいいかと」
「りっくんがそれでいいならそれにするよっ! どうせ使うのは君と私くらいだからねっ」
わいわい騒ぎながら、俺は師匠の訓練という名の無茶振りに振り回される。
これが後に最強のギルドとなる『神域の剣戟』。
その始まりの二人の日常風景であり、俺のかけがえの無い思い出の一つである。




