03.White tail3
ちと長い。あと三章はお盆明けになるかもしれません。
「ハルさんがうちのパーティに入ってくれて嬉しいですっ!」
プレイヤーが営む数少ない喫茶店の一角。
奥のテーブルに座る金髪エルフ風の少女が隣に座る女性プレイヤーに弾んだ声を掛ける。
声を掛けられた青ローブの少女――ハルは和やかに微笑みながらのんびり言う。
「こっちも入れてもらえて嬉しいよー」
「あーもーっ! ハルさんはおっとりしてて可愛いなーっ!」
コハネがひゃっほーとハルに抱きつく。ハルもえへへーと抱きしめ返している。
私はそんな光景を優しく眺める。
抱きしめられたのがナギや私なら赤くなってわたわたしていただろうと思う。
(コハネちゃんの奇行をあっさり受け止めるとかこの娘も只者じゃないわ。……それにしても目の保養になるわねー)
そんな事を思っていると、くいくいと服の裾が引っ張られる。
「ヴィヴィ。大変です」
「どうしたのよアリシア?」
何時もの鎧姿ではなくワンピースを着た、金髪碧眼の少女が真剣な顔で私に耳打ちする。
「ヴィヴィのおっぱい担当の座が危ういですよッ」
「……あんた見た目はお嬢様なのに中身はおやじね」
そもそもそんな役割はうちのパーティには無いわよ。
「冗談です。でもあの胸は女の私から見ても強烈かと」
「そうねえ……」
ハルのおっとりした雰囲気とあの凶器の組み合わせは凶悪だ。並みの男ならコロッと落ちるだろう。
(これじゃあ、ハルの幼馴染君も苦労してそうねー)
ハルの正式なパーティ加入の際、ハルの事をお願いしますと律儀に頭を下げてきた誠実な彼を思い出す。
彼氏というよりも父親みたいな感じがして、思わず笑みが零れてしまったっけ。と感慨に耽る。
「ヴィヴィさんどうして笑ってるのっ?」
コハネが可愛らしく小首をかしげる。計算ではない素のその仕草に内心溜息をつく。
そんな事をしているから男性プレイヤーの誘蛾灯となっているのだが、その事にこの娘は気付いているのだろうか。
(弾丸ランナー妹におっとりのほほんマイペース幼馴染。それと真面目に頓珍漢ぶっぱするお嬢様と融通が利かない堅物撫子)
私はコハネ、ハル、アリシアの顔を順に見て、そしてまだ来ていないナギの顔を思い浮かべる。
(どの娘も、大変そうねー。でも――)
個性的な面々を思いながら笑みになる。
「ヴィヴィは変人です。いきなり笑い出しておかしいです」
「こめんごめん。ハルが入ってより楽しくなりそうだと思ってね」
――退屈はしないだろう。
こんな事を思う自分も充分変だと自覚しながら私は大切な仲間に笑いかける。
いきなり機嫌の良くなった私を訝しげに眺める彼女達にどう弁解したものかと思っていると、窓の外を数人のプレイヤーが走り抜けていく。
「あら?」
それは蛮族の装備をした女性プレイヤー達だった。
蛮族と言ってもゲームの衣装なので、荒々しさと色っぽさの同居した格好であり、一部の女性プレイヤーに人気がある。……男性プレイヤーにもある意味人気があるが。
(確か『戦乙女』だったかしら)
以前チームに誘われた事があるので覚えている。
ちなみに誘われたのは私だけである。
他の『雪月花』のメンバーは若いので、色っぽいより可愛いとか綺麗という言葉の方が似合うからだと推測している。
彼女達は私達『雪月花』と同じく女性だけの珍しいチームで、プレイヤーの間でも有名である。
装備がエロい蛮族一式なのもそうだが、何より全員が上位プレイヤーなのも理由の一つである。
そもそもこういったゲームにおいて、見た目と機能の両立を追及するのは並大抵の事ではない。
彼女達が装備している薄い皮の胸当て一つとっても、そこらの金属重鎧よりも防御力があるのだ。
「何かを追いかけているみたいです」
「みたいね」
窓際に座っているアリシアが窓から外を眺めながら言う。
私はその隣の通路側なので見えなかったが、彼女達の様子から何かを追いかけているのは感じ取れた。
「何かのイベントかなっ?」
「どうだろー」
コハネとハルが仲良く並んで窓の外を見ている。仲がいいわねーと見ていると視線を感じてアリシアに視線を戻す。
「かもーん」
へいへーいとこちらを手招きするその姿を見た私は、笑顔を作る。
「とうっ」
何となくイラッとしたので壁と私の体でアリシアをサンドイッチにして圧迫しながらふと思い出す。
(そういえば、『戦乙女』のリーダーはいなかったわね)
『戦乙女』唯一の二つ名持ちの顔が見当たら無かったとそんな事を思う。
(ま、私にはあいつがどうしてようが関係ないけどねっ)
◆
その少し前。
一人の少女が《Unlimited Online》の世界へと降り立つ。
彼女は見慣れた風景に桜色の唇を綻ばせる。
部屋や学校ではぎこちない笑みもここでは自然と出る。
(やっぱりこの世界の『私』は理想的で、現実の『私』はどうしようもないくらい出来損ないだ)
そんな事を自嘲気味に思っていると、やたらと道往く人に注目されているのに彼女は気付く。
(道の真ん中で笑ってたから、変な子だと思われてるんだっ)
本当の所は彼女の笑みに男女問わず惹き付けられていただけなのだが、彼女には知る由も無い。
顔を羞恥で真っ赤にして、艶やかな黒髪を揺らしながらその場を去る。
そもそも立ち止まっている時間は無いのだ。
(約束までまだ時間はあるけど、もし皆が待ってたら申し訳ないもんね)
律儀というかお固いというか、彼女は愚直な所がある。
これまでも彼女なら約束前の寄り道なんで考える事すら無かった。
しかし――
(あ、いい匂い。お土産に買って行ったら皆喜ぶかな?)
この時間なら一番最後は自分だろうから待たせたお詫びも兼ねて持っていくのもありだろう。
普段なら喫茶店に食べ物の持ち込みは気が引けるが、今日は貸切で予約してあり、持ち込みも許可を貰ってあるから大丈夫。
それに先輩ならそうするに違いない――とそこまで考えて少女は再び顔を真っ赤にする。
(ち、違うっ! 先輩は今関係ないからッ!!)
湯気が出そうな程顔を上気させ、顔をぶんぶん振る。
(でも――)
少なくとも自分は、彼のお陰で少し柔らかくなった、と思う。
そしてその変化は決して悪い事ではないと彼女は確信している。
(……ほんと、変な人)
彼を思い、くすりと彼女は笑みを零したのだった。
◆
「あっちの路地が騒がしいけど、どうかしたのかな?」
私は紙袋を抱き直して、喧騒へと目を向ける。
扇情的な格好をした女性プレイヤー達が白い何かを追いかけている。
かなり上位のプレイヤーらしく、スキルレベルによる基礎ステータスが高いのか、かなり俊敏な動きで獲物を追っているようだ。
ちらりと何気なしに見たのだが、私は顔を蒼白にする。
「く、くーちゃん!?」
思わず紙袋を取り落とし、地面に落ちる前にインベントリに自動で収納される。
呆然としている間にも、くちはと女性プレイヤー達の間隔が縮まる。
彼女達はかなりのスピードでくちはを追い詰める。
「ッ!」
ナギはその場から駆け出すと、スキルで補正された脚力で彼女達を追い抜いていく。
今まさに女性プレイヤーに捕まりそうになっていたくちはを横から素早く掻っ攫う。
疾風の如く現れたナギに、女性プレイヤー達が驚愕して動きを止める。
ナギも彼女達から距離を取り、白衣の裾を靡かせながら立ち止まる。
「きゅ、きゅぅぅーー!!」
くちはがナギに抱きつく。
「あー、あんた『戦姫』じゃないッ!? その子をこっちに寄越しなッ!!」
追いかけっこで頬を上気させた赤毛の女性が、ナギを指差しながら叫ぶ。
それとは対照的に、ナギは温度の低い声を出す。
「お断りします」
「なっ」
ナギの静かな圧力に女性プレイヤー達は思わずたじろく。
「どうする? 相手はあの『戦姫』だよっ!」
「慌てないのっ! 街中では武器の使用が出来ないんだからあたし等にも勝ち目はある」
二つ名持ちが高いスキルを持っているは周知の事実である。
しかし高いスキルやアビリティも武器で攻撃出来なければ意味は無い。
彼女達もここまで追いかけて何も成果無しは面白くない。
それに何より、
「あんたとは前から因縁があるからねっ! 力尽くでも奪ってやんよっ!!」
その言葉に呼応するように蛮族衣装の女性達が臨戦態勢に入るのが気配で分かる。
複数の上位プレイヤーの重圧に遣り取りを見ていた野次馬が慌てて距離を取る。
しかしナギはその殺気の中でも凛とした表情を崩さない。
「皆いくよッ!!」
蛮族女性が無手で一斉にナギに襲い掛かる。
彼女達が無手なのには理由がある。
街中では基本的に戦闘行為が禁止されている。武器で相手に攻撃しようとしても透明な壁に阻まれ、システムで保護される。
しかし、そのシステムにも穴はある。
それは今彼女達がやっているように、無手による掴みや関節技、当身などである。
このグレーな行為には運営も頭を悩ませており、あまり厳しくシステムを組むと、肌の接触もままならない為、半ば黙認されている。
拘束された状態でもGMコールできるようにしたりと出来る限り対策は施してはいる様だが。
だからこうして、武器を持たない無手の争い――身体能力とプレイヤーの判断力だけが影響する争いが起こる事がある。
そしてこれらは、『決闘』――PvPにする程でもない諍いの解決方法として暫しプレイヤーの間で使用されている。
要はみんな血気盛んなのである。
「とりゃーーッ!!」
サイドポニーの少女が猛烈な勢いでナギに襲い掛かる。
無手の争いで重要なのはステータスである。
彼女の主要武器スキルは【短剣】と【拳】。どちらのスキルも伸ばすと、武器の基本ステであるSTR(筋力)にボーナスが入るが、それ以外にAGI(俊敏)にも多くのボーナスが入る。
即ち彼女は『戦乙女』の中でもスピードに特化したスタイルである。
サイドポニーの少女がナギに掴みかかる。
「うっそッ!?」
だが彼女がナギの腕を掴むより速く、ナギは彼女の腕を掴み返すと後ろに放り投げる。
サイドポニーの女性はメンバーの中で最速を誇る。しかし全プレイヤーの中で上位のAGIを有するナギにとっては大した事は無い。
同様にSTR特化の長身女性や、DEX(器用)特化の絡め手もそれ以上のステータスでねじ伏せていく。
鎧袖一触。
襲ってきたプレイヤーを悉く蹴散らしたナギを見ながら、赤毛のプレイヤーは地面に伏した状態で自身の勘違いに至る。
武器を使わせなければこちらにも勝機があると思っていたが間違いだった。
二つ名持ちは全体的に高いスキルのお陰で常人ならざるステータスを有しているのだ。
(しかも噂だと『戦姫』の武器は【刀】と【槍】。補正はDEXとVITじゃない)
「あいつ何てステータスしてるのよ」
もし見れるんだったら見てみたいと赤毛の少女は呻く。
気だるそうな見た目の友人が芋虫のように彼女に近付きながら付け加える。
「それだけじゃないわよ。あの子よっぽど眼がいいわ。こっち全員の攻撃を白い子抱えたまま捌ききるんだもの」
「……ぐぬぬ」
「何がぐぬぬよ。ほら行くわよ」
よいしょーっと気だるげに立ち上がり、赤毛の女性を引き摺っていく。
「ほらほら皆撤収よー」
壁や床に激突していたプレイヤー達が各々立ち上がりその言葉に従う。
「あ、あのっ?」
あっさりした退却にナギの方が困惑する。
赤毛の女性を引き摺っていた女性が反応する。
「ん? ああ、貴女の勝ちよ。その白い子は貴女が飼い主に返してあげてね」
「は、はい」
「待って! まだ私は納得してないッ!――痛い痛いお尻削れちゃうっ!? 引き摺るの止めてよッ!!」
赤毛の女性の叫びを残しながら『戦乙女』の女性達は帰っていった。
「……何だったんでしょうか?」
ナギの疑問に答える者は誰もいない。
数秒唖然としたナギは腕の中のくちはと目を合わせると相好を崩し、
「それじゃあ、先輩の所に帰ろっか」
「きゅっ!!」
◆
「~~~~♪~~~~~♪」
少女が口ずさむ心地よい旋律を聞きながら、くちはは紅く染まる街を少女に抱かれて進む。
「ほらくーちゃん。こっからの眺めは特に綺麗だよ」
「きゅうんっ」
橙に染め上げられた地平線を、少女と共に目に焼き付けながら、くちはは素直に頷く。
「って先輩に教えて貰った場所だから、くーちゃんは前にも見た事あるよね」
行こっか。と夕日で顔を真っ赤に染めた少女が歩みを再開する。
「危ない危ない。また先輩の事考えてた……」
「きゅ?」
少女が何か呟いていたが、小さくて聞き取れなかった。
そうこうしている内に見える景色が見覚えのある川原へと変化していた。
そして、
「あ、いた」
「きゅっ!!」
丸くなった紅い猫と黒髪の主が、最後に見たままの体勢で寝転んでいる。
主を発見すると同時にくちはは少女の腕から飛び出していた。
今まで溜まっていた寂しさが主を見た瞬間、臨界点へと達していた。
未だ眠っている彼の元へ一目散に猛進すると、主の顔へと飛びついた。
◆
「ぶべらっ」
顔への衝撃で俺は目が覚めた。
思わず寝首かかれた。と見当違いな感想が出たが、このゲームでは闇討ちされるような事は無い。
目を開けているはずなのに、視界に入るのはふわふわの白い毛皮のみ。
くちはが凄い力で顔面に張り付いている。
「……どーした。くーちゃん?」
「きゅぅぅぅっ! きゅぅぅぅっ!」
上体を起こし、張り付いたくちはの首根っこを捕まえる。
くちはは短い手足をばたばたさせて俺の手から逃れると、今度は俺の胸に飛び込んでくる。
訳が分からず困惑していると、横合いから助け舟が出る。
「えっと、迷子になってましたよ。くーちゃん」
「……ん」
俺はくちはの背中を優しく叩いてあやす。
「……目を離してごめんなくーちゃん」
「きゅうきゅうッ!」
本来なら勝手に離れた事を怒らないといけないが、この様子だと反省は充分しているなので不要だろう。
傍で俺達を見守っていたナギに謝罪する。
「すまない。迷惑掛けた」
「いえ。くーちゃんが無事で良かったです。――そうだっ! これからハルさんの加入パーティーをするんですけど、良かったら来ませんか?」
ナギがぱんっと両手を合わせて笑顔で明るい話題を振ってくる。
「おー。正式に決まったんだな。ん? でもそれなら雪月花のメンバーだけのほうが良くないか?」
流石に部外者が混じるのは不味いだろう。
「先輩ならいいと思いますよ。ハルさんを紹介したのは先輩ですし。それにコハネちゃんが誘うとか言ってましたから。聞いてませんか?」
「……今日は朝早くから学校に行ってたから会ってないなー」
「あれ? まだ夏休みですよね?」
「ちょっと用事があってね。それにもうすぐ夏休み終わるけどなー」
「そうですね」
「んじゃ。お邪魔させてもらうよ」
「はいっ!」
ナギの弾んだ声を聞きながら並んで川原を歩く。夕日に照らされて伸びる長い影も仲良く並んで付いてくる。
泣きつかれて寝てしまったくちはを起こさない様に撫でながら、ふとくちはのお礼を言っていない事を思い出す。
「ナギ。ありがとう」
「――ッ!?」
並んでいた影法師が一人になる。
怪訝に思い、肩のあさひと共に後ろを振り返ると、ナギが顔を伏せて立ち止まっている。
「どしたー?」
「い、いえ、何でもないですっ! 先に行ってて下さいっ!」
「そ、そかー?」
気にはなったが妙な気迫に圧され、俺達は言われるがままに前を向く。
だから俺は気付かない。
「……初めて名前呼んでくれました」
少女は俺には聞こえない声でそう呟く。そして蕩けそうになる表情を必至に取り繕うと、前の背中に追いつく。
「すみませんっ! お待たせしました」
「ん。……ん? 顔赤くないか?」
「ゆ、夕日の所為じゃないですかね!? そ、それよりもッ! これ行列が出来てるお店で買ったんですけど――」
俺は綺麗に染まった街中をナギと並んで歩く。
この時間を祝福するように、あさひの鐘が澄んだ音を響かせる。
街での騒動を聞きつけた友人達からのコールやメールに気付くのは、もう少し後のことである。
名前のくだりですが、もし過去に呼んでいる場面がありましたら教えてくれると助かります。
気をつけて書いてきたのと、確認、訂正はしたので大丈夫だとは思いますが一応。




