02.White tail2
「――だから装備には性能も大事だけど見た目も大事なんだよッ!!」
「じゃがそこに拘りすぎて武具の性能を損なってはいかんじゃろうガッ!!」
窓から聞き覚えのある声が聞こえる。
くちはは暗い路地に積まれた荷物を器用に登り、開いた窓から中を覗く。
中では泣く子も黙る熊のような大男と、顔の彫りの深いドワーフのような男性が、テーブルを挟んで睨みあっている。
「確かに長老の言う通り、装備の性能が著しく落ちる凝った装飾は駄目だ! だけどな、あんたが作るのは性能ばっかで野暮ったすぎるんだよ! そんなんじゃ誰も付けようとはしないぜ?」
「ふン。そんなチャラチャラした連中に売る武具など無いワイッ!! ワシはワシの打った武具の良さを分かる奴に売れればそれでエエ」
大男は髪を掻き毟り、恐い顔をより険しいものにする。
「それじゃあ勿体無さ過ぎるだろ! いい武器は使われてこそ本懐を遂げる。埃を被ってちゃ可哀想だぜ」
「うむム……」
「装飾と言ってもアクセント程度だ。性能は少し落ちるだろうが長老や俺の腕なら誤差の範囲に抑えられる。それにゲームなんだからプレイヤーは格好いい装備をしたがるもんだぜ」
「……それは、まあ、一理あるのウ。しかしその差でプレイヤーが倒れる可能性があるのはのウ……」
「そういった差を気にするのは装備の少ない序盤か、最高の品質が求められる最終装備くらいだろ。今のプレイヤーの大半は序盤を抜けて、色んな装備を取っ替え引っ替えしてる段階だと思うぜ」
「……」
「それにほら。NPC売りの中途半端な装備をつけて死なれるくらいなら、俺達鍛冶師の装備を着けて安全になってもらったほうが良い。特に鍛冶師で最初に中級生産スキルに到達した長老の武器なら尚更だ」
「小僧みたいな奴じゃナ」
「あー。確かにあいつは装備に無頓着だな。この前もコートより枕のお礼の方が気持ちが篭ってたからな」
「彼奴らしいのウ……」
髭を蓄えた初老の男性が目を閉じて黙考する。そして彫刻のような皺が動き、目を開ける。
「……使ってて楽しい武具を、作ってみるのも悪くはないのウ」
「じゃあっ!」
「ああ、帰って練習してみるとするカ」
「長老! そんな水臭い事言いっこ無しだぜ! 俺の店で練習すればいいさっ。それに俺はそういった意匠に関してだけは長老に負けてないと思うぜ」
「うム。頼むゾ」
二人は顔を見合わせて笑いあう。二人とも強面だけあって笑い合う光景は極道を思わせる。
「失礼します。お茶が入りました」
そんな二人の前にミーシャがゆったりとお茶を置く。そして彼女はにこにこと微笑み、
「どうやらお話は無事に済んだようですね」
「あー。その、心配かけたなミーシャ」
「うム。騒がしくしてすまんかった」
「いえ。それはいいのですが、お二人は朝から口論しっぱなしでしたので、お二人の体が心配です」
「うっ」
「むっ」
ミーシャはばつが悪そうに黙り込む二人を困った表情で見つめた後、ポンと手を合わせて笑顔で言う。
「そうでした。今日のお茶受けはお二人の好きなどら焼きですよ。リク様から昨日頂いたものです」
「ほう」
「それはいいのウ」
「はい。直ぐ準備します」
それだけで穏やかな雰囲気が部屋に戻る。
彼らは談笑し、和やかにお茶をする。
くちははそれを見届けると軽やかな足取りでその場を去る。
そして声が聞こえなくなるぎりぎりでこんな会話が聞こえた。
「さてと、早速やろうか!」
「うム。それはいいのじゃガ。材料が多くはないか? 二本は余裕で作れるゾ」
「一本だぜ?」
「一本!? それにしては多すぎるじゃろウ」
「あれ、言ってなかったっか? 装飾は余計に材料が必要なんだよ」
「聞いとらんワーーーーーーーッ!!」
「はあ。また、ですか……」
◆
《Unlimited Online》の街には、現実世界にいるような猫や小鳥のような動物Mobが沸く事がある。
それらの動物はプレイヤーが干渉しなければ特に何もしてこない所謂中立Mobなのだが、プレイヤーが餌をあげたり撫でるとある程度懐く事がある。
それでも野生である事は変わらず、餌を食べ終わるとあっさり走り去ったりと、その反応は淡白なものである。
「きゅっ?」
しかし朽葉の瞳に映っている光景は違っていた。
「なーなー」
黒い魔女ローブを着た女性プレイヤーが大量の猫に群がられている。
それだけでも充分異常であるのに、彼女を囲む猫が全て黒猫である事が状況の奇抜さに拍車をかけている。
一匹の猫が彼女のローブに端に張り付く。
するとフードの女性は息を吐くと、飛び掛ってきたその子猫を優しく剥がすと、そっと地面に置く。
「爪を立てられた程度でどうこうなる装備では無いのだけれど、心情的には安心出来ないから遠慮してもらえるかしら?」
「なー?」
「……通じてないわね」
「なう!」
ぺたっと今度は別の猫が彼女に張り付く。
「だから止めてと――貴方達どうして順番待ちしているのかしら? もしかして遊んで貰っていると勘違いしているの?」
「なーなーなーなー」
黒い人の周りで猫の合唱が始まる。
「……少しだけよ?」
「なうっ!」
「ちょっとっ!? 一斉に来るのは止めなさいッ!!」
「なー! なー!」
「聞いてないわね」
最初は猫を剥がしたりしていた彼女だが、そうする事でより一層猫たちが面白がってくっついてくるので今では諦めている。
「良かったら通してくれるかしら?」
「なう!」
「……こういう事は素直に聞いてくれるのね」
普段の彼女からは想像出来ない猫を貼り付けたシュールな格好で彼女は歩き出す。
そしてその後ろを付いて来る黒猫達。
「貴方達。来るのはいいけど邪魔はしないで頂戴?」
「なー!」
「……膝の辺りは誤って蹴ってしまうわ。張り付くなら背中にしなさい」
「なう!」
魔女フードの彼女は素直に移動する猫に溜息をつく。
「我ながら甘いものだわ。誰に似たのかしら。……って心当たりは一人しかいないわね」
その呟きを残して、彼女と黒猫達はくちはに気付かずに路地裏に消えていった。
◆
くちはは街の中央に鎮座する大噴水までやってきた。
ここは自分が主とよく来る場所であり、見慣れた風景を進んでいたら辿り着いた。
「きゅぅ」
何時も主と一緒に座る場所では数人のプレイヤーが談笑しており、それを見たくちはは自分の知らない出来事に新鮮な気持ちになる。
木陰から広場の様子を眺める。広場には様々な格好をした人達が自由に過ごしている。
彼らを見ていたくちはは、彼らが皆笑顔である事に気がつき、何だか嬉しい気分になる。
ふとそんなくちはの耳が軽快な旋律を捉える。
音を辿っていくと沢山の人だかり。
プレイヤーの波を泳いで行き、何とか顔だけ中央の空間にぽこっと出す。
そこでは桃色の髪の少女が音楽に合わせて幻想的に踊っていた。
『舞姫』リューネ。
その姿を目にしたくちはは周囲のプレイヤーと同じように、彼女に釘付けになる。
「きゅ?」
体を拘束していた力が緩まり、押し出されるようにころころと転がる。
舞姫の踊りを見ていた人達も、舞姫の足元まで転がってきた白狐に驚いている。
リューネも驚いて目を見開くが、直ぐに笑みとなる。
彼女は踊りの動きそのままにくちはを掬い上げると、くちはを踊りに組み込む。
腕から腕へと転がしたり、頭の上に乗せたりとくちはも自身の一部であるように巧みに操る。
始めはされるがままであったくちはも、次第に楽しくなって自ら動き始める。
それに気付いたリューネは、気付かないくらい微かに微笑むとくちはと一緒に踊り始める。
最初は戸惑っていた観客も、サプライズと勘違いして歓声を上げる。
時に情熱的に、時に流れるようにゆったりと踊る舞姫に合わせ、愛らしく踊る白き子狐にも賞賛の声が沸く。
踊りを終えた両人が揃って頭を下げた時、割れんばかりの喝采が今日限りの特別な踊りに贈られた。
喝采を浴びるリューネは自分の真似をするくちはに、ウインクをする。
彼女が口を開くその前に、どっと人がくちは達に押し寄せる。
「リューネちゃんッ! 今日のライブは一段と良かったよ!!」
「俺これからもファン続けるから!!」
「あのちっちゃい子どうしたの!? 可愛かったよー!!」
「きゃー! こっち向いてー!!」
小柄なくちははたちまち人の波に飲み込まれてしまった。
「くちはっ――」
リューネが慌てて見渡すが、その白い姿は見えなくなっていた。
周りは普段すぐに姿を消す舞姫が珍しく残っている事に興奮したファンでごった返している。
リューネは押し寄せる大量のファンで身動きが取れないのであった。
◆
くちはは幸運にも人混みに押し潰される事無く、抜け出せていた。
先程までの事を思い出し、機嫌よく歩くくちは。
だから今の彼女の頭には、主の「危ないから道の端を歩くように」という注意がすっぽりと抜けていた。
「きゅいっ!?」
「きゃあッ!?」
勢い余って誰かの足にぶつかってしまう。
鼻を押さえて見上げると、女性用の蛮族衣装に身を包んだ女性プレイヤーが驚きに動きを止めている。
「もっちーどうしたの?」
「何か足に当たったみたい」
一緒に居た友人にそう返しながら、蛮族女性は足元を見る。
「なにこの子可愛いーッ!!」
「きゅっ!? きゅわーっ!!」
くちはは目にも止まらぬ速さで抱き上げられ、蛮族女性のパーティがそれに殺到する。
「白くてふわふわだわ!」
「子狐のモンスターね。愛らしい!」
「やーん! もふもふしてるーっ!!」
「きゅわーっ! きゅわーっ!」
くちはは女性プレイヤーの腕の中をたらい回しにされる。代わる代わる胸の中で抱きしめられたり、愛おしげに撫でられる。
くちはは目まぐるしく変わる状況に思わず、彼女達の隙間から外に飛び出す。
女性パーティはいつの間にか可愛がっていた白狐が居なくなっている事に気付き、辺りを見渡す。
「あ、あっちにいる!!」
脱兎の如く逃げるくちはの後姿を捉えた女性が声を上げる。
それが追いかけっこの始まりの合図となった。




