01.White tail1
意見ありがとうございました。結果、二章の文章で続けさせて貰います。
それではどうぞー。
あとこの話は読まなくてもいい。でも読むとちょっと幸せになる、かも?
「よーし! 二匹とも自由にしていいぞー」
黒い髪の少年が覇気のない声で二匹に言う。
白い子狐が少年の頭から飛び降りる。
ふんふんと辺りを嗅いで回ったり、草の上をぴょんぴょん飛び回っている。
紅い猫は、少年の腕から頭だけ出し、澄んだ川と足元に広がる草花を一瞥する。
「あーたんも降りるか?」
少年の問いかけに猫はふいっと首を振り、また彼の腕に収まる。
「……今は走り回りたい気分じゃないのね」
少年は気侭な眷属に苦笑すると、川原に腰を下ろす。
穏やかに流れる川を眺めながら、彼はぽつりと漏らす。
「……綺麗だなー」
「なう」
同意するようにぱたんと一度だけ猫の尻尾が動く。
景色を一通り堪能した彼は、インベントリを開いてクッションを取り出す。
それを枕にして草の上に寝そべる。
彼は胸いっぱいに青々しい草の温い空気を吸い込む。
「…………はあ~」
最近は港町に行ったり火山に行ったりと彼にしては精力的に活動してきた。
ここらで怠惰に過ごしてもいいだろー。と彼は一人頷く。
彼の傍で丸まっている紅い猫がくあ~と欠伸をする。
彼はもう一匹の眷属に目を向ける。
「きゅっ! きゅっ! きゅうっ!!」
子狐の方は蝶を追いかけるのに夢中になっている。
「くーちゃん。飽きたら帰ってきなよー」
(ま、システム的に蝶はこの川原でしか飛ばないから遠くに行く事は無い、かな)
彼はそう思い、眠気に身を任せて目を閉じたのだった。
◆
「きゅいきゅいきゅ~」
朽葉は川原を浮遊する色とりどりの蝶を追い掛け回す。
しかし彼女が蝶を捕まえる事は無い。
それは蝶が上手く彼女から逃げているという訳ではなく、ゲームの背景データであるそれらはシステム面で捕まえる事が出来ないのだ。
そんな事を知らない彼女は楽しそうに飛び跳ね回る。そもそも彼女には蝶実体の有無などどうでもいい事なのだろう。
彼女にとって重要なのは楽しいかどうかであり、それは奇しくも楽しければ効率を気にしない主に何処となく似ている。
着地を失敗してくるくると転がるくちは。
その草の感触が楽しかったのか、先程まで追いかけていた蝶の事は忘れ、今度はごろごろと草の上を転がり始める。
どうやら移り気なのも似てしまったようだ。
ごろごろごろーぽいっ。
「きゅ?」
周りを確認せずに転がっていたくちはは、転がった先が川である事に気がつかなかった。
彼女は数瞬の浮遊感の後、ぽんっと大して水飛沫を上げずに水に落ちる。
「きゅわっ!?」
ぷかーと浮かびながら、彼女は流れるままに下流へと運ばれる。
◆
彼がその日街中で釣竿を垂らしていたのは全くの偶然だった。
恰幅の良い男性――トミは待ち人が遅れるというので、手持ち無沙汰な彼は待ち合わせしていた川原で
糸を垂らしている。
こんな街中では碌な魚が釣れることは無い。
しかし彼は釣果より釣り時の雰囲気を楽しむタイプの人間なので、ピクリともしない竿を一向に気にしない。
「……ほほう。こんな事でも経験値は入るんですね」
彼は視界の端、もっと言うなら彼にしか見えていない文字列とその下のバーを見る。
【釣り】Lv52
【仕掛け人】Lv12
その文字の下のバーがまた僅かに増える。
「最近手に入れた称号のお陰でしょうか? しかしスキルの進捗が一目で分かるというのも便利なものですな」
今育てているスキルを表示したままにするこの方法は、つい最近ある女性から教えて貰ったものだ。そして待ち合わせの相手でもある。
Lv54。これは異例の数値であり、また異例の速さでもある。
しかしトミに鍛えたという自覚は無い。
彼は気の向くままに釣りをして、好きな魚を好きなだけ釣ってきたに過ぎない。
彼にとってレベルは分かり易くて便利な物程度であり、誇るものではない。
そんな暇さえあれば釣りをしている男である。その人となりを考えると、実は彼がそれを見つけたのは偶然では無いのかも知れない。
「おや、あれは?」
ラッコのような体勢でヘボーと和みながら白い子狐が川上から流れてくる。
釣りを止め、おっとっと、とおっかなびっくり川に手を伸ばす。
「やはりくちはさんでしたか」
「きゅっ!」
「お久しぶりですな。シエスタで一度会ってますからその時以来ですな」
彼の両腕で川から救い上げられた狐は、気軽に挨拶でもする様に鳴く。
彼もそれに笑顔で答える。
「涼んでいた。という訳では無さそうですな。リクさんの姿が見えないようですが彼はどちらに?」
「くわぃっ、きゅっきゅーきゅわぅ!」
「……いやはや困りましたな。私では何を伝えたいのか分かりませんな」
「きゅぅ~」
見るからに落胆した様子の子狐に彼は心を痛める。
「おお、そうだ。これをあげましょう。今度会った時にリクさんにお渡ししようと思っていましたが、くちはさんにあげても同じ事でしょう」
彼はインベントリを漁ると、神秘的に輝く白い魚を彼女の前に置く。
「きゅー!!」
「あっはっは! そんなに急いで食べなくても釣った魚は逃げませんぞ!」
「きゅっきゅ!」
「喜んでもらえて何よりですな」
彼女の気持ちの良い食べっぷりにトミの顔も綻ぶ。
毛並みの白さと艶やかさに更に磨きが掛かったがトミはその異変に気付かなかった。
ちなみに彼女のお腹に収まった魚が、彼女の主の全財産に匹敵するというのは、誰も知らない真実であったりする。
「さて、私はリクさんに連絡するとしま――」
「済まないトミさんッ!! 知り合いの所に新しい武器を取りに言っていたら遅くなってしまったっ! 一人で待たせてしまったねっ!」
「いえ。釣りをしてましたから大丈夫ですよ」
「さらっとそんな台詞が出るのは貴方ぐらいじゃないかなっ」
「そうでしょうか? それに一人ではなく知り合いもいましたから」
そう言ってトミは先程まで白い狐がいた場所を見る。
「おや?」
しかしそこには既に誰もいなかった。女性プレイヤーが温い視線で彼を見る。
「トミさん本当にごめんよ……。まさか幻覚を見るくらい暇だったとは……」
「ち、違いますよっ!? ちゃんと居たんですよっ!?」
◆
くちはは街の中にいる。
道往くプレイヤーの邪魔にならないように道の端をてくてく歩く。
彼女は大好きな主の言う事は基本素直に従う。これもその一つで他のプレイヤーへの迷惑とくちはの安全に配慮した主とのお約束である。
ただ、
「くわぅっ?」
くちはがいい匂いに釣られてふらふらとし始める。
時折こうしてお約束を忘れてしまうのが彼女の欠点でもある。
「きゅっ?」
「きゃっ! ビックリした!? 何この子?」
屋台を開いているお姉さんが、足元のくちはを見て目を見開く。
「あら、可愛いわね貴方。お名前は何ていうのかしら?」
「きゅっ!」
お姉さんはくちはの頭上を見ると、ふむふむと頷く。
「くちば……いやくちはかしら? 落ち葉、という意味では流石にペットにつけないか。……という事は朽葉色を文字ったのかしらね?」
「きゅうん?」
「貴女に聞いても分からないわよね。ごめんなさいね」
お姉さんは売り物の一つである林檎の蜂蜜漬けを手に取るとくちはに差し出す。
「折角スキルを上げてお店を開いたのに、今日までお客さんが一人も来ないもの。勿体無いし、良かったら食べない?」
「きゅっ!」
くちはは椅子に座る彼女の膝に登ると、嬉しそうに尻尾を振る。
「随分と人懐っこいのね」
「きゅ?」
「何でも無いわ。ほらどうぞ」
「きゅう! きゅう!」
「……相手がプレイヤーで無くても、自分の作った物を美味しそうに食べてもらえるのは嬉しいものね」
「?」
「もう一つどうかしら」
「きゅうんっ!」
お姉さんは二個目の蜂蜜漬けを貪るくちはを優しく見守る。屋台を畳もうかと思っていたが、この愛らしい様子を見て、まだ頑張ろうというやる気が沸いてくる。
「……あの、いいですか?」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
突然声を掛けられて、お姉さんは変な声が出てしまう。
自分のお店の前に立つプレイヤーを唖然と眺め、それがお客さんだと認識するのに更に数秒。
彼女はくちはを抱えて立ち上がると、緊張して思わず早口で対応する。
「い、いらっしゃいませっ! 何をお求めですかッ!?」
「ええと、その子が美味しそうに食べているものを五つほど欲しいんだけど」
そう言って男性プレイヤーの彼はくちはを示す。
「は、はい。こちらですね。六百フィルになりますっ!」
本来なら最終的な取引は取引画面で行うのが主流だし簡単なのだが、緊張している彼女は実体化したまま差し出してしまう。
「ありがとうございます」
彼は思わずといった感じで微笑むと、お姉さんに合わせてお金を取り出し、彼女に握らせる。
「また来ますね」
男性プレイヤーはお姉さんとくちはに手を振ると立ち去る。
お姉さんは呆然と手の中の硬貨を握り締めていたが、顔を喜色に染めるとくちはを抱きしめる。
「やったわ! ありがとう貴女のお陰よッ!!」
「きゅえ?」
小躍りしそうな彼女も元にまたしてもお客が訪れる。
「すみませーん! これくださーい!」
「あ、はい。いらっしゃいませっ!」
お姉さんはくちはを椅子に下ろし、接客に向かう。
その後も次々とプレイヤーがお店を訪れる。その中には、店先で美味しそうに林檎を頬張るくちはに惹かれて訪れた者も居る。
またねーと手を振る客にくちはも尻尾を振り返す。
そうして噂が噂を呼び、いつの間にかお店の前にはプレイヤーの列が並んでいた。
「この梨のを――」
「桃のはありますか――」
「こっちは七つ――」
「た、ただいまお持ちしますッ!!」
お姉さんが目まぐるしく対応していく。
「むっ! こちらから甘い匂いがするでござるよイナサ殿ッ!!」
「お前マスクしてるのに分かるのかよ……」
「マスクではなく六尺手拭いでござるッ! 散々言っるでござるっ!!」
「うるせえ! 声が大きいんだよッ! 忍者なら少しは忍べッ!――しかし果物か。リクの料理は魚とかお菓子ばっかりだから、このゲームの果物って食べた事無いんだよな」
「それだけ聞くと、リク殿はイナサ殿の母親みたいでござるな……」
くちはのよく知る声がするが、注文の喧騒で彼女の耳には届かない。
忙しく動き回るお姉さんを眺めながら、くちははお腹いっぱいでウトウトと微睡む。
「ふははー!! 見るでござるっ! これが忍者式買い物術でござるッ!!」
「す、すげえッ! 人混みの中をスイスイ進んでやがるっ!? でも素直に褒めたくねーッ!!」
「某は褒められて伸びるタイプゆえ、遠慮せずに褒めるでござるよ!!――あっ」
「おまっ、調子に乗るからーー!!」
くちはの耳がピクリと動き、ちらりと人垣の山を見遣る。
黒装束のプレイヤーが人の波に揉まれ、ボロ雑巾になって弾き出されている。
くちはは直ぐにその光景に興味をなくし、ふと路地裏を見る。
路地裏を横切る一つの小さい影。そしてそれは奥へと消えていく。
「きゅい?」
その影に興味を持った彼女は、導かれるように暗い路地裏へと足を向けるのだった。




