22.彼は魔女を訪問する
LBと別れた俺は『魔女』の住処である《Brennholz》の戸を勢いよく開ける。
「ちょっといいですか?」
「あら、いらっしゃい。そんなに怒ってどうかしたのかしら?」
魔女がいつものようにカウンターの奥でお茶を飲んでいる。
俺はカウンターに近付き、素っ気無く言う。
「怒ってないです」
「そう。貴方がそう言うのならそうでしょうね」
「……っはあ~」
俺は息を吐くと椅子を引き寄せカウンター越しに彼女と向かい合う。
「……何であんな事したんですか?」
「あんな事?」
「……」
「そう睨まないで。ユキトさん達を探しているギルド『影月』に彼の情報を流して貴方の妨害をした事かしら?」
「分かってるならもったいぶらずに言ってください」
はあと更に脱力する。
しかし魔女は悪びれもせずに言う。
「あら? それがどうかしたのかしら?」
「どうって……」
「売れそうな情報があったから売っただけよ」
「でも買ったなんてあっちは一言も――」
「依頼主はギルドメンバーでは無いわよ。報酬は情報をあげた彼ではなく、その依頼主から頂いているわ。それに貴方は勘違いしているようだけど――」
彼女の表情はフードに隠れて分からない。
「――私は貴方の味方ではないわ」
「……」
魔女は唯一見えている妖艶な唇を不満げに曲げる。
「あら、あまりショックを受けては居ないのね」
「いや、貴女みたいなのが味方だったら持て余すから正直いらないかな、と」
「酷いわね」
「そういう事はせめて口元の笑みを隠して言って下さいよ……」
この人と話していると本当に疲れる。しかもなまじ間違っていないから面倒くさい。
「……あー、うん。依頼なら仕方ないですね。怒ってすみません」
「怒ってないんじゃなかったの?」
「……」
この人は本当にもうっ!
「冗談よ。でも意外ね。もっと意固地になると思っていたわ。少なくともあっちの依頼主はもっと長い時間ご立腹だったわよ」
あっちとは俺の後にユキトの情報を買った人だろう。そして怒って俺みたいにあしらわれたのが目に浮かぶ。
「……相手に同情しますね」
「あら、依頼主の予定を狂わせた貴方がそれを言うの?」
「ん? あ、そっか」
先にユキトを確保したのは俺だ。つまり俺は間接的にとはいえ相手の計画を潰した事になる。
「だったら仕方ないですね」
「……時々貴方って私より酷いわね」
「優先順位の問題です」
人は見ず知らずの誰かより、周りの人間の方を大切にするものだ。
少なくとも俺はそうであり、それでいいと思っている。
「あ、そうだ。今日来たのは報酬の話をしに来ました」
「攻略が終わって早々とは律儀なのね」
「貴女に貸しを作ったままなのか嫌なんです」
俺はそう言ってインベントリからアイテムを取り出す。サンドゥル火山で採れた薬草や香草。敵のドロップアイテムを取り出していく。
そして最後に全てのアイテムとは明らかに雰囲気の異なる紅い鉱石を置く。
「これで足ります?」
「……足りるというか、これ一つで余裕でオーバーするわよ?」
魔女が紅く輝く鉱石――グレンライト鉱石をコツコツと指で叩く。
「ん。そうなんですか?」
「貴方はもう少し市場に目を向けるべきだわね」
「でも一回のボス戦で五個取れましたよ?」
「よほど優秀な鍛冶師を連れていたのね。そこら辺に居る鍛冶師なら普通はゼロ良くて二個よ」
ジグは優秀だったのか。
そういえば探索の休憩の合間にジグに装備の耐久を直して貰っっていた。
俺は鍛冶師便利だなーくらいにしか思ってなかったが、ユキト達の様子からしてあれも特別だったのかもしれない。
「でもそれなら武器とか作るんだったら大変じゃないですか。かなりの数が必要になりますよ?」
「紅輝鉱石は他の鉱石に混ぜて作るの。剣の基礎にするには強度に問題があるのよ」
「……なら何で高値で取引を?」
「混ぜるだけで簡単に武器や防具に火炎属性や耐性を付与できるからよ。それも基盤となる鉱石の特徴を消す事無くね」
「へー」
俺の返事に魔女は呆れたように溜息をつく。
「貴方に分かりやすく例えると、貴方の武器に混ぜたら冷気属性と火炎属性。二つの属性を持つ武器になるわ」
「何それかっこいい!」
炎と氷の二刀とかロマン過ぎる!
「夢が膨らむ前に言うけど、紅輝鉱石は製作段階で混ぜないと効果が無いわよ?」
「……そっかー」
俺の中で紅輝鉱石がロマン素材から価値ある石ころになった。
「新しく武器でも作れば良いじゃなのかしら? 今回は役に立ったけど冷気属性が辛くなる場所も出てくると思うわよ?」
「んー。ん~……ん」
決めた。
「これを対価にします」
俺は紅輝鉱石を彼女に差し出す。
「いいのかしら?」
「うん。俺が今もってても直ぐには活用できない。インベントリで埃を被るくらいなら直ぐにでも誰かに使われた方がいいかと。それに」
「それに?」
「俺の炎はもう居ますから」
俺は今だ目覚めない猫を見る。
「……そう。分かったわ。それじゃあ差額の分だけれどお金かアイテムと交換になるわね」
魔女はインベントリから次々とアイテムを取り出していく。実体化したアイテムは透き通った翅や輝く草を並べていく。
俺はそれらを見て冷や汗を流す。
「あの、魔女さん? 明らかに俺の【鑑定】レベルだと分からないようなレア度のアイテムがちらほら見えるんだけど……」
「ええ最高だとレア度五のものがあるわね」
「釣り合って無いですよね?」
紅輝鉱石のレア度は四。
それがそうでもないのよ、と彼女は首を振る。
「ここにあるものは紅輝鉱石と比べて需要が少ないものばかりなのよ」
「へー」
俺は透き通った翅を手にとって見る。持っているのか自信がなくなる程軽いそれに驚く。
「その翅は『妖精の秘薬』の材料なのだけれど、肝心の妖精の秘薬の製作難易度が高すぎて売れないのよ」
そう言って彼女は妖精の秘薬の見本を見せてくる。
何でもないように見せているが、これはつまり彼女の【調合】スキルが高い事を暗に示している。
「効果は?」
「数十秒の浮遊よ」
「……それだけ?」
「今の所はそれだけね。一応私は薬が専門だから、他の分野のプレイヤーにも見せたんだけれど皆悉くスキルが足りて無くてね」
これは職人達のレベルが決して低い訳ではなく、この素材を取ってきた人物が余りにも特出し過ぎているのが原因だ。
「しかも在庫が千枚以上あるのよね」
「せんっ!?」
「取ってくるプレイヤーの頻度が高いのよ。そんな簡単な敵じゃないのに次々取ってくるのよね」
まるで師匠みたいな人だな。と思ったがそれを口に出すと相手に失礼になるので言わないでおく。
「次のフィールドに向かうと以前来た時に言っていたから、在庫がこれ以上溢れる事は無いとは思うのだけれど。……ごめんなさい愚痴になってしまったわね」
「いや、それはいいけど……」
「その翅なら百枚は渡せるわ」
「いらないよっ!? 明らかに在庫処分しようとしてるよねっ!?」
現在倉庫を持っていない俺には邪魔なだけだ。
「あら、一個が百個になるのよ? お得じゃないかしら?」
「それって千円札を十円に両替したようなもんでしょ……」
寧ろ嵩張って重たくなるだけだ。
それから次々と魔女が似たようなアイテムを紹介していく度に俺は突っ込んでいく。
そしてカウンターの上のアイテムがある程度片付いた辺りで、俺はそれを発見する。
「ん? 鐘?」
金色に輝く小さな鐘を手に取る。シンプルだが所々に施された細工は目を見張るものがあり、なにより何処と無く気品に溢れている。
Name:天使の落し物 Category:装飾品
★★★★★
神の僕が落としたとされる不思議な鐘。身に着けた者に幸運をもたらすといわれている。
「えっと、効果が分からないんですが」
「私にも分からないわよ」
「……ええー」
「試してみたけどドロップが上がるとかステータスに補正が掛かるとかは無かったわね」
試しに鳴らしてみるシャランシャランと幻想的な音がする。
「……んー」
ちらりと猫を見る。この鐘はプレイヤーがつけるには小さすぎるがこの子には似合いそうだ。
金色というのも紅い彼女とマッチしている。
「ん。これください」
「本当にいいのかしら?」
「はい」
「そう。それなら首輪の材料としてこの竜皮をつけておくわね」
「……俺って分かりやすいですかね?」
「ペットと妹さんに関しては分かりやすいわね」
他はどうなのかと聞きたかったが、藪蛇になりそうだったので止めておいた。
「ガイルさんに頼むといいわ。彼、顔は恐いけど仕事はいいもの」
「ん。ありがとうございます」
「ええ。後要らないアイテムがあれば買い取るわ。ああ、よかったら香草類は売ってくれると助かるわ」
「ん。お願いします」
「待っている間お茶でも飲んでいるといいわ」
そして彼女はハーブティを注いでくれた。
「えっと、成功したものですよね?」
「そうよ。失敗品を客に出すわけ無いじゃない」
「……いただきます」
言いたい事があったがハーブティと一緒に飲み込む。美味しいのに少しだけいらっとする。
魔女も飲みながらアイテムを鑑定していく。
俺はインベントリからあるクッキーを取り出す。
「よかったら食べませんか?」
「あら? 貴方が作ったの?」
俺は彼女の言葉に頷き、クッキーを包んでいた袋を広げる。
頂くわ。と言って彼女が一つ食べる。
「美味しいわね。……あら?」
俺からは見えないが彼女のステータスに盾と氷の結晶の合わさったマークが出ているはずだ。
「冷気耐性の食事効果。しかも威力は【小】に持続時間も申し分ない……お茶受けにはもったいないと思うのだけれど?」
「ん。もう必要無いですから」
ハルが見つからなかった時の保険として、早朝に無理して作っていたがもう必要ない。
ちなみに百袋以上作れる材料で成功したのは三袋のみ。
大半は焦げて真っ黒になり、偶に攻略の時に使ったような別の効果がついた物が出来たぐらいだ。
もう二度とあんなマゾい事はやらない。と作業の後の俺は心に誓った。
(ハルもユキトも俺のお願いを聞いてくれたからなー)
ハルにはコハネ達『雪月花』の手伝いを頼んだし、ユキトには別の事を頼んでいる。
快諾してくれた彼らをありがたいと俺は思う。
それに――
「それにその効果の代償として結構えげつない物入れて作りましたから妹達には渡したく無かったんです」
「…………」
ぴたりと魔女の手が止まる。その光景を見て少しだけスカッとする。
「嘘ですよ」
俺もクッキーを手に取り、くちはに与える。
「……酷いわね」
「貴女よりかは数倍マシだと思いますよ」
俺はハーブティを口に運ぶ。この一口は格別だった。




