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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第二章 クリムゾンリバレート
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21.彼はただ見守るのみ

「話聞いてくれてありがとうー。それといきなりこんな話してごめんね」

「ん。まあ俺みたいな奴だからこそ話しやすい事もあるからね」


 近すぎず、遠すぎない間柄だから話せる事もある。

 それに俺もリアルの事なら躊躇うがネットでの事なら幾らでも聞く気である。

 それに彼女の不安を解消出来る人物は俺ではない。


「あっ」


 俺と並んでユキトの下へ向かっていたハルが不意に足を止める。

 その視線は待っているユキトと彼に話しかけている男性プレイヤー達に釘付けになっている。

 その様子から事情を察した俺は彼女に確認する。


「あの人達がそうなの?」

「……うん」


 どうやら彼らが先程話していたギルドのプレイヤーらしい。

 わざわざ追っかけてきた訳ではないだろう。ガンフォルドはグレンライト鉱石のお陰で今は人口過多状態だ。それに加えて以前彼らと協力したのなら、彼らの目的も希少鉱石に間違いは無い。


(たまたま会ったからまた勧誘してるってところか)


 俺の心を読んだかのようにハルが無感情に呟く。


「ユッキー。あの時は待ってくれって頼んでた。まだ返事してないんだよね」

「ほう……」


 すると今は返答を聞いているのかもしれない。


「……」


 ちらりとハルを窺うと石造のように固まっている。

 だが目だけはしっかりと見開き、まるで見えない何かを逃さないようにしているようだ。


(お節介、焼くかなー)


 俺は固まるハルの手を握り、彼らに近付く。


「えっ、えっ、リク?」


 ハルがうろたえるが俺は構わず歩く。

 そして彼らからは気付かれない、でも声は聞こえる家の一角に身を隠し彼らを窺う。

 そこで彼女の手を離し、視線は彼らに向けたまま告げる。


「ハル会話を聞いて。そこに君の知りたい事がある」

「っ!」


 頷いた気配があった。俺はその事に口元を微かに綻ばせ、勇気付ける意味合いも込めて、彼女の腕にくちはを渡してあげる。

 ぎゅっと痛いくらいに強くその豊満な胸に抱かれたくちはは、不平一つ言わず大人しくしている。

 耳を澄ますと彼らとユキトの会話が聞こえる。


『――振りです。あの時はありがとうございました』

『いや、こっちこそ役に立て無くて済まなかったな。あれから諦めずに挑戦しているんだろ?』

『ええ。ついさっき攻略が終わったところです』

『……また失敗したか?』

『いえ、成功しましたよ』

『……相方はどうした?』

『連れは成功祝いに食べ物を買いに行ってます』


 ハルの買い物をユキトはそう取っているらしい。


『二人でボスを倒したのかッ!?』

『いえいえ助っ人に二人ほど入れて、全部で四人です』

『あのが居たのによく少人数で成功できたな。よっぽどそいつは優秀なんだな』


 実際はポンコツ剣士とただの鍛冶師だがな。と俺は心の中で言う。


『……ハルがいたからクリア出来ました。それで御用はなんですか?』


 ユキトが彼にしては珍しく、穏やかでない雰囲気で話を進める。


『ああ、返事を聞きたくてな。ここに居るって聞いたから確認しに来た』

『……お断りします』

『やっぱり一人なのが嫌なのか? だったら女の子の方も一緒でいいから』

『……僕の答えは変わりません』

『……ふむ。ユキトだったか。少し良いか?』


 ここで彼らの最後尾にいるフード姿のプレイヤーが黙っていた口を開く。


『ギルドメンバーの話によると、君と君の連れはスキルレベルの兼ね合いが取れていないと聞いた。そして我々ならそれを解決出来るだろう』

『それは、そうですね……』

『ああ。だからこそ我々は理解出来ていない。無理にとは言わないが彼女に固執する理由を聞かせてはくれないか?』

「っ!」


 ハルが息を呑むのが聞こえた。


『……楽しいから、ですかね』

『楽しい?』

『はい。ハルは――僕の相方は変な奴なんです。いつの間にか一人でふらふらと何処かへ行っって帰って来たと思ったら、こんな綺麗な景色があった。こんな奇妙な植物が生えてたって報告するんです』

「……」


 ハルはもう会話を聞いていない。ただただユキトの言葉にだけ耳を傾ける。


『それこそ僕なんかじゃ気付けないような、この世界の新たな一面を教えてくれるんです。僕はその度に新鮮な気持ちになって、そして楽しくなります』

『……』


 フード男も黙って聞いている。


『あいつは最高の相棒です。だから俺の相方はあいつがいいし、あいつが楽しく遊べないと俺も楽しく遊べません。ですからお誘いは嬉しいですがお断りします』

『……ふっ。成る程な』

『サブマス?』

『君の意見はよく分かった。無理に勧誘して悪かった。この件は無かった事にしよう』

『サ、サブマスさんッ!?』


 ギルドのサブマスターであるフード男の言葉にギルドメンバー達から驚きの声が上がる。


『お前たちも聞いただろう。我々は『戦闘』に。彼らは『世界』に。それぞれ重きを置いてゲームを遊んでいるだけだ。プレイスタイルの違う彼らをギルドに入れてもお互いの和を乱すだけだ』

『で、でもサブマスッ!?こいつのPSプレイヤースキルはエンジョイ勢にしておくには勿体無いですよ』

『それを勿体無いと思うかどうかは彼次第だが。……そうだな。ユキト君。もし本気で狩りをしたくなったら我々のギルドに《二人》で来るといい。今回の侘びもあるし、入団しなくとも幾らでも手は貸そう。そして極限の戦闘の果てにある、最高の世界を――』

『サブマスの病気がまた始まった。皆連れてけー』

『おおーッ!!』

『な、何をするお前たちッ!? 放せ、話の途中だぞッ!』


 フード男はギルドの仲間によって連れていかれた。

 残ったのは最初にユキトに声を掛けた男性プレイヤーと唖然とするユキトのみ。


『悪いな。うちのサブマスは少し戦闘狂でな』

『う、うん大丈夫……』

『あー、本当にすまん』

『いや、もう聞いたけど』

『そうじゃない。そうじゃなくてな。……無理に勧誘した件と、お前の相方の件』

『……ああ』

『自分の考えを押し付けたり、酷い言い方をする。現実で周りからやられて嫌だったのに、ゲームの中で自分がやっちまうなんて情けないぜ』

『……』

『本当に済まなかったな。相棒にも言っといてくれ。本当は俺から言ったほうがいいんだが、相手は俺の顔なんて見たくないだろうしな』

『分かりました。伝えて置きます』

『おう。頼んだ』


 そうして男性プレイヤーも去っていく。が途中で振り返り、


『あ、でも《氷槍》と《氷吹雪》のタイミングはきちんとしろって言っとけッ! でないと他の野良PTでも迷惑掛けるから。あと盾が優秀すぎてそこら辺の経験が出来てねえからお前も気を付けろ』

『は、はいっ! ありがとうございます!』


 そうして彼は今度こそ去っていった。


「案外いい人だったねー」

「そだなー」


 ハルの言葉に俺も頷いて返す。ネットの世界にそうそう悪い人はいない。


「リク。私決めたよ」

「ん?」

「私もユッキーみたいにユキトが最高の相棒だって胸を張って言える様に頑張る」

「……そか。出来る限り協力するよ」

「うん。ありがとう」


 ハルが普段通りの眠そうな眼に戻り、ぎこちなくはにかむ。

 俺はそんな彼女の背中を軽く押すと、ユキトの方に一歩進ませる。


「リク?」

「俺は少し用事が出来たから後は二人だけで回ってくれ」


 腕の中で眠る猫を抱えなおし、俺は笑顔でそう言う。


「うん。分かった」

「ん。じゃあね」


 俺はくちはが頭に登るのを待って駆け出す。

 急がなくてはいけない。もたもたしていたら居なくなってしまう。


「ちょっといいかなー」


 俺は見覚えのある集団に声を掛ける。

 彼らは皆疑問符を浮かべている。それはそうだろう。俺は隠れて彼らを見ていたが、彼らは俺の事など知りもしないのだから。


「……誰かと思えば君か」

 唯一の例外である彼――フードの男性は俺の顔を見ると驚いた声を出す。


「サブマスのフレですか?」

「いや、知り合いだよ。丁度良い私も君に聞きたい事が出来た。……皆は先に行ってマスターの所へ帰って攻略を手伝ってくれ」

「……はい」


 不審に思いながらも彼のギルドのプレイヤー達は去っていく。

 そして俺とフード男だけが残る。


「悪いね」

「いや。そういえば君にもシエスタで迷惑を掛けたからな。質問ぐらい構わない」


 それはありがたい。


「んじゃ早速。何であんた達はここにいたんだ?」

「……それを聞くという事は今回の一件に君は関係してないんだな」

「ん?」


 彼はボソッと呟いたが聞き取れなかった。


「ああ、何で居るかだったな。私はさっきのギルメンに呼ばれてだけど、彼にはある情報が友人経由で回ってきたらしい」

「情報?」

「『待ち人は鉱山の町に在り』とね」

「よくそんな怪しい情報信じたなー」

「うちのギルドは誰も彼もが火力重視の戦闘馬鹿ばかりだ。優秀な盾役が不足しているんだ。そんなギルドを思って彼は何とかしてユキト君をうちに入れたかったのだろう。その機会があるかもしれないと駄目元で縋ってみた結果だ」

「ふーん」

「それにユキト君が未だにメンバーを探している事も書いてあったようだ。だから今度こそは攻略を成功させてうちに入れると息巻いていたな」

「……ふ、ふーん」

 もしかしなくても邪魔したみたいだ。

「……ただ、私としてはやや憤りもあるんだ。うちのメンバーを裏から操るような事をしている相手を知りたいくらいにはな」


 そして彼はフードの奥の双眸をこちらに向け、


「君は何か知ってるか?」

「知らないよ。俺はユキト達と知り合いだからあんた達の一件を知ってるだけ。そしたら人数揃えてあんた達が来たから警戒しただけだよ」

「そうか。ユキト君の言っていた協力者は君だったのか。道理で成功したはずだ」

「ん。待って。俺はしがないプレイヤーだぞ」

「『魔弾』『煌帝』『武帝』そして『戦姫』。二十人しかいない二つ名持ちの知り合いがここまでいて、しがないは流石に嫌味がすぎる」

「……皆の評価と俺の腕とは関係ないから」

「事実はどうあれ、周りはそうは思わない。類は友を呼ぶともいうし、君にも注目が集まるだろう。ふむ。何処かに取られる前に折角だから君もギルドに誘ってみようかな」

「お断りしします」

「……まだ誘ってないんだが」

「誘う気が無いくせによく言うよ。調教職をパーティーに入れるのがいかに地雷か分かってるんだろ」

「そうだな。もしチームを組んでダンジョンに挑むなら、自立AIのペットは置いてきてもらう事になるだろう」


 勝手に考えて勝手に動くペットはタゲ取りやHP調整の時に邪魔にしかならない。


「なら無理だな。俺はこいつらと静かに暮らしたい」

「だろうな」


 俺はくちは達を手放す気は無い。

 彼もそれがわかっていたのだろう。淀みなく頷く。


「プレイスタイルの違いだなー」

「そのようだな」


 彼は笑うと話は以上だといわんばかりに俺に背を向ける。


「気をつける事だ。これで君は二つ名持ちの約四分の一と知り合いになったのだから」

「ん? 二つ名持ちは二十人だろ計算が合わない。それにさっき上がった『戦姫』って誰?」


 そんな奴は知らない。それにその人を入れたとしても、今彼が上げた人数では、四分の一じゃなくて五分の一になるはずだ。


「『戦姫』については自分で調べろ。後の五人目は私だ」

「……ん。……ん?」

「私はLB。プレイヤーからは『奏士』と呼ばれている。静かに暮らせるといいな調教師」


 彼は簡単に自己紹介を済ませると颯爽と去っていった。 

 俺は唖然としていたが、LBの言葉を思い出し辺りを見渡す。

 二つ名持ちと話をしていた俺は目立っており、周囲から好奇の視線が刺さる。


(あいつ。分かってて道路で話したなッ!!)


 俺はその場から逃げ出したのだった。

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