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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第二章 クリムゾンリバレート
46/88

19.彼は墜とし仔に挑む2

 ボス戦なう。

 《火龍の堕とし仔・ロア》。

 休火山であったサンドゥル火山を活性化させる程の力を持った古の火龍。

 その火龍の体から剥がれ落ちた鱗によって生まれたのが火龍の堕とし仔ロアであると言われている。

 しかしロアは意図して産み落とされた訳でなく、その存在は龍としては不完全である。

 ワイバーンのような体躯をしているが、翼はその巨体を支えて飛ぶにはあまりにも未発達であり、這うようにしか移動できない。

 頭の角も捻れており、尻尾も体に不釣合いなほどに短く細い。

 成り損ないではあるが、それでも強大な力を持つ火龍の眷族であり、最強と謳われる龍種である。

 そこらのモンスターとは一線を画す相手である事に違いは無い。

 俺たちは警戒しながら大部屋を奥に向かって進む。

 先頭からユキト、俺、ジグ、ハルの順番である。

 事前情報でロアは次の階への階段を塞ぐように眠っており、プレイヤーが近付くと起きて襲い掛かってくる事が分かっている。

「……いた」

 俺達の視線の先、岩肌の地面に寝そべるロアがいる。その全長は十メートルを超え、体の高さは五メートルはあるだろう。

「……でっかー」

 俺は頭の上の猫を落とさぬ様に小山のような図体を見上げる。話には聞いていたが聞くのと見るのではやはり迫力が違う。

「そっか。リクは大型エネミーは初めてだっけ?」

「ん。というか大型どころかボス戦も初めてかなー」

「お前さんその台詞は始まる前に言うとくべきじゃろうガ……」

「大丈夫だよジグさん。私とユッキーもいるから~」

 俺達が話しているとロアがゆっくりと瞼を開く。

 濁ったルビーの瞳で俺達を捉えるとロアは巨体を起こし、鰐のように鋭い歯の並んだ顎門を天井に向けて怒りを解き放つ。

「――グオオオオオォォォォォォォ!!」

 咆哮が反響し、大空洞全体を軋ませる。

 ロアの叫びに応じ、俺達の入ってきた石扉が音を立てて閉まる。

 もう引き返す事は出来ない。

 全員が息を飲む中、俺は閉じた石扉や上から落ちてくる小石やが体に降り積もるのも構わずただただ魅入っていた。

 同じ龍種であるが俺が戦った蛟とは全然違う。蛟は見た者を貫く鋭利な殺気を纏っていたのに対し、ロアは目に入るもの全てを粉砕するような荒々しい殺気を放出している。

「リクッ! 大丈夫ッ!?」

 盾を構えていたユキトが体を震わせる俺に気付き声を飛ばす。

 大丈夫だって?大丈夫な訳が無い。

 俺は猛る龍を指差しながら、興奮して捲くし立てる。

「ユキト龍だよ龍! あいつテイム出来ないかなッ!? 凄く欲しい!」

「心配して損したよッ!! 僕の心遣いを返してくれるかなッ!?」

 しかし俺の耳には届かない。以前にもこんな会話をした気がしたが今は忘れた。

「……あっちに加担したらお礼に卵をくれるとか、そういうイベントがあったりしないかな?」

「こやつ平然と仲間を裏切る発言をしとるゾッ!?」

「ゲスいね~」

「ッ冗談だよ、冗談」

 感動したのは本当だがパーティの仲間を見捨てようとは思っていない。

「ちなみに本気で裏切ろうと思ったのは何割くらい?」

「…………ぜろデスヨ?」

「そこは即答して欲しかったよッ!?――っと《挑発の咆哮シャウト》ッ!」

 ロアが咆哮を終え、こちらに向かってくる。それをユキトが迎え撃つように前に出ながらアビリティを発動する。

 青いアビリティエフェクトに覆われたユキトを視界に収めたロアが頭から彼に突っ込む。

 歪な角とユキトの盾がぶつかり、ユキトが地面を擦るようにして後方に押し戻される。

「ハルッ! 押さえきれない場合も考えてもっと後ろ行ってっ!」

「はーい」

 ユキトが正面からロアを押さえ、側面を俺とジグが挟み込んで攻撃する。

「ッ!」

「ふうム。手が痺れるわイ」

 溶岩が固まったような黒いごつごつした鱗に刃が通らない。ここからでは見えないが、反対側のジグも同様にハンマーが弾かれているようだ。

(武器の性能は悪くない。スキルが足りてないんだ)

 今の俺の【短剣】レベルは十一。サンドゥル火山の難易度から考えて、ボスにコンスタンスにダメージを与えるには最低でも十五は無いといけない。

(だけど、これは予想通りっ!)

 俺はロアと地面との隙間に滑り込み、鱗の無く柔らかいお腹に向けて『涼鳴』を振り抜く。

 今度は外皮を引き裂き、ボスにダメージを与えた確かな感触があった。

(でも外皮も分厚いな)

 ダメージは通るが大打撃とまではいかない。ナギやイナサのような長物ならば違っただろうが、生憎と俺の得物は刃渡りに関しては期待できない。

(ま、うちの火力はハルだからね)

 ロアが蝿を払うかのごとく鬱陶しそうに翼腕を広範囲に薙ぎ払う。俺は避け、生産職のジグは受け止め対処する。ユキトに至ってはノーダメージである。硬すぎだろ。

 唯一動ける俺が反撃とばかりに双短刀を構える。

「《其は敵意を縛る蒼き楔!――氷磔アイシクルウェッジ》」

「《剣よ。魔法よ。今こそひとつに!――魔属付与【蒼】アイスウェポン》」

 ハルが《二重詠唱デュオ》で二つの呪文を完成させる。

 二メートルはあるだろう氷の楔が、ロアの両手両足を貫き、地面に縫い付ける。それと同時に俺の武器に氷の加護が掛かる。

「ギャオオオオォォォォォォォォ!?」

 ロアが痛みに絶叫する。氷磔で鈍足と移動阻害の状態異常に掛かっているロアは身動きが取れないでいる。

「《シャープピック》」

 俺は先程まで動いて狙えなかった弱点部位――尻尾の付け根にアビリティを打ち込む。

 弱点部位に弱点属性の攻撃を喰らい、ロアが痛みに呻く。ジグとユキトも攻撃をする。

 腹の底に響くような重低音の唸り声を上げ、ロアが無理矢理氷の呪縛を壊す。

 紅く濁った眼で俺を睨む。ダメージ量で俺にヘイトが向いたようだ。鋸のような牙を剥いて俺に噛み付いてくる。

「させないよ!」

 ユキトが横からシールドバッシュをロアの顔にぶつけて軌道をずらす。

「こっちだよ! 《挑発の咆哮シャウトッ!》」

 ユキトが盾を正面に構えてタゲを取り直す。盾とロアの猛攻が衝突する音が断続的に洞窟に響く。

 ユキトはロアの攻撃を受け止め、受け流し、時には避けて最小限の被害に抑えている。

(道中でも思ったが、ユキトはかなり上手いな)

 俺や生産職のジグを連れて此処まで来れたには彼のお陰だと言っても過言ではない。

 言い方は悪いが何処ぞのパーティと組まず、ハルと二人だけでいるのが不自然なくらいだ。彼の実力ならトッププレイヤーの仲間に直ぐにでも入れる。

(ま、理由があるんだろー)

 気にはなるが人のプレイスタイルに強く口を出すのはマナー違反。

 好奇心は猫をも殺す。身の程を弁えなければならない。

 俺は今度はヘイトを取らないように隙を突いてロアに攻撃し、ジグは職人らしく黙々と的確に打撃を与えていく。

 そうしていると火龍の墜とし仔ロアのHPが三割を切る。

(ボスのパターンが変わる)

 ロアは咆哮を上げ、爛々と瞳を輝かせる。寝そべっていた巨体を持ち上げ、二本の後ろ足だけで立つ。

 ただそれだけで感じる威圧感が増大する。見下ろす顔は怒りに歪み、怒りに呼応するように周囲のマグマが湧き立つ。

 ロアが息を吸い込み、紅蓮の燐片が牙の隙間から零れる。

「皆気をつけてッ! ブレスが来るよッ!」

 火龍の吐息ドラゴンブレス

 火龍の墜とし仔ロアが口を大きく開け、前方扇形広範囲に向けて大量の火炎を撒き散らす。

 範囲外に逃れた俺達の目の前で空間が焼き尽くされる。火山の熱気を越える熱波が俺達の間を通り過ぎる。

「……これってユキトでも耐えれない?」

「さも当然のように僕を炎に放り込む発言をしているのは流すとして、多分ぎりぎり耐えると思うよ。耐えても立て直せなくて直ぐやられると思うけどね」

「へー」

 どんだけ防御力と体力があるんだよ。軽く見積もって俺二体分は消し飛ぶ威力はあるぞ。

「《氷槍アイスジャベリン》」

 遠距離から攻撃できるハルが連続で詠唱して氷柱を飛ばしダメージを稼ぐ。

 ハル以外の俺達は今の内にポーションでHPを回復する。

「詠唱時間の掛かる魔法を打ちたいから、守ってもらっていいー?」

 ハルが俺達に聞いてくる。詠唱中は動けないからハルは無防備になる。

「分かった。僕たちが時間を稼ぐからよろしくねハル」

「うん!」

 俺達はロアに肉薄して、注意を引き付ける。とはいっても先程とやる事は変わらない。むしろ体を起こした事で鱗の無いお腹が攻撃しやすくなっているぐらいだ。

 注意すべきは尻尾による死角からの打撃と、先程放った火龍の息吹。この二つは前者がスタン付きの強打で、後者が即死級の広範囲ブレスと、どちらも厄介である。

(一番最悪なのはスタン喰らってからの、ブレスのコンボだな)

 そうなったらセーフゾーンでのリスポーン不可避。この戦闘は脱落したものと思っていい。

 俺はそんな事を考えながら、ロアが連続で吐き出す炎弾の雨をステップを踏んで避ける。

 次々と降ってくるので、一度でも着地地点をミスすると避けれなくなる。

 これは面倒だなー。と縋る思いでハルを窺うと、彼女は幾本の氷柱を周りに顕現している。

 あれが魔法の前準備なのだろう。

「うーん。あれは僕には出来ない。さすが軽装剣士だね」

「……いヤ。普通の軽装プレイヤーでもあんな曲芸できんわイ」

「ん。何か言った?」

 範囲外にいる二人が何か言っているが炎の着弾音で掻き消されて俺には届かない。

 更に言うなら俺の声もあちらに届いていない。

 そうこうしていると準備を終えたハルが青い宝石のついた杖を掲げ、綺麗な声を朗々と響かせる。

「《我求め、応じたるは貫き通す無慈悲の威、其に献上せしは冷徹なる穿衝!――氷結大槍アイシクルランス》ッ!」

 ハルの周りを漂い弧を描いていた幾本の氷柱が頭上に舞い上がり、それらが結合して十メートル程の一本の氷槍へと変貌する。

 目に見えるほどの冷気を湛えた透き通る氷槍は高速で真っ直ぐにロアへと突き進む。

「グアアァァァ!」

 ロアが咆哮と共にブレスを吐くが、氷槍はその身を溶かす事無く邁進する。

 業火を突き破り、ロアと身の丈が同じ大きさの氷槍が彼をやすやすと刺し貫く。

「ギュグアアアァァァァァァァァッ!?」

 ロアは目を剥いて空洞を震わせる絶叫を最後に上げる。

 そして彼は胸に槍を生やしたまま倒れ伏す。

 それと同時に大きなポリゴン結晶となって砕け、祝福するように俺達に降り注いだのだった。

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