18.彼は墜とし仔に挑む1
今回は短め。
HPバーが一ドットもなかった。
俺は自身のHPバーの残りを見て文字通り生きた心地がしなかった。
今朝新しく出来たコートと耐火クッキーが無かったら復活地点に戻されていただろう。
「今なら転んだだけで死にそうじゃナ」
「それは無い。……無いよね?」
薄氷の上を歩くよりもなお不安定な状況なので断言出来ない。
「不安がらなくても大丈夫だから。それにしてもリクは無茶するね。見てるこっちが冷や冷やしたよ」
ユキトがやれやれと首を振る。
俺と朽葉を回復しているハルも同意して頷く。
「それで、猫はどう?」
ユキトが俺の腕の中に抱かれている猫を覗き込みながら言う。
猫は腕の中で丸まり、憑き物が落ちた様に安らかな寝息を立てている。尻尾の付け根にリングを嵌めているが寝苦しくはないようだ。
「泣き疲れたらしい」
「みたいだね」
「可愛いね~」
三人でほのぼのその様子を眺める。
唯一の出入り口を見張っていたジグが俺たちを見て呆れて提案する。
「お前さん達。団欒している所悪いが、早くセーフゾーンに行かんカ? ここじゃ安心できんワイ」
「そうですね。リクも大丈夫?」
「ん。ある程度回復はした。ハルありがとう」
「どういたしましてー」
ユキトが立ち上がり、ハルがにへーと笑う。
「それじゃあ行こうか」
俺達は小洞窟を出てボスエリア前のセーフゾーンに移動する。
最初にここに来たときのように皆で円になり、ボス前の確認を取っていく。
ただ先程と違うのは俺の手元に猫が居る事だけだが、それが問題となる。
「――作戦の内容は以上だけど、僕から一ついいかな?」
「ユッキーどうしたのー?」
どうやらハルはまったく気が付いていないようだが、ユキトとジグは分かっているらしく揃って俺を見る。
「えっと、猫どうするの?」
「うム。持ったままでは戦えんゾ」
「そこだよなー」
たはーと俺は息を吐く。俺の武器は双短刀の『涼鳴』。猫を抱えたままだとどうしても手数が落ちる。
「……一応幾つか案があるんだが」
俺は藍色のコートの前を止め、襟元から顔だけ出るようにして猫をその隙間に入れる。
「どうかな?」
「……何か見てるこっちが暑苦しくなる光景だね」
「息が詰まりそうじゃナ」
「ちょっと無いかなー」
ばっさり却下された。
格好なら金属鎧のユキトやぴっちりしたローブを着たハルだって充分暑苦しいと思う。
「むむむ。これならどうだ!」
コートの前を開き、猫を今度はコートのポケットに入れる。
両手に収まるサイズの猫だから出来る芸当。
「うん。さっきよりは見栄えはいいかな?」
「そうだね~」
ユキトとハルには好印象のようだ。俺もこれでいこうと思っているとジグが気付いたように言う。
「小僧。その格好で走ったり跳んだり出来るんカ」
「……あ」
俺も気付く。ポケットに入れた状態で激しい動きをしたら、猫を起こしたり最悪落としてしまう可能性がある。
「安定感はないね」
「……没だな」
「もし良かったらその子預かるよー?」
ハルが提案する。好意で言ってくれるのはありがたいが俺は申し訳なく思いながら断る。
「……いや。なるべくなら起きた時に傍に居てやりたいんだ」
「それじゃあ仕方ないねー」
ハルは気を悪くした風もなく笑い、俺の我侭を受け入れる。
ジグとユキトも同じ気持ちのようで俺に何も言ってこない。
有難いなと思いつつもそれでは現状は解決しない。
どうしようかーと思っていると頭上のくちはが俺の頭をぺしぺし叩く。
「……くーちゃん?」
くちはは俺の頭から降りると猫と俺の頭上を交互に指し示す。
意味が分からず、可愛いなーと眺めていると唐突に理解する。
「……もしかして頭の上に乗せろって言ってるのか?」
「リクは突然何言ってるのー?」
ハルの疑問の声も俺の耳には届かない。
くちはがお気に入りの場所を譲るなんて思いもしなかった。
「きゅぅ」
くちはは俺の言葉に首肯する。
「くーちゃん!」
俺は思わず感動してくちはを抱きしめて頬擦りする。
「妹思いのお姉さんに育ってくれて俺は嬉しいよッ!」
「きゅうんっ!!」
くちはも尻尾を膨らませて振り、嬉しそうに俺の頬を舐める。
「え? え? どうしたの二人とも?」
ハルが困惑して俺達の周りをおろおろしている。
そんな俺達をユキトとジグが遠くから眺める。
「……どうして姉妹なんでしょう?」
「両方ともメスじゃからかのウ」
「ああ成る程。ペットになった順序だとくちははお姉さんみたいなものだから。……疑問なんだけど、不安定な頭に乗せる事に誰も突っ込まないんでしょう?」
「ユキトよ。疑問を持つのが遅すぎたのウ。その言葉は小僧の戦い方を見た時に言うべきじゃったナ。ワシらは既に彼奴の奇行に毒されておル」
「……こんな慣れは嫌だなー」
ユキトが眉間に皺を寄せて溜息を吐く。ジグは俺とハルに顎をしゃくりそんな彼に言う。
「ほレ。お前さんの役目じゃゾ」
「体よく押し付けますね。……やりますけど」
ユキトが先程よりも大きな息を吐き、俺達の元へ走ってくる。
ユキトを加え、わいわい騒ぐ俺達を眺めながらジグはぽつりと言う。
「……若いのウ」
俺達はボス部屋の扉の前に並ぶ。
「それじゃあ最終確認。ボスは《火龍の墜とし仔・ロア》。サンドゥル火山の最初のボスだから冒険者レベルで見たら格下だけど、僕達は専門のヒーラーがいない即興のチームだから油断しないようにしよう。だから火力寄りのこのチームは短期決戦を狙っていくよ」
ユキトは俺達の顔を見渡すと最後に拳を構える。そしてそれを掲げる。
「じゃあ。――頑張ろう!」
「おー!」
「がんばろ~!」
「うムッ!」
俺達は石造りの重厚な扉を開けると部屋へと足を踏み入れた。




