14.彼は二人に再会する
翌日。
この日は《Unlimited Online》発売から一ヶ月経過した記念すべき日であり、初となる大型アップデートの日でもある。
それには今まで使いにくかったスキルの修正なども含まれており、プレイヤーは今か今かとこの日を待ち侘びていたというのは妹の言である。
勿論俺もそれなりに楽しみにしている。
「ほーん」
「お兄ちゃん相変わらず反応薄いねー。いや楽しみなのは何となく分かるけど」
妹の御高説を聞いていたらそう苦笑された。こういう時に妹のように素直に感情を表せないのは俺の欠点とも言えなくも無い。
「お兄ちゃんがやってる【料理】修正や新しく発現スキルの情報が一部公開されたんだよっ!」
「おー。【料理】に食事ボーナスが付くんだよなー」
「やったねっ!」
「やったー」
妹と揃って両手を上げて喜ぶ。傍から見たら怪しい儀式に見えるかもな。
「んで愛しの賢妹よ。発現スキルとは?」
「……え~っ。知らないで喜んでたの」
もお仕方ないな~と紅羽は微笑むと教えてくれた。
プレイヤーが元々習得している基本スキルの事を《初級スキル》といい、様々な武器を扱う武器系スキルや【鍛冶】などの生産系スキルはこれに当たる。
初期習得状態のこれらは当たり前だが覚えるのに条件など無く、キャラ製作時のスキルポイントを振っていなくても伸ばす気があれば伸ばせる。
リアルでは才能が眠っている状態とでもいえばいいのか。プレイヤーはその眠っている才能がウィンドウ画面で見れるとでも思ってくれたら良い。
対して発現スキルは条件を満たすとスキル欄に新しく並ぶスキルの事で、基本スキルと対比して《中級スキル》とも呼ばれている。
これは育てていた才能が新たなる極地に達したイメージでいい。武術家が達人の域に足を踏み込んだ感じである。
例えば【短剣】【片手剣】【大剣】の内二つをLv50にすれば【剣術】という中級スキルが出てくる。
そこまで聞いて俺は攻略でそんな内容を読んだ記憶があった。流し読みしていたから発現スキルと中級スキルが同じものだとまでは知らなかったが。
「んー、発現スキルの中に中級スキルが含まれるって言ったほうが正しいかなっ? 今回の公式発表でもあったけど、特定の武具を手に入れる事で覚えるスキルもあるし、データ上は中級スキルの上に上級スキルも存在するらしいねっ」
「へー、上級ねー」
だから中級だったのか。とずれた所で一人納得する。
「特定のアイテムで出るスキルとかレアスキルだよねっ! あ~、手に入れてみたいなっ!」
紅羽が体を揺らして楽しそうに破顔した。
◆
俺と紅羽はアップデートが終わると、《Unlimited Online》にインした。
『アルスティナ』でガイルから頼んでいた防具とあるものを受け取り、ゲートで『ガンフォルド』へ飛ぶ。
職人の町『ガンフォルド』はその名の通り鍛冶師や大工が中心になって出来た町である。
『サンドゥル火山』から採れる良質な鉱石に、周囲を取り囲む森林は良き燃料や材料となる。北から流れる清流も一役担い、火山の麓に職人達が集まるのは自然な事であり、それが町となるには然程時間が掛からなかったらしい。
同じように絵画や料理の職人達が住む芸術の都『フランゼータ』が絢爛豪華と呼ぶに相応しいなら、鍛冶や大工、細工師が集う『ガンフォルド』は剛健質朴という言葉が当てはまるだろう。
「ふへー」
俺は時間潰しにウィンドウから公式ページを見ていた。
最初はアップデート内容を見ていたが、街の紹介ページに興味を惹かれてしまった。
「お、情報通り本当に居るなー」
俺は顔を上げ、膝の朽葉を抱きかかえるとお目当ての二人に声を掛ける。
「やほーい」
「え? リク? え?」
「あー! 久しぶりー!」
驚いて足を止めるユキトと両手を突き出してこちらに駆けて来るハル。年頃の女の子が自身に向かって駆けて来るという幻想を振り払い、彼女の希望通りその手にくちはを預ける。
「くーちゃんだー! 相変わらずもふもふだねー!」
ハルは眠そうな瞳を嬉しそうに蕩けさせるとくちはを撫で始める。俺はそれを放っておいてユキトに近付く。
「どもども」
「どうしてここが?」
「知り合いに地獄耳のお姉さんがいるんだ」
「?」
ますます混乱するユキトに俺は気にしないよう手を振る。
ユキトは一先ず疑問を置いておくことにしたらしい。困ったように微笑むと頭の後ろに手をやる。
「そっか。……もしかしてずっと噴水で待っててくれたのかな?」
「ん」
「それは悪い事をしたね。直ぐ済むと思って何も言わなかったんだけど心配掛けたみたいだね」
「まあ、口約束とも言えないものだったからねー」
寧ろお互いを拘束しないようにそういうスタンスで会っていたから、恨み言を言うのはお門違いである。
今回はそれが裏目になっただけだ。
「んで【採掘】持ちプレイヤーは見つかった?」
「そこまで知ってるんだね。まだ見つかってないよ」
ユキトは改めて俺に状況を説明する。
彼らはサンドゥル火山で採れる『グレンライト鉱石』を手に入れようとしているのだ。
この鉱石は初級エリアであるサンドゥル火山で唯一採れるレア4の鉱石である。精々レア三までが出回っている今の状況でレア4の鉱石はとても強力な素材アイテムである。
しかしグレンライト鉱石は二階層のボスを倒した際にしか出現しない採掘場からしか採れず、採掘場なので採掘持ちのプレイヤーで無ければ鉱石を得ることが出来ない。
したがって生産職であるプレイヤーをパーティに入れた状態でボスに勝たなくてはいけない。
だから市場で出回る数も限りがあり、高値で取引されているとか何とか。
「そっかー。じゃあ俺の知り合いの鍛冶師を紹介するよ」
実はもう連絡済で向かってきて貰っているが。
「ありがとう。……で、話はこれで終わりじゃないよね?」
純朴そうな見た目にしてはユキトは鋭くて助かる。
「ハルの力を貸して欲しい」
「……」
「……」
「……え? そんな事でいいの?」
「ん?」
ユキトの予想外の反応に俺は目を丸くする。
「別に知らない仲じゃないんだから、僕もハルも力くらい貸すよ」
ユキトは邪気の無い笑顔で言い切る。俺が巡らせていた打算を無にする台詞だが、だが頬が緩む位には悪くない台詞だった。
「なんジャ。もう揃っとんたいかイ」
この町のドワーフNPCよりも堅物な雰囲気を醸す白髭の男性。
「あ、ジグ長老。今日はよろしくです」
「ふンッ。昨日はキラキラ星を飛ばす小僧を寄越したと思ったら、今度はそこの二人組みカ。お前さんは紹介屋でも始めたのかのウ」
「えっと……NPC?」
「……プレイヤーじゃヨ。ジグじゃ。この町で鍛冶を営んどル」
「どうもユキトといいます。鍛冶師という事は貴方がリクの言っていた助っ人ですね」
「まあ、そうなるのオ。グレンライト鉱石はワシも欲しい素材じゃからナ。渡りに船といった所ジャ」
「それは良かったです。あ、僕の連れも紹介しときますね――おーいハルー!」
ハルとジグの自己紹介も終わり、俺達はパーティを組む。
目指すは炎モンスターの巣窟サンドゥル火山の第二階層。その最奥に構えるボスモンスターである。




