13.彼は魔女とお茶をする
コハネ達『雪月花』のメンバーと別れた俺は冒険者の街『アルスティナ』へとゲートで跳び、急いで街の北西に向かう。
(一応連絡入れといたけど待たせるのも悪いしなー)
俺はお目当てのお店《Brennholz》に到着すると、毎回しているように気合を入れ直す。
たかがお店に入るだけだが、その店内にはこちらを手玉に取る『魔女』が陣取っているのだ。油断してはいけない。
(お店の名前が《Brennholz》とかとんだ皮肉屋だな)
俺はそんな事を考えながら木製の扉を重々しく開ける。扉を重く感じるのは物理的な要因だけではないと断言できる。
「あら、いらっしゃいリクさん。待っていたわ」
「……連絡したんですから待っててくれないと困りますよ」
「あら? 私は困らないわよ?」
「……」
こちらをからかうようにクスクス笑う。冗談だとは思うがこの人ならやりかねない。早く用件を済ませようと俺は口を開く。
「実は貴女に探して欲しいプレイヤーがいます」
「……酷いわ。私にストーカーの片棒を担がせるのね」
「……」
「冗談だから眼力で人が死にそうな目をしないで欲しいものね」
「……別に呆れただけで睨んでませんよ。それで探してくれますか?」
「いいわよ」
予想に反して『魔女』はあっさりと俺の頼みを快諾する。
色々と策を巡らしていた俺は少々面食らいながらユキトとハルの特徴を述べる。そしておそらく居るであろうフィールドを予測も交えて教えておく。
『魔女』はやや驚き、フードから見えている妖艶な唇を動かす。
「そこまで分かっているのなら私を頼らず貴方だけでも探し出せるのではなくて?」
「情報が少ないし、確実じゃないから。それに急いでる」
「……そう。では急ぎましょうか」
彼女はメニューウィンドウを開いて十数秒操作すると閉じ、カップを二つ取り出してハーブティを注ぐ。そして自然な動作で俺に一つ差し出す。
「お飲みなさい」
「え?」
「椅子は足元にあるからそれを使ってね」
「いやいや。さっきも言ったけど急いでるから俺も探しに行こうかと――」
「大丈夫よ。これくらいならすぐに情報がくるわ。それまでお茶でもして待っていましょ」
「いや、でも……」
「そういえば情報の報酬だけれどどうしようかしらね――」
「――ッ」
俺が素直に座ると見ていた彼女は可笑しそうに笑う。
「素直な子は好きよ」
「……俺は貴女が苦手です」
「よく言われるわ」
(……だったら直せば良いのに)
俺は呆れて息を吐くとハーブティに口をつける。独特の酸味と甘味を舌で感じてフルーツティだと気付いた。
「……飲みやすくて美味しいなー」
「今色んな果物で試している所なのよ」
「へえ」
もう一口飲む。フルーツティに対して造詣が深くないのでどんな果物を使ったか判断出来ないが、美味しいのは間違いない。
俺が和んで一息ついていると、彼女がさっき注いだポットとは別のポットを取り出しているのが目に入る。
「それも試作品の一つ?」
「ええ、そうよ。もしよかったら貴方もいただく?」
「ん。ありがと」
俺はカップに残っていたフルーツティを飲み干すと新たに注いで貰う。貰ったのだが、先程の澄んだ物とはとは違い何か黒く濁っている。
「……」
俺がカップを持って固まっていると、『魔女』は自分のカップに黒いそれを注ぎ、取り立てて気にせず優雅な雰囲気を崩さずに口をつける。
(見た目が悪いだけでこういったお茶なのかも……)
実は美味しい事を期待して俺も飲んでみる。
盛大に噎せた。しつこい位に甘ったるくて嘔吐きそうな程の苦味が混沌として襲ってきた。
涙目になっている俺を見て『魔女』が肩を震わせている。彼女は口に当てていた手を離して可笑しそうに、
「だから注ぐ前に『よかったら』と聞いたのよ。実験には失敗が付き物でしょう?」
なんて悪意のある聞き方だ。と口を尖らせていると『魔女』が三つ目のカップを俺に寄越す。その中身は最初に飲んだ綺麗な色のフルーツティであり、今持っている黒い液体ではない。
「無理はしなくて良いのだけれど、一度口をつけたからには飲み干してくれると嬉しいわ」
「……戴きますよ」
「そう。それは重畳ね」
交互に飲むと良いわ。と彼女は言ってまたお茶を楽しんでいる。
(いやいや待て待て)
確か彼女も同じ黒い液体を飲んでいた筈だ。何故こんなに平然としている。
「よく飲めますね」
もしかして舌音痴なのかと思い聞くと、彼女は澄ました顔で返す。
「あら? もちろん不味いわよ」
「……ですよねー」
「でも自分で作ったからには責任を持ちたいのよ。勝手な自己満足なのだけれども、せめて一口飲んであげる事で飲み物の本懐を遂げる事が出来たらいいと思っているわ」
「……ただ捨てるよりはいいかもね」
無難な言葉を返しつつ俺は黒いフルーツティに口をつける。
うん。不味い。
一々顔を顰める俺とそれを面白そうに眺める『魔女』は、それから暫くぽつりぽつりと言葉を交わしたていく。
『魔女』は自身の事を話したがらないので、殆ど俺が喋っていたが、案外悪い気分ではない。
きっと彼女が聞き上手でもあったのが要因だろう。
彼女から件の情報を得た俺は情報とお茶のお礼を告げ、お店を後にする。
満天の星を眺めて歩きながら、俺はふと思い出す。
今年の二月十四日。所謂バレンタインデーでの出来事。
バレンタイン当日。俺は下駄箱付近で落とし物を誤って踏んでしまい、謝罪の為に持ち主を探した事がある。
その中身が手作りのクッキーであり、それはもう手遅れなくらい完璧に粉砕していたのだ。
つまり俺は恋する女子生徒の恋路を邪魔した馬鹿野郎であり、柄にも無く焦ってあの手この手で持ち主を割り出していた。
その時に当時高校一年であった西鳳院先輩にお世話になり、彼女に対して頭が上がらなくなっている。
結局持ち主には会えず砕けたクッキーは俺に処遇が一任された。一応手紙の遣り取りで謝罪の気持ちとお詫びのチョコを送る事は何とか出来た。
「懐かしいなー。アレさえなければ先輩と会うことは無かったのになー」
俺はあのツインドリルの先輩が苦手だった。
自分にも他人にも厳しい先輩は、自分も周りも甘やかす俺にとっては目を背けたくなる程眩しすぎる存在なのだ。
あの人と居るだけで自分のいい加減さを思い知らされる。
俺は溜息をつくと頭を振ってネガティブな思考を掻き消す。
どうして今更になってこんな事を思い出したのかと言えば、それはやはり『魔女』との会話が原因だろう。
(飲み物の本懐、ねえ……)
あの時のクッキーを俺が食べた事で、少しでも込められた想いに報いる事が出来たのだろうか。もしそうであるなら幸いな事だと俺は呟いたのだった。




