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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第二章 クリムゾンリバレート
39/88

12.彼はクエストをクリアする

 免許皆伝。

「あんた、もう来なくて良いよ」


 『ガンフォルド』へ行ったその日の午後。『青き海猫亭』にて女将さんから行き成り解雇通知を受けた。


(何故だ。俺は何かしたか?)


 元来の瞳の濁りが原因か。やはりそれが接客に向いていなかったのか。慌てて原因を推考していると電子音と共に≪【料理】Lv10到達に伴い、クエスト:『海猫亭の味』完了しました≫というシステムメッセージが目の前で踊る。


「あんたもいい腕になったからね。そろそろ此処以外の味も知っておいたほうがいい」


 女将さんはそう言って俺に布に包まれた物体を差し出す。


「これは?」

「餞別だよ。今のあんたには充分な一品さね」


 包みを開けると手入れの行き届いた普通の包丁が出てくる。俺が鏡のように磨かれた側面を覗き込んでいるとアイテムウィンドが開き詳細が確認できる。


 Name:海猫亭の包丁   Category:雑貨

 ★★★

 【料理】+3

 海猫亭の女将が認めたものに贈る包丁。クセが無くとても扱いやすい。手入れを怠らなければ生涯使い続けられる。


(……クエストの成功報酬ってところか)


「ありがとうございます。大切にします」

「もしまた此処で働きたくなったらおいで。そん時はこき使うから覚悟しなよ」


 女将さんはそう言うと俺を優しい目で見て笑った。



  ◆



 今日も今日とて『青き海猫亭』の一角に陣取っているコハネ達に会いに行く。


「おー」

「あら今日は早いのね?」


 ヴィヴィが銃でお手玉をしながら聞いてくる。ゲームだから暴発しないと分かっているが恐いので止めて欲しい。


「クエストが終わったからねー」


 報酬である包丁をテーブルに乗せて包みを開ける。抜き身の包丁を前にヴィヴィが困ったような顔をする。


「ちょっといきなり刃物を置くなんて危ないわね」

「銃でお手玉しているヴィヴィには言われたくないなー」

「……それもそうね。でも何か違うのよねー」


 発言とは裏腹にジャグリングは止めない様子。

 俺がやれやれと首を振っていると、やや苦笑しながらナギがフォローする。


「でもヴィヴィさんの言いたい事分かります。銃や剣などの武器は私たちにとってはファンタジーですから現実味がありません。でも包丁なんかは普段目にする分、より具体的に危険性が想像できてしまいますからね」

「……ふーん。そんなものかねー」


 ゲームでこの包丁に攻撃力は設定されてない。だからいくらプレイヤーの体に当ててもHPは一ドットも減らないし皮膚一枚割く事も出来ない。


 試しに首に刃を押し当ててみる。圧力は感じるが切れてはいない。次に俺は包丁は押したり引く事で切れるので、前後に動かすがやはり傷一つ無い。包丁の見た目はこんなに切れ味良さそうなのに。


「……うん。やっぱり切れないな。って皆どうした?」


 顔を上げると四人が俺を見て絶句している。


「先輩。何やってるんですかッ!」

「妹である私でも躊躇いなく首に持っていくのはちょっと……」

「どん引きですお兄さん」

「――というわけよ。もうしないでね」


 皆に嫌な思いをさせてしまったようだ。


「……あー、うん。不快にさせてごめん」

「そういう意味で言ったんじゃないんだけどね」

「?」


 ヴィヴィの言わんとしている事が理解できず首を傾げる。とりあえず四人が言っているのなら正しいのでもう二度と変な真似はしないようにしたい。

 呆れた空気を誤魔化す為に話題を変える。


「皆は幽霊船を攻略してるんだっけ?」

「そうだよっ!」

「順調では無いのよねー」

「問題?」

「ボスが範囲魔法を使うのですがそれが少し厄介でして」


 話によるとその冷気魔術は追加効果で睡眠があり、また戦闘フィールドが小さな船の上なので避けることも出来ないらしい。


「一応アリシアちゃんと私は装備やスキル構成で耐えられるのですが、メイン火力であるコハネちゃんやヴィヴィさんがどうしても耐えられないんです」

「せめて【冷気魔術】か【神秘】を伸ばしているメンバーがいたらね」


 【冷気魔術】には《ブルーレジスト》という冷気属性の攻撃を軽減するバフがあり、【神秘】には《ライフオーラ》という一時的にHPを底上げする魔法がある。


「なっちゃんみたいに『冷気耐性【中】』のついた防具を作れたらいいんだけどねー」

「んー? もしかしてその胸当てがそうなのか?」

「そうですよ。先輩と倒した蛟の鱗を使いました」


 ナギは蛟の鱗を蒼い胸当てにしたようで、脇見せ巫女装束の上から着用している。

 髪の黒に巫女服の白、そして新たに加わった胸当ての蒼がナギの清楚なイメージをより強調している。


「似合ってるなー」


 今更だが素直に褒める。


「え。あ、ありがとうございます……」


 ナギが頬を微かに朱に染めてお礼を返してくる。その遣り取りを見ていたヴィヴィがこの紅茶砂糖も入れてないのに甘いわねーとぼやいていたが無視する。


「今からでもスキルに余裕のある私が上げよっか?」

「コハネちゃんのスキルを上げるには時間が掛かるわね」

「だから私はプレイヤーを雇おうと進言している」


 きりっとした瞳のアリシアがコップを咥えたまま喋る。緑茶を飲んでいたナギがそのお行儀の悪い行為を窘める。

 素直にコップを放すアリシアとそれを見て笑顔のナギを微笑ましく眺めていると、ヴィヴィが俺の左耳へ口を寄せ囁く。


「……プレイヤー募集はあまり乗り気じゃないのよね」

「どして?」

「このチーム可愛い子多いでしょ。だから女性限定って書いて募集しても面倒な男共が集まってくるのよねー。だからリクに条件に合う知り合いでもいれば紹介して欲しいのよ」

「……んー」


 俺もコハネの事があるし、メンバーの事を少なからず好ましく思っている。協力したいのは山々なのだが俺にそんな知り合い――。


「あー」


 居た。俺の記憶が確かならハルが冷気魔術を使えた筈だ。問題はフレンド登録する前に所在が分からない事だがそっちのほうも当てがある。


(……あの人には、あんまり頼りたくないんだけどなー)


 妹の為なら仕方ない。そう割り切ってヴィヴィにハルの事を教えようとする。


「君達冷気魔法使い探してるんだろ。だったら俺達が仲間になってやろうか!?」


 別のテーブルに座っている男性プレイヤー達が大声を上げながら俺達のテーブルに近付いてくる。

 軽い感じの若者とその後ろにローブ姿の男性が俺の右後ろに立っている。

 ニヤニヤ笑いながら俺達――いや俺以外の四人を舐め回すように見ている。目の動きからチャラ男は特にコハネとアリシアの金髪組みが好みのようだ。何となく虫唾が走る。


(周防先生の言ってた事はこういう事だったのかー)


 チャラ男の露骨な視線に俺が辟易しているとヴィヴィがやんわりと断わりを入れる。


「お二人さん。申し訳ないけれど男のメンバーは募集してないのよ」

「ええ~。いいじゃんいいじゃん! 俺達も『雪月花』に入れてくれよ~」

「『雪月花』?」


 俺がそう呟くとコハネがこっそり教えてくれた。


「私たちのチーム名だよっ。周りが呼び始めていつの間にか定着したんだよね」

「……ふーん」


 ヴィヴィが根気良く大人の対応でしつこい男を諦めさせようとしているがあまり効果が無いようだ。ちらりと他のメンバーを見るとアリシアは露骨に嫌そうな顔をして、ナギは心配そうな視線をヴィヴィに向けている。コハネは作り笑いを貼り付けてにこにこしている。


「だからッ!――」


 それまで冷静に対応していたヴィヴィが男のしつこさにとうとう声を荒げる。


(不味いな)


 お互い頭に血が昇ったら余計状況が悪化する。

 俺はヴィヴィの発言を手で制すと彼女と男の間に割り込む。


「まあまあ、待ってくださいなー」

「リク……」

「あんッ!? お前は関係ないだろッ! 引っ込んでろよ!!」

「それが関係あるんですよー」


 俺は男の怒号を軽く受け流すとヴィヴィを優しく頷き座らせる。

 ヴィヴィは呆気に取られながら俺に促されるままに座り、コハネが新しく入れた紅茶を手渡されている。


 コハネはナギやアリシアにもおかわりを勧めている。俺が動いてすっかり安心しきったコハネの雰囲気に感化され、今まで張り詰めていた空気がテーブルの辺りだけ僅かに緩まる。

 俺もそっちに混ざりたいなーと思っていると男が襟首を掴んできた。


「てめッ! さっきから聞いてんのか!?」

「ん? ああすみません。俺が関係ある理由ですよね?」


 聞いてなかったがそんな所だろ。


「俺が先に彼女からメンバーについて相談を受けていたんですよ。それで今丁度知り合いを紹介していたんです。ですから貴方たちにメンバーに入っていただく必要はありません」


 本当はまだ紹介していないが当てがあるのは嘘ではないので大丈夫。


「で、でも俺達なら今からでもそのクエストに行けるぜ」

「彼女達は今日はもう挑む気はありません。それに彼女達が挑んでいる戦闘は夜の決まった時間のみですから俺が紹介しても充分間に合いますよ」

「うぐっ……」

「お引き取りください」


 俺が営業スマイルでそう言う。こういった諍いは第三者の方が解決しやすい時もある。するとそれまで後ろで黙っていたフード男が口を開く。


「【冷気】か【神秘】の使える女性プレイヤーを紹介するだけなら君ではなく私達も代われる。よかったら譲ってくれないか?」


(そうきたかー)


 ナンパってのはもう少しあっさりしているものだと思っていた。こうなったら俺がどうしても譲れない理由で尚且つこいつらでは絶対用意出来ない報酬を貰う事になっているとした方がいい。

 思い付かないから適当にいうか。


「悪いけど無理ですね」

「お金やアイテムなら都合するぞ?」

「いえいえそんな物じゃ釣り合いませんよー。だってお礼としてこの場にいる誰かがデートしてくれる事になっているんですよー」


 うん?今何て言った?

 ヴィヴィが飲んでいたカップを取り落としそうになり、ナギが緑茶で噎せている。アリシアは目を見開いて固まり、コハネは何故か顔が輝いている。

 やばい事を言ったらしい。


「貴方達も同じ立場なら譲らないでしょう?」

「あ、ああ。そうだな仕方ないな……」

「ではお引き取りください」


 俺の台詞に唖然として男たちが去っていく。去り際にチャラい男が俺を睨んだ気がした。俺はそれを見送ると席に座り、前まで飲んでいたコーヒーを飲む。美味しい。


「いやー何事も無く収まって良かったねー」

「寧ろ波乱を生んだ自覚は無いのね……」

「?」


 首を傾げたら溜息をつかれた。



  ◆




「じゃあデートうんぬんは嘘って事かしら?」

「嘘と言うかコハネと買い物に行けばデートって体は保てるんじゃないかなーと」


 だから嘘は言ってない。と真顔で俺が言うとヴィヴィは呆れた顔をする。

 俺達五人はお店を出てシエスタの街路を連れ立って歩く。

 潮の香りを吸った夜風が流れ、満月が海に映って二重に町を照らす。酒場からは喧騒が漏れ、住宅街は夜の帳が下りている。


「まあ今回の人は特にしつこかったから助かったんだけどね」


 俺の隣を歩いていたヴィヴィはでもやっぱ屁理屈ねー。と苦笑すると俺から離れ前を歩いているナギとコハネの元へ走って行く。

 それと入れ替わるようにアリシアが俺に並ぶ。


「あれでヴィヴィはお兄さんにかなり感謝しているのですよ?」

「ん。分かってる」

「私も感謝してます。私たち――特に私とナギさんは、ああいったナンパ紛いの行為には慣れていませんから、いつもヴィヴィにお世話になりっぱなしなのです」


 だからヴィヴィを助けてくれてありがとうと彼女は照れながらそう続ける。

 そんな彼女の様子は年相応の女の子を意識させるもので、思わず俺の方も照れて素っ気無い返事を返してしまう。

 アリシアはその吸い込まれそうな程の碧眼で俺を直視すると爆弾発言をする。


「――それにデートの件も私は構いませんよ?」

「んー。……はい?」

「遠慮する事はありません。労働には対価を、誠意には敬意を払うべきですから」


 アリシアがドヤ顔をして言う。どこかで聞いたフレーズだと思ったが思い出せない。それよりも――


「……そっかー。でもアリシアみたいな可愛い子とデートするにはもっと頑張らないとなー」

「えっ?」

「さっきのだけじゃ全然対価に見合った働きじゃないからねー」

「……へたれですね」

「慎重なだけだから」

「そういう事にしといてあげます」


 アリシアはクスッと笑い、前の三人に混ざりに行く。

 四人揃って歩く姿は仲の良い姉妹のようで、思わず笑みが零れるのだった。

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