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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第二章 クリムゾンリバレート
37/88

10.彼は職人の町を目指す

 再登場。……誰だっけ?

 始まりの街『アルスティナ』。

 街の中央に位置する噴水広場は今日もプレイヤーの溜まり場として人気を誇っている。

 その噴水の縁。既に定位置となりつつあるその場所で俺と朽葉くちははぼけーっと過ごしている。

 俺は日課となっているユキト達との口約束を守っていた。


(今日も来ないのかなー)


 かれこれ今日を入れたら六日も会っていないことになる。


(どこかのダンジョンにでも潜ってるのかな?)


 フレンド交換してれば良かったなーと今更思っても仕方ない事と分かっても悔やまれる。


「くーちゃん行こうか」

「きゅっ」


 くちはが頭の上に登り座るのを待ってから西門に向かう。

 大陸の西方に聳える紅蓮なる山『サンドゥル火山』。その麓に広がる職人の町『ガンフォルド』が今回の目的地である。


「お待たせー」

「きゅっ!」

「おうリク。それにくちはもな」


 燃えるような真っ赤な髪を逆立てたイケメンが西門で待っていた。

 イナサの装備は最初の頃の剣士然とした革鎧格好とは異なり、要所に金属を貼り付けた漆黒のライトアーマーだった。俺には飾り気の無い純粋な機能だけを追及したそれは逆にそうする事で美しく見えた。

 だからこそ背中に背負った重層鎧に合いそうな鈍色の大剣がよく目立つ。


「似合ってるな」

「ん?そうかありがとな。実は気に入ってんだこの装備」


 イナサが少年のように屈託無く笑う。危ない危ない。多分俺が女性なら落ちていた。このジゴロが。

 昨日西鳳院先輩の奢りを頂いた後、学校からの帰り道で湊にクッキーの事を相談していたのだ。その結果『ガンフォルド』に行くのがいいと結論が出た。その時に湊も一緒に行ってくれる事となった。


「それじゃあ昨日言ったように『ガンフォルド』に向かうぞッ!」

「おー」

「きゅー」


 間延びした声を上げ、俺達は門を後にしようとする。その俺達の背中に馬鹿でかい声が浴びせられる。


「君達待ちたまえッ!! 私も連れて行くのだッ!!」


 驚いて振り向くと豪華な鎧を着た優男がキザったらしいポーズを取って元々キザったらしい顔に更にキザったらしい表情を貼り付けて立っている。


「…………(ふっ、決まった。あまりにも完璧な登場に感動して言葉が出ないと見えるッ!)」

「…………(こいつは確か『武帝』ギルフォードか。リクか師匠辺りの知り合いか?)」

「…………(……誰?)」

「きゅっ?」


 三者三様の沈黙の中、一匹の鳴き声だけがやけにはっきりと聞こえる。



  ◆



 俺達は西の『サンドル火山』へ行く為に『黄金平原』を経由して進んでいる。

 距離的には『アルスティナ』から西に直進したほうが近い。しかしその間には歩きにくいフィールドの原生湿地『ミストスワンプ』が広がっており、更に『ミストスワンプ』にはフィールドボスがおり道を塞いでいる。

 そういった理由で湿地の南に広がる比較的安全な『黄金平原』を迂回路としている。


 先頭をギルが行きその後ろを俺とイナサが歩く様は、主人に付き従う従者のような錯覚を俺に与える。ギルが拡声器よろしく大きな声で堂々と歩き、俺達が黙々と付いて行っているのがよりその錯覚に拍車を掛けている。

 どうしてこうなった。


「あっはっはっはー! どうしたんだい二人とも! 楽しい旅路なのに何黙っているんだい!?」


 一人だけテンションのギアがトップに入っているギルにイナサが返事をしようとする。


「いや俺らは別に――」

「見たまえっ! 澄み渡る空ッ! 遥か先まで続く小麦畑ッ! 見ているだけで心躍るだろうッ!!」

「リク駄目だこの人話聞いてくれないッ!」


 イナサが小声で言ってきたが俺は今それどころではない。


「……ううう。ごめんよコハネ。『黄金平原』の景色はお前と見るって決めていたのに……。お兄ちゃんの初めてこいつらに奪われたよ……」

「お前もお前で面倒くさいなッ!!」


 頭上で顔を洗っていたくちはがピクリと耳を動かし周囲を警戒する。


「うむ? 構えたまえ二人とも。どうやらお客さんのようだ」


 ギルの指差す先を見ると茶色い物体が此方に近づいている。





 土巨人クレイゴーレム

 『黄金平原』に出現する主なエネミーで体長は三メートル弱程。粘土をこねて作ったような寸胴と幹のような腕と脚を持っている。


 彼らの攻撃は一撃一撃が重く、連続で被弾すると金属鎧の上からでもHPが消し飛ぶ可能性がある。またHPと物理防御が高く、倒したと思い油断してやられる事や相打ちで倒れるプレイヤーが多いそうだ。動作が遅いのが救いで、大振りな攻撃は避けやすく危なくなったら逃げやすい。


 俺達が『黄金平原』の冒険者レベルが100~150にも関わらずこのフィールドを迂回路に選んだのはこの為だ。


「――おらあアァッ!!」


 そんな『黄金平原』の強固な番人達は鈍色の竜巻とでも呼ぶべき暴力に巻き込まれて次々とポリゴン片となり散っていく。

 竜巻の中心にはイナサがおり、その竜巻は大剣の剣閃と風圧で生み出したものだ。周りを取り囲む土巨人の豪腕を紙一重で躱し反撃を叩き込む。その斬撃はバターでも切るように土巨人の体躯を断ち解体していく。


 今の集団が終わったら次の集団へと駆け出して喰い千切っていく。≪アビリティ≫を使っているのか時折紅い軌跡が暴風に混じる。


(……この光景は『煌帝』よりも『暴君』だろ)


 土巨人の豪腕による薙ぎ払いを余裕を持って避け、中距離から《雷華》を当てていく。俺の戦い方はイナサとは異なりヒットアンドアウェイ。

 相手の鈍い動作を利用して側面や背後に回り『涼鳴すずなり』で体力を削り、攻撃がきたら離れてくちはに魔法を打って貰う。


 幸い物理防御が高くても『涼鳴』には氷属性が付いているので幾らかはダメージが通るし、魔法防御は大した事はないのか《雷華》の通りも悪くない。

 ただどうしても攻撃力に欠けるので俺は囲まれないような立ち回りを心掛けている。


(ギルはどう戦ってんだろ?)


 ふともう一人のパーティメンバーの事を思いそちらに視線を向ける。


「あっはっはっはーッ!! さあ、掛かってきたまえ土くれ達よッ!!」


 声高らかに叫び、中距離から槍で連続攻撃を与えている。しかし槍の連撃を受けながらも土巨人は足を止めず、その豪腕の範囲にギルを収めて振りかぶる。


 ギルはその豪腕を槍で受け流し相手の懐に潜り込む。

 槍で潜り込むなんて無茶だ。と俺が思ったのも束の間ギルの手には槍はなく、代わりにメイスが握られている。


「《アイアンクラッシュ》ッ!」


 オレンジのエフェクトを描きながらメイスが土巨人を粉々にする。

 ギルは爽やかに髪を掻き揚げながら口角を上げて呟く。


「成る程。どうやら打撃が有効のようだね」


 すると今度は鉄塊とも呼ぶべき大槌を出現させると土巨人達を屠っていく。

 彼は扱える武器の多様性から、先程の槍のように相手の射程外から体力を削ったり相手に合わせて武器を選択したりして、戦況を有利に進めるタイプのようだ。


(……爆発力は無いが適応力があって柔軟に戦える感じかなー)


 俺はぼんやりとギルの戦う姿を見ていたが、ギルの後方から彼に近付く四メートルはあろう巨人に気付く。

 明らかに周りの土巨人より頭一つ大きい黄金色のそいつは鈍重な音を響かせながら俺達の戦闘エリアに乱入してくる。一番近いのは――


「――ッギル後ろ!」

「何ッ!?」


 俺の注意と同時に背後を振り返るギル。そこでようやく彼にも迫ってくる黄金巨人の存在に気付いたのだろう。俺の方が遠いのに先に気付いたのは俺の方が【索敵】が高いからか。


 幸いにしてまだ黄金巨人との距離はある。ギルの周りに居る土巨人を彼と協力して先に倒した後に相手にすればいい。

 そう油断していた。


 黄金巨人は立ち止まると足を大きく掲げる。


「二人とも跳べッ!!」


 俺よりも更に後方――黄金巨人から一番離れた場所に居るイナサが切迫した声を上げる。だが俺とギルが何かアクションをするより早く重厚な足が大地を強かに踏みしめる。

 震脚。

 轟音と風圧が立ち尽くす俺達の間を駆け巡り、地面から伝わる振動が俺の体を震わせて拘束する。ギルも動けないのか吃驚した顔をしている。


(……範囲スタンッ!)


 震脚により黄金巨人も直ぐには動けないようだ。

 だが敵は一人ではない。ギルを取り囲む土巨人達が一斉に腕を振り上げている。


「くーちゃんッ!!」

「きゅぅっ!!」


 俺の叫びに呼応してくちはが《氷華》を展開する。ギルを囲む土巨人達が全て氷の彼岸花に取り込まれ凍りつく。しかし倒すまでには至らず動きを数秒止めるに留まる。

 だがそれで充分だ。


「良くやった。後は任せろッ」


 俺の傍まで来ていたイナサが大剣を深く構えている。ただ一人黄金巨人のスタン攻撃を跳躍で逃れていたのを俺は視界の端で見て知っている。

 真紅に発光する大剣を届かないこの位置でもお構い無しに振り抜く。

 大剣から放たれた真紅の光刃が大地を奔り、氷ごと土巨人達を両断する。


「助かったよ二人ともッ! さすが我が友だッ!!」


 硬直が解けたギルが俺とイナサの元へ走って来る。


「誰が友だ! 誰がッ! 俺達はただのパーティだろうが」

「はっはっはッ! イナサくん恥ずかしがらなくてもいいんだよッ!」

「だから――」

「……二人とも黄金ちゃんが突っ込んできたよー」


 黄金巨人の動向に気を配っていた俺はいち早くその場から離脱する。二人も慌てて横に飛び込む。

 先程まで俺達の居た場所を黄色のオーラを纏った黄金巨人がその見た目に似合わない素早さで駆け抜けた。ダンプカーのような圧力の塊に肝が冷えるが誰も喰らってないので一安心する。あんなの喰らったらゲームといえどミンチになる。


 ショルダータックルの姿勢だった黄金巨人は俺達の後方五メートルの位置で止まるとこちらをゆっくりと振り返る。

 黄金ちゃんは黄色いオーラを再び纏うとショルダータックルの構えを取る。


(させないッ!)


「くーちゃんっ!」

「きゅわぃっ!」


 『特攻相殺アサルトクリア』。《雷華》で敵の肩を打ち抜き相手のスキルをキャンセルしようとする。土巨人と同じ構造なのだから彼らと同じようにこうしたら黄金巨人も止まる筈だ。


「……突っ込んできたー!」


 慌てて避ける。というか少し待って欲しい。


「くーちゃんの《雷華》でほぼノーダメってあいつ硬すぎないですかねぇ!?」

「あー、うん。『黄金平原』のレアモンスター黄金巨人ゴールデンゴーレムはHP・VIT・MINが高いからな」

「あ、あっはっはっはーっ!! よし、逃げようじゃないかッ!?」


 イナサは逃げようとするギルの服を慌てて掴む。


「ええい離したまえッ!! 轢死するなら一人でしたまえッ!」

「待てってッ!! 闇雲に逃げようとしても纏めて轢き殺されるだけだからッ!!」

「次来たよ」


 俺は引っ張って急いで二人を敵の進路から外す。

 三度目の突進を外した黄金巨人は戦法を変えにじり寄って俺達の隙を窺い始める。

 今はまだ土巨人がリスポーンしていないので助かっているがこのままではジリ貧になってしまう。俺は焦りながら親友に尋ねる。


「……イナサ、何か情報」

「そうだな。えーとえーと確かあいつはお金をたくさん落とす――」

「カネッ!!」

「そういうのは倒してからしようではないかッ!! 金ぴかに効くような攻撃は何かないのかいッ!?」


 不味い。まだ遠くではあるが土巨人がポップしてきている。弓を装備したギルが黄金巨人を攻撃しているが蚊に刺された程度の効果さえも無いようだ。


「えっとレアアイテムがってのは違う。……状態異常が効くが誰も使えない……あ、そうだッ! VITは高いが打撃耐性は低いから打撃なら倒せる見込みがあるぞッ!!」

「あーあー私は何も聞いてないー」

「ギル、ゲームだから大丈夫。デスペもない。だから倒してお金を稼ごう」

「それでも恐いものは恐いのだよッ!? リクくんはお金に釣られ過ぎだぞッ!」

「どっちにしろ。倒さないと逃げれないぞ」


 周囲に沸いた土巨人の所為で逃走を邪魔される危険がある。とイナサは言う。最後に俺のダメ押しが入る。


「ギル。俺達友達だろ?」


 ギルは優男の相貌を泣きそうに崩したのだった。

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