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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第二章 クリムゾンリバレート
33/88

06.彼は料理をする

『無いぞ』

「えっ?」

『だからアップデートで満腹度の導入は無い。公式回答済みだ』


 俺は『悠久庭園(パーペチュアルガーデン)』に向かいながらイナサと通話していたのだが、アップデートの話になった時にあっさりと否定される。

 イナサが回答部分のスクリーンショットを送ってくれたので確認するとしっかりと明言してあるのが読み取れる。またその理由を読んだ俺はイナサに問いかける。


「……ご飯食べなくなる事ってあるのか?」

『さあ。でも懸念されるって事はその可能性があるんだろ。ゲームには一種の中毒性があるからゲームで食べたから現実はいらないとか感じるやつもいるんじゃないか?仮想空間だから特にその傾向は顕著になるかもな』

「……俺には分かんないな」

『掲示板では体に異常があったら強制ログアウトするようにシステムされているから、その異常感知の弊害にもなるから導入しないなんて意見もあるな』

「それは深読みしすぎじゃないかな」

『ま、とにかくアプデで満腹度はないぞ。それでも鍛えるんだろ?』


 ほぼ完全に無駄スキルと化した【料理】だが、それでもイナサは俺が鍛える事を疑っていないようだ。

 イナサが俺をどんな風に見ているのか疑問に思いつつ、それが間違っていないのが微妙に納得いかない。


「何の為に【料理】スキルはあるんだろ……」

『俺の個人的な意見だがな。【料理】は必須じゃないが無駄ではないと思うぞ。いやこの《Unlimited Online》をより顕著に象徴するスキルだとさえ言える』

「……」

『このゲームはやりたい事が何でも出来るのがウリだろ。やりたい事ってのは現実では出来ない事とほぼ同意だと俺は解釈している』


 現実の環境でなかなか釣りに行けない人はこっちで釣りをやって楽しみ、農業をしてみたい人はこっちで【栽培】スキルを育てるといった感じか。


『だからこそ現実で作れない料理を作りたい人にとっては無駄じゃないだろ? それにこのゲームは食材アイテムが多いし味の表現もしっかりしてるからな』


 システム的には目に見える形でのプラスはないが、それでもそれを望む人にとっては有用なスキルなのだ。だからこそ料理に関するシステム面も戦闘関連ではなく味や匂い関係に傾倒するのは当然だと言える。

 ファンタジーだからこそ戦闘スキルが目立つのは仕方ないが、それでも【料理】スキルは無駄ではない。とイナサは言い切った。


「……案外それが理由かも」

『何がだ?』

「満腹度が導入されない理由」

『……ああ』


 システム的に料理を強制させる気は運営には無いのだろう。スタンスとしては料理やりたければどうぞ。食べたければどうぞ。みたいな感じだろうか。現実の嗜好品みたいなものか。


『もしかしたら満腹度はないが、一時的なステータスアップはあるかもな』

「無くても良いがあったらラッキー、みたいな」

『そそ。ゲームバランス的にもそれ位無いと不憫スキルだからな』

「食材もタダではないからなー」


 料理だってタダでは作れない。いくら趣味でやっているにしても、環境が厳しかったらやる気を削がれるだろうから、何かしらのメリットがあってもいいだろう。


『タダといえば料理はNPCには人気だぞ。だから料理作る気があるならNPCに売ればいいんじゃないか?』

「おーまじかー」

『マジマジ。調理施設とかはNPCのお店に行ってお金出せば貸してくれるらしい』

「……まじかー」

『ま、頑張れ。上達したら食べさせてくれよ』

「お前に食べさせるならくーちゃんに食べさせるわ」

『あっはっは。じゃあな!』


 そう聞こえるのと同時にイナサとの通信が切れる。

 俺は首を軽く左右に振ると『悠久庭園』に急ぐのだった。






「応援。私も料理は楽しみにしている」

「……ん。んー」


 俺は採集と戦闘、リューネは木登りの休憩として大樹の木陰に座っている。

 彼女に料理について話したらそんな事を返された。俺はとりあえず言葉を濁して返答を渋っておく。

 イナサにしても彼女にしても別に断る理由はないのだが、あまり期待はしないで欲しい。

 俺は期待とは最も程遠い人間なんだから。俺に期待する変人は師匠ぐらいで充分だ。


(師匠か。どうしてるのかなー)


 俺の知らない所で武勇伝を作っているのは間違いない。師匠はかなり変わっているから。


 変わっているといえば、リューネとは昨日初めて話したが彼女も少し変わっている。

 まず一つ目は無表情なのだ。俺は相手の感情の差異などを読み取るのがまあまあ得意なのだが、それでも彼女の表情の変化は何となくしか分からない。

 俺も無表情とか目が死んでるとか良く言われるが、それでも愛想笑いを浮かべたりや面倒臭そうな反応をきちんと返している。


(俺は感情を隠しているのに対して、リューネは感情が希薄なのかなー。もしくは表現が苦手とか)


 昨日今日で人の事など理解出来ない。俺は思考を放棄する。

 俺は視線を下に落としてくちはに蜂蜜つきパンを与える作業に戻る。時折花畑を駆ける風が幾枚かの花びらを空へ攫っていく。

 ぼんやりとその様子を目で追っていると横合いのリューネが静かに声を投げかけてくる。


「質問。そうするとリクはこれから『シエスタ』に行くの?」

「ん? 何で『シエスタ』が出てくるの?」


 俺は行き成り会話に出てきた港町に驚き問い返す。

 リューネは暫し目を閉じて黙考するとその真紅の瞳をこちらに向ける。


「説明。私は各地を回って踊りを見せている旅芸人。勿論『シエスタ』でも芸をした事がある。その時にあるクエストを聞いた」

「クエスト?」

「肯定。それは料理関連のクエストだった。だからリクもそれを受けるのかと思った」

「……出来れば内容を教えて欲しい」

「了承。内容は――」


 一度首を縦に振ったリューネはぴたりと台詞を途中で止めると、その無表情な表情を気付かないくらい僅かに悪戯っぽい笑みにすると首を横に振る。


「拒否。教えるには条件有り」

「……条件って?」

「要求。料理が上手くなったら一度食べさせて欲しい」

「……分かった。善処します」

「うん。頑張って」


 嬉しそうにそう言われたら尚更断る事など出来ず、俺は肩を竦めて溜息をつくことしか出来ないのだった。






 港町『シエスタ』。

 迷路のように立ち並ぶ白亜の家々と白いタイルの敷き詰められたその町は小高い丘を越えた先にあり、今俺が立っている丘からは町全体とその先に広がる青い海が一望できる。

 俺とくちははその風景を心行く迄堪能した後、潮風の薫る町へと足を踏み入れる。


 丘で見下ろした時にも思ったが、実際に歩いてみると道幅の細さと多方向に枝分かれした分岐は迷路を思わせる。

 小道の傍を通る度にその脇道に逸れたくなる好奇心を抑えながら俺はリューネに教えて貰った酒場に急ぐ。

 港に向かって緩やかに下る坂道を歩き、海からの潮風を胸に吸い込む。その時に現実なら潮で悲惨な結果になるだろうなと無粋な想いを抱き苦笑する。


 迷いやすい道と土地勘が無いので地元の子供NPCに道を尋ねつつ俺は目的地である『青き海猫亭』に辿り着いた。

 ここまで案内してくれた優しい男の子にお礼を言って別れ、俺は鐘を鳴らして店内へと入っていく。

 カウンターの奥で作業をしていた恰幅の良い女性が顔を上げる。店内に入ってきた俺に少し驚きながらも彼女はこちらに言葉を投げる。


「……申し訳ないが開店まではまだ時間があるよ。少し出直してくれないかい」

「準備中にすみません。けれども俺は客ではありません。実はこちらで働かせていただきたくて参りました」

「あんたがかい?」

「はい」


 恰幅の良い女性――十中八九この店の主人で間違いないだろうが、彼女は俺の返事に先程よりも瞠目する。

 店主のそのまま考え込みそうな雰囲気を察して俺は更に言葉を重ねる。


「不躾なお願いだとは重々承知していますがどうかお願いします」

「ここはただの町酒場だよ。一体何でこんな所で働きたいのさ?」

「ここは水夫に人気のご飯の美味しいお店だと聞きました。ですので自分の料理の腕をついでに上げたいのです」

「そういう事かい。……分かった! ビシバシこき使うからそのつもりでいるんだよ」

「ありがとうございます女将さん」


 俺がそう言うと軽い電子音と共に≪クエスト:『海猫亭の味』が発生しました≫というシステムメッセージが目の前に表示される。

 実のところクエストを受けるだけなら先程までの俺のような遠まわしな会話は必要ないのだが、RPGというのはこういったRP(ロールプレイ)をするのも楽しみの一つである。


 手招きをする女将に連れられて俺は酒屋の厨房へと足を踏み込む。

 置いてある調味料やお酒、手入れのされた調理器具を眺める。フロア同様に厨房も掃除が行き届いており、立派とは言えないが清潔感のある雰囲気である。

 【鑑定】でそれらを順々に見ていった俺は磨き上げられた調理場で固まる。


 Name:海猫亭のキッチン  Category:家具

 ★★★★★

 ある青年が恩人である海猫亭の夫妻に送った代物。夫妻の為を思い子供からお年寄りまで誰でも使い易いように工夫が施されている。伝説の家具職人『ガル・ブラックテイル』の最初の作品。



(何だこれー!)


 俺が唖然として調理場を指差しながら女将さんに尋ねる。ちなみにオブジェクトの詳細を調べたらこのキッチンには【料理】+10とか馬鹿げた能力があるようだ。本当に何だこれ。


「あの。これは……」

「ん? ああ。これは若い頃に行き倒れていた冒険者を助けた事があってね。その時にちょいと騒動があって、その結果厨房が丸まる壊れちまってさ。そしたらその若いのが作ってくれたんだよ。いやー元気にしてるといいけどね!」

「そ、そうですね。元気だといいですねー」

「あっはっは! またどこかで行き倒れてなきゃいいけどねッ! さあ、あんた。早速料理をやってみようかいッ!」

「……はい」


 行き倒れ所か生ける伝説になっているが、この様子だと女将さんは知らないのだろう。

 俺は黙して語らず、彼女の指示に従うのだった。

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