04.彼は花畑に向かう
「――という訳で今日から『悠久庭園』に行く感じかなー」
「そっか。おめでとう武器出来たんだね!」
「……ん。ありがと」
俺は大噴水に腰掛けながらユキトとハルに今後の予定を話す。
俺の武器の完成を聞いたユキトは自分の事のように喜んでくれる。俺はそれが照れくさくて左隣に座る彼から視線を泳がせる。
俺の右隣に座るハルが右手で朽葉を撫でながら、空いている手で俺の腰の辺りを指差す。
「リクー。これがその武器なのー?」
「そう」
「何て名前なのー?」
「『涼鳴』」
俺は短刀を鞘から取り出しその白い刀身を陽光に晒す。
Name:涼鳴 Category:双短刀
★★★
水蛇竜の鰭から作られた一対の短刀。薄氷の如き見た目通り、切れ味は鋭く容易に対象を斬り裂く。また秘められていた水蛇竜の力が発現しており、傷跡に張り付いた霜が傷の治りを妨げる。
更にウィンドウを操作して武器詳細画面を開く。
Name:涼鳴
ATK :105 要求スキル:【短剣】Lv5
Effect:氷属性攻撃【微】
耐久値:100/100
「強さとか見てくれるとありがたい」
「いいよー」
「僕も大丈夫だよ」
俺は持っていた涼鳴をハルに渡し、もう一本を抜きユキトに渡す。
ハルは俺がしたように光に翳したりして綺麗だねーとかのんびり言い、ユキトはじっと刀身を見つめて調べる。先に口を開いたのはユキトで、彼は明るい声で俺に言う。
「攻撃力はなかなかだと思うよ。要求値も最低値だから便利だし何より属性攻撃付きはいいね」
「……属性付きは珍しい?」
「そこそこかな。でもあって困るものじゃないからいいと思うよ。『悠久庭園』のモンスターは炎が弱点だけど氷に耐性があるわけじゃないから大丈夫」
「ふむ」
ユキトの情報を聞いて俺は若干気落ちする。ウィンドウを読んだ時に嬉しかったのに属性は珍しくないのか。でも今の俺にしたら充分すぎる武器だから大切に使おうと思う。
「でもこの武器名前通り脆いねー」
「脆い?」
「だってレア度三の短刀ならこれの二倍以上は耐久値あるよー。やっぱり薄くて氷みたいだからかな?」
仄かに蒼いんだねーとハルは涼鳴に見蕩れる。
「そうか。じゃあ消滅させないようにしないとなー」
「リク、何言ってるんだい? レア度三の武具は消滅しないよ?」
「そーなの?」
「壊れはするけど鍛冶屋で直せるよ。壊れて消滅するのはレア度二以下の下級武具だけだよ」
「NPCの店売り武器ばっか使ってたから知らなかった」
「ホント無頓着というか何と言うか……」
ユキトが呆れてこちらを見る。情けなくなるからその目はやめてください。
俺はユキトとハルが返してくる短刀を受け取りながらお礼を述べる。まだまだ勉強不足のようだ。
ダンジョン攻略に行くという二人を見送り、俺は南門へ足を向ける。
歩きながら俺はそういえば二人とフレンド交換していない事に遅まきながら気付く。
(ま、明日も会うからいいかなー)
俺は楽観的に考えながらNPCの食品店へ寄り道する。
寄り道の理由は『悠久庭園』の蜂Mobが蜂蜜をドロップするというのを教えてもらっていたからだ。
それを聞いた俺は折角なら綺麗な景色を眺めながら食事をしてみようと思ったのだ。
「このパンくださいー」
「ありがとうございます。全部で180フィルになります」
「……うぐっ。どうぞ」
NPC店員の元気な声を背に受けながら俺はお店を後にする。俺からは見えないがきっと俺の背中は残金20フィルの所為で煤けて見えているだろう。
そもそも『Unlimited Online』は満腹値が実装されていないので食事の重要度は極めて低い。そんなゲーム背景がありながら、俺が少ないお金で食材を買ったのにはある理由がある。
(くーちゃんが蛟肉を食べて新しいスキルを獲得したからなー)
俺はくちはが【氷華】を発現するに至った経緯を思い出す。もしかしたらペットは食事で強くなるのかもしれない。勿論それはくちは限定の可能性もあるが。
(まあ一番の理由は幸せそうに食事するくーちゃんを見てると俺も幸せだからだけどなー!)
結局の所そこに行き着く思考に俺は何の疑問を抱かず、立派な南門を通って俺はフィールドに出たのだった。
『悠久庭園』。
最初の街『アルスティナ』の南部に広がる花畑フィールドで、ポップする敵は虫系Mobが多数で植物系Mobは存在しない。何と言っても特色は一面を覆う色鮮やかな花々で季節によって咲く花の種類は異なる。
また『アルスティナ』と港町『シエスタ』の間に位置しているので二つの町を結ぶ街道は『悠久庭園』に沿うように作られていて、道を行き交う人々から観光地に近い扱いを受けている。
俺も街道から天に向かって咲き誇る向日葵群を感慨深く眺めた後、フィールドに足を踏み入れる。
自分の身長よりも高い向日葵を掻き分ける。
俺の【索敵】ではモンスターの気配は無いが、初めての場所なのでいつモンスターが襲ってきてもいいように武器を抜いて警戒しておく。
無事に向日葵群を抜けて視界が開ける。
俺の目に映るのは広がる花々とその中央に聳える一本の大樹とフィールドをせわしなく飛び回る中型の蝶や蜂である。
「すごー」
「きゅー!きゅー!」
遠目からでも分かる樹の大きさに俺達がわくわくして目を輝かせていると近くで蜜集めをしていた蜂型Mob『鈍蜂』がこちらに気付き距離を詰めてくる。
詰めてくる勢いそのままで体当たりをしてきたブラントビーを『涼鳴』で受け止める。景色に魅入っていたので回避が出来ないのでそうしたが、【短剣】の低い俺だと全ての衝撃を防げずに数ドットHPが削れる。
「くーちゃん。《雷華》準備して」
「きゅっ!」
一旦距離を取りくちはに指示する。俺の取った距離を埋めるようにまた鈍蜂が翅を震わせて突進してくるが、今度は冷静に回避して硬直中の鈍蜂に攻撃を入れる。
振るった短刀が鈍蜂の表皮を切り裂く。豆腐よりも抵抗ないその切れ味を手に感じながら、俺は更に短刀でブラントビーに傷跡を刻み付ける。
鈍蜂の蠢くような身動ぎをバックステップで回避する。体勢を整えた蜂が硬質な大顎を不気味に鳴らしてこちらを威嚇する。反撃を受けてご立腹らしい。
俺が蜂の二割弱減少したHPバーを確認していると蜂が三度突進してくる。
俺はその愚直な攻撃に正面からぶつかるようにして駆け出す。
「《雷華》」
「きゅわぅ!」
放たれた雷球とブラントビーが空中で衝突する。カウンターで雷華を受けた鈍蜂は勢いを失い一mある体をよろめかせる。
肉薄した俺が蜂の首筋に向けて武器を振るう。円弧を描いて首筋に吸い込まれる白き閃きは二つ。どちらもしっかりヒットしてHPバーを一ドットも残さず減少させる。
ポリゴン片と化す鈍蜂をぼんやり見下ろしながら俺はぽつりと洩らす。
「……一対一なら余裕だなー」
「きゅっ!」
そんな俺の独り言に律儀に返答してくれたくちはに俺は微かに微笑み、ばれないように二匹の蜂との距離を詰める。
遠距離からの雷華で不意打ちして怯んでいる隙に俺が切り刻む。先程の戦闘の経験から、敵の体の継ぎ目が弱点だと睨んでいる。頭部と胸部、胸部と腹部の二箇所の継ぎ目を連続して斬り払う。
クリティカルでダメージが入ったらしく元々雷華で減っていたHPが全て消し飛ぶ。近くにいた二匹目の攻撃を武器で受け流す。後は初戦闘のように二匹目も片付ける。
「楽勝だなー」
俺は意気揚々と花畑を歩いていく。
目指すのはとりあえず大樹。花畑で一際存在感を放つそれの事が俺はどうしても気になる。
それにゲーム内季節は夏なので日差しが強い。『モコモ綿花』を探すにしても大きな陰を作る大樹の傍は何かと便利だろう。
そんな事を考えていた俺の眼前に蜂の群れが現れる。
「……うっわー」
俺は合計五匹の蜂に思わず顔を引き攣らす。しかも一匹だけ大きい蜂がいるから更に警戒心が募る。
鈍蜂の二倍の体格を誇り、鈍蜂にはない立派な針をお尻に持つ『そいつ』は動いていた体をぴたりと止めこちらに振り向く。
複眼相手に言うのも変な話だが視線が合った気がする。お互いの距離はまだ二十mはあるにも関わらず相手に見つかった事に驚愕していると『そいつ』は強靭な顎を目一杯開いているのを捉える。
(やばい!)
「ギギィィィィィィィッ!!」
総毛立つ思いに駆られた俺は慌てて踵を返しダッシュする。そんな俺の背中を叩くように『そいつ』の鳴き声が大気を震わせる。
自分の持てる力の限り俺は走り、その場を脱兎の如く離脱するのだった。
「こわっ。蜂こわっ」
追いかけてきていた先程の集団から逃れついでに大樹からも遠退いた俺は、人間の本能に直接訴えてくるようなあの不協和音を思い出して割りと本気で戦慄する。
一際大きかった蜂もそうだが複数いた鈍蜂も厄介だ。やはり一人と一匹では『悠久庭園』は荷が重いかなー。と俺は考えていたがふと《氷華》の存在を思い出す。
「諦めるのは全部試してからだよなー」
俺は一つ頷くと周囲を見渡して一匹だけの敵Mobを探す。都合のいい事にブラントビーが直ぐ近くで見つかる。
俺は周りに他のMobがいないか確認して増援の可能性を無くすと、俺はブラントビーの索敵ぎりぎりからくちはに指示する。
「くーちゃん。《氷華》」
「くぅっ!」
瞳を蒼く染めたくちはが咆えると鈍蜂を中心とした直径三mの円状範囲の地面が青く輝く。
気付いた蜂が円の範囲から逃げようとするが、それよりも早く大気が凍りつき、一瞬にして一輪の氷の花が咲く。
飛んでいたブラントビーをも取り込んで咲いた巨大な花が彼岸花だと俺が気付いたのは、氷彫刻が一瞬煌きの後に粉々に砕け散って空気に溶けた後である。
ちなみに鈍蜂は花に取り込まれた時点で命を落としており、氷と一緒に砕けて消滅している。
「綺麗な魔術だったなー」
(《氷華》は位置指定型の範囲魔術。攻撃範囲は氷塊部。不明点は発動位置の指定域と攻撃範囲の拡大・縮小が可能かどうか。威力と発動速度は申し分ない。ネックの部分は燃費かなー)
俺はくちはのステータス画面を開き、最大MPの二割弱を消費しているのと《雷華》と比べると圧倒的に長い再使用可能時間を見る。
(ま、覚えたてのスキルだからこんなものか。今は数戦毎に使う分には問題ないかなー)
「お疲れくーちゃん」
「きゅぅ」
スキルの今後の成長に期待しておこう。
大樹に行くのは一旦諦めて、街道近くでMobの特徴を捉える事にする。敵は流石に街道まで追ってこないだろうから、危なくなったら街道に逃げればいい。
大群を避けてならば無理矢理進めない事はないが焦ってリスクを冒す必要はない。じっくりと情報を集めるのが先決だ。
視認出来て戦っていないのは大きい蜂と蝶のMobなので、そのどちらかが一匹で居ないかを探す。
見晴らしがいい事とフィールドの特徴からか幾つかのモンスター群は直ぐに認識できるが、中々条件にあった敵がいない。
(ここは他のフィールドと比べてMobの同位置ポップ数が多いなー。花畑だから蜜に集まってるイメージ)
妥協して蝶型Mob『浮遊蝶』を二匹相手する。
一匹目は遠距離からの《雷華》と『涼鳴』の二閃で落とす。
《雷華》よりも短刀によるダメージの方が通ったので浮遊蝶は魔法防御が物理防御よりも高いようだ。それに鈍蜂よりも少ない手数で倒せたのでHPが低いのかもしれない。
二匹目の浮遊蝶が翡翠色の魔法陣を展開すると攻撃を放った体勢の俺に魔法を打ってくる。
動けない俺に空気の塊――大気魔術の『エアロ』がぶつかる。
咄嗟に短刀で防御したが軽減できた手ごたえはない。武器では魔術を軽減するのは難しいのかもしれない。
三割減った自分のHPバーを視界の端に捉えつつ俺は浮遊蝶の懐に潜り込む。そして潜り込んだ勢いを活かして蝶を下段から斬り上げる。
蝶は空中を漂うように身を動かして俺の白刃を紙一重で避ける。
俺はそれに目を大きく見開きながらすぐさまもう一方の短刀を振るうと、二撃目はさすがに避けれなかったのか、蝶の体に一筋の傷跡が刻まれる。
苦しげに身を捩る浮遊蝶の背後に回ると俺は翅の付け根に刃を走らせ断ち切る。
部位破損により空気に溶けていく四枚の翅には目もくれず、俺は無残に地面に落ちる蝶に止めを刺す。
「……ふう」
浮遊蝶がポリゴン結晶となり粉々に溶けていくのを見て、俺は詰めていた息を静かに吐き出す。
「魔法は厄介だな」
俺は周囲を警戒しながらHP回復ポーションを一つ服用する。ついでに在庫を確認するとHPポーションは残り五本。解毒薬は二本。ソロだからこの二倍以上は常備したいが貧乏は辛い。
アイテム欄を見ていた俺は蛟戦で手に入れた『蒼宝玉』が残っているのに気付いた。
(いざとなったらこれを売るかな)
蒼宝玉は魔法関係の装備に使えると教えてもらったが、生憎俺は魔法を伸ばす気はない。
俺には才能がないらしく上手く使いこなせないのだ。勿論ゲームなのだからシステムの補助のあるしスキルを伸ばせばどんな種類や威力の魔法も使える。
しかし使えるのと使いこなすのは別の話だ。単純な話プレイヤースキルが全く無い。
「そういえば師匠との修行中もこんな話になったな」
一匹、もしくは二匹のMobを見つけては倒しきながらそう呟く。
『りっくんはこういった戦闘スキルは平凡だよね!』とは師匠の言。言われた時は仮にも弟子に言う台詞かと思ったが、今は彼女が正しいと実感している。
事実彼女に教えてもらった戦闘技術で俺が習得できたのは『特攻相殺』だけで、他の『特魔相殺』――魔術の発生そのものを打ち消す技などは真似事すら出来ない。
「……やっぱあの人チートだわー」
「きゅ?」
俺の溜息混じりの愚痴にくちはが首を傾げるのだった。




