03.彼は刃を手に入れる
訓練場を出て街路を進む俺はガイルのお店に急いでいる。
メールはガイルからのもので内容は頼んでいた武器作成についてだった。確か知り合いの武器専門の鍛冶屋にお願いするとか言っていたはずだ。
<頼まれていた短剣が完成した。最終調整の為に店まで来てくれ>
そう書かれたメールを読み俺は気分が高揚するのを抑えきれない。自然と足は速くなり気持ちが先行する。
俺だって一人のゲーマーなのだ。新しい武器が出来て嬉しくないはずが無い。
腕に抱える朽葉を優しく腕に抱きしめ、俺はガイルのお店《ガハード防具店》のおしゃれなガラス扉を開ける。
「……おっちゃん来たよー」
「いらっしゃいませ」
俺が店内に入るとカウンターの向こうの美しい女性が頭を下げてくる。
女性に視線を合わせると、彼女の頭上に『???』と書かれている緑色のウィンドウが現れる。緑色のネームウィンドウは対象がNPCである証であり、これはつまり彼女がNPCであることを表している。
俺はカウンターの前に立つと美人さんに挨拶をする。
「こんちはー。俺はリクって言います」
「こんにちは。リク様ですね。話は店主から窺っておりますので店の奥にどうぞ」
彼女はすっと手を水平に構えてカウンター近くの扉を示す。丁寧かつ柔らかい物腰の彼女の対応に俺は心中で好感を持つ。
「……ありがとうございます。失礼ですが貴女のお名前を窺ってもいいですか?」
「私の名前ですね。私はミーシャと言います」
「ミーシャさんですね。これからよろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いしますリク様」
にこりと大人の笑顔を浮かべるミーシャのネームウィンドウに彼女の名前が表示される。
街娘の格好をしたミーシャの横を通りすぎて俺は店の奥に向かう。すれ違いざまに彼女が大人びた笑みを寄越してきた。美人の笑顔って癒される。
店の奥は工房になっていた。生産職どころか戦闘職とも呼べない俺には置いてある道具や武具がまったく理解できないがそれでも心が沸き立つ感覚に陥る。
工房とは一種の小さなダンジョンだと思う。一つとして同じ物のない、持ち主自身の色に染める事の出来る空間。その自分の領域を活用しての未知の製作。
俺は生産職プレイヤーの工房を訪れるたびに、彼らが生産を志す理由の鱗片に触れた気分になる。
「おう! リクこっちだっ!!」
周りに目を奪われていた俺はガイルの野太い声で我に返り、彼の居るがっしりとしたテーブルに向かう。
そこにはガイル以外に白い髭を蓄えた初老の男性がいた。年齢は五十代程に見え身長はやや小さめだと思う。ぎりぎり160cmに足りない俺よりも小さいように見えるが座っているので確信が持てない。
確かこのゲームは違和感が生じない程度には身長が弄れたはずだから現実では俺よりも高いかもしれない。もう少し早くその事を知っていたら身長をかさ増ししていたのに。別に気にしていないけど。いや本当に気にしてないけど。
このゲームはその特性上人気が若い層に集中し、彼のような高齢のプレイヤーは珍しくなる。それに頑固ドワーフを連想させる出で立ちや鋭い眼光や眉間の皺がとてもプレイヤーとは思えない。俺が思わず彼を凝視していると彼は鼻を鳴らし、
「いくらワシを見ても緑のネームウィンドウは出んゾ」
「……え、あ。じろじろ見てすみません。俺はリクです」
「…………ふん、ジグじゃ。お前さんが依頼主じゃナ。……これがそのブツじゃ」
ジグさんはテーブルに二振りの短刀を置く。俺はジグに目だけで了承を得ると白木鞘に納まった刀身を外気に晒す。
鞘だけでなく刀身も白い。刃の部分は染み一つ無い目の眩みそうな白で、峰の部分はわずかに藍色を帯ており、光に晒すと刀身全体が微かに蒼い光を煌かせる。
刀身の厚みは薄く長さは約20cmぐらいだろう。材質の関係もあるのだろうがその所為かやたらと軽く感じる。
「……少し振ってみても?」
「振るとエエ。その為の最終調整じゃ」
「ん」
俺はジグの言葉に頷き軽く短刀を振るう。空間に描かれる幾つもの白い軌跡にジグが僅かに目を見開き俺に満足げに笑いかける。
「お前さん。装備には無頓着の割に腕のほうはそこそこあるようじゃな」
「……まだ修行中ですよ」
調整の必要がないくらい扱いやすいし違和感が無い。この初老の男性は鍛冶師としてかなりの腕を持っているに違いない。俺は手に馴染む短刀の感触を感じながら感謝に気持ちを言葉に変える。
「……ありがとうジグさん。これはいいものだ」
「ふん。素材が良かったからのウ。もしメンテナンスが必要なら『ガンフォルド』にあるワシの工房へくるとエエ」
「そうさせていただきます」
「良かったなリク」
「……んっ」
俺は新品の武器が嬉しくて二刀を手に握り締め素振りをしていく。時折蹴りや肘鉄も織り交ぜて体を動かす。まるで新しいおもちゃを買って貰った子供のように無邪気な様子の俺に今まで俺達のやり取りを見守っていたガイルが苦笑している。
俺の素振りを見ていたジグが眉間に皺を寄せ俺に問うてくる。
「お前さんは体術も使うんじゃな。だが今のままではあまりお勧め出来んゾ」
「え、どうしてですか?」
俺が聞き返すとジグはガイルに視線を寄越し、白髭を蓄えた顎の動きでガイルに話を振る。
ガイルは一つ頷き俺に説明を始める。
「体術は魔物と接触するから防具の耐久が減るし、魔物によっては接触しただけでダメージを受けるからな。お前の初期装備だと直ぐ壊れると思うぞ」
「……こっちからの攻撃なのにか」
「武器も耐久減るだろ。それに防具は元々守るもので打撃の道具じゃねえから用途外の使用をしたら余計に耐久が減るのは当たり前だ。――初期装備は特に消費が激しいから大抵のプレイヤーは直ぐに買い換えるんだがな」
「防具か……」
「お前さん、腕に見合った武具を装備するのも大事じゃゾ」
先輩二人に諭されて俺は悩む。俺も蛟戦で自分の紙耐久を実感しているし何とかしたい思いもある。しかし問題がある。
「素材ないなー。武器作ったからお金もないなー」
「別に初期よりいい性能程度ならそんなに出費はかからないぜ?」
俺はウィンドウを開いて確認する。おおう。
「……全財産200フィル。たすけて」
「リクお前って奴は……。まあ特訓してたらしいからな」
「残り80フィル……」
「ジュース飲んでんじゃねーよハゲ」
「お前さんたちは真面目に話す気はないんカッ!?」
ジグの野太い突っ込みが工房に響く。重々反省した俺はテーブルを挟んで向かいにどっしり座るガイルに確認する。
「なあ、おっちゃん。もし素材持込したらその分安くなるよな?」
「あん? そうだがどうした?」
「折角新武器が手に入ったし試運転がてらどっかで材料を集めようかなーと」
「それが現実的じゃろ。ついでにお金も稼げるからのオ。ガイルよ。どこか良い所は無いんか? 防具関係はお前さんの方が詳しいじゃろウ」
ジグの言葉に合わせて俺もガイルに軽く頭を下げて頼む。
ガイルは厳つい顔をさらに威圧的にして考え込む。別に怒っているわけではない。
「そうだな……。リクは確か【軽装】を伸ばしてるんだったな?」
「うん」
「候補はいくつか思い当たるから、後はお前の要望はないのか?」
「……要望?」
「こんな防具が欲しいとかだ」
「んー……」
いきなりの事に唸る俺がふと視線を下げると、俺の腕の中でこちらを見上げるくちはと目が合う。目と目が逢う瞬間好きだと気付いたわけでは無いが浮かんだアイデアはある。それに目と目が逢う以前からくちはの事は大好きですし。
「くーちゃんいるから毛皮とかの動物製の皮装備は止めておきたいかなー。それ以外なら大丈夫」
「大雑把な意見だな。……『クレア湖』周辺を回れる実力があるならスピデル洞穴がいいだろうな。あそこの蜘蛛Mobがドロップする糸はいい素材になるぞ」
「ごめん無理」
俺は即座に首を振る。俺の即答にガイルは眉間に皺を寄せて怪訝な表情を浮かべる。
俺はくちはを頭の上に置き、空いた両手を体の前で拒絶するように振ると言葉を続ける。
「……蜘蛛とかマジ無理勘弁です」
「あー、そういう事か。でもゲームだから別に大丈夫じゃないか?」
あくまで敵がポリゴンである事を主張するガイルだが俺にとっては現実の蜘蛛となんら変わり無い。むしろMobなのだから体格もそれ相当の大きさに調整されているだろうし当然攻撃のためにプレイヤーに飛び掛ってくるだろう。
現実では全開にした窓から蜘蛛を逃がす事しか出来ないへたれな俺は、想像しただけで身の毛がよだつ光景を頭を振って消す。
「……やっぱ無理。すまん」
「そうか。そうなると少しレベルの低い所しか近場にはないな」
「そっかー」
俺の我が儘が原因だとはいえ残念な事には違いない。とりあえずのつなぎとしての防具を作って貰う事にしよう。
そう決めて俺が口を開く前にジグが立派な顎鬚を撫でつけながら俺に尋ねてくる。
「小僧。お前さんは【採集】のレベルはどのくらいじゃ?」
「え? 確か13くらいかなー」
「ふむ。ぎりぎりといった所かのう。――『悠久庭園』を知っておるか?」
俺が首を振って否定するとジグが説明してくれる。
『悠久庭園』は始まりの街『アルスティナ』とその南部にある港町『シエスタ』を結ぶ街道の中間付近に存在する。
一面の大地を花の絨毯が覆うフィールドであり、その名の通り四季を通して色鮮やかに咲き誇る花々を楽しむ事が出来る。虫系モンスターが大量に沸くので眺める余裕があるのかは個々の力量に依る所があるらしい。
「そこで『モコモ綿花』というそこそこ優秀な防具素材が採れるゾイ」
「ほー」
「長老。俺もその場所は考えたが、あそこはMobの沸きが早いからソロだと辛いだろ」
ガイルの中では俺はぼっち認定されているようだ。非難を込めてガイルに視線を送ると、彼は慌てて手を振り釈明する。
「『悠久庭園』は効率がいい稼ぎ場じゃないから人気がないんだよ。だからお前のフレも渋ると思うし、そんな場所にフレを連れ回すのはお前も気が引けるだろう?」
「妹が俺とゲームしたがってたから騙して連れて行けば……」
「お前最低だな!?」
「冗談だよー」
俺は肩を竦めてガイルの批判を受け流しつつ、もし行ってみて綺麗ならコハネと風景をゆっくり眺めるのも有りだと考える。美しい風景と可愛い妹。完璧だな。
ジグが呆れながら俺の頭上――正確にはそこで脱力してぐでっと寝そべるくちはを指差しながら、
「小僧はテイマーじゃろうから手数は何とかなるじゃろウ。そんなに距離があるわけではないから試しに行ってみるとエエ」
「……長老の言う通りにしてみようかなー」
「小僧までワシを長老扱いしおってからに。……まあエエがのう」
「話は纏まったみたいだな」
ガイルが苦笑して話を締める。俺は改めて二人に御礼を言うと返答はジジイのツンデレで何となくくすっとしてしまった。
情報交換という名の雑談をする。訓練場で逢ったギルが『武帝』と呼ばれている事や鉱山麓町『ガンフォルド』近くの火山のレアドロップ鉱石の事と話は流れ、今はガイルのお店の話題へと移っている。
「……遅れたが開店おめでとう」
「おう!ありがとよリク。つっても開店からまだ三日しか経ってねえけどな」
「ガイルよ、一城の主なんじゃからもっと誇るとエエ。店を持つ事は生産職の夢の一つじゃからな」
「長老……。そうだな。これからがスタートだから頑張れねえとなっ!!」
「うむ。その意気じゃ」
「……長老も店持ち?」
「小僧、『ガンフォルド』に工房があると言ったじゃろうが……」
俺は持っていた湯飲みを置くとポンと手を付いて納得する。そういえば言ってた気がする。
「……それじゃあ長老もNPC雇ってる?」
「うむ。店番を任せておる。他には簡単な買い物もしてくれるゾ」
「AIすごいなー」
「まあここのように美人ではないがのウ」
「ぶぅっ!!」
ガイルが飲んでいたお茶を吹き出す。汚いなあとジト目で彼を見ると何を勘違いしたのか弁明を始めてきた。
「ち、ちげえからな!た、偶々雇えるNPC探してたら彼女がいてよ!ほ、ほら俺は顔が少し恐い方だから丁度良いかなって思ってよっ。バランスってーのか――」
「……少し?」
「そこに食いつくのかよ!」
「……綺麗なNPCに釣られたら強面の男が奥から出てくるとかってどんないかがわしい店だよー」
「ただの防具屋だからなッ!?」
「ふっ、ガイルよ。恥ずかしがる事は無いゾ」
「長老までっ!?」
長老と二人でガイルを弄っていると軽い足音と共に落ち着いた声が俺達をやんわりと仲裁する。
「ジグ様。リク様。店長。よろしければお飲み物のおかわりはいかがですか?」
「み、ミーシャ。……頼む」
大人の笑みを浮かべたミーシャに俺達は毒気を抜かれ黙って頷く事しか出来ない。ミーシャは一層笑みを濃くすると丁寧な手つきでお茶を注いでいく。
和むような癒されるような雰囲気となった俺達は彼女の注いだお茶をまったりと味わう。
全員にお茶を注ぎ終えたミーシャはガイルの後ろでずっと控えていたが、美味しそうにお茶を飲む俺達を嬉しそうに眺めながら問うてくる。
「もしよろしければどんなお話をしていたのか聞いてもよろしいですか?」
「この店にミーシャ殿が居て良かったという話じゃよ」
「はい?」
不思議がるミーシャをよそに男共はお互いの顔を一度見合わせると、皆同時に深く頷いたのだった。




