02.彼は彼女の願いを聞き入れる
あらすじ:シスコン
俺は紅羽と並んで通学路を歩く。いつもはこちらが感心するハイテンションの紅羽がぶつぶつ呟き、表情を喜怒哀楽ひっきりなしに変えていく。表情が落ち着いた所を見計らって声を掛ける。
「……どーした?」
艶々した色付きのいい小さな唇を何度か開閉を繰り返し、躊躇いがちに言葉が零れる。
「えっと、お兄ちゃん。……家に帰ったら一緒にゲーム、しない?」
「……ゲーム?」
何で紅羽が俺をゲームに誘うのに口ごもるのか分からない。
「何のゲームなんだ?」
そろそろと紅羽が空を指す。正確には雲一つない青空に浮かぶ飛行船を指している。飛行船から吊された電光掲示板にはあるゲームが宣伝されている。
『フレイヤ社が贈る今年最高の新作VRMMORPG《Unlimited Online》!!ファンタジー世界でアナタだけの楽しみをっ!!本日発売ッ!!』
文字の背景では色鮮やかなファンタジーの世界がスクリーンを埋め尽くす。心躍るスクリーンを眺めながらしかし俺の心は冷えていく。
VRMMORPG。
(なるほどね)
紅羽が渋っていた理由が分かった。俺がVRMMOが『苦手』だから遠慮していたのだろう。
「あ、あのねお兄ちゃんっ! 私と湊さんは実はこのゲームのβ版を一緒にやってたのっ!!」
紅羽はこちらが心配しそうな程早口でまくし立てる。
「湊さんも私もこのゲームにはまって、えとそれで、二人で話し合ってこれならお兄ちゃんも一緒に出来るんじゃないかって話になってっ!! というか私がお兄ちゃんと一緒にやりたいっていうかっ!!」
「紅羽落ち着け落ち着け」
俺は頭一つ低い所にある妹の頭を優しく撫でる。彼女が俺の事を思って誘ってくれているのは言わなくても分かる。
俺は彼女の兄なんだから。
「ごめんお兄ちゃん。ありがとう」
「……うん」
紅羽の様子を確認して撫でていた手を下ろす。
「……詳しいゲームの内容は湊に聞く。だから返事は少し待って貰っていいか?」
「うんっ!!」
紅羽は蕾が綻ぶように綺麗に笑う。
「でも驚いた。前に別のゲームを誘ったときは直ぐに断られたから、今回もそうかなって思ってたのに」
「……んー、まあかなり時間経ってるから大丈夫かなーと」
そっか。と紅羽は一変してスキップを踏みそうな雰囲気で、俺の隣を楽しく歩く。
俺は元に戻った紅羽の様子に、内心安堵の息を吐くのだった。
◇
じゃあねーっ!!と元気よく中等部へと走り去っていく紅羽と、その手に引っ張られる紅羽の友達の稲田ちゃんに軽く手を振り、中等部の隣に立つ高等部へと入る。
階段を登り教室に入る。机の間を通り、すれ違うクラスメイトと挨拶を交わす。
「おう二条! おはよう!」
「…………はよー」
「あら? おはよう二条くん」
「…………はよー」
こんな風に返しながら自分の席に着く。
「おう理紅! おはようさんっ!」
後ろの席から肩を叩きながら赤茶髪の男子生徒が挨拶してくる。
「……はよー」
「お前は本当にぶれねぇな」
俺の親友──磯部 湊は乾いた笑みを浮かべる。
「湊、《unlimited online》について教えてくれ」
「お? 紅羽ちゃんに聞いたのか?」
「……ん」
「俺に任せてくれて良かったんだけどなぁ……」
「……すまん聞こえなかった。なんて言った?」
湊は、こっちの話。と手をひらひらさせる。
「……湊、早くおせーておせーて」
「台詞だけは意欲満々なのに、テンションが伴ってないだけでこんなに怖いとはな」
湊の言葉で棒人間と渾名されていた小学生の頃を思い出す。因みに棒読み人間で棒人間だったと思う。自分でもしっくりきていたが、紅羽が嫌がったので止めてもらった。
「ほれ、公式ページ」
湊が俺にスマホを渡してくる。
「……ん?説明無し?」
「違う。公式見ながらの方が分かりやすいと思ってな」
「……なるほどー」
俺は目線をスマホに落とし、目を走らせる。
「……ん?スキル制か。ステは?」
「一応ある。スキル内に隠しステかあった」
湊の話によるとβテストの時に検証したらしい。
【片手剣】【大剣】などの武器スキルはSTR(筋力)の隠しステが、【ダッシュ】【ジャンプ】などの回避はAGI(素早さ)の隠しステが存在している。
「……ほー」
公式を読み説明を聞いていく内に興味をそそられる。どうやら最初のスキルは覚える必要は無く、全ての基本スキルは既に覚えている状態らしい。
レベルが低い状態だと攻撃が通らなかったり失敗するらしい。だが頑張れば何でも出来る。好きなプレイスタイルで遊べるのがこのゲームの醍醐味らしい。
(まあ、基本スキルだけで相当数あるからなー。全部極めるのは無理だろーなー)
やるならプレイスタイルに合わせて決まったスキルだけ伸ばしていくべきだろう。
俺も一年半前にはVRMMOをやっていた事もあり、こういったゲームはかなり好きである。湊にはそれが分かるのかイケメン顔を笑顔で満たし、
「お、結構食いつきがいいな!」
「……わくわくしてるように見えるか?」
「いんや。傍目の雰囲気は変わってないぞ。ただ親しいやつは分かる位には楽しそうだぜ」
「……ん。そっか」
何か恥ずかしかったので目線をスマホに戻す。
(ふーん。スキルは対応する行動をすれば熟練度が上がって、レベルも上がるのか)
例えば対応した武器で敵を攻撃すればその武器のスキルに経験値が入るし、フィールドのアイテムを収集すれば収集したアイテムに対応した収集スキルに経験値が入る。(薬草類なら採集など)
(スキル制のVRMMOは初めてだが楽しそうだなー)
ゲームは面白そうだし、何よりも──
「……おー、このゲームやるわー」
「理紅、お前わりとあっさり決めたな」
「……んっ、まあな」
湊の言葉に俺は肩を竦めて、紅羽の言葉を思い出す。
『私がお兄ちゃんとやりたいっていうかっ!!』
兄は妹にとことん甘いらしい。