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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第一章 彼は新しい世界に触れる
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22.彼は眷属の為に主を釣る

 トミさんが教えてくれた半島は言われなければ気にも留めないごく平凡なものだった。事実ここ数日湖の周囲を歩き回っていた俺はこんな所がある事自体忘れていた。

 半島の先端付近の位置に腰を下ろした俺に、ナギは立ったまま疑問を呈してくる。


「リクさん。どうしてここに移動したんですか?」

「……あー」


 俺はナギには何の説明をしてないことに今更気付く。長くなると話すのが面倒なので俺はなるべく簡潔になるように心掛けてこれまでの経緯を短く述べる。


「……くーちゃんの為に、主を釣る!」

「また突拍子の無いことを……」


 俺にあきれ返ったナギのジト目が俺に突き刺さる。

 俺はくちはの脇の下から手を差し入れてくちはを抱き上げ、ナギとくちはが向かい合うようして掲げて後ろに隠れる。

 ナギのジト目とくちはの純朴な視線が交差して数秒後、耐え切れなくなったのかついっと彼女は視線を横へ逸らす。


「リクさん。それは卑怯ではないですか……」


 ナギが拗ねて唇を尖らせる。

 俺は調子に乗ってくちはを左右に動かす。固定されていない下半身と尻尾が動きに合わせてぷらーんぷらーんと揺れる。

 するとナギは俺の悪ふざけをみかねて俺の手からくちはを取り上げる。半目で俺を厳しく睨み付け、ナギはくちはを守るようにその胸にきつく抱く。


「くーちゃんが可哀想ですよ」

「……あーうん、すまん」


 今のは俺が悪い。俺は自分の隣を叩きナギに座るように勧める。

 彼女は逡巡した後素直に俺の隣に腰を下ろす。俺がくちはの頭を撫でて再度謝ると、ナギは幾分か身に纏う雰囲気を和らげる。


「私も過剰に反応しすぎましたね。それに当のくーちゃんはいつも通りですしね」


 くちはがその台詞を聞き俺達を見上げてこてんと首を傾ける。俺達の勝手な心配など眼中にない様子のくちはに俺達は顔を見合わせて微笑する。


「くーちゃんはリクさんに似ていますね」


「……俺に?」


 ナギは澄んだ双眸を閉じ白魚のような指を桜色の唇に当てると、少しの間言葉を選ぶと片目を開けて悪戯っぽく笑う。


「穏やかというか呑気ですよね。こうのほほんとしています」

「……のほほん」


 雰囲気が暗いとか無気力だとは言われたことがあったが穏やかというのは初めてだ。

 もし彼女の言う通りならそれは《Unlimited Online》を始めて――更に言うならくちはに出会ってからだと思う。

 くちはと過ごす内に心に余裕が生まれた実感があるし、仮想空間で人を殺す悪夢を見る頻度も下がったように思う。


「……むしろ俺がくーちゃんに似たのかも」

「まあこれだけもふもふなら和みますねー」


 ナギが腕の中のくちはに頬ずりする。くちはは尻尾を振ってナギの頬を舐める。

 少し疎外感を感じた俺は素早く釣竿を取り出して気を紛らし主を釣るべく湖を見据える。


「そういえば主を釣るとか言ってましたね。確かくーちゃんの為とかも」

「……くーちゃんが魚を食べなくなったんだ」

「はい」

「……コハネは味に飽きたんじゃないかと言っていた」

「なるほど」

「……だから湖の主を釣って食べさせる!」

「いきなり訳が分からなくなりました」


 あれ?


「……魚飽きる。美味しい魚を与える。食べる。飽きる。美味しい魚。の無限ループで完璧」

「完璧ですね。破綻しているという意味でなら完璧ですね。また食べるようになるまで待てばいいじゃないですか?」

「……パンを食べないならケーキを食べさせればいいじゃない」

「それ完全に駄目な親の発言ですよッ!? どんだけ自分の子供に甘いんですかッ!?」


 そういう台詞はせめてくちはを撫でる手を止めてから言うべきだと思う。俺のそんな非難の視線を他所にナギはくちはを撫でながら不思議そうに、


「何か釣り方があるんですか?」

「……え、あるの?」

「いえ、私は知りませんよ……。でも主なら条件とかありそうじゃないですか。そうほいほい釣れたら威厳が無い気がしますし」

「……メールで聞いてみる」


 俺はウィンドウを開き困った時のトミさんにメールを送る。すると直ぐに返事が返ってくる。


<半島では主しか釣れませんので大丈夫です。ただ釣れるまでの時間が結構ばらつきがあるので気長に待ってみてください。本当にお気をつけて>


「……」


 前のメールにもあったが『お気をつけて』は一体何を指しているのか。引きが強いのか凄く暴れるのか分からないが一抹の不安を感じる。


「何か分かったんですか?」

「……ん。ここは主しか釣れないって。あと時間掛かるらしい」

「釣れそうで良かったです」

「……うん」


 俺に注目していたナギは目を柔らかく弓なりにして桜色の唇を綻ばせる。俺は彼女の顔を直視できず視線を湖に固定する。


「くーちゃん。リクさんが美味しい魚を釣るからねー。一緒に待ちましょうねー」


 弾んだ声音でくちはに語りかける声を聞くと、充分彼女もくちはに甘い気がする。俺はそんな彼女の様子に苦笑するのだった。

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