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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第一章 彼は新しい世界に触れる
21/88

20.彼は親しき者達の二つ名を知る

あらすじ:二つ名

ナギは俺に了承を取った後に俺の隣にぺたんと女の子座りする。そしてこちらを窺いながらおずおずと切り出す。


「あの。しつこいですけど、先程の櫛は私が声を掛けたから壊れたんですよね? 前のは長く持ってましたから」


どうやら彼女は人の機微に聡いようで、感情の発露しにくい俺の動揺も感じ取ったのだろう。


「……いや。櫛は扱いが難しいから単に俺が失敗しただけ」


そうは言ったものの、ナギの琥珀色の瞳を見ると明らかに納得していないのは分かったので俺は更に続ける。


「……どうしてもってんなら俺が釣りをする間、くーちゃんを見ててくれないか?」


「え?」


 俺はナギの返事を待たずに膝の上でまどろむくちはをそっと持ち上げ、出来るだけ素早く彼女の膝に移動させた。

 くちはは一度鼻をひくつかせるとまた安心して眠りだす。ナギは不満そうにむくれてこちらを見るが、俺は飄々と釣りを始める。


「……もう」


 ナギは柳眉を下げてそう呟き、困ったようなでも嬉しそうな表情でくちはを撫でていく。俺はそれを視界の端に捉えながら穏やかな気分が自分の中に満ちるのを感じる。

 うららかな日和に包まれて俺達はぽつりぽつりと会話を交わしていく。


「……そういえば、どうしてここが?」

「フレンドウィンドウにフレンドの位置が分かる機能があるんですよ」

(……知らなかった)


 俺は釣り上げたスノーカープをインベントリに収納してまた竿を垂らす。

 フレンドリストを開き試しにコハネの場所を調べてみると、妹は港町『シエスタ』にいるらしいが大雑把に表示され細かい位置は掴めない。


「フレンドとの距離が近くなると詳細な位置情報が分かるんです」


 ナギはくちはの耳の裏を掻いてやりながら俺に教えてくる。


「……コハネが今いる『シエスタ』って?」

「港町『シエスタ』は最初の街『アルスティナ』から南下した所にある町ですね。イメージとしてはエーゲ海に面したギリシャの町並みですかね」


 リクさんの手袋もその近くのモンスターのドロップですね。とナギは俺の手を嬉しそうに見て笑う。何だがその視線がくすぐったくて俺は彼女の瞳から逃れるように身じろぎをする。


「今日コハネちゃんは他のパーティのお手伝いをしてますよ」

「……今日みたいなこと事って、よくあるのか?」


 俺が何気なしに聞くとナギは琥珀色の瞳を大きくする。変なこと聞いたかな?と俺は首を傾げる。


「リクさんはコハネちゃんがプレイヤーの間で『魔弾』と呼ばれて有名なのを知らないんですか?」

「……うん」


 知らないし知りたくなかった。身内の二つ名なんて聞きたくなかったし聞いた瞬間鳥肌が立った。そこで俺は嫌な予感を覚えてナギに確認する。


「……イナサってプレイヤーを知ってるか?」


「はい! 『煌帝』さんですね!」


「……ぶふっ」


 真顔で吹き出してしまった。二つ名で呼ばれる親友を思い浮かべ後で呼んでみようと思う。

 そして俺はナギに意地の悪い顔を向けると確信を持って聞く。


「……君は何て呼ばれてるんだ」

「わわ、私は二つ名なんて大層なもの。あ、ありませんよッ!! ええ、ありませんともッ!!」

(分かりやすいな)


 可哀想になるくらいわたわたと体の前で手を激しく振るナギを生温かい目で見守り、後でコハネに聞こうと心に決める。


「……そういえば、前に『舞姫』を見たよ」

「それは幸運でしたね」

「……ああ、綺麗だった」

「……そう、ですか」


 あの舞は夢だと言われたら信じてしまう程浮世離れしており、本当に『舞姫』と呼ばれるプレイヤ-がいるのかすらも疑ってしまう幻想的雰囲気。


「…………」


 ナギが突然不機嫌になり黙り込んでしまう。俺は少し考えて納得する。


「……すまない。君の気持ちを分かってなかった」

「えっ!?」

「……君も『舞姫』を見たかったんだよな、報せれば良かった。今度は必ず――ってどうした?」

「……いえ。なんでもないです」


 俺が話しているとナギは肩を落として落胆する。不機嫌ではなくなったのはいいがどうしてこちらに失望の視線を送ってくるのだろうか。

 彼女に刺す視線に居た堪れなくなる俺に、神が手を差し伸べるかの如く一通のメールが届く。メールはトミさんからの物で、俺がログインして直ぐ送ったメールの返事が書いてあった。


<美味しい魚なら『クレア湖』の主がいますよ。湖に一際突き出した半島で釣れますよ。お気をつけて>


 魚の事ならトミさんに聞けば万事解決する。まさしく俺の欲しかった情報だ。

 俺はトミさんにお礼のメールを送り、くちはの首筋に生える柔らかい白毛を弄っているナギに申し訳なく思いながら話しかける。


「……移動したい。くちはを返してもらっていい?」


「分かりました。どうぞ。……私も付いて行ってもいいですか?」


 断る理由はないので俺は頷く。差し出されたくちはを受け取り、腕の中で弛緩しきっているくちはを軽く揺する。


「……くーちゃん。起きてくれ」

「……くぅ?」

「……力を貸してくれ」

「きゅ!」


 くちはは俺の言葉に嬉しそうに鳴き、俺の体を登って頭の上の定位置に腰を落ち着ける。

 寝起きに関わらず俺の願いを快く受諾した相棒に思わず笑みが零れる。俺は立ち上がるとナギに振り向き弾んだ声を掛ける。


「……さあ。行こうー」

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