19.彼は彼女達を甘やかす
あらすじ:あまーい
「……悲報。くーちゃんが反抗期に入った」
「ごめん。お兄ちゃんが何言ってるのかわからないよ?」
『魔女』との疲れる初対面から三日後。俺と紅羽は現実側で昼食後のデザートを並んで食べようとしている。
そして俺は今朝あった出来事を紅羽に相談している。
「……実はくーちゃんが魚を食べなくなったんだ」
俺は《Unlimited Online》にログインし連日と同じように釣りの合間にくちはに釣った魚を与えていた。
いつもは三匹ほど食べるのだが今朝は二匹目の途中で食べるのを止め、それ以降魚を口にしなくなった。
体に異常はなかったし、元々ペットは餌が必要なのかも定かではない。
しかし今日まで何の問題も無く食べていただけにいきなり食べなくなると不安になる。
「……一応好き嫌いしないよう言って聞かせはしたんだが。首を振って頑なに食べようとしないんだ」
「だから反抗期って言ったんだ。魚以外は食べないの?」
「……食べないな」
「んーそうなんだー」
紅羽は考え込みながらショートケーキの苺を口に運ぶ。途端に顔を綻ばせて頬に手を当てる。
紅羽は好きな物は最初に食べるタイプで、今みたいにケーキの苺も最初に食べる。
ちなみに俺は好物は最後に食べるタイプなので、今も苺には手を付けずに生地の方からいただいていく。
余談だが俺達兄妹は好きな物の住み分けが出来ていない。寧ろほとんどが一致している。
小さい頃に紅羽が俺の食べる物を欲しがり、それに対して俺が求められるままに与え続けた結果、俺の好みと紅羽の好みが被ったと推測している。
その事についてうちの両親は、母さんは「料理作るの楽だわー」と言い、父さんは「仲良しですね」とずれた発言を残している。
「あくまで予想なんだけど、飽きたんじゃないかな?」
「……俺にか?」
「どうしてそんなに悲観的なのさ。……魚にだよ、さ・か・な! どんなに美味しいものでも食べ続けたら味に飽きがくるんじゃないかな?」
紅羽はそう言ってショートケーキを食べるのを再開する。妹は好きな物に飽きないだろうな。
俺は逆に手を止め、紅羽の言葉を頭の中で反芻する。ゲーム内の食事に飽きが来るのかとじゃあなんで魚以外を食べないのかという疑問もあるが一番説得力がある。
それに食べないといっても食べ物の中でくちはが一番反応がいいのは魚だ。匂いを嗅いだり前足で触ったりするので興味が無くなった訳ではないだろう。
そうすると俺がすべきことは一つ。
「……なるほど。つまり」
「うんうん」
「……更に美味しい魚を釣るしかない!」
「そうだね。時間を置いたら魚が恋しくなって食べはじ――ん? なんて言ったのかなお兄ちゃん?」
「……今より美味しい魚を食べさせる」
「あーうん。全力で甘やかすんだね。……あんまり良くないんじゃないかなっ?」
「……そうか。じゃあ甘やかすのは無しだな。――現実もゲームも」
「やっぱり全力で甘やかすのがいいと思うよっ!! うん。それがいいよっ!!」
我が妹は俺に甘やかされてる自覚はあるようだ。そして自分の意見を速攻翻してまで甘えたいのか妹よ。
俺は心の中で息を吐くと苺の残った自分の皿を紅羽に近づける。言葉通り全力で甘やかす事にした。
「……苺やる。相談に乗ってくれたお礼だ」
「わーいっ。ありがとうお兄ちゃんっ!」
蕩ける笑顔で苺を食べる妹を見ていると、甘やかして良かったと思うあたり俺は駄目な兄のようだ。
紅羽と家事を分担して終わらせて《UO》にログインする。
『クレア湖』に降り立った俺は早速トミさんがログインしているかフレンドリストから確認する。しかし今日は仕事かそれともお昼を食べているのかログインしていない。
とりあえずメールだけは送っておきウィンドウを閉じる。時間を潰して返事を待つことにする。
俺が湖畔に腰を下ろすとくちはが俺の胡坐の上に飛び乗ってくる。
俺はくちはを撫でるとアイテム欄から櫛を取り出す。そして毛を引っ張らないように気を配りながらふさふさの尻尾に櫛を通していく。
くちはは脱力し俺にされるがままで眼を細める。三角の獣耳が時折気持ちいいのか震える。
「……くーちゃん。気持ちいいか?」
「きゅぃ~」
気の抜けた返事を寄越す相棒に微笑し、尻尾を梳く手を規則的に動かしていく。陽光の暖かさと膝の上の生き物特有の温かさで俺は瞼が重くなる。
気が緩み力の制御が乱れた所為で櫛にヒビが入る。そしてそれは全体に広がり一拍置いて粉々になる。
俺はかさむ出費に軽く眩暈を覚えながら、アイテム欄から新しい櫛を取り出し再開する。
「どうして砕けるんですか?」
「……多分くーちゃんのレア度に対してアイテムのレア度が低すぎるからかなー」
「そうなんですか! こういった所でもレア度は関係するんですね!」
「……ん」
動揺して手の中の櫛が一瞬で砕け散る。俺がくちはを撫でると主張するように白い尻尾が揺れる。
さっきのが最後の一個だったんだ。すまないくーちゃん。
「……ええと、もしかして邪魔してしまいましたか?」
「……いいや。そんなことは無い」
俺は本心からそう言うと視線を彼女に合わせる。
彼女はいつもの白衣と赤袴の出で立ちで静かに佇んでいる。
「……やあ」
「はい。こんにちはリクさん」
ナギは見惚れそうな笑顔で俺の名を呼んだのだった。




