災難09 揉揉揉揉
居るのかな? 流石に居ないよな……? でも、声だけでも掛けてみるか。
女子トイレの前まで来た俺は、とりあえず実坂井がいないか声をかけようとするが……。
待てよ? ここはノックが先なんじゃないのか? 急に「実坂井はいないか?」とか聞いても、トイレの中にいる奴は、廊下で話し合っているのかと勘違いされかねない。ここは、ノックをするのがいいだろう。
ふぅ……。コンコンっ!
「あのー、そこに実坂井は居ないか?」
緊張しつつも、女子トイレに向かって声をかける俺。廊下に誰もいないのが好都合なのだが、これは流石に見つかったら恥ずかしい。事情を知らない奴にとったら、今の俺の行為はただの変人だからな。それより、居ないのか?
「ここだと思ったんだけどな~……」
いや、もう一度ノックしてみようかな。
そう思い、再度ノックをしようとしたとき――
スルッ!
「「え?」」
女子トイレのドアが開き、俺のノックするはずの指が、ジャストポイントで実坂井の左胸に、当たっていた。
…………。
ふっくらした、マシュマロのような感触。大きさはさほどあるというわけでもないが、こんな大きさでも、しっかりとした膨らみがあるんだな……。
俺は思わず、胸にあたって指を、トントンとノックするように胸の感触を味わっていた。
「ちょっ…………ちょっと…………っ!」
俺の行動を見て、顔全体を赤くする実坂井。その表情を見て、ハッと俺は我に返った。
「あ、いや、その……これは誤解でして……」
すぐさま胸から指を放し、後退する俺。どう言い訳すればいいのかがわからない。
「こ、こん……こん……な……」
それに加えて、実坂井は相変わらず頬を赤くしたまま小声で何やら呟いている。
「ふっざけんじゃないよっ!」
グフッ!
実坂井の強い拳の一撃を顎に食らい、数メートル飛んで倒れこむ俺。
「もういやだぁ~」
実坂井は、両手で顔を抑えて、教室に戻っていった。
うわぁ……口調が強めになった気がするが……とりあえず今言えることは一つだ。
…………揉んでしまった…………
教室に戻ると、既に担任は来ていた。相変わらずの光り輝く頭はともかく、今の俺は、個人的な重たい空気で押しつぶされそうになっていた。
「…………」
額に汗を垂らし、目の前に座っている実坂井の後ろ頭を見つめる。
薄ピンクの綺麗な長い髪。スタイルのいい体つき。後ろ姿で見えないが、俺は確かに……今日、実坂井の胸を触ってしまったんだ。
初めて会って間もないのに、あれは流石にやばい。あんなことを先生なんかにチクられては、俺の学校生活が無念の果てに終わってしまう。
どうする、どうする俺? なにか、なにか手はないのか?
試行錯誤に考えてみるも、俺のこの頭では何も浮かんでこない。
「ぐ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――…………」
俺は、つい頭を抱えながら叫んでしまった。
「どうしたんだね、脱落?」
ハゲ担任が、実坂井が俺につけたあだ名で呼ぶ。(あだ名ではないと思うが……)
先生の言葉を中心に、クラスメイト全員が俺に注目する。もちろん実坂井も……。
だが、実坂井だけは他の連中とは違い、俺に口元をとんがらせ、頬を赤くしながら見つめていた。
くそっ、気まずい。だが、何もしないより謝ったほうが得策だろう。
俺は、他の生徒に聞かれないように、微かに実坂井に頭を下げた。
…………。
これで許してなんてもらえないだろう。
わかっている。だから、俺は永遠と頭を下げ続けた。実坂井がこちらを向いているのかすらわからない状況で……。仕方ないだろう? 俺にできるのはこれだけなんだから。
「あー、そうだな、今日はこれで終わりだ。明日から普通に授業があるから、お前ら教科書とかを忘れるなよ?」
担任の話が終わろうと、俺は頭を下げ続けていた。
「規律~」
クラスの会長が声を上げると同時に、みんなが一斉に立ち上がる。
こ、ここは立ち上がらないとな。
俺は、頭を下げたまま立ち上がった。
「礼っ!」
再び会長の掛け声にみんなが一斉に頭を下げる。が、良かった。俺は元から下げている。何も問題はないだろう。
「着席っ!」
この会長……真面目かっつーの。俺は、みんなが共に着席すると同時に、自分の席に座った。頭を下げたまま――。
周りから、やっと終わった~。という女子生徒たちの華やかな声が聞こえる。みんなはそれぞれ気分爽快できるだろう。だが、俺はどうすればいいんだ? このままいればいいのか? そう思っていると、不意に、前の席の椅子が近くに現れ、実坂井が立ち上がる音が聞こえた。
「…………」
ここはやはり……謝るべきか? 俺は、そっと実坂井の方――上を向く。
「あ、あの……なんかすまん」
俺は、顔を上げたと同時にまたお辞儀をして顔を下に向ける。
「ねぇ、いつまで頭下げてるの?」
「え?」
実坂井に言われ、俺はゆっくり頭を上げる。すると、俺の目の前には、呆れ顔の実坂井が居た。
「脱落がそんなに謝っていたら、余計に私が恥ずかしくなるの。だから、もういいからやめて」
「あぁ……うん」
俺は、席を立ち上がって実坂井の顔を見つめる。
実坂井って、まだ転校してきたばかりで俺にはわからないが、今の性格偽っている気がする。なんつーか、これが本当の性格では無いような……そんな予感がするんだ。
でも、まだ来たばかりで緊張しているだけなのかもしれない。
「……ちょっと、さっきからなにマジマジ見てるの?」
頬を赤らめ、俺から目を逸らす実坂井。
「あ、ああ……わりぃな」
このまま帰るのもなんだか気まずい。どうせなら、家まで送ってやろうかな?
「そうだお前、まだ来たばかりだし、俺がお前を送ってやるよ」
また道路で変な真似をされても困るしな。ここは、同情と気まずさを振り切るためにいいじゃないか。
俺は、黙って実坂井の返事を待つ。
すると、実坂井は自分の机に置いてあるカバンを手に取って、俺の前でにっこり微笑んで言った。
「うん、いいよ!」
その笑顔に、俺はついつい見とれてしまう。
なんだよこの表情……。可愛い。普段から可愛い表情だが、笑う彼女は俺にとって、女神みたいな存在に見えてくる。