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災難05 眼光炯炯

 実坂井ちこ。いや、名前は初めて聞いた。俺が驚いたのは……。彼女、薄がかったピンクの長い髪。幼さを残す顔立ち。そう、彼女こそが、朝会った女の子だったんだ。まさか転校生だったとは……どうりで見覚えがない人だと思ったわ。


「どうした、奈落?」


「いや先生、あんたも波久礼みたいに俺の高貴な名を間違えないでくれ」


 奈落――鉄落。どこをどう取れば間違えるのか、皆目見当もつかない。


「わかったわかった、で? そんなに驚いてどうしたんだ?」


「んや、なんでもないっす」


 そう言って、俺は倒れた椅子を元に戻し、腰を背もたれに掛けて座る。


 影で、『コイツ、絶対実坂井さんに一目惚れしたな』と、聞き捨てならないことを言っている生徒がいる。まあ、外見は好みだとしよう。だが、とても今朝の行動を見る限り、一目惚れというのには達し難い。それどころか、既に一度会っているのだから、これを一目惚れと言っていいのかわからない。


「じゃあ、実坂井。どうやら奈落が色々と秘密を隠しているので、実坂井は、そうだな、空いている奈落の前の席に座ってくれ」


 おぉ~、という歓声が鳴り響く中、俺だけが疑心暗鬼でいた。


 この担任、なんだよ俺が秘密を隠しているって……俺は少なくともそんな人間じゃねぇ! ハゲにそんなことを言われるほどアホな人間じゃないんだ!


 と、相手は先生なので、ことを大きくするのも嫌だから、心の中で叫ぶ。というか、まず第一だ。俺の前の席、今日は休みみたいだが、実際生徒いるからな? そいつが登校して来たら、このハゲはどうするというのだろうか?


 カバンを両手に持ちながら、長い美しい髪を揺らして近づいて来る実坂井。彼女が俺の真ん前まで来ると、急に足を止め、じっと俺を見つめていた。地味ぃ~に下を向いている俺は、実坂井の顔には視線を向けず、少しお山がかった胸の方に目を向けていてしまった。いや、気づかれないなら……問題ないか。


「あの、奈落君、ですか?」


 脚を曲げ、俺の視線とちょうど合うように下がる実坂井。

 奈落? 奈落? 奈落奈落奈落奈落奈落奈落奈落ぅ?


「おい、俺は奈落じゃなくて鉄落だ。転向早々間違えるな」


「あっ、すいません脱落さん!」


「俺は何にも脱落してねぇよ!」


 席を立ち上がり、実坂井に怒鳴る。


「随分と息があったふたりだな。実坂井の席はそこでもういいだろ。脱落、実坂井にわからないところがあったら、色々と教えておくように」


 教壇で頭を輝かせ、まるで女神にでも命じられている感覚に襲われる俺。


「おい担任、いくら奈落より脱落の方が気に入ったからって、あんたが使っていいもんじゃないだろ」


 俺は呆れ顔のまま、ため息をひとつ吐いて席を再度座りなおす。


「で? どうした、俺に用があるんだろ実坂井?」


 両の手のひらを机に貼り付けて、俺の方をじっと見つめている実坂井に尋ねる。


「あ、はい。今朝のあれは助かりました。脱落さんがいなかったら、私は思いきり交通事故に遭っていたと思います」


 今朝のあれか。にゃんにゃんと道路で猫真似をしていた実坂井を助けようとして、俺が何故か跳ねられた……。まったく、あの時に出会った運転手に一泡吹かせたいところだが、まずはコイツのとった行動について聞くべきだろうな。


「あの、実坂井よ」


 初対面で馴れ馴れしいと思うが、俺とこいつは交通事故の時、目の前にいた仲だ。これくらい許してくれよな、事故の神よ。俺は、心の中で事故の神(存在するのかは未だ不明)に想いを届ける。


「はい、なんですか?」


 俺に名前を呼ばれ、ずっとこちらを向いている実坂井が返事をする。

 担任も普通に話し始めたので、俺は他の生徒に聞こえないよう小さな声で喋る。


「お前、今朝のあれはなんなんだ? 自殺か? 他殺か?」


「えーと、後者は絶対にありえないと思いますが、個人的には前者でもありません」


 ああ、後者について全否定されたのは我ながら恥ずかしい。個人的にというのも、俺から見たらただの自殺にしか見えなかったから言った言葉なのだろう。だが、あれはどこからどう見ても自殺にしか……。


「じゃあお前、あの道路に寝転がって一体何をしていたんだ?」


 俺は、腕を組んで実坂井に問いかける。


「あそこで、ですか」


 実坂井は、人差し指を口元にもっていったり、はたまた眉間にもっていったりと、忙しそうに考えていた。


「……なんででしょう?」


 その結果、出た答えがこれだ。


「お前……他殺も大概にしろよ……」


「だから、他殺じゃなくて自殺ですって!」


 大声で、俺の間違いを指摘したのは良しとするが、ハゲ担任の話している最中にクラスの全員に実坂井の声が響き渡った。


「「「?」」」


 それを聞いて、担任以外が俺たちの方へと降り向く。


「なんだ脱落? 自殺計画でも測ってるのか?」


「奈落君なら、しかねないわね……」


 そんなことを言ってくる遠くの席にいるふたりの生徒。


 こいつら、俺をどんな人間だと思っているんだ? 自殺とか、俺が最もしたくないスポーティーなのによ!


 自殺をスポーティーなどと呼んでいいものかは知らないが、とにかく俺は事故も同じく、自殺だけはしたくない。というか、誰も俺のちゃんとした名前を呼んでくれないぞ? 俺は鉄落だ。落は合っているが、鉄が合っていない。


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