災難04 天姿国色
あぁ、また出たよ。『事故に会いそうな人を、助けたくて堪らない』という俺の病が!
吹き飛んだ衝動で、無事学校に到着した俺は、とりあえず制服についた砂などを手で払い落とし、そのまま校内に入った。怪我は……まぁ、こういうのにはもう体制がついたので、よっぽどのことがない限りは、骨折とかなんてしないだろう。
それにしても、さっきの女の子は一体なんだったんだ? 美少女だったから顔はよく覚えているが、何故道路であんなことを? そのことで頭がいっぱいになる。
「あ、奈落先輩!」
人がいろいろ考えている最中に、後ろから声をかけてくる生徒。
「おい、俺は奈落じゃない。鉄落だ」
「そんな! 奈落の方が、コイツ今までの人生で何があったんだよっ! て感じで格好良いじゃないですか!」
「やめろ、そうなると俺の家族も同類になるじゃないか」
家族揃って奈落とか……。イタイにも程があるだろう。
そう俺に向かって話してくる奴の名前は、波久礼翔。俺の中学からの大親友だ。背丈が小さく、とても強そうに見えない身体の少年だ。言っておくが、俺は二年でこいつは一年。入学したばかりの後輩だ。こいつとは中学時代同じ部活でもあったが、俺はこいつに、色々な意味で先輩だと思われている。そこはまぁ、また今度にしておこう。
「流石は先輩。他の人と考えるところが違うっすね。普通なら誰も家族のことなんか考えませんよ」
褒められているのか貶されているのか……。どっちかはわからないが、どっちでもいいか。
「で、お前はここに何しに来たんだ?」
このままコイツのペースに乗ると、余計に貶されそうなので話を変える。
「何しにって、そりゃあもちろん受験合格のお知らせですよっ!」
「アアソウオメデトウ」
「ちょっとひどくないっすか? 人が汗水たらして受験中毎日牛乳を飲んでたのに、その褒めようは? これは先輩でも許されざる行為ですね?」
汗水たらして牛乳を飲むって、こいつは牛乳を飲む時何をしているんだろうか? まあ、褒めてやろうか
「よくやった波久礼。次も頑張ってくれ!」
俺は波久礼に向かって親指を立てる。
「ちょっ、次ってなんですか次って? 僕は一体何回受験を受けないといけないんですか!」
「そりゃあ、落ちるまでだろ?」
「受ける意味ねぇ~!」
波久礼が頭を抱え込んで叫ぶ。校内に入ったばかりのところで、こいつはなに叫んでんだよ……。他の人が見るからに、どう見ても俺が波久礼を虐めている。そうにしか見えないじゃないか。
「おら、自分の学年に行け、俺も行くから」
「え? 先輩も来てくれるんですか?」
目を輝かせる波久礼。
「アホか、俺も自分の教室に行くと言ったんだ」
「ちぇっ」
波久礼は、少しがっかりしたように、肩を落として俺とは反対側、左側にトボトボ歩いて行った。
「まあ、いいか」
波久礼たち一年の教室はこの学校の二階に存在し、俺ら二年は三階に位置している。(三年は四階)俺は、辛い階段を上って三階の教室に入る。俺のクラスは2―A。A~Dまでクラスがあり、大体男女均等に分けられている。
「はぁ……朝っぱらから疲れるわ」
俺は、自分の席(一番後ろの窓側)にカバン……って、しまった! あの女の子を助けようとしたとき、思わずカバンを放り投げてしまったんだった!よく今の今まで気づかなかったもんだな。自分に感動してしまうよ。
俺は、ひとつため息をついて、席に座った。
あの桜並木を徒歩で通る人なんて数少ない。なら、下校時間にでも探せば見つかるだろう。あいにく今日は授業がないし、カバンがなくても平気だ。
そう思いながら、俺がのんびり背もたれに背を押し付けていると――
「おい、お前ら!」
急に、ハゲ頭の担任が、全員集まった俺らに一言告げた。
「今日から一緒に勉強する、新しくやってきた転校生を紹介する」
転校生? またいきなりだな。
担任が、頭を輝かせながら廊下で待っているのだろう生徒を呼びに行き、連れてきた。その生徒が、教壇の前に立つ。
『うへー、ゴッツいいな』
『俺のお嫁さん候補にダントツで一位に入ったぞ』
『…………うへへ』
などと、男子の小汚い会話を聞きながら、俺はさっきの交通事故で、実は少し痛めた腕を撫でる。まったく、今度あの女の子にあったら、注意の一つや二つくらい――……
「えーと、転校生の、実坂井ちこ さんだ」
「のわふっ!」
その名前を聞いて、俺は椅子から崩れ落ちた。