災難18 阿附迎合
授業中、俺は実坂井のあの表情のことばかりを気にしていた。いや、気にせずにはいられなかった。転校してきたばかりで怖いなという感じならまだしも、どう見てもあの表情はそんなことで困っているような表情じゃない。きっと俺の知らないところで何かあったんだろう。他に思い当たる点がないからだ。
んなことを考えながら授業を全て聞き流した俺は、昼休みになったのを見て背伸びをした。
「やっべぇ、ノートひとつも取っとらんわ」
いるよな、こんなどうしようもないろくでなし。こういう奴は授業が終わったあと友達にノートを見せてもらって書くのが普通なのだが、残念ながら俺はそんなことはしない。何故か? んなこと決まってんだろ、面倒くさいからだよ。
俺は背伸びをして上げている手を下ろしながら、一息つく。
俺の今の一言、実坂井なら「じゃあ、ノート写させてあげる」とか反応してくれると思ったんだが、どうやら見向きもしてくれなかったようだ。今朝のあれで気まずいのだろう。俺もそれは分かる。
「はぁ~……購買でパンでも買ってくっかぁ~。実坂井、お前は何がいい?」
「蒸しパン」
前を向いたまま俺に答える実坂井。
「ま、また大層な物を選びやがったな」
というか、俺の話は聞いているんだな。良かったよ、無視されなくて。
「ダメなの?」
「いや、オーケー分かったよ」
そう言って、教室から財布を持って出て行く俺。購買はこの学園の二階の一年の教室のすぐ隣に位置しており、二年の俺はわざわざ騒がしい一年の教室の横を素通りしていかなきゃいけない形になってるんだ。
嫌だよな。年下の場を通るとみんなが一斉に引いていくのだから。ヤンキーたちにはいいイベントかもしれんが、ヤンキーでない俺が避けられてしまうのはやや肩が落ちるってもんだ。
教室を出たあと、廊下を曲がって隣のBクラスに顔を見せる。
え~と、雨宮いねぇかな?
俺は、目を細めて雨宮が教室の中にいないか確認しにかかる。
「何してんの孝治?」
「?」
突然肩を叩かれ、後ろを向くと――
「て、うわぁ雨宮かよ……」
「ちょっと、最初の発音と後の発音の大小の差がありすぎじゃない?」
俺の真後ろには、無い胸のあたりで腕を組んで、目を細めている雨宮の姿があった。ホワイトブルーのセミロングの髪は今日も艶やかに輝いており、今日もいつも通り元気みたいだ。
「んで? 俺の肩を叩いてどうしたんだ?」
「いや、あんたがあたしに用あるんじゃないの?」
え? 俺コイツに用あるなんて言ったか?
頭の中で考えるも、読んだ覚えなどないんだが……。
「俺がお前を呼んだ? わっかんねぇな」
「じゃあなんでBクラスに顔を覗かしてるわけ?」
「んなもん雨宮に用があったからに決まってんじゃねぇか」
「ほら、やっぱりあたしに用があるんじゃない。だいたいあんたがそれ以外にBクラスに顔を覗かせるなんてありえないし」
おお! ごもっともな推理でございますな雨宮殿。確かに、俺がBクラスに顔を出すのは雨宮目当てだ。他Bクラスなんぞに友達なぞおらへんからな。
「うむ、そうだな」
俺に友達があまりいないことを今更ながらに知り、少し悲しみを覚える。
「で? あたしに何の用があるわけ?」
「んや、顔を見に来ただけだが?」
「はぁ?」
雨宮が、今年一番の変な顔で俺を睨みつける。
「なんだよ、悪いのかよ」
「い、いや、別に悪くないけど……」
俺のマジマジな態度に、何故か口元を押さえてしおらしくなる雨宮。
ん? なんだ?
「風邪か、雨宮?」
「違うわよっ!」
違うのか、良かったぜ。